第8話 芽衣の気持ち
「さあ、本の貸し出しを再開しよう。選んで」
芽衣の家に軌道修正をした黒曜が、操縦席から立ち上がった。
歩く黒曜を見て、少し足を引きずっているようにみえたのは芽衣の見間違いだろうか。
「え!?あ、そっか。すっかり忘れてたあ。えへへ」
図書室での出来事が濃すぎて、本を借りる本来の目的を忘れていた。
黒曜は腕組みをしてわざとらしくため息を吐き、芽衣を見る。
「本の虫がどうしたよ。さあ、制限時間もあまり残ってないから早く選べ」
「うん!」
またこのワクワクドキドキが味わえるなんて!
芽衣の瞳は再びキラキラ輝く。その目に映るのはここにあるたくさんの本たち――――――――。
芽衣は書架へ駆け出す。
本を本棚から取り出しペラペラめくっては本棚へ戻し、の繰り返し。
ここの本は見た目だけでも不思議で面白い。
フリフリのフリルのついたメルヘンチックな本やとても小さい本、丸い形、円柱、オブジェのように見えるものまでたくさん。目移りしてしまい、なかなか選べない。ここにある本を全部読みたいくらいだ。
「あ、カボチャの馬車だ」
本棚の一角にちょこんと小さいカボチャの馬車がある。よく見るとあちらこちらに。
これも本なのだろうか。この移動図書館の見た目をカボチャの馬車のよう―――と芽衣が思ったが、その馬車をそっくりそのまま小さくしたもののように見える。
「それは車関係の本だよ」
「え?」
黒曜が声をかける。
「お前は車だと全部カボチャの馬車なんだな」
黒曜は苦笑しながら言った。
「この図書館の本には、移動図書館の外観と一緒で、見るものによって形を変えるものもある」
「そ、そうなの・・・」
芽衣は少し恥ずかしくなって顔を赤くする。
黒曜にはどれだけメルヘンな頭なのかと思われているのだろう。
「あ、あっちを見てこよう」
無理矢理話題を変えて芽衣はその場から逃げた。
その様子を見て黒曜はまた笑う。そして優しく見つめた。
「?どうしたんだ?」
芽衣がさっきから書架の奥にある本棚で立ち止まったままだ。
「おい、どうしたー?」
カウンター傍にいた黒曜は、大声で声をかける。
芽衣は声に気づき顔を上げた。
「これ・・・」
そう言いながらおずおずとある本を指さしていた。
「ああ、これか」
黒曜が駆け寄り苦笑する。
立ち止まって動かなかったのも無理も無い。
指さした本は、とても大きな本だった。
芽衣の肩くらいまでもある高さ、横幅はその半分強、厚さは芽衣の片手を横に広げたくらい。
芽衣が持てるわけもない。
重さもかなりあるのだろう。
「読むか?ちょっと待って。台車を持ってくる」
「あ、や、やっぱり止める。なんか重そうだし」
芽衣は焦る。
「大丈夫だって。何度も出し入れしてる。ちょっと待ってろ」
「あ・・・」
なんだか申し訳ない。
「よいしょっと」
これまた大きな台車を黒曜が持ってきて本棚から引っ張り出す。黒曜でさえもやっと本を取り出す事ができるくらいの重さだ。
台車に乗せようとしたその時。
「あ、あの、これは借りないの!」
「・・・は?」
黒曜は借りると思っていたのだろう、予想外の言葉に少し驚く。
――――でも私は。
「あ、あの、これは、ここで読むだけなの」
「そ、そうか、わかった」
そう言われた黒曜は、とりあえず本を書架へ立てかけた。
「とても綺麗ね」
誰にも触れられていないが如く汚れひとつ無いその本は、静謐さを漂わせ、漆黒を身に纏ったカバーと表紙のすべての面に金の箔押し装飾が施されている。
「じゃあ俺はカウンターにいるから」
黒曜が戻ろうとすると。
「待って!」
芽衣が声をあげた。
黒曜が足を止める。
「どうした?」
芽衣は顔を真っ赤にしていた。
「あ、あの・・・これはどんな本なの?」
「ああ、内容ね。えーと、これは、伝記、かな」
「もうちょっと詳しく」
「は?そんなことしてると時間無くなるぞ」
「いいの」
・・・だって、無くなる時間をすべて黒曜に使いたいの。
黒曜と少しでも長く、こうしてそばにいたいから。
時間が来れば、あとは返しに来る時しか会えない。
そんなのは今の私には辛すぎるわ。
黒曜がすき。
数時間前に会ったひとなのに、こんなにもはっきりと自覚する事ができる。
今まで、好きな人ができても恥ずかしくて思いを伝える事ができなかった。
男の子と普通に話しはできるのに。
自身がないから?
本があれば、二次元に好きなキャラクターができれば、もうそれでいいと諦めた。
ほんとは、男の子と交際することに憧れはあったけど。
今はどう?
こんなに近くにいるのに私また、想いを伝えることができないままなの?
想いを伝えたい。
この気持ちに向き合っていきたいの。
ねえ、私の王子さま。