第7話 本の番人
扉を開けると、いつものシンと静まり返っている図書室だった。
唯一違っているのは、薄暗くて不気味なところ。
何時間か前にここへ来て本を借りた事がもう何日も前のことのように芽衣は感じた。
「あ、あった。あれだな」
黒曜は逃げた本を見つけたようだ。
芽衣には暗くてこのたくさんある本の中からなど、見つける事はできない。
「よし」
――――――――黒曜がその本を手に取った瞬間。
「来たか!!」
「な、なに!?」
突然図書室が揺れ始めた。
黒曜が天井を見る。
「番人に気づかれた!ここを出るぞ、芽衣!!」
本の番人がこの図書室に嵐を起こしたようだ。
私たちを妨害するため。
番人は、普段は鳴りをひそめて見えないようにしているのだろうか、図書室へ入った時点では黒曜も気づいてないようだ。
風が激しく吹きはじめた。
芽衣は立っている事が精いっぱいで、本の番人の姿を捉える余裕は無い。
恐怖すら覚える。
「大丈夫か」
黒曜が芽衣の肩を抱き寄せ支えた。
芽衣はただ頷くことしか出来ない。
黒曜は暴風に顔をしかめながら、本を脇に抱えまた芽衣を抱き上げ高次跳躍を試みる。
嵐は更に威力を増している。ゴウゴウと音が鳴り、暴風により机や椅子、本棚もガタガタ揺れる。
図書室の備品だろうか、ペンや紙が飛んでくる。
「くっ・・・!」
一瞬、黒曜が眉間にしわを寄せ、動きを止めた。
「黒曜!?」
「大丈夫だ、さあ出るぞ!」
すると、移動図書館も図書室入口まで来ていた。
琥珀が移動図書館の扉から顔を出す。
「さあ早く乗って!」
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「番人が嵐をおこしてるのに気を取られてるから、移動図書館は図書室の近くまで移動することができたんだよ」
琥珀は移動図書館の操縦席に座って軌道修正しながら言った。
モニター画面には移動中なのでマップのようなものが映し出され、現在地点と目的地の所が緑色で点滅している。
芽衣と黒曜は、図書室の入口まで来ていた移動図書館に、無事に乗ることができた。
黒曜は逃げた本を早速書架へ置きに行く。
本棚へ入れながら、少しイライラして言う。
「その場で待っててもよかったんだぞ?もしも万が一また移動図書館が飛ばされたら・・・」
「大丈夫さ。本の番人は普段は見えないように小さい形で隠れているけど、何かを察知すると、巨大になり現れる。学校の外からでも見えたよ。それで君たちの方に気が反れていると思った。台風のようだから台風の目がどこかにある。それを見つけて目の中に軌道修正して入っていったんだ。まあ、そこがちょうど図書室の入口だったってだけさ」
琥珀は黒曜の心配も知ってか知らずか、ひょうひょうと言う。
「本の番人を倒したりとか、その、なんとかならないの?」
何度もこんなに大変な思いをしなければならないのか、芽衣は言いようのない憤りをかんじた。
琥珀は苦笑して言った。
「うーん、倒せないね。お互い持ちつ持たれつの関係だから。本の番人の役割は、本が正しい場所に収まっているかを監視する事。まあ、だから移動図書館を嫌うのだけれど。あとは『絶版』扱いになった本なんかは番人のところへ行く。面倒なやつだけど、番人がいないと機能しない部分もある」
「そうなの・・・?」
ショックだった。あんな目に遭っても本の番人は必要であるものだなんて。
黒曜が書架から戻ってきた。
ショックを隠し切れない芽衣をなぐさめるかのように、頭をなでる。そして琥珀の方を見て言った。
「そろそろ交代するぞ、もうすぐ『本の海』だ」
モニターの画面の映像には、あの澄みきった碧い海が見えてきた。
「じゃあ僕はここで降りるよ。またね、お嬢さん」
「うん。またね、琥珀さん」
琥珀は移動図書館を降りて本の海へ向かった。
はじめて会ったのは少し前の事なのに、今は別れがとても寂しい。
黒曜でさえあまり会えないと言っていたから、私が次に会えることはもしかしたら無いの・・・?
琥珀の後ろ姿がモニター画面に映し出された。
はじめて現れた時と同じように水圧などかんじさせない歩き。すると、後ろ手に手を振ってくれた。
気づいて芽衣もさみしそうに手を振っていたら、黒曜が頭をポンポンとたたく。
「さあ、行くぞ」
そう言って黒曜は操縦席へ着いた。
モニター画面の映像は、琥珀と綺麗なあの海から、無機質なマップ画面へと切り替わった。