第5話 本の生る海
そこには、本の海が広がっていた。
紺碧の海に、数多の本が生まれては消えていく。
たゆたう本は 儚くも美しい。
・・・ひとつ、またひとつ、本は消えていく。そしてそれぞれの或るべき場所へ往くのだろう。
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黒曜は学校の図書室へ移動図書館を移動させる為、大型モニターとたくさんのボタンを駆使して、軌道を学校の図書室へ修正していた。
図書館自体が少しグラグラと揺れた。
芽衣はボタンのある機械の端につかまった。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫。ねえ、あれ、あれって、海?」
芽衣は大型のモニターに映し出された画像を見て目をみはる。
外界の今いる場所を映し出すモニターには、海の中の映像のようなものが映し出されている。
「は?海なんてあるわけ――――――あ、海だ。『本の生る海』だ」
黒曜はこれまでになく驚く。
確かに軌道修正したはずだが。
見えない何かの力が加わってずれてしまったようだ。
「ここまで飛ばされたのか・・・。やはり本の番人がいる所へ近づくと、こういう弊害があるんだな」
黒曜の説明によると、本の番人は移動図書館を好まない。本を移動して巡回する行為を好まない。
だからこの図書館に何か見えない力を加えられ、この移動図書館は別な場所へ飛ばされてしまったのだろう。
本の番人は、移動図書館を開く鍵となり得る図書室とその人物を感知して、現れるのだそうだ。
「厄介だな」
黒曜は悩んだ。
「本の番人は何者なの?」
モニターを見たまま黒曜は言う。
「「人」ではない。「現象」といっていい。大きな台風のような形だ」
いまいち想像できないが、自分の学校の図書室にそんな得体の知れないものが存在しているなんて、考えただけで気味が悪い。
「なんだか怖いね。あ!そういえば、私の友達が、図書室で何かを感じると言っていたわ!それが原因かなあ?」
思い出した。芽衣の学校の友人富永真琴が言っていた。
だとするとすごい能力ね。
「そうなのか?まあ、番人の存在を感じる人間もいるかもしれないな」
「図書室へは行けないの?」
「図書室まで入らなくても、その手前で降りるか、うーん・・・」
黒曜はまた悩む。
黒曜が考えていて動かなくなってしまったので、芽衣はあたりを見回す。
「ねえ、この海をしばらく見てもいい?とても綺麗よ。まるで潜水艦でもぐって見ているみたいね」
よく見ると何かが点々と浮かんでいる。
「あれは本なの?さっき『本の生る海』って言ってたけど、本なのね?」
芽衣の好奇心は止まらない。
「駄目だ駄目だ、時間が無――――――あ、そうだ、芽衣おまえ大丈夫なのか、時間」
ふと、黒曜は思い出したように言った。
「え?」
「かなり時間がたっているんじゃないか、家族が心配してるだろう」
芽衣は目をパチクリさせる。
「え、時間が止まってたりとか、そういう事はないの?」
黒曜はしらじらしい目を芽衣に向けた。
「・・・そんな都合の良い事が起きるかよ。ただ、本の貸し出しの時間制限に関しては、図書館から出ることによって制限時間は止まる」
「そうなの・・・」
芽衣が落胆する。
「ちょっと芽衣、こっちへ」
「え?」
突然、黒曜が頭を近づけてきた。
(え、えっええな、なになに、きゃー)
こつんと額と額がくっつく。
「今もう夜中だ。大丈夫じゃないだろ?」
この行為は、黒曜が芽衣の世界の時間を知る手段だそうだ。
(なになになんだったの、なんなのそれ、紛らわしいわ)
――――実に紛らわしい。
芽衣は顔を真っ赤にして黒曜を睨む。もうその行為でなんで時間がわかるのだろう不思議だわとかどうでもよかった。ドキドキして仕方がない。そして黒曜は平然としているのだから憎らしい。
それにしても、いつの間にそんなに時間がたったのだろうか。
家で晩御飯を食べてすぐ、この状況になったから、数時間はたっている。確かに夜中なのだろう。
「うん、大丈夫じゃないけど、大丈夫じゃないけど、・・・ここにいたい」
芽衣は少し震えていた。
家族も心配しているだろう、芽衣のいた世界はどうなっているのだろうか。
黒曜が頭をなでる。
「ごめんな。本を貸して、それで終わりだったのに」
どうしてあなたがあやまるの。そんな顔しないで。
「なんなら引き返して・・・」
「駄目!」
黒曜が目を見張った。
芽衣は気持ちを決めた。
「大丈夫よっ、あなたは心配しないでっ」
せいいっぱい笑ってみせた。
(そうよ、見たこともない大好きな本がここにたくさんあるじゃない!願ってもないことなのよ、芽衣!)
「・・・芽衣は強いな」
黒曜が微笑む。
「・・・そんなことないよ」
芽衣はそう言われて恥ずかしそうにうつむく。
(それに、ここにはとても優しくて、気になるひとがいるわ)
でも、芽衣の震えは止まらなかった。
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「・・・あれ、あそこに人がいる・・・?」
モニター越しに『本の海』を見ていると、その中にポツンと人影が見える。
「あ、あいつは―――――」
すると、その人物がこちらへ気づいたようで、歩いてくる。
「え!海の中を歩いた!」
泳いでいるわけでもない。水の抵抗など何も感じさせない歩きだ。
だが、その人物の周囲は海のように本が漂い、歩き動くことで波ができ、ゆらゆら揺らめいている。
「まあ、海っていっても、お前たちのいう海とは違うわけで―――――」
「やあ」
「きゃっ!」
突然後ろから、二人以外の声がした。
振り向くと、さきほどの歩いていた人物が立っていた。
どうやってここへ入ったのだろう。
白いゆるくウェーブのかかったふわふわの髪に白い服装。白づくめの若い男性だ。
「本がいなくなってここに飛ばされたって?」
「もう情報が届いてたか」
めんどくさそうに黒曜が言った。
どうも黒曜の知り合いらしい。貴公子然とした凛とした綺麗な顔立ちが印象的だ。
「僕の名前は琥珀。よろしくね、お嬢さん」
にっこり笑った。
「この『本の生る海』の護り人だ」
「???」
芽衣は目を丸くする。
「助けに来たんだよ、ここの護り人として。それに、君たちにはあまり時間がなさそうだからね」
とウインクした。
なんだか、容姿もそうだけど、変わってる人だなー。
「ここで本が生まれ、だいたいが移動図書館へ行く。僕はそれらを守る役目をしている」
「本が生まれるってのがよくわからないけど・・・本って誰かが書いてるんでしょ?」
今度は黒曜が説明する。
「もちろん、誰かが本を作っているが、『生み出す』―――――この世に生み出し、本として成立するのはここの海だ。この移動図書館用の本だから、芽衣の世界の概念とは違う」
「あれ、そういえば、私が訊いたとき、どこから本が来たか知らないって言ってたじゃない」
芽衣は黒曜を睨んだ。
「めんどくさかったんだよ、説明が」
と黒曜は後ろを向いて頭をガシガシかいた。
モニターを見ながら芽衣は言う。
さきほどからの疑問を口にしてみた。
「あの本は、水に濡れても大丈夫なの?」
「これはまあ、海であって、君たちの言う海ではない。君たちの世界にはない物質の集まり。僕が入っていても大丈夫」
「うーん、また不思議が増えた。でも、綺麗よね。本の一つ一つが魚みたいに海の中でキラキラ輝いていて」
「そうだろう、そうだろう。よくわかっているね、お嬢さん。ここは神秘の空間『本の生る海』!」
おおげさな琥珀にしらじらしい目を向けて黒曜は言う。
「まあ、海って言っても、芽衣のいる世界の海のようにただっぴろいわけじゃない。球体の中に海のように見える液体物質が入っているんだ」
「どのくらいの大きさなの?」
琥珀が答える。
「この移動図書館が百個くらいは入る大きさだろう」
「百個!?想像つかないけど大きいよ!球体ってことは、水のボールみたいなかんじ?」
芽衣の発言に琥珀は目を潜ませて言う。
「ボール?まあ表現は自由だ。移動図書館と同じく、それが君たちの世界のどこかに目にする事はできないけど、浮かんでいるんだ」
自分のいる場所がボールにたとえられたのがいただけないのだろう。
もしかしたら全話ちょこちょこ書き直すかも、、、です。