第34話 エピローグ
芽衣は、高校三年生になろうとしていた。
周りが受験勉強に入ろうとしているところ、芽衣はまだぼんやりと時を過ごしていた。
こんなんじゃ駄目だ、黒曜が悲しむ。
そう思ったところで、いっこうに勉強に身が入らない。
改めてこの恋心が重傷なのだと、実感した。
ふと、考える時がある。
黒曜は、今もどこかで移動図書館に乗って、自分の仕事をこなしているのだろうか。
琥珀さんや天藍星葉さんは元気?
結局、サヨナラもありがとうも言えず別れてしまった。
こればかりは悔やむ。
ねえ黒曜。
今、何をして何を考えているの?
ぼんやりと、空を見つめる。
それと同時に、私はどこかで、『奇跡』を信じていた。
この悲しみの中の唯一の生きる糧。
また会える。
薄れゆく景色のなか、黒曜が言っていた気がした、その言葉。
また、会いたい。
これを信じ、生きていた。
『奇跡は二度は起こらないもの』だと、誰かが言っていた。
なぜなら、奇跡は一生に一度、あるか無いかのとても稀な出来事だから。
私にはもう、奇跡は起こっているのよ。
ありえない程の確立で、移動図書館が現れたという奇跡。
だからもう、奇跡は起こらない。
頭ではわかっているものの、頭の隅でくすぶり続けるこの唯一の希望。
私はいつまでこの思いと戦っていくのだろう。
****
「あ、真琴。もう来てたんだ」
二年生になっても変わらず図書室で会うとよく話をする友人。
富永真琴。
彼女とは二年生になっても別のクラスだ。
見た目も変わらず眼鏡をかけ、黒髪を後ろで一つに束ねている。
芽衣は髪を少し伸ばし始めた。
「芽衣」
本から目を離し、笑顔で答える。
真琴の横に座る。
「受験勉強はじまれば、ここに来る時間も少なくなるね」
「うん、そうなんだよね・・・」
二人とも、少ししんみりとした表情になった。
「だから、今日はたくさん読んで帰るぞ!」
小声でガッツポーズを作る芽衣。
すると真琴がこそこそと小さな声で言った。
「ねえねえ、また私、感じるんだよね」
「へっ!?」
か、かんじるって、例のアレ!?
久々の発言に芽衣は顔が青ざめた。
真琴には、見えないものが見える、聞こえるといった不思議な力があった。
真琴はそんな芽衣を気にせず続けた。
「なにか、見られているような・・・」
「も~やめてよ!」
怪談話でも聞いてるような寒気に襲われる。
でも、それって・・・。
確か、移動図書館が現れたのも、真琴の発言があった日だった。
きっとあの時は、本の番人がこの図書室に鎮座した為に、真琴の第六感が働いたんだわ。
「あ、芽衣?」
芽衣は迷わず動き出していた。
「ありがとう!真琴!」
恩人に――――――本人は感謝されて全く何のことだかわからない様子だが―――――感謝をのべて、芽衣は走り出していた。
まっすぐに図書室の本棚へ向かい、直感的にあの時の本を探す。
まだあの本を鮮明に覚えたいた。
一旦芽衣の手によって返されたあの本は今、どこに置かれているだろう。
もしかして誰かに借りられているかもしれない。
「あった」
目的の本は相変わらず同じ場所にある、すぐに見つけられた。
「よかった」
深く安堵した。
それを手に取りカバンへ入れ、急いで家に戻る。
ドキドキと心臓が早鐘を打ち、走るのも苦しかったが、なんとか家へたどりついた。
自分の部屋へ入り、本棚の前に立った。
芽衣は一度呼吸を落ち着かせて、カバンから本を取り出す。
(これで、もしかしたら)
あの時カギとなった本。
(そう、あれから、私の不思議な物語がはじまったの)
芽衣の部屋の本棚の空きスペースへ入れる。
心臓が爆発しそうなほど緊張した。
(どうか)
強く祈った。
カチャリ。
カギが開く音がした。
「―――――――!」
言葉にならない感動が湧き出してきた。
これは、あの不思議な世界への音。
まだ、覚えている。
そしてその次にくる不思議な光も―――――――。
「あ」
予想通り、まぶしい光が部屋中を包み込んだ。芽衣はまぶしくて目を細めた。
これで確信した。
(どうしよう、嬉しい!嬉しすぎるわ!)
まだ少し眩しいなか、早く確認したくて目をこらした。
そして音も無くあのカボチャの馬車が現れた。
金色の豪奢な車。
芽衣にだけカボチャの馬車に見える、移動図書館―――――――。
待ちわびた、いや、見る事などもう叶わないと思っていたカボチャの馬車。
それが目の前にある。
(信じられないわ。夢みたい)
芽衣は瞳に大粒の涙を浮かべた。
そして―――――――――。
カボチャの馬車から降りてくる人物が一人―――――――、
「奇跡だな」
そう言って笑った。
「黒曜!」
芽衣は迷わず黒曜の胸へ飛び込んだ。
会いたくて会いたくてたまらなかった愛おしいひと。
その彼の片手には、硝子の靴が輝いていた。
完結です。読んで下さりありがとうございました。