第33話 魔法がとけた
抱きしめ合っていたはずなのに、
その抱きしめる体がなくなっていた。
彼をせいいっぱい抱きしめていた私の腕は、所在無くさみしげに空を切った。
彼のぬくもりだけが残った。
見覚えのある、芽衣の部屋。
(戻ってきたんだ)
ここが、私の生きる場所。
ああ、私は夢を見ていたのだろうか。
そんな錯覚を覚える。
ふと、足元を見つめる。
否、違うわ。
魔法がとけたのよ。
「この硝子の靴・・・ほんとにこっちに持ってきちゃったわね・・・」
ふふ、と微笑する。
硝子の靴を見つめると、不思議と気持ちが穏やかになった。
だって、また迎えにきてくれるんでしょう?黒曜。
さあ、芽衣。
顔を上げて涙をふかなきゃ。
黒曜がそんな私を思い、きっと悲しむから。
黒曜も悲しんでるかな?
私のこと、思ってくれてるかな?
芽衣は足もとの硝子の靴に目をやる。
この靴があれば、私のこころは沈む事は無い。
うん、と一人うなずき、硝子の靴を脱ぎ、そっと本棚の上の空きスペースに置いた。
窓から差し込む朝の陽の光を浴び、キラキラと輝きを放っていた。
怪しまれないようにパジャマに着替え、そのまま自室を後にする。
芽衣はいつもの変わらぬ朝の日常に戻った。
****
朝、授業が始まる前に図書室へ寄ってみた。
恐る恐る扉を開ける。
「――――――」
芽衣は安堵した。
さっきまでの事が何事も無かったかのように、どこも乱れず、汚れていない。
天井を見ても本の番人の存在など一ミリも無い。
争いの痕跡が見当たらず、いつもと変わらぬ図書室の光景だった。
それと同時に、言い表せない悲しさに覆い尽くされた。
私、さっきまでここで戦ってたよね?
彼らと共に。
大きな戦いをしてたよね?
それが無い事にされたようで悲しい。
私、あんなに頑張って戦ってたのに。
・・・わかってる。そんなの、私の都合に過ぎない。
何事も無く静まる図書室を見て、まるで夢のように思え、そのまま図書室を後にした。
****
「つらい」
しばらくすると、芽衣の心に悲しみが襲ってきた。
胸が押し付けられるほどの苦しみにさいなまれ、時に泣いた。
「黒曜」
何度、この名前を口にしたことか。
好きな人と離れ、そしてもう会えないという現実。
芽衣にとってはじめての事。
時間が経っても、まだ消える事は無い。
家に置いてある硝子の靴を眺めても、その気持ちが晴れる事は無かった。
そんな時は、図書室に来て本を読み、気を紛らわした。
大好きな本を読みあさり、昔の芽衣ならばそれだけで幸せをかんじていたが、今は暗く沈む心を少しでも上向かせる事でせいいっぱいだった。