表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
図書室の海  作者: 主音ここあ
3/34

第3話 彼の世界

男は、移動図書館へ入ろう、と告げた。

芽衣はその途端、今までの混乱が無かったかのように、目を輝かせてしまった。

「うん!!入る!!」

「おいおい、そんなに本が好きなのか?」

そんな芽衣を見て、男はあきれた表情だ。

「面白いな、あんたは」

男は笑った。

芽衣は男の初めての笑顔にドキリとし、少し動揺してしまう。

「え、ええー、そ、そうかな?でも他の人の所に行った時だって、同じでしょ?」

「あんたほど喜んでるやつはいないよ」

「えーナニソレ」

思わず顔をしかめる芽衣。

「あ、そうだ、名前」

「は?」

芽衣はふと思い出して言う。

「ねえ、名前で呼んでもいい?なんだかあなたを呼ぶ時に呼びにくいし」

「ああ。名前は黒曜(こくよう)だ」

「黒曜ね。めずらしい名前ね。じゃあっ私の事も名前で呼んで?」

芽衣は黒曜の事を気に入ったようで、嬉しそうに言う。

さっき会ったばかりの人物に、こんなに積極的になったことはない。

「はっ?あ、ああ、わかった」

黒曜は面食らった表情になる。

「・・・どうしたの?」

何か変な事を言ってしまっただろうか、芽衣はきょとんとする。

「今まで訪れた先では、名前で呼べと言われた事はないからな。本を借りてそれでおしまい」

え?・・・それで、おしまい?もう、それでサヨナラって事?

それを聞いて悲しくなった。

・・・なんでだろう。

芽衣はそれを振り払うように大きな声で言う。

「ふーん、他の人の事はよくわからないけど、私の名前は芽衣よっ。め・い!」

「ああ、知ってるよ。藤掛芽衣だろ。移動図書館からの情報が来てるよ」

「・・・じゃあ最初から名前で呼んでよね」

なんだか恥ずかしいじゃない。芽衣は悪態をつく。

男はそれを気にも留めず、移動図書館の一つしか無い丸い扉を開けた。

扉は、芽衣は普通に入れたが、黒曜は背がスラリと高いので、くぐらないと入れない。



「わあ・・・」

中に入ると、そこには数十万冊の蔵書が整然と書架に並んでいた。

その光景に、芽衣は圧倒される。

「すごく広いわ」

とても広々としていた。

中は芽衣のいる学校の図書室くらいの広さに匹敵する程だ。窓が無く、外からうかがい知る事はできなかったが、六畳の一室に入る程の大きさの車なのだから、到底こんなに大きな空間が広がっているなど想像もつかない。

従来の、芽衣が見てきたような移動図書館ではない。

本当に、あのカボチャの馬車の童話のように魔法にかけられたような気持ちだ。

「ありえないわ。あのカボチャの馬車の中にこんな空間が広がっているなんて」

芽衣は首を振った。




それでも芽衣は、本を前にすると気持ちがそちらへ一直線になる。

書架へ駆け出していった。

制服のまま来たので、スカートが揺れるのもお構いなしだ。

何段にもなる木製の両面書架は、高い天井までつくほど。

それが何連も部屋の奥までつづいている。

これを全部読むまでどのくらいかかるのだろう。

様々な種類の本があるようだ。

どこにどんな種類の本があるか分類された表示がどこにも見当たらないので、芽衣は黒曜にききながら閲覧しはじめる。

文学美術、専門書、それに絵本、辞典など・・・。

バーコードはついているが、背表紙にある、本を探す上で重要な『請求記号』は貼られていなかった。

「わあ!見たことがない本ばかりよ!」

芽衣は子供のようにはしゃいだ。

次から次に本を取って眺める。

それを見て黒曜は嬉しそうに言った。

「ああ、芽衣の世界にはない本だからな」

名前を呼ばれてドキリとする。

自分から名前で呼んでと言ったくせに。

それよりも。私の世界?

やっぱり黒曜とは違う世界にいるのだろうか。

それも、きいてみなくては。



「あのモニターに、蔵書管理や本を借りる人間のデータが全て入ってる」

黒曜はそう言うと、中央の壁際に置かれているカウンターの上にある、一つの大きなパソコン端末へ歩き出した。

「へえ~」

芽衣も追いかける。

「あ!バーコードリーダーがある!」

モニターの横には、見たことがあるものが置いてあった。

図書室で見かける、ハンディタイプの機械だ。

端末に入力した本の情報をバーコードで出力して本に貼り付けわけだが、それをバーコードリーダーという専用の機械で読み取り、本の貸し借りができるのだ。

「勿論。図書館だからな。何を借りる?」


「え・・・?借りる?」

思いがけない言葉。

ここの本が借りれるの!?

「説明したじゃないか、本の貸し出しをするって」

「そ、そうだったかしら」

その時は芽衣は混乱中ですっかり忘れて去られていた。

「この移動図書館にいる事ができるのも時間制限がある。だから借りて読んだほうが早い」

「時間制限・・・そんなものもあるの・・・」

芽衣はがっかりする。

「じゃあ借りたら、いつ返しに来ればいいの?」

「読んだら、芽衣が学校の図書室から借りた時のように、自分の部屋の本棚へ入れればいい。そうしたらまた現れる。ただし、借りるのは一度だけだ。借りてこの図書館の外に出たらそれで貸し出しは終了。貸し出し数は何冊でもいい」

「一度だけ・・・?」

「ああ」

そういえば、さっきそんな話をしていたわ。本を借りてそれでお終いと。

もう、移動図書館は現れない。

そして、黒曜も。

芽衣は更に落胆する。

こんなに素晴らしい本たちに会えなくなるのも悲しいが、黒曜に会えなくなるのも悲しい。

さっき会ったばかりなのに。

でも、もっと話しがしてみたい。

彼の事が、もっと知りたい。

芽衣はおもむろに口を開く。

「ねえ、黒曜は私と同じ人間なの?どこに住んでいるの?」

ストレートにきいてみた。

黒曜は面食らう。

「どうしてそんな事が訊きたいんだ?」

「知っちゃダメなの?」

「駄目ではないが・・・うーん、そうだな・・・人間だけど、芽衣とは違う人間だ。この移動図書館という異空間で生きてる。ここが俺の住処だ」

黒曜は、移動図書館というこの異空間でのみ生活しているらしい。

「ここだけで・・・」

理解するのは難しいが、芽衣はだんだん非現実的な話が出ても冷静に考えられるようになった。もう何が出てきても不思議でない気分だ。

でも、この移動図書館以外の世界を知らないなんて、芽衣はなんだか急に切なくなってきた。

移動図書館以外の世界を知らない?この車の中でしか生活していないの?

息がつまりそうにならないの?

様々な思いがあふれてきて芽衣は涙が出てきた。

どうしてだろう。

「おいおいどうした?なんで泣く」

黒曜は少しうろたえた。

「だって、移動図書館の中でしか生活してないなんて」

黒曜は芽衣の頭を優しくぽんぽんとたたく。

「芽衣は変わってるな。泣くなよ。別に俺にとっては普通の事だ。様々な情報はこの移動図書館にあるし、何不自由なく生きてる。芽衣達となんら変わりなく」

そしてゆっくり瞼を閉じて、穏やかにまた言った。

「俺にとっては、普通の事だよ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ