第28話 再び 図書室へ
芽衣たちは移動図書館へ戻ってきた。
すぐさま黒曜が操縦席に座りパネルを操作する。
「よし、戻るぞ」
学校の図書室へと出発した。
芽衣たちは操縦席から少し離れた場所にある椅子に座る。
天藍星葉は修理を手伝ってもらうのに、『はじまりの書』以外にも数冊本をトピアリーガーデンから持って来ていた。
芽衣はふと後ろ髪引かれる思いにかられる。
(トピアリーガーデン、素晴らしい所だったわ。できれば、あの庭のトピアリーが目録になっているというのを体験してみたかったわ。次があれば・・・)
そう思って、はた、と止まる。
そうね、もう、次なんてない。
もう、あの場所には戻れないのよ、芽衣。
刻一刻と迫る時間。
『時間』を気にするたび、そのたびに現実に引き戻される。
急に悲しくなって芽衣はうつむいた。
「お嬢さん、大丈夫?」
琥珀が芽衣に声をかける。
「えっ、う、うん。大丈夫だよ?ありがとう」
「色んな事がお嬢さん自身に起こっているから、大変だろう」
めずらしく、と言ったら失礼だが、琥珀にこんなに心底心配してもらうのは初めてだ。
琥珀のきりっとした形の良い眉が下がっている。
私、今どんな顔してるんだろう?
そんなに心配されるほど?
ああ、黒曜に気が付かれたら、心配性の彼のことだものまた悲しませてしまうわ。
「ふふ、ありがとう琥珀さん」
悲しい気分を振り払おうと、芽衣は誰に問うでもなく、疑問に思っていたことがあった為声を張って訊いた。
「ねえねえ、『はじまりの書』が言ってた『悪の心で満たされた』ってどういう事?」
黒曜が操縦席モニターの椅子をずらし、こちらへ体を向けた。
「移動図書館に来た人間たちの中には悪意を持ったものたちもたくさん来るんだ」
「ああ、黒曜のあれみたいに・・・」
芽衣はそこまで言ってハッと気づいて口をつぐんだ。
(し、しまった)
黒曜の過去の話は琥珀さんに口止めされているんだった。
本の番人の制裁を受けて銀の焔で消されたという人間がいた話。
案の定、黒曜はギロリと琥珀を睨む。
琥珀は、あーあ、とあきらめの表情をする。
「しゃべったな、琥珀」
平然とした顔で
「まあ、不可抗力だよ」
「なにが不可抗力だ」
ああ、やってしまった。
きっと、黒曜自身も秘密にしておきたかったに違い無い。
「ごめんなさい」
しゅんとする芽衣。
黒曜にも、琥珀にも申し訳ない。
しかし琥珀は全く悪びれていない様子で平然としていた。
「気にするなお嬢さん。別にそれを知っていたとしても問題無い」
「おい、お前が言うか」
(だ、大丈夫かしら、この二人)
芽衣がハラハラして見ていると、黒曜がそれに気づきゴホンと咳払いした。
「まあ、だから、琥珀から聞いて知ってるんなら話が早い。その悪意を持った者たちが何人も来る事によって『悪の心で満たされた』となると思うんだ。そうだろ?」
最後は天藍星葉に向けて言った。
「そうなるのお。『悪の心で満たされた』その先がどうなるかはわしにもわからんがのお」
「しかしそこでお嬢さんが来た。勿論悪意を持って来たわけではなく、むしろ逆だ」
「そうじゃ。だから混乱が生じたのじゃが、だからといって『悪意』を野放しにしておくわけにもいかぬ」
芽衣は、また自分の話が出てきたのでドキドキした。
すると、黒曜がモニターを見たまま声をかけた。
「お二人さん、話はそこまでにしようぜ。もう着いたようだ」
「あ、ほんとだ」
モニター画面を見ると、そこには学校の門が見えていた。
移動図書館へ戻った時のように、再び高次跳躍で図書室の前まで来た。
「よし、入るぞ」
黒曜が扉に手をかけた。
(私たちがいなくなって、大丈夫だろうか。どうなっているだろう)
緊張で心臓がバクバクする。
「きゃっ」
ドッと暴風が押し寄せて来た。
本の番人の威力はまだまだ弱まっていないようだ。
「?」
芽衣の前で先頭を歩いていた黒曜が立ち止まり舌打ちする。
「くそっ」
(どうしたのだろう)
黒曜の背中から前を覗き込むと、そこには恐れていた事態が現実のものとなった惨状が広がっていた。
「そんな・・・」
芽衣は愕然とする。
あんなにあった山積みの本が、半分以下に減っている。
琥珀の作った結界は見当たらない。
「やはり、結界は駄目だったか」
琥珀は嘆いた。
結界は持ちこたえる事はできず、消えてしまったようだ。
(もしかして銀の焔が・・・?)
あえて確認はしないが、黒曜たちの表情から、本が番人の攻撃によって消滅してしまったのだとわかる。
本たちの大半が、銀の焔に焼かれてしまったのだ。
(なんていうこと・・・!)
焼かれてしまったのは、図書室の本なのか、魔力の本なのかはわからない。
天藍星葉が目を凝らしながら山積みの本を見る。
「魔力のある本はまだ半数以上残っておる。じゃがこの場所にあった本はほとんど残っとらん・・・」
「そんな・・・」
学校の図書室の本は消されてしまった。
どうして?
毎日通って読み漁っていた馴染みのある大好きな本だったのに。
芽衣は悲しみと悔しさでいっぱいになった。
すると、『はじまりの書』が急に天藍星葉の服の中から飛び出してきた。
「これ」
天藍星葉にも制御できないようだ。
はじまりの書は淡い光を自身で放ち始めた。
それは七色の光。
そしてその光を最大限に大きく膨らませる。
「結界を張っているのか・・・?」
琥珀は驚愕した。
そんなこともできるのか。
隣にいた天藍星葉がうなずく。
「そうじゃ、あれは結界じゃ。じゃが、おまえさんの『本の生る海』を用いた結界とは違う。威力も格段に弱い」
「そうなのか・・・」
しかし結界は結界。
本の番人の暴風を受けてもビクともしない。
残された本たちを守っているようだ。
本の番人の暴風が強まった気がする。
今は銀の焔の攻撃は無いが、いつまた降り注いでくるかわからない。