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図書室の海  作者: 主音ここあ
24/34

第24話 移動図書館に着いて


「着いた・・・」

どうにか四人は移動図書館へ戻って来た。

移動図書館の中は、出発した時のまま何も変わらずシンと静まり返っている。

さっきまであの嵐の中にいたなんて嘘のようだ。


琥珀は芽衣を降ろしてすぐに黒曜に声をかけた。

「どういうことだ?本はあったのか?」

黒曜は矢継ぎ早の琥珀の問いにすぐには答えない。

「まあまあ、ちょっと座ろうぜ」

そう言うとゆっくりと腰を下ろした。

(黒曜、疲れているのね)

黒曜は疲れの色を隠せない表情だった。

琥珀が渋々座ると、天藍星葉と芽衣もそれに倣い座った。

(うわあ・・・、私、すごく疲れてたんだ)

緊張で張りつめていた気持ちが、座り体を休めたことで、どっと疲れが出てきた。

(壮絶に眠たくなってきた・・・!)

さすがにそれはマズイと思い、なんとか持ちこたえる。

また立ち上がるには時間がかかりそうに芽衣は思った。


黒曜がけだるげに髪を書き上げながら言った。

「お前は大丈夫だったのか?琥珀」

急に思いがけない言葉をかけられた琥珀は一瞬きょとんとしたが、笑顔で答えた。

「ああ、問題ない。バランスを崩して結界を操作するのが多少難しくなったけどね」

琥珀が目を瞑って得意げに続けた。

「まあ、僕が駄目になったときは、黒曜がなんとかしてくれると知っているから」

黒曜は下を向いて少し笑う。

「ずいぶんなプレッシャーだな」

芽衣もつられて笑った。

(琥珀さんはさらりと言っているけど、すごい事を言っているわ)

黒曜は両手を床につき、くつろぎながら天を仰いで言った。

「まあ、俺も、俺が駄目なときは琥珀にまかせると決めている」

(わあ)

本人を目の前にしてこんな事が言えるなんて。

そして思った。

ああ、そうか。二人は心底信頼しあっているのね、と。

胸が熱くなった。

だから、さっき図書室で危ない目に遭いそうな琥珀さんを見ても、助けようという言動が無かったんだ。

芽衣はそんな二人の関係を穏やかに見つめた。




そんな二人のやりとりが終わり、琥珀が黒曜をそわそわと見る。

早く知りたいのだろう。

本がどうなったのか。

彼は結界から離れた場所にいたため、何が起きたのかわからない。

すると、黒曜がおもむろに片手を上げた。

その手の中には一冊の本。

「見つかったのか・・・!」

琥珀は歓喜の声を上げた。

黒曜も満足そうな顔をしてうなずいた。

(二人とも、ずっと探してくれていから)

芽衣は感慨深く、思わず涙が出そうになる。



本を天藍星葉に渡し、黒曜は感慨にふける間もなく、立ち上がり歩き出した。

「黒曜、もう少し休んだら?」

芽衣が心配になり声をかけた。

座ってからまだ少ししか経っていない。

「大丈夫」

振り返らずにそのまま歩き操縦席へ向かった。

「先に、移動図書館を出発させておかないと」

時間が惜しい、と言い操縦席へ座った。


琥珀が黒曜に向かって言う。

「やはり、移動図書館で彼の家へ向かうのか」

琥珀は言った。

「ああ、それしかないだろ。移動手段が無いっていうもんだから」

「すまんのお。よろしく頼む」

天藍星葉が申し訳なさそうに言う。

彼の移動を助ける頼みの本たちのほとんどが、現在学校の図書室にいるので移動手段が無いのだ。

黒曜が操縦席に座りこちらを振り向く。

「よし、到着場所を入力する。場所の名前を言ってくれ」

天藍星葉が答えた。

「『トピアリーガーデン』と入力するとよい」

「!」

黒曜も琥珀も驚いた。

「あそこには人が住んでたのか」

「君は行った事があるのか、黒曜。僕も一度遠目から見たことがあるけど、草や木だらけだったよ」

「いや、あの空間の中には入った事はないけどな」

二人は天藍星葉の言っている『トピアリーガーデン』なる場所を見た事があるらしい。

芽衣にはさっぱりわからない場所だが、ガーデンと名の付くものだから『庭』なのだろうか?

「よし、入力完了だ。出発するぞ」

操作し終わった黒曜は芽衣に説明する。

「トピアリーガーデンは緑がたくさんある異空間なんだ、なあ、そうだろ?」

天藍星葉に向けて訊いた。

「そのとおりじゃ。草花や樹木に覆われている。わしの住処じゃ」

「へえ・・・そんなところもあるんだ」

芽衣は行くのが少し楽しみになってきた。


そして移動図書館はいよいよ天藍星葉の家へと動き出した。




出発して間もなく、天藍星葉が口を開いた。

その顔は笑顔だ。

「やはり良い方向へいった」

「え?」

なんのことだろう?

三人は彼を見た。

「本の声が聞こえるということじゃよ」

「ああ、さっきのか」

黒曜が納得した。

「どういう事だ?」

琥珀が尋ねる。

芽衣が再び本の声が聞こえたこと、そしてその本が話したことを知らない琥珀に、黒曜が説明した。

琥珀は聞き終えると、彼は右手を顎の所へ持っていき、何か考えているようなそぶりを見せた。

しばらく沈黙したのち、口を開いた。

「そうか。僕は間違っていた」

「え?」

続いてまるで独り言を言うように、早口で言った。

「声が聞こえることで今回の番人の暴走の原因になっているのか、なっていないのかはどうかはまだ判断つかない。ただ、同時に番人の暴走を解決する事もできるんだ」

「琥珀さん?」

(なんだかよくわからないが、本の声が聞こえる事に対して、理解を示してくれているのだろう)

「・・・まだ原因だと思ってるのかよ」

黒曜は辟易してポツリと言った。





「あの結界は大丈夫なのか?」

話を変えて黒曜がきく。

「まあ、しばらくならあの結界も僕なしでも大丈夫だろう」

琥珀は天藍星葉に向き直って話す。

「ただ、保証はしませんよ。あなたの大切な本は・・・」

琥珀の言葉をさえぎって笑って言った。

「気にせんでいい。彼らは強い。大丈夫じゃ」

「・・・」

なんと話を続けていいかわからず、三人は黙った。

天藍星葉が沈黙を破り話しはじめた。

「この『最果ての書』と、わしが持っている『はじまりの書』。トピアリーガーデンについたらこの二つを一つにする作業も行おうと思う」

「!」

「一つにすればより強大な力になるんですね?」

琥珀が訊く。

「そうじゃ。今ある魔力のある本の中では一番強力じゃな。これで今の状態の本の番人の修理もできる」

強大な力。

どれほどのものなのだろう。

黒曜たちを治療した時の魔法だってすごく感動したのに、それをはるかに上回るのだとしたら。

芽衣は期待に胸を膨らませた。





黒曜はおもむろに操縦席を離れ、移動図書館の奥の方へ芽衣を呼んだ。

(なんだろう)

書架で視覚を遮られるので、琥珀と天藍星葉からは見えない位置の場所だ。

「芽衣」

ふいに黒曜に呼ばれた。

「わっ」

黒曜の顔が近づいてきて芽衣の頭をやさしく両手で包み込み、お互いの額と額がくっつく。

(まだまだ慣れないな、これは)

黒曜が芽衣のいる世界の時間を知る行為。

芽衣は顔を赤くする。

黒曜の顔は見れない。

おでこをくっつけたまま黒曜は言った。

「芽衣。眠くならないか?腹が減ったりとかは?」

「うん。不思議とまだ大丈夫」

そういえば。食事したのだって、寝たのだってずっと前だ。

普段ならそんなこと考えられない。

黒曜の顔がくっついていて恥ずかしいはずなのに、芽衣はあまりにも不思議なその話に気を取られて黒曜を見つめた。

「まあ、この異空間では『食べる』『眠る』という習慣はない。食料も無ければ空腹感も無い。睡眠は、疲れた時だけ寝るってかんじだ。だからお前もこの異空間にいる間は体がそう順応してるのかもしれないな」

「へえ、不思議なのね」

「まあ、お前の住む世界的にいえば、『都合の良い生き物』ってかんじだな」

そう言って笑った。

そんなことないわ、と芽衣も笑って言った。


おでこを離して黒曜は後ろを向いた。

少しの間のあと。

「芽衣、そろそろ帰れ」

(え・・・?)

「黒曜」

心臓をぎゅっとつかまれたように痛く苦しい。

まだそんな言葉は聞きたくない。

「今何時なの?でも、私何時になったって大丈夫・・・」

「駄目だ!!」

黒曜がめずらしく怒鳴った。

芽衣は驚きで涙を浮かべてしまった。

黒曜はしまった、と振り向き髪をガシガシかきむしる。

ぽろぽろと芽衣の目から涙が溢れだす。

「ごめん、また泣かせた・・・」

黒曜が芽衣を抱きしめる。

違うの、と芽衣は首を振り否定した。

すると黒曜が優しく言う。

「でもな、お前には帰らなきゃならない場所があるんだ」

(黒曜・・・)

芽衣は涙をぬぐい、黒曜の漆黒の瞳を真っ直ぐ見つめる。

「―――――今、何時なの?」

「午前三時」

「わかったわ。私、朝になったら帰る」

言葉に出した途端不安に襲われた。

朝日が昇るまであと三時間くらいか・・・。

でも、帰らなければならない。

そう、私のいる世界はこの異空間ではないのだ・・・。


「了解だ」

その声は少しだけかすれていた。

黒曜は抱きしめる腕にギュッと力を込める。


・・・このまま、ずっと抱きしめていてほしい。

叶うはずの無い願いが心に押し寄せ、目を伏せた。




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