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図書室の海  作者: 主音ここあ
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第23話 海底を往く(ゆく)

琥珀は結界の中からひとり出て、三人の背後へまわった。

結界を外から動かす為だ。



「琥珀さん大丈夫かな」

後ろ髪引かれる思いで琥珀のいるすぐ後ろをチラリと見ると、黒曜もまた心配そうに見遣る。

琥珀はそれに気づき微笑した。

「早く戻ってこよう」

「うん」

黒曜が芽衣の肩を抱き、前を向かせた。

心配そうな二人を尻目に、琥珀は行って来いとばかりの表情で結界へ向けて両手をかざし、三人を送り出した。





*****


夜の仄暗い闇の中、青い光が淡く図書室を包む。

その光は、一段と増しているように思える。

深海を這うように、結界はゆっくりと進む。



黒曜が片手を上げて琥珀へ合図を送ると、結界の動きが止まった。

「けっこうな量だわ・・・」

目の前には山積みの本。

本の番人の体内から落ちてきた本、芽衣を助けた天藍星葉の住処から現れた本、学校の図書室の本棚から落ちてきた本など――――それらがごちゃごちゃに混ざっていた。

この中から探すのは時間がかかりそうだ。


夜の図書室――――――きっと数時間で陽は昇るであろうが、まだ仄暗い中、山積みの本はあちらこちらで淡く青い光を放ち続けていた。

「あの青く光っているのは?」

芽衣が誰に訊くでもなく言った。

目が離せないほどにとても綺麗だ。

天藍星葉が目を細めながら答えた。

「それは本の番人の体内から落ちてきた本たちであろう。あの光は、『本の生る海』への回帰を望み自身を発光させ、青い色なのは海の色へ擬態させているのじゃよ」

「え・・・」

「それだけ不本意に回収されてったってことか」

黒曜が腕組みをして青い光を見つめながら言った。


番人によって回収され、硝子ケースの中に閉じ込められていた。

『本の生る海』で本物の『本』と成り生まれ、そしてそこから誰かの手に取ってもらい、読んでもらう為旅立つ。

それが本の本来の目的。



(矛盾しているわ)

芽衣は首を横に振った。

この異空間の修理をする為に生まれた魔力を持った本を、本の番人が回収するなんて。

自身が故障した時はどうするつもりなんだろう。



天藍星葉はうなずく。

「魔力のある本は、本人も不本意に番人によって回収されていく。もう一度、読んでほしいんじゃ。誰かに手に取ってほしいんじゃ」

目を瞑り天藍星葉はうわ言のように言った。

それを横目で見ながら芽衣は思った。

ああ、このひとは本当に本を愛しているのだと。

「きっと誰かの役に立つ。魔力を持った本は勿論の事、どの本でもじゃ」

天藍星葉の熱い想いが胸を打ち、芽衣は少し鼻声になりながら言う。

「私も探します。番人の体内の中で最後に見つけた、あの硝子ケースに入っていた本、あれが『最果ての書』だと思いました。だから、本当にそうなのか確信したい」

「おお、頼んだよ、お嬢さん」

そう言いにっこり笑った。



「そうか、あの青く光っているものの中から見つければいいんだな」

黒曜が気づいて言った。

番人の体内から落ちてきた本だけが青い光を放っているのだとすれば、それのみを探せば少しは早く見つけ出せるかもしれない。


すると『はじまりの書』が天藍星葉の服の中から飛び出してきた。

「おお、近くにおるとな?そうじゃ、おまえさんの片割れが」

天藍星葉が目を細める。

そして『はじまりの書』を両手で持ち、山積みの本の方へ向けた。

「天藍星葉さんも本の声が聞こえたりするんですか?」

「まあ、わしが作った魔力を持った本だけだがのお」

「本を自分の家から呼び寄せたり、修理の手伝いするってことは、意思疎通できるんだろ」

黒曜も付け加えて言った。

「ああそっか、そうよね」

芽衣は黒曜に言われて思い出した。

彼は本を作りだしいつも一緒にいるのだ。

当然といえば当然のこと。

「声が聞こえるということは、きっといい方向につながると思うのじゃよ」

「え?」

ふいに天藍星葉が言った。

「ああ、琥珀が言ってた話か?」

天藍星葉がうなずく。

「そうじゃ。本の声が聞こえるのは魔力を持った本だけじゃの?」

芽衣はうなずく。

今まで芽衣が読んできた本――――――――勿論この図書室の本からも、声など聞いた事がない。

「はい。助けてもらった時のあの本たちだけです」

「魔力を持った本たちは知力が高い。おまえさんが本を好きなように、本もおまえさんを好んでいるのじゃよ、きっと。悲観するものではない。良い方向に導いてくれる声じゃ」

良い方向に導いてくれる声・・・。

「この人もそう言ってるし、だから大丈夫だ。気にするな、芽衣」

黒曜もそれを聞いて清々しい表情をしていた。

「うん」

二人の言葉に、曇っていた心に少し光が差したような気がした。



「さあ、見つけようぜ」

黒曜が話を変えた。

「うん。どこかなあ」

結界から出れば危険なので、結界の中から探す。

大人五人くらいが入ればギュウギュウの狭い空間の中で、身をかがめて慎重に見る。



その時。

バン!

と音がした。


「なに!?」


芽衣は飛び上がるほど驚き上を見上げた。

銀の焔がまた襲い掛かってきたのだ。


いくつも落ちてくる焔の光景。

しかし結界に跳ね返されそのまま消えてしまう。

結界を叩く音が痛いくらいに響いてくる。

守られているとわかっていても、それだけで芽衣にとっては恐怖だ。

そして、探そうと焦り、余計に見つからない。

それを察してか、突然黒曜が芽衣の手をぎゅっと握った。

「黒曜・・・」

「大丈夫。俺が探すから」

「黒曜」

「お前はこんな世界に身を投じた事なんてないだろ。それなのにとても頑張ってくれた。それだけでも俺は満足だ」

それはそれはとても優しく、寂しい表情だった。

「黒曜・・・私・・・」

「おっと、琥珀も危ないな」

黒曜が後ろを振り向き話を変える。

芽衣も同じように見ると、琥珀の方へも銀の焔が落ちようとしていた。

「琥珀さん!」

案の定、琥珀が危険にさらされる事になってしまった。

「黒曜、どうしよう」

芽衣の顔は青ざめる。

黒曜は一度目を伏せ、前を向いた。

「早く探す、これしかない」

「そんな・・・」

黒曜は前を見据えていた。

覚悟を決めたような、そんな表情で。

芽衣にはわからなかった。

彼にとってとても親しい人を、大げさに言えば見捨てるような行為など。

唇をかみしめて芽衣も再び探しはじめた。



どうして・・・?

芽衣には理解できない二人の間柄に何か特別なものでもあるのだろうか。

それでも。


後ろを再び振り返ると琥珀はどうにか火の粉をなんとか避けて対応しているようだった。

少しほっとした。

天藍星葉がすぐさま提案した。

「もう少し前へ出て、山積みの本ごと結界で包めないか」

「天藍星葉さん!今琥珀さんも危険な状態で・・・」

「ああ。やってみよう」

「黒曜!」

芽衣の悲痛な叫びを無視して二人は話を続ける。

「しかしこの結界の大きさだと、山積みの本すべては包めない。半分で限界だ」

「それでもなんとかなろう、これでさっきよりも早く探せるかもしれんのお」

黒曜が手をあげ、琥珀に合図する。

琥珀は銀の焔をバランスを崩しながらもなんとか結界へ手をかざし力を込めた。

ふわりと結界が浮かび、本の山の中枢へふわふわと向かう。

黒曜が再び手を上げて制止の合図を送ると、結界の動きが止まった。

本だらけの場所に着地したので、足元が不安定になる。

「あっ」

芽衣は思わずよろけそうになるが、黒曜が支えた。

「あ、ありがとう」

「気をつけろよ。さあ、探すぞ」

支えてくれたその手は温かく、先ほどの琥珀に対する行為も信じてみようと芽衣は思った。



「『はじまりの書』が反応しておる。あちらにあるようじゃの」

『はじまりの書』が、自らの片割れがあると伝えてきているらしい。

天藍星葉は、はじまりの書とその本が指し示す場所とを見遣る。

彼が見た方向を黒曜と芽衣も見る。

どうやら結界で守られていない方の本の山の中にあるようだ。

「よし。あっち側の青い光は、三つ、四つくらいか」

もしもその本を取るとしたら、体が少し出てしまって、本の番人の攻撃にさらされてしまうかもしれない。




数個の青い光。

芽衣は、意識を集中させた。

黒曜は一番手前の光に手を伸ばそうとしていた。

探し出さなければならない。

これは宝探しではない。落し物を探すのともわけが違う。

希望の光を探し出すのだ。

そう、この現状を打開する為の希望の光なのだ。

それは唯一つ。


(あなたは自由になったのよ。もう一度、私に姿を見せて)

芽衣は祈るように光を見つめた。



『そう あなたが わたしを みつけてくれた わたしを だしてくれた』


(え・・・?)

かすかに、何か聞こえた。

でも、芽衣には聞き取れなかった。


不思議な気持ちのまま、芽衣の視線は、ある一つの光に集中する。


数個の青い光。

その中で一番遠い場所にある本。


「あ!」


体半分埋もれていたが、それは静かに主張しているように見えた。

目を凝らしてよく見ると、破かれているようにみえる。

重厚で品格のある雰囲気。

あの硝子ケースの中で見た、それと酷似している。

あとは芽衣の直感だった。



「きっとあれだわ」

「あれじゃの」


芽衣と天藍星葉の二人同時に言った。


「へえ」

黒曜は感嘆した。


そしてその本へ手を伸ばす。

「これでいいんだな?」



すると、

銀の焔が黒曜の腕めがけてふりかかろうとした!

「黒曜!」

間一髪、本を拾い上げ結界の中へ戻った。

ふーっと息を吐く黒曜。



その時。

キイイインと甲高い音声が聞こえた。


な・・・に・・・?

芽衣は神経を研ぎ澄ませた。


『・・・の・・・こ・・ん・・・いる・・・』



また、あの時と同じ声。


『・・・・・・・・・』


本の・・・本たちの・・・声なのね・・・?



「本の番人は混乱している。私たちは大丈夫だから行って。本たちが、そう言ってるわ」

芽衣が溢れそうな感情を押し殺しながら言った。

「なんだって」

黒曜が目を見開く。



本たちが、また、私に話しかけてくれた。

それを思うと目頭が熱くなる。



「おい、走れ!移動図書館へ戻るぞ!」

そう叫び、黒曜はそのまま芽衣の手を取り勢いよく結界を出た。

そのまま全速力で走り出した。

片手には本を持ち。

やっと手にした『最果ての書』。

その感慨にひたっている間も無くその場を後にする。

とにかく今は急ぐ。

黒曜は芽衣の言った『本の声』を信じ、行動に移したのだ。

――――――山積みの本をあのまま残し、天藍星葉の家へ向かう。

苦渋の決断だが、一刻を争う。

止むことなく銀の焔も落ちてくる。

ここは本たちの言うとおりにまかせておこう。

「早く走れ!」

走りながら、後ろをついてくる天藍星葉にそう無茶な言葉を声をかける。

(お年寄りを走らせて大丈夫かしら)

芽衣は黒曜に手をひっぱられながらそんな呑気な事を考えた。



「結界はあのままにしてろ!急いで移動図書館まで戻るぞ!」

黒曜が琥珀に叫んだ。

「えっ、でも大丈夫なのか・・・?」

事の成り行きがわからない琥珀は困惑を隠せない。

「説明はあとだ!」

そう一言叫び、今まで手を引いていた芽衣を琥珀へ預けた。


まだ銀の焔は続いていた。

早く天藍星葉の家へ行って修理道具を持ってこなくては。

図書室の扉を開け、黒曜は遅れて来た天藍星葉を抱えて高次跳躍した。

わけがわからないまま芽衣を預けられた琥珀も、とりあえずそれに続いた。


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