第21話 本の声と識らされる過去
「本の番人を先にどうにかするしかないのお」
天藍星葉は結界の中に戻って来た。
琥珀も黒曜も、同じように顎に手を当てて、何やら思案しているようだった。
そして口をひらいたのは琥珀だ。
「修理する事はできますか?」
黒曜も琥珀の言葉にうなづいた。
二人は同じ事を考えているようだった。
そうだ。ここに修理技士がいるじゃないか。
移動図書館や本の生る海を修理できるなら本の番人も修理できるはずだ。
琥珀は天藍星葉をまっすぐ見て言う。
「本の番人は異常です。きっと壊れているに違いない。だから修理すれば治るはずだと僕は思います」
天藍星葉はうなづいた。
「勿論、そのつもりじゃ。本の番人の修理なら数回ほどした事がある。じゃがそれは部分的で小さい修理箇所じゃった」
「しかし、今回は・・・」
天藍星葉は声を一旦止め、上を見上げる。
「修理する事はできるとは思うが、今回はあまりにも攻撃的すぎて琥珀どのが言うように異常じゃ。壊れておるといっても過言ではない」
相変わらず番人は自転しながらゴウゴウと嵐を作り出している。
いつまた銀の焔を出してくるかわからない。
「しかし修理中に『銀の焔』で攻撃される危険性もある。そしてどこが壊れているのか。全体的なものなのか、こんなにも異常が出たのは初めてじゃから、わしにも修理できるかはわからんが」
そこで一度言葉を切った。そして声のトーンを下げて言った。
「しかしもっと根深い何かがあって壊れ始めたのではないかとわしは思う」
―――――根深い何か?
「どういうことだ?」
黒曜が眉をひそめる。
「その根深い何かの理由は知らんが、根本的なものの原因を探ってそれに見合った修理をせねば、今応急手当的に修理をしても、再び異常が出るともかぎらん」
「壊れる根本的な理由、か・・・」
「しかし、根深い何かの理由なんてあるのか?どうやって修理するかは俺には知らないが、とりあえず修理してくれ。根本的なものの解決はまた後だ」
黒曜は少し苛立っているようだった。
本の番人をどうにかしなければならない。
それが次から次へと厄介事が出てくる。
苛立ってもおかしくない事態だが。
琥珀が口を開いた。
「修理は大変だと思いますが、僕たちもできることがあれば手伝いますのでお願いします」
黒曜の苛立った口調をフォローするかのように、丁寧に口添えした。
「了解じゃ」
言ったそばから天藍星葉は顔をしかめ首を振った。
「しかしじゃ。本の番人を修理する道具をここには持ってきておらんのじゃ。定期的に巡回して点検はしておるが、この特別な修理には別な修理道具が必要じゃ」
「それはどこにある」
「わしの住処じゃ」
「天藍星葉さんのおうち?」
芽衣は驚く。まだ異空間が存在するのだろうか。
「まあ、家じゃのお」
「よし、じゃあ取ってきてもらおう」
「しかし移動手段が無くなってしもうた」
「は!?」
黒曜が顔をしかめる。
「普段は本の力を借りて移動しているが、ご覧のとおりあの本たちは疲れて自らで動く事ができなくなっておる。わしの住処にいたほとんどの本が来ているからのお」
天藍星葉は山積みになった本の方を見る。
芽衣は申し訳なくなった。
「私を助けたばっかりに・・・ごめんなさい・・・」
「いやいや、お嬢さん。おぬしのせいではない。あの本たちは自らの意志でわしの住処から飛び立って来たのじゃ。普段はわしが定期巡回する時などの移動手段として手伝っておって、こうして移動手段が無い時などに住処から呼び寄せるのじゃが、今回はわしはまだ彼らを呼んでおらん。お嬢さんがたの危機を察知したのではないかと思うが」
「え・・・」
「すごいな。本当に意志を持っているのか」
琥珀は感銘を受けている。
「本当に、ほんとなんだ。本が、助けてくれる・・・」
涙が出そうになった。自らの危険を顧みず、助けてくれるのが私の大好きな『本』たちだなんて。
勿論、それは治癒の力を持った本のみだけども。
「そういえば、私、声を聞いた気がします。本たちの声を。私を助けてくれた時に」
「!」
「ほほう・・・」
黒曜と琥珀は驚いているようだった。
天藍星葉は感心してあごを撫でていた。
「本の声を聞けるとは、おぬしは本当に本と通じておるんじゃなあ」
「つ、通じる?」
そんなに大げさな事?
黒曜は腕組みをして考える。
「確かに今までに移動図書館に現れた人物で本の声を聞いた事のあるやつはいないな」
「そ、そうなの?」
自分が普通じゃない気がしてきて芽衣は少し焦ってきた。
琥珀は神妙な面持ちで言った。
「もしかしたら、本の番人の故障の原因は、その『本の声まで聞こえる』お嬢さんに一因があるのではないだろうか」
「え!?」
意外な話が出てきた。
つまり・・・
「私のせいってこと・・・?」
芽衣の顔が青ざめる。
「おいおい、琥珀。なに言ってんだよ」
黒曜はその声に怒りをにじませる。
琥珀は二人の表情に少し焦る。
「いや、お嬢さんを責めているわけではない。ただ、番人を修理する上での糸口になるかもしれない」
「・・・。天藍星葉、あんたの意見は」
黒曜は琥珀を見据えたまま、天藍星葉に訊く。
「ふむ。本の声が聞けるとなると、それも可能性としてあるかもしれん。本の声を聞けるものなどなかなかいないしのお」
「――――――わかった」
黒曜は納得し、そして芽衣の方を向く。
「芽衣。だからと言ってお前のせいでは断じてないからな。これだけは勘違いするな」
念を押すように真剣な目で言った。
「うん。わかった」
(わかったけど、不安だ・・・。なんで急にこんな話に・・・私、変な事言わなきゃよかった)
琥珀が黒曜に声をかけた。
「黒曜、僕の言いたい事はわかるだろ?本の声が聞こえるものは少ない。だからこそ何か関連しているのかも。これは希望的観測であって・・・」
「あ!黒曜!」
まだ琥珀が話している途中なのに、黒曜は琥珀の声を無視して、早々と結界から出て行ってしまった。
「・・・まったく。そんなに怒る事かねえ」
琥珀は苦笑してお手上げとでも言うように両手を上げた。
(なんだか、喧嘩みたいになっちゃった?)
ど、どうしよう・・・、こんな時に・・・。
「あ、あの、琥珀さん、喧嘩はしないでくださいね・・・?」
おそるおそるお願いしてみた。
琥珀がきょとんとした後、ああ、と笑って言った。
「大丈夫だよ」
しかしその色白で端正な顔が曇った。
琥珀は結界を出た黒曜を見つめ、ゆっくり口を開いた。
「彼は、お嬢さんのように移動図書館に現れる人物をたくさん見てきた」
こちらに背を向けている。
暴風が容赦無くふきつけるので、足を踏ん張って立っているようだ。
まだ結界に入っていればいいものを。
琥珀は何かを語ろうとしている。
芽衣は琥珀の次の言葉を静かに待った。
天藍星葉はこちらの話には入って来ず、本の番人の方を見ていた。
「しかし近年、悪意を持ったものたちも何人も移動図書館へ来るようになった。人間は様々な種類がいるのだから仕方が無い」
「しかし、その中でも特に怪しい人物が現れた。よく移動図書館はやつを選んだものだよ」
顔を歪ませ、皮肉げに言う。
やつ、と言った。男なのだろうか。
「そいつは黒魔術等のあやしい本が好きだった。確かに本好きではあるが異端だね。勿論、好きなだけではなにも問題無い。そしてこの異空間には黒魔術等の類の魔術の本は存在しない。だからそいつはこの異空間にそのようなあやしい本が無いとわかった途端、この異空間の本を自分の世界で売りさばこうと画策したんだ」
「そんな、ひどい・・・」
売りさばく?こんな素晴らしい本たちを、自分の利益の為だけに・・・?
「その目論見をまだ知らない黒曜は、何も疑わずにたくさんの本を貸し出した」
「・・・」
芽衣は琥珀の話に聞き入っていた。そんな人物がいるなんて。
「勿論、返却はされなかった」
「え・・・じゃあどうしたの?」
「不信に思った黒曜がやつの前に現れたが、返却拒否をする。そしてそれを知った本の番人が裁きを下したんだ」
「え!?さ、裁き!?」
「黒曜は、本の返却がされない場合は本の番人の裁きがあると知っていて、やつのする事を止めようとしたが、聞き入れなかった」
「そうなの・・・と、ところで裁きって、何?」
「話はここまで。だから、彼はお嬢さんのいる世界を信用できなかったんじゃないかな」
琥珀は何故か芽衣の問いを無視した。
「琥珀さん。教えて」
琥珀はどんな裁きなのか言いたがらない。何か言いたく無い事なんだろうか。
芽衣は食い下がる。
琥珀は仕方ないな、と重たい口をひらく。
「銀の焔で本もろともその人物を焼き尽くしたんだ」
「―――――――そんな」
「勿論、本の番人だって誰彼かまわず攻撃するわけではない。裁きは、そういう決まり事だったんだ。まあ、今は故障している可能性があるから攻撃してくるんだけどね」
芽衣の表情から血の気が失せていく。
少しふらついてしまいよろけると、琥珀が肩をつかんでくれた。
「大丈夫?だから話したくなかったんだ」
少しムッとした琥珀。
「勿論お嬢さん、君にその悪意が無いのはわかる。だからこそ、本の声が聞こえるという特殊な能力が本の番人に影響しているのであれば危ないんだ」
「琥珀さん・・・」
「だから僕は余計に警戒しているんだ。真剣に考えているのに黒曜ときたら・・・」
黒曜を見るといまだにこちらに目もくれず立っている。
芽衣は悲しくなってきた。
(黒曜にそんな過去があったなんて・・・)
きっと、つらかっただろうに・・・。
すると、黒曜がこちらに振り向き近づいてきた。
琥珀は芽衣の耳元でささやく。
「今話した事は、黒曜には内緒だよ」
「う、うん・・・」
同じ結界内にいた天藍星葉は見て見ぬふりをしているのか寝ているのかよくわからないが、二人が話している間、静かに目をつぶっていた。
「おい、行くんだろ?天藍星葉の家に。俺たちには時間が無いって言ってるだろ?早くしろよ」
黒曜の苛立ちは増しているようだった。
黒曜は時間を気にしているようだった。
(時間が無いっていうのは、私を早く帰らせようと?)
芽衣は黒曜を切なく見つめた。
(私は、大丈夫なのに)