第20話 癒しの来訪者 3
「わしの本来の仕事は異空間の修理技士のようなものじゃ」
「修理する人!?」
芽衣は驚いた。
魔法使いが修理する人?
「もしかして・・・」
黒曜も琥珀もピンときたようだ。
「おぬしらはわかるだろう。移動図書館や本の生る海などの異空間を修理したりするするのじゃよ。修理するのには治癒の力が必要になる。あの消えてしまった『修理用』の治癒の本たちのような本を生みださなくてはならぬ」
「ええ!?」
芽衣だけ大声で驚いた。
黒曜と琥珀はやはりそうか、という顔をした。
そして二人は目を見張りながら話しはじめた。
「実際に見たことは無かった。だが故障したものも、いつも間にか直っていたりする。不思議だが、修理している所はもちろん、その人物すら見た事が無かった」
「ああ、僕も存在しているのは知っていたが、見た事は無い」
「わしが定期的に巡回して修理しているんじゃよ」
「そうだったのか・・・」
二人は、今まで疑問だった事が解明されてスッキリした表情になっていたが、芽衣にはあまり話が呑み込めない。とにかく異空間を『修理用』の本で修理する人ってことね。
「それで、どうしてここへ?」
琥珀が訊いた。
「移動図書館でエラーが起こったじゃろう。それで修理しなければと思い、出向いたんじゃが、着いた時にはエラーは元通りに戻っていたし、その前に修理用の治癒のある本を作っていて体力を使い果たし疲れていたんじゃ。だから、眠っていたんじゃ」
「そ、それは大変でしたね」
芽衣は思わずドキリとした。自分のエラーのせいで彼が無駄足を踏んだとなると申し訳ない。
「眠っていたんじゃが、ほれ、おぬしの声で目が覚めてのお」
芽衣を指差した。
「わ、私?」
「そうじゃ。おぬしの心からの声が聞こえてきてのお。わしは、おぬしのカバンの本の中で寝ていたんじゃ」
「え!?本!?私のカバン!?」
芽衣のカバンには包帯など応急手当の道具と、移動図書館の本が一冊入っているだけだ。
まさか、この本・・・?
そろそろと芽衣は本を見る。
なんてことはない、普通の本に見えるが、ここでどうやって寝ていたと?
「本の中に入れるくらい、小さくなれるのじゃよ」
唐突にそういうと、突然、緑色の光が天藍星葉を包み込む。
眩しくて目を細めているうちに、一瞬で彼は小さい姿になった。
「うわ!!」
「おいおい・・・」
黒曜は信じられないと額に右手を置いて顔をしかめる。
琥珀は興味津々の様子で身をかがませて見る。
「なるほど、面白い」
大きさは芽衣の足のすねくらいまでで、大きい姿がそのまま小さくなったかんじだ。
「小さい姿の方が体力の戻りも早いしのお」
小さくなった分、声も小さいので、よく聞いていないと聞こえにくい。
(はじめて見るわ。人が小さくなるなんて)
小さい姿って、どんなメルヘンな世界・・・。
芽衣は話が飛躍しすぎていてついていけない。
芽衣だけではなく、他の二人にも小さくなる事は異様なものだったようで、琥珀も眉間にしわを寄せて悩む。
「うーん、しかし、僕もそんな事が出来る人がいるなんて、初めて聞くな。どの伝説の書にも載っていない」
「ほっほっほっほっ。そうじゃったか」
黒曜は思い出した。
「そうか、ちょうど芽衣に本の貸出でバーコードを読み取った時だな。近くにあった本をてきとうに取ったから。あの本だったのか・・・。あの時は急いでいたし、しかし、まったく気づかなかったな・・・」
不覚だったな、と手で顔を覆った。
「このとおり小さい姿だったからのお」
「うん。これならきづかない」
芽衣はしゃがみ、小さくなった天藍星葉をまじまじと見た。
確かに芽衣の持っているA4サイズの本より少し小さい。
しかし紙がびっしり詰まった場所にどうやって入れるというのだろう。
まだまだ謎があるが、もう一度本に入ってみてください、というのもなんだか言えないので、天藍星葉の話を信じる事にしよう。
それが本当なら、芽衣が移動図書館から元の世界へ帰った時からこの本の中にいたという事か。
ある意味、芽衣とずっと行動を共にしていたようなものだ。
「まったく気づかなかったわ、私も。天藍星葉さんも起きなかったの?」
あんなに本だって移動中揺れたりしていたのに。
「ほっほっほっ。全く」
独特の笑いで言い切り、また元の姿に戻った。
カボチャの馬車が初めて現れた時は魔法の世界のようだと思い、琥珀が本の生る海で結界を作ったりと魔法っぽい事は見てきたが、
(天藍星葉さんが現れてから、魔法を使ったり、小さくなったりと、魔法の世界に来てるってかんじね)
「黒曜たちはもう、体はなんともないのね?」
「まあ、そうだな。小さい傷は残ってるが」
と言って腕などをめくってみせた。
天藍星葉が言った。
「このはじまりの書は半分千切れておるので、魔力は半分になっていて小さい傷までは治せないが、普通に動けるくらいには治ったじゃろう」
「ちぎれている・・・?」
(半分に千切れている本・・・千切れている本・・・私、見たはず。どこかで・・・)
「『はじまりの書』はその修理用とは別の治癒の力のある本じゃ。これは異空間に存在するあらゆるものを治癒できる」
天藍星葉は体力を使ったせいか、椅子に座った。
そして目を伏せて話し始めた。
「・・・ほんの少し昔の話じゃ。『はじまりの書』を作成し、その書物を本の生る海へ産み落とした。それが、本の番人に見つかり、やつはそれを『銀の焔』で焼こうとした。じゃが、治癒の力を持つその本は自らを治癒する為、焼くことはできなかった。そしてそれを切り裂こうとしたが、半分に裂く事しかできなかった。だから自らの体内に隠し出られないようにした」
「あ!体内にたくさんの本があった!それ私見ました!」
「ほう。あそこへ行ったのか」
天藍星葉が興味深げに芽衣へ顔を向ける。
「はい。『最果ての書』を探しに・・・」
「『最果ての書』は元々は『はじまりの書』の一部じゃ。半分に裂かれてしまった片割れが『最果ての書』として番人の体内で閉じ込められていた。はじまりの書だけはそれを逃れ、自らわしの元に帰ってきたのじゃ」
「え?えっ?」
『最果ての書』と『はじまりの書』は同じ本!?
「そうか、だからはじまりの書は本の生る海に来たが、最果ての書は現れなかったのか」
黒曜はしかめっ面で天藍星葉に尋ねる。
「だが治癒できる本として伝説というか、噂になっていたのは『最果ての書』。はじまりの書という言葉は出てこない。これは何故だ」
「さあのお、どこで噂になったのやら。番人の『潜在意識』がそうさせたのか」
「え!?番人に意識があるの!?」
芽衣は驚く。
だって、私たちの声には耳を貸さず、攻撃ばかりしてるのに!?
困ったように天藍星葉は口をひらく。
「まあ、はっきりと解明されている部分ではないのでわしも深くは知らん。じゃが、潜在的に無自覚で行動を起こしている部分があるのは確かじゃ」
黒曜と琥珀はお互いの顔見る。
「なんだか、謎が増えたな」
「よくわからないが、厄介だね」
芽衣にはさっぱりわからないが、行動を裏付ける「意識」のようなものを本の番人は持っているという事か。
琥珀は悩んで言葉を絞り出した。
「では本の番人が『はじまりの書』を半分に引き裂き、逃げなかった半分を勝手に『最果ての書』として自分の体内奥深くに閉じ込めた。そして『治癒の本は『最果ての書』』だと潜在意識下で噂を流した、という事ですね?」
「たぶんそうであろう。最果ての書の存在を知っているのは番人かわしだけだと思うのでな」
腕組みをして話を聞いていた黒曜が口をひらく。
「ちょっとまて。本の番人に回収されると知っていて、あんたは『はじまりの書』を本の生る海へ送ったのか」
「そうなるのお」
「何故だ」
黒曜はいつになく厳しい表情で問い詰める。
芽衣は二人のやりとりをハラハラしながら聞いていた。
天藍星葉は目を閉じて話しはじめる。
「―――――別名『永劫の書』。その治癒の力を持つ本たちは時にそう呼ばれるのじゃ。何故ならば、本の番人の『銀の焔』でも焼き尽くす事のできぬ治癒の力を秘めていて、永遠に消える事は無い。だからこそ、治癒の本の中でも高位の『はじまりの書』は自らの意志で誰かの役に立ちたいと大海原へ漕ぎ出す事を決意したのじゃ。誰かに手に取ってもらえればと」
そう言って自分のローブの中で眠っているであろう『はじまりの書』を優しく見つめた。
「じゃが、その意志は無残にも半分に引き裂かれてしまった。わしもまさか奥深くに閉じ込められるとは思わなんだよ。だから捕らわれた半身を何度もわしと共に探そうとした」
「・・・・・・」
黒曜は黙って聞いていた。
結界の中では暴風の影響は無く、皆じっと黙って彼の話を聞いていた。
静まり返った中に天藍星葉の声だけが響いていた。
そして黒曜は口をひらく。
「・・・その話はわかった。とりあえずそういう事で信じる。天藍星葉、申し訳ない時間を取らせたな。俺たちには時間が無い。先を急ごう」
琥珀もうなずいた。
「ちょいと、ためしにこの結界を出てみようかと、思うんじゃが」
「え?」
すると天藍星葉はすぐさま結界を出て歩きはじめた。
「天藍星葉さん、危ないですよ!」
芽衣が叫んだが、天藍星葉はおかまいなしに進んで行く。
そして山積みになった本の元へ向かう。
「我が本たちよ、来ておったか。ご苦労であった」
山積みになった本たちへ向かってねぎらいの言葉をかけた。
芽衣を落下から助けてくれた本たちだ。
そしてその中の何冊かは、銀の焔によって焼かれ消えてしまった。
しかし、その銀の焔が非情にもまた落ちてきた。
「危ない!」
どうにか火の粉に接触するのは免れた。
そこから先は天藍星葉であろうとも進めなかった。
「うむ。どうしたものかのお」
天藍星葉は上を見上げ途方に暮れる。
「先に、番人をどうにかせねばいけぬのお」
打つ手が無いと思われる状況に、彼はあごに手をやり考えはじめた。