第2話 移動図書館
「・・・なんてキレイで可愛いの・・・」
ひととおり驚き終え少し冷静さを取り戻したのか、芽衣は思わず目の前にあるそれに見とれつぶやく。
可愛らしい丸いフォルム、キラキラ輝く金色の車体は、細かい装飾がなされている。車輪まで金色だ。更に、様々な宝石が何十個も散りばめられ、こんなに綺麗なものを実際に見たことなんてない。
そしてその美しいものはカボチャの馬車ではない。その車の中にはまた更に現実的ではないものが入っているのだ。
――――――――移動図書館。
まったく図書館には見えないが、目の前の男はそう言った。
たくさんの蔵書が入っているのだろうか。
本来移動図書館とは、現在はあまり見かけなくなったが、マイクロバスなどの自動車を書架風に改造して、図書館の本を乗せて、図書館等から遠い為利用できない地域を、何か所も巡回移動する事を言う。
芽衣がまだ小さかった頃、図書館から遠い地域に住んでいた為、おばさんが(今思えば図書館の職員だったのだろう)運転した小型トラックの後ろに本をたくさん積んで、月に一度近所の集会所に来ていた記憶がある。いつもは図書室や図書館にある本が、車で運ばれてくるなんて、ドキドキわくわくしたものだ。
その頃から本が好きで、色んな本を読んできて、様々な空想妄想にふけってきた芽衣だが、まさか自分自身にこんなことが現実に起きようとは。
六畳の部屋にほとんど隙間なく置かれている大きな物体だが、不思議とこの部屋の家具に接触していない。机やベッドもあるのに、その部分だけが透けて見えている。
透けている、なんてちょっとゾッとする。
やはり非現実的な物体であるのは間違いない。間違いないのだが、やはり芽衣はまだこの状況が受け止められない。
「ほんとに?これは夢なんじゃないの?そしてやっぱり舞踏会へ行くのね・・・?」
男はしらっとした目を芽衣へ向けた。
「おいおい、いつまでそんなこと言ってるんだ?そんなにカボチャの馬車で舞踏会に行きたいのか?
王子様なんていないぞ、これが現実だ」
そういって男はカボチャの馬車――――――もとい、移動図書館の車体を、嫌味な事を言いながらバンバンと叩く。
こんなに綺麗なものなのに、ずいぶん乱暴な扱いをするのね。
芽衣は少しムッとする。
男は現実だと言っているが、そもそもこの移動図書館自体が非現実的だ。男が現実だと言っている事自体に芽衣は違和感を覚える。
そしてやっと謎を解明しようと口を開いた。
「じゃあ、じゃあなんで私の所へ来たの?」
男は少し考えて腕組みをしながら言った。
「これは、本を好む人間のもとに降り立つ移動図書館だ。そして本を貸し出す。普通の人間には見えないし現れない。どの人間のもとへ行くかはランダムで決まり、俺もどこへ行くのかはわからない。知っているのはこの移動図書館だけだ」
芽衣はまた少し混乱する。
じゃあ私の所へ現れたのは、ただの本好きでランダムで選ばれた?
いまいち納得いかないが、かと言って男にこれ以上はわからないようだ。
「あなたは何をしてる人なの?」
「俺はこの図書館の管理人だ。蔵書管理や図書館の移動をする」
男の説明によると、不思議な能力により成り立つこの移動図書館は、普段はどこか人間の見えない場所に存在しているが、ランダムな時間にランダムな人間の所へ現れるそうだ。
「本を本棚へ入れただろ?それが『鍵』だ」
「え・・・?」
男はまた混乱させる言葉を放った。
男は説明するのがめんどくさい、とばかりに整えられていない黒髪をガシガシ掻きながら続ける。
「図書室から本を借りてきただろ?それをそこの本棚に入れただろ?」
男は芽衣の部屋の本棚を指さす。
「え?なんで知ってるの・・・?」
さっき学校から借りてきた本の事を言っているのだろう。芽衣はその本へ目をやる。本棚には特になんの変化も無さそうなその本が入っている。
なんだかもう不思議な事ばかりだ。
「その本が、この移動図書館を開ける―――――図書館が現れる『鍵』になってて、それを『入れた』ことで『鍵』がはずれてこの図書館があんたの所に現れたんだ」
「本が『鍵』・・・?これはそんなに特別な本だったの?」
恐る恐る芽衣が訊く。
「いや、本自体には効果は無い。だが、すべての図書館や図書室とこの移動図書館はつながっているから、その図書室から持ち出した本という事で、『鍵』としての役割を持っている。それが鍵として機能するかは、さっき言ったようにそれを使用する人間が、ランダムで選ばれるんだ」
「つながってる・・・?」
また不思議が出てきた。
男は芽衣が混乱しているのを見て、苦笑して言った。
「じゃあ、移動図書館に入ってみようか」