第18話 癒しの来訪者
「誰!?」
三人は声のする方を振り返る。
見ると、カウンターの入口に見知らぬ老人が立っていた。
白髪の髪を肩まで垂らし、前髪は真ん中わけされている、口元にはしわが幾重にも刻まれているので、年齢は七十歳代くらいだろうか。だが背が高くそのピンとした立ち姿と意志の強そうな瞳には、若々しさが漂っていた。
服装は薄いベージュのくるぶしまである長いローブを纏っていた。
その様相から、ただならぬ人物であるように見受けられる。
「黒曜、彼は僕たちが見えるようだよ」
琥珀が口を開いた。警戒しつつも挑戦的な笑みをうっすらと浮かべている。
「ああ、そうみたいだな。あんたは誰だ」
なんとか体を起こし厳しい目つきで黒曜が訊いた。
琥珀も立ち上がる。
二人はあの老人を知らないようだ。
(黒曜たちが見える?という事は異空間にいる人物って事?)
すると老人は意外そうな顔をして答えた。
「おぬしらはわしを知らんか」
「まあ、見えない所で作業しているからのお」
あごを撫でながら何やらぶつぶつ言っている。
そして笑みを浮かべながら言った。
「わしは名を天藍星葉という」
「ええ!?」
「何!?」
「まさか・・・」
一同に衝撃が走った。
天藍星葉といえば、芽衣が移動図書館の歴史書で見た異空間を作った人物の名前ではないか。
その神様のような歴史上の人物が、今も存在している?
そして、その人物が目の前にいる?
さすがの黒曜と琥珀も驚きを隠せない。
「か、かかか神様?」
芽衣は思わず素っ頓狂な声を上げる。
すると老人は、ん?という表情をした。
そして笑った。
「はっはっはっ。歴史書の類は、大半が事実と違う。確かに私の名は歴史書にあるとおりの天藍星葉だが、私は異空間の創造主ではない」
(え・・・違うの・・・?)
芽衣は肩を落とす。
「ではあんたは一体・・・」
天藍星葉は黒曜の問いを右手で制した。
その細い手にも、しわが刻まれている。
「それよりおぬしら、怪我をしているようじゃの。その体なら、早いところ体を治さなくてはいけない」
そう。そうだった。今一番重要な事だ。
あまりにも予想だにしない来訪者に、すっかり気を取られていた。
芽衣は勢いよく即答した。
「そうなんです!『最果ての書』という本が治癒をする本だときいて、それを探してるんです。知りませんか?」
残念ながら神様では無かったが、凄い人であるのは間違いなさそうなので訊いてみた。
天藍星葉と名乗る老人は口元に笑みを浮かべた。
「『最果ての書』なら知らぬが、『はじまりの書』なら知っている」
「え!?」
「わしが書いた本じゃ」
「何!?」
「ええ!?どういうこと・・・はじまりの書は私が見たくて黒曜が探してくれた本・・・でも、見つからなくて・・・」
芽衣はいきなりの事に混乱した。
(『はじまりの書』の作者!?)
移動図書館にいた時に黒曜が言っていたことを思い出した。
はじまりの書は絶版扱いになったから、本の番人の所に送られて行ったと。
それ以外の情報は何一つわからないと。
まだ警戒の目を緩めずに黒曜が言う。
「どういう事だ?あんたが書いただと?」
すると天藍星葉はおもむろにローブの中から一冊の本を取り出した。
「これが『はじまりの書』じゃ。これも治癒の力のある本なのじゃよ」
「ええ!?」
三人は天藍星葉の本をまじまじと見た。
その本は焦茶色の革の装丁に黒い装飾、題名は金の箔押し。
芽衣が移動図書館で見た歴史書等よりはシンプルだが、品位のあるそれは、年月の経過した洋古書のように所々色あせ、味わいがある。
(どこかで見たような・・・)
芽衣はもっと見える所まで近づいてみる。
よく見ると裏表紙が無い?
「ではあなたが治癒の魔力のある本を作り出せる人物・・・」
芽衣は気づいたが、琥珀のつぶやきに考えるのをやめた。
(本当にあったんだ、治癒の本は。伝説なんかじゃなく。しかも、それを作り出す人物まで・・・)
芽衣は驚きを隠せないが、同じ異空間に生きる琥珀や黒曜はもっと動揺を隠せない様子だ。
黒曜はガシガシと頭を掻き回し言った。
「あんたが持っていたのか、どうりで探しても無いわけだ」
(そうよね、一生懸命探してくれたもの・・・)
そしてふと黒曜は気づく。
「本の番人がすぐさま絶版扱いで回収していったのは、そうか、魔力があったからか・・・」
そう言ってひとり納得したが、まだ腑に落ちない点があるようだ。
「俺たちは一生懸命治癒の本を探していたんだぜ?何故すぐ現れない?」
「ほっほっほっ。それに関してはすまんのお。まあ、詳しい話はあとじゃ。まずは治療をしよう。お二方、こちらへ」
天藍星葉は取り急ぎ謝り、黒曜と琥珀を自身の近くへ招いた。
芽衣は歓喜した。
こんなに嬉しい事はないわ!
(ほんとにほんとにほんとなのね?本当に治せるのね?)
(黒曜がボロボロになりながら探してくれた、でも見つからなかった治癒の本・・・)
『最果ての書』では無いにしても、念願の治癒の本に心の底から安堵した。
芽衣は知らずかなり気を張っていたようで、一気に気が抜けその場にへたり込んでしまった。
「芽衣」
黒曜が心配そうに芽衣を見る。
「これでやっと、やっと傷を治せるのね」
目からは自然と涙が流れていた。
黒曜も柔らかく微笑み、うなずいた。