第17話 本の海と銀の焔
バラバラバラ
バラ バラ
本が、落ちてくる。
『ぼくたちは じゆうに』
舞い落ちる。
喜びと希望に充ち、
彼らはもう一度、あの紺碧の本の生る海へ戻る意志を灯し、
自身を青白く輝かせていた。
そしてすべてが床に散らばった。
それはまるで海のよう。
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(ここは・・・?)
芽衣は辺りを見回した。
(え!?家!?)
机にベッド、本棚、・・・見慣れた芽衣の部屋だった。
(私、戻ってきちゃったの!?)
どうして・・・
私、まだやらなければいけないことがあるのに・・・!
どうしよう!
戻ってきてしまったら、もう二度と戻れないかもしれないのに!
黒曜のもとに!!
「いやーーーーーーー!!」
「芽衣!!」
「あ・・・」
芽衣は自分の叫び声で目を覚ました。
(図書室・・・?)
どうやら自分は図書室の床に横になっているようだ。
目は涙で溢れていた。
「芽衣」
目の前には黒曜がいた。
涙でぼやけているが、
心配そうにこちらを見ている。
(黒曜・・・)
芽衣は泣きじゃくりながら言う。
「黒曜・・・わたし、私、まだ帰れないの・・・ふっ・・・うっ・・ひっく・・・今、自分の家にいて、怖かったわ。もう戻れなくなるんじゃないかって」
芽衣はまだ混乱していた。
「夢を見ていたんだよ、芽衣。大丈夫だ」
優しい口調で、悲しそうな表情で言った。そして涙をぬぐってくれた。
(夢・・・?)
(じゃあ戻っていないのね?私)
芽衣はまだ夢と現実の境にいたが、想いが、涙が溢れてくる。
「でも私足手まといだし、でもあなたを治さなきゃいけないのぉ・・・ふっ・・・うっ・・・」
「芽衣、芽衣、もう何も言うな」
黒曜は悲痛な表情で芽衣をぎゅっと抱きしめた。
「怖かったろう、芽衣。もう大丈夫だから」
その言葉に、今まで不安だった気持ちが堰を切ったように溢れ出し、声をあげて泣いた。
少し落ち着いた芽衣は、壁に寄り掛かかり、
黒曜と話をした。
黒曜は座っているのも限界で、床に横になった。
黒曜と琥珀の体はボロボロなのに、かろうじて動ける体で、二人で意識を失った芽衣をカウンターの所まで移動してくれたという。
そして黒曜は体が痛くても芽衣を気遣い、抱きしめてくれたのだと思うと居たたまれなくなる。
「お前が落ちてきた時、俺は心臓が止まりそうだったよ」
黒曜がそう言って苦笑する。
「ごめんなさい」
「いや、お前が悪いんじゃない。そうじゃなくて、俺は・・・いや、なんでもない」
「黒曜?」
黒曜は何故か話を変えた。
「お前が落ちてきた時、急にあの本たちがどこからともなく現れたんだ。そしてお前を守ったんだ。俺はこのとおり動けなかったから、ほんとに助かったよ」
荒く息を吐きながら、黒曜は図書室の本棚の方を見遣った。
芽衣もそちらを見る。
そして芽衣を助けた後、その本たちは、図書室の本棚の近くの床に落ちて行ったという。
そこには芽衣とともに落ちた番人の体内にいた本が散乱している。
その本たちも助けようとそこへ行ったのだろうか。
「信じられないわ。本が、意思を持って助けてくれた・・・」
まだ半信半疑の芽衣だが、黒曜の言った事が本当なら、お礼を言いたかった。
しかし様々な本が、ごちゃ混ぜに散乱していた。
図書室の本棚から落ちた本、番人の体内にあった本、そして芽衣を助けてくれた本。
図書室の半分の面積を埋め尽くしたその本たちは、ところどころに青白い光が放たれていて幻想的だ。
「じゃあ、『最果ての書』はあの中にあるのか」
芽衣は首を振った。
「わからないわ。違うかもしれないし。でもあの本が気になるから探さなくちゃ」
「わるい。俺はちょっと無理そうだ」
黒曜はつらそうに顔を腕で覆った。
本当につらそうで、胸が痛い。
「うん。早く、見つけてくるね、ここで休んでて」
行こうとして立ち止まった。
「あっ、そうだ。私包帯とか持ってきたの。応急手当やってみる」
芽衣は思い出し、持ってきたカバンから包帯を取り出た。その時何かが落ちた気がした。
「大丈夫だ、先に探してこい」
苦笑して黒曜は言った。
「う、うん・・・」
「気を付けろよ」
芽衣は頷いた。
芽衣は前を向く。
ゴウゴウと嵐が吹き荒れている。
芽衣は山積みの本に向かって歩き出したその時。
「熱っ」
(何!?)
熱いものが芽衣の肩に触れた。
「芽衣!!」
黒曜が叫んだ。
芽衣は反射的に後ずさった。
「大丈夫か、芽衣!」
芽衣は頷くことだけで精いっぱいだった。
そして上を見上げた。
空から何かが降ってきた。
黒曜が叫んだ。琥珀も気づき、顔を上げる。
「まさか!『銀の焔』を出すのか!?」
「そんな・・・」
二人とも顔面蒼白になっていた。
『銀の焔』
それは本の番人が本を処分するときに用いる処分方法。
それはすべての本を焼き尽くす――――――――。
「本が消えちゃう!!」
芽衣は悲鳴にも似た叫びをあげた。
「ありえないだろ!琥珀!」
黒曜は怒りをにじませた声を上げる。
「笑止!狂っているとしか言いようが無い!」
めずらしく琥珀も怒っていた。
黒曜は険しい表情をしたまま吐き捨てる。
「魔力のある本が混ざっているから、すべてを焼き尽くそうとしているのか、なんて奴だ」
芽衣の肩に触れた熱いものの正体は『銀の焔』だった。
芽衣はふと思った。
前回番人と対峙した時、そのあと図書室へ来たら元通りに戻っていた。
では、今回もそうなのではないか?
図書室の本だけは、元通りにならないのか?
芽衣は一度黒曜の元へ戻り、訊いてみた。
「銀の焔だけは元通りに戻らないものなんだ。残念ながら・・・」
と苦渋の表情で答えた。
「そんな・・・」
(どうやって銀の焔から守ればいいの?)
考えをめぐらすが、何も思いつかない。
(どうすればいいの)
その時。
「我が本たちよ、来ていたのか」
図書室の入口の方から、声が聞こえた。
それは、三人以外の者の声だった。