第16話 唯一つの本
ただ、誰かに触れられたいんだ。
この世界の中ではみんな、ひとりぼっちだから。
求められる場所にいく。求められたい場所にいく。
光を唯目指し、ぼくたちは往く。
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「ひっく・・・うっ・・・」
涙が止まらない。
芽衣、お願いよ、泣かないで。
黒曜はきっと大丈夫だから。
(そういえば、ここからどうやって下に降りればいいんだろう)
ふと思い出した。
芽衣は即座に首を振る。
帰る手段なんて、今はどうでもいい。
本が見つかりさえすれば。
芽衣は辺りを見渡してみた。
どこを見ても真っ白い。
(これが、番人の体内・・・)
シン、と静まり返っていて、あの暴風とは真逆な場所だった。
この異様な景色も、芽衣にはもう驚く気力も無くなっていた。
あまりにも白いので、境界がわからなくなる。
もしもずっとここにいたら、自分がどこにいるのかもわからず頭がおかしくなりそうだ。
急に心細くなってきた。
心臓の音も早くなる。
(だめよ、芽衣。下では黒曜たちがもっと苦しんでいる)
それを思うと前へ進まなきゃいけなかった。
(今度こそ、守るの)
涙をぬぐいながら芽衣は歩いた。
(地面も、普通に歩けるわ)
コツコツという足音だけが響く。
(何も無いところなの?)
「あっ・・・」
「あれは・・・?」
芽衣は何かを見つけた。
少し先に、何かたくさんのものがある。
小走りにかけより、思わず目を見張った。
「なにこれ・・・」
大きな硝子瓶に入った『本』が、彫刻の施された石造の台座の上に乗っていて、それが整然と並んでいた。
芽衣は異様な光景に圧倒される。
一つの硝子瓶に一冊の本。
十個づつ五列くらいに並んでいるので、五十個はあるだろうか。
コルクで蓋がされている。
(瓶の口の部分は小さいのに、どうやって本を入れたんだろう)
と、余計な事まで考えてしまう。
(大きさは違うけど、琥珀さんが本の生る海を入れて持って来た時のものと
同じ瓶だわ)
ただひとつ違うのが、その瓶が鎖でつながれていることだ。
(何故、鎖・・・?)
鎖は瓶に交差して巻き付き、いかにも厳重に閉じ込めていますといったかんじだ。
番人は、魔法の本を嫌うという。
黒曜たちが言っていたのを思い出す。
『魔力を持った本は、自らの意思で動く事ができるらしい。だから自分の自由にできないような本が出回るのを排除しようとする』
魔法の本を鎖で出ていかないようにつなぎとめているということ?
「ねえ、どうしてそこまでするの?本の番人さん」
声に出して問いかけてみた。
勿論反応は無い。
芽衣はため息をつき、並んだ硝子瓶を見つめた。
こんなにたくさんあるなら、きっと『最果ての書』もあるに違いない。
「よし、探そう」
芽衣は『最果ての書』という題名だけを頼りに、台座に置かれた硝子瓶の周りを手前から順番に見て回る。
「でも、どれが『最果ての書』なの・・・?」
どれを見ても、『最果ての書』と書かれた題名の本が無い。
「まさか、無いの・・・?」
最悪のシナリオが芽衣の頭をよぎる。
焦りながら最後の列を見た時、
あるひとつの本を見つけた。
「これは・・・本の表紙が無いわ。破れてる・・・?」
きっと元々はもっと分厚い本だったのだろう、本が最初のページから途中のページまで破かれたようになっていた。
背表紙はあるが、ところどころ剥がれて題名は読めなかった。
表紙こそ無いものの、重厚で品格がある本に見受けられた。
移動図書館で見た歴史書よりもずっと。
(もしかしたら、この本が――――――――?)
その硝子瓶に触れてみた。
すると――――――。
パリンっ
「きゃっ!」
突如芽衣が触れた硝子瓶のガラスが割れた。
すると、他の硝子瓶も次々と割れはじめたのだ。
パリンっ
パリンっ
「な、なにっ、何が起こっているの!?」
芽衣は混乱した。
ガシャン!
瓶に巻き付いていた鎖も一気にほどかれる。
すると地面がゴゴゴゴと音をたてはじめた。
「今度は何!?」
やがて地震のように揺れはじめ、
ピシっピシっ
と何かが割れるような音がして―――――――
「きゃあ!!」
芽衣の足もとの地面が割れた。
そればかりではなく、その白い空間全ての地面が割れ、
そこにあった本たちが落ちていく。
芽衣も、なすすべなく堕ちていく――――――――。
芽衣の体は固い図書室の床へとまっさかさまに落ちていく。
(助けて!!)
芽衣は目をつぶった。
―――――――――その刹那。
『ぼくたちはきた』
(え・・・)
それは、芽衣の体が地面に打ちつけられる寸前の出来事だった。
(痛く・・・ない)
体は地面に落ちた・・・はずだ。
だが、少し地面に当たったような衝撃があっただけで、痛みは感じなかった。
芽衣は予想もしない事態に、目をおそるおそる開けた。
そして足の先から指の先を見て、頭や顔に触れた。
(私、生きてる)
でも、何故?
番人の体内から落ちたはずなのに。
地面に打ち付けられる事は無かったのだ。
芽衣は自分の下を見た。
それは固い床ではなかった。
(な・・・に・・・?)
そこにはたくさんの『本』があった。
芽衣の下敷きになっていたのだ。
本が芽衣と床の間に入り、それがクッションとなり、落ちてきた芽衣の体を守っていた。
『ぼくたちはまもる』
(この声は『本』の声・・・?)
芽衣はあまりの事態に体の疲弊と様々な気持ちがない交ぜになり、
そのまま気を失ってしまった。