第14話 戦場と結界
強風で芽衣の黒髪があおられる。
持っていたカバンを顔の前に持ち、視界を邪魔する風を遮る。
制服のスカートは乱れるが、もうそんな事を気にしている余裕など無くなった。
琥珀の言うように、文字通り戦闘服だ。
芽衣は前を行く黒曜に遅れをとるまいと、足に力を入れて邪魔する風を踏みしめるようにして歩く。
入口付近のカウンターの前を通り過ぎたところで、前を行く黒曜が振り向かずに大声で叫んだ。
「芽衣、大丈夫か!」
暴風により大声でも出していないと聞こえない。
「だいじょうぶ!」
「少しここで待ってろ」
黒曜は芽衣をカウンターへ誘導した。
「ちょ、ちょっと!黒曜!」
カウンターの下にちょうど人が隠れる事ができそうなスペースがあるので、そこへ芽衣を押し込めた。
そしてすぐさま琥珀の元へ向かう。
「大丈夫だってば~、ここに入らなくても~」
芽衣はカウンター下から力なく声を出す。
過保護にもほどがある。
まだ強い風が吹いているだけじゃない。
風から守られて、少し余裕がでてきたので、芽衣はカウンター下から顔を出して天井を見上げる。
番人をこの目で見る為だ。
「うわわわわ!!」
思わず腰を抜かしそうになった。
大きな台風のような雲が自転してぐるぐると渦を巻いていた。
巨大なものがこんな近くに。
恐ろしい。
図書室になんと似つかわしくない光景か。
天井は番人で覆い尽くされていて見えない。きっと天井も突き抜けてこの雲はあるのだろう。
そんな震えおののいている芽衣を知ってか知らずか、黒曜は黙って琥珀の前に立ちはだかるようにして立っていた。
琥珀が何かをしはじめた。
(結界・・・?)
黒曜は、琥珀を強風から守る為に前に立っているのだろうか。
(結界を作っているの?)
芽衣は琥珀の行動を食い入るように見た。
片膝を立ててしゃがみ、白い服の内側から何かを取り出しているようだ。
小さい硝子の瓶詰め。
蓋がコルクになっていて、とても可愛い瓶詰容器だ。
(青くて綺麗)
どこかで見た色だ。
中には碧い色の何かがぎっしりと詰まっていた。
そしてコルクを抜くと。
中から紺碧が溢れてきた―――――。
『本の生る海』の一部だ。
琥珀はこの硝子瓶に瓶詰にして持ってきた。
芽衣はこの不思議な現象をただただ見つめるしかない。
その海と称される不思議な液体のような物質は、最初は硝子瓶に入るくらいの量だったのに、どんどん増えてきた。
その青はみるみるうちに一つにまとまり丸く大きくなり、芽衣と黒曜の二人ぐらいは入れる球体となった。
(すごい・・・)
「できたようだな」
黒曜が琥珀の手をとって立たせた。
傍目には瓶の蓋を開けて中身を出しただけに見えるが、力がいる作業なのだろうか。
琥珀が少しフラッとしていた。
「よし、これで結界はできたよ、あとは本を奪うだけ」
琥珀は立ち上がりにっこり笑った。
「じゃあ俺が結界へ入る。琥珀と芽衣は待ってろ」
「私も行く!!」
「駄目だ。俺一人で行く」
憮然として黒曜は言った。
「も~ここまで来たんだから、私も行くの!!」
「駄目だ」
「もお~~~~!」
「まあまあお二人さん。最初は黒曜に行ってもらって、駄目そうならその時二人でまた行けばいい」
「そうだな、そうしよう」
「ん~・・・わかった」
黒曜があまりにも頑固なので、仕方なく琥珀の提案を飲むことにした。
黒曜が結界へ入った。
なんの違和感も無く入っている。
すると。
「うわっ!」
芽衣が驚く。
ふわり、と結界が浮かんだのだ。
そしてどんどん天井があると思われる上へと上がっていく。
少しふわふわ揺れていた。
黒曜を乗せたまま。
芽衣は焦った。
「こ、ここ琥珀さん!」
「なにか?」
「落ちてこないのよね?大丈夫よね?」
琥珀は苦笑した。
「ああ、大丈夫だよ。なんてったって、『本の生る海』の結界だ!頑丈だよ!」
「そ、そうなの・・・」
芽衣はいつもの琥珀節に拍子抜けする。
すると琥珀は両手を上へ――――――結界のある方へかざした。
(なんだろう)
芽衣の視線に気づいた琥珀が上を見ながら言った。
「こうやって、結界を支えているんだ。ずっとでは無いけど、定期的にこうしていないと結界は弱まるから」
「え!じゃあやっぱり落ちてきて・・・」
「だから大丈夫だお嬢さん!僕がこうしていれば、あとは何かもっと強大な攻撃が来ない限り・・・」
「きょ、強大な攻撃?」
不安で心が折れそうになる。
すると、琥珀は以外な言葉を口にする。
「黒曜は大丈夫さ。君がいればね」
「へっ?」
どういう意味だろう。
琥珀は、どこまで私の気持ちを知っているんだろう。
しばらくすると、琥珀は少し休憩、と言って図書室の手近な椅子に座った。
見上げると、黒曜を乗せた結界は番人に届く距離まで上がっていた。
黒曜が番人に手を伸ばす。
すると、風が強さを増してきた。
室内の窓ガラスがガタガタと音を立てはじめる。
番人が抵抗しているのだ。
(黒曜、頑張って)
思わず手に力が入る。
勿論、強風でも結界はビクともしないので結界の中は安全だが。
ただやはり、下で見ているだけはもどかしい。
ふと気づいて琥珀にたずねた。
「そういえば、黒曜はどうやって本を奪うの?武器とか無いの?」
「武器?そんなものは無いさ。そもそも番人からこんなに攻撃を受けた事も初めてだからね」
再び上を見ると、黒曜は手さぐりで雲をかきわけ探しているようだ。
「そもそも、すぐ見つかるような場所にあるはずなんだ。しかし今はそれが無い。ちょっと異常だね」
琥珀は難しい顔をする。
芽衣にはあまりわからないが、本の番人の本来の状態と違ってきているという事・・・?
なんだか益々面倒な話になってきた。
(やっぱり本はここには無いの・・・?)
強い不安感に襲われそうになる。
その時、こちらを見て黒曜が手で何か合図した。
すると、結界が降りはじめた。
「降りて来た・・・」
上がっていった時と同様、少しふわふわさせながら結界が降りてくる。
結界が完全に地面へ着地すると、中から黒曜が出てきた。
「ど、どうやって降りたの?」
「さっき合図送っただろ、それを見て琥珀が降ろしたんだ」
「ああ、琥珀さんが・・・」
本の海の結界の主は琥珀だ。
琥珀が近くにいたのに気付かなかった。
当の琥珀は少し疲れた様子で、椅子にもたれかかっていた。
「琥珀さん大丈夫?」
「平気だよ。休み休みやっていれば問題ない」
「黒曜は?怪我してない?」
「俺は問題ない。本はやはり見つからなかった。少し休憩したら、番人の体内へ入る」
「ええ!?」
いきなり何を言い出すのかと思えば。
「た、体内!?よくわからないけど、危険じゃないの?」
「自らの体には攻撃できないだろう。ただ、結界は中に入るのは無理そうだよな?」
黒曜は琥珀を見る。
「無理だね、今上がって行った場所までが限界」
「じゃあ途中から結界無しで行くしかないか」
「黒曜!危険だわ!」