第12話 再び
芽衣は午後から学校を早退し、そのままの足で包帯や本など色々と買い、家へ急いだ。
午後三時。
家へ帰ると、当然まだ家族は誰も帰ってきていない。
「よいしょ」
自室に行き、買ってきた荷物を置く。
そしてカバンから移動図書館の本を取り出し机に置いた。
「そうだ、置手紙を書いておこう」
自分がまたいなくなっても、家族が心配しないように。
必ず戻ってくるので安心してください、とだけメモ用紙に書いて机に置いた。
「・・・これだけだと心配するかな?」
でも、他になんと書いていいのかわからない。
ごめんね、行ってきます。と心のなかで呟いた。
これからどうなるのかなんて想像もつかない。
朝までに戻る事ができれば、なんて生ぬるい事は言えない。
「よし、これでいいのいいの。あとは移動図書館を呼ぶだけ」
自分を無理矢理納得させてメモ用紙をバンバン叩いた。
本当に移動図書館は現れるよね?
少し不安になったが、本を手に取った。
その手は震えていた。
本棚へ本を入れる。
カチャリ
音がした。
「ほんとだ、音がしたわ。鍵を開ける音ね」
今度は芽衣の耳にはっきりと聞こえた。
移動図書館へ通じる鍵は開いた。
あとは現れるのを待つだけ。
先ほど入れた本を本棚から取り、包帯等を入れたカバンを持った。
移動図書館の大きさを考えて部屋の隅の方に立った。
芽衣は緊張で心臓がバクバクしてきた。
しばらく待ったのち。
突如まぶしい光が部屋中を包み込んだ。芽衣はまぶしくて目を細めた。
「わっ!」
そして光が消え始めると、音も無くあのカボチャの馬車が現れた。
現れるとわかっていても、突然目の前に現れると心臓が縮みそうになるほど驚く。
やがて光は完全に消え、カボチャの馬車だけが残された。
いつ見ても見慣れない金色の豪奢な車。
緊張と恋心。二つが折り重なって芽衣の心はおかしくなりそうだった。
黒曜。
また会えるのね。どうか、傷が酷くなっていませんように。
芽衣は固唾を飲んで、扉から人が出てくるのを待った。
「やあ、お嬢さん」
「え・・・」
すると、現れたのは琥珀だった。
予想外の人物が現れて、芽衣の頭は真っ白になる。
「さあ、お入りなさい」
相変わらずの綺麗な顔で笑った。
****
「あ、あの、黒曜は・・・?」
「いるよ、今休憩中だ。奥で眠っている」
と、書架の奥の操縦席の方を指差す。
「え・・・?大丈夫なの?」
芽衣は見に行きたかったが、寝ているそうなので止めておいた。
「また応急手当をしておいた。今は疲れて眠っているんだ」
「あ、ありがとう」
芽衣はほっとした。私がやるより彼がやってくれた方が安心だ。
そして持って来た包帯等を後ろに隠した。
「なんで君がお礼を言う」
不思議そうに琥珀がきく。
「だって、私のせいで黒曜は危険な目にあったし・・・」
ふーとため息をつく琥珀。
「詳しい事は知らないが、たとえそうであっても彼には関係ないのだろう」
「え?どういうこと・・・」
琥珀は芽衣の疑問には答えず、カウンターまで歩き、椅子に座った。
「黒曜が起きるまで、君も適当な椅子に座って休んでいるといい」
芽衣は椅子を持ってきて琥珀の隣に座った。
「琥珀さん、ちょうど良かった。私あなたに会いたかったの」
「何故」
「『最果ての書』の行方を知ってるか聞きたくて」
琥珀は苦笑した。
「ふむ。ちょうど、君と同じような事を言っているのが一人いるんだ」
「え?」
琥珀は複雑な表情で、黒曜が寝ている場所の方向を見る。
「黒曜が、『はじまりの書』を探しててね。君と同じように、この本がどこにあるか知らないかと僕の『本の生る海』まで来て言ったんだ」
「黒曜が・・・?はじまりの書って、私が見たかった本・・・」
私、そこまで強く読みたいなんて言ったかしら・・・?
「僕たちが今さっきまでどこにいたと思う?」
唐突に質問を投げかけられた。
「え?」
芽衣は見当もつかない。
すぐに琥珀は答えた。
「君の学校の図書室だよ」
「え!?もしかして、本を探しに行ったの?」
「そう。本の番人が今そこにいるから、番人の所に本を取りにいった」
そして琥珀は真剣な表情をする。
「僕が知っているかぎり初めての事を、彼はしている」
「え――――――――」
どういうこと?
「黒曜は君のために『はじまりの書』を探している。つまり、読みたいという君の願いを叶えるためにね」
「私の・・・ため?」
どうして、そこまでしてくれるの?
ねえ、黒曜。
琥珀はため息をつく。
「まったく、彼は頑固だよ。僕の所に来た時は満身創痍で、本を探すどころではないくせに、応急手当をもう一度しようと言っても断るんだ。早く本を探したいと、その体で本の番人に挑もうとしていた」
「誰が頑固だって?」
「黒曜!」
「起きたか」
黒曜がこちらへ向かってくる。
手当が効いているのか、ふつうに歩けているように見える。
「黒曜・・・!」
芽衣は黒曜へかけよった。
数時間前に会ったばかりなのに、やっと会えたかのような、強い想いがこみ上げる。
黒曜も目を細めて芽衣を見つめた。
「また会ったな。――――――まあ、数時間前に会ったばかりだけどな」
と言ってニヤリと笑った。
いつもの黒曜だ。
芽衣はほっとした。
「大丈夫なの?傷は」
「ああ。応急処置してもらったからな」
そう言って琥珀を見る。
「琥珀には他にも、『はじまりの書』を探す上で、色々手伝ってもらったんだ」
うんうんと琥珀がうなずく。
黒曜は琥珀に手伝ってもらった経緯を話しはじめた。
「番人の中に本があるとするなら、本を渡してほしいと言っても言葉は通じない。台風のような雲の中に、無理矢理手を突っ込んで奪い返すしかない。だが体ひとつでは、嵐に巻き込まれて終わりだ。だから琥珀の提案で、『本の生る海』の一部分を持ち出し、番人のいる図書室に簡易的に形成してその中に入り、それを結界にして『はじまりの書』を見つけようとしたんだ」
「本の海はそんなこともできるの!?琥珀さんもすごいね!」
琥珀は誇らしげに言う。
「そうだろうそうだろう!本の海は素晴らしい!本以外のものも守れるんだ。僕の技術も凄いだろう!やっぱりわかっているねえ、お嬢さん!」
芽衣は笑った。最初に会った頃の琥珀だとかんじ、芽衣は嬉しくなった。
黒曜を見ると、彼は顔を曇らせていた。
「でも、本は見つからなかったんだ。そうこうしてるうちに、お前に呼ばれた」
「そうだったの・・・」
今回は危険な目に遭わなかったのだろうか。
「また怪我とか、しなかったの?」
「ああ、大丈夫だ。本の海の結界に入っていたからな」
「でも黒曜、そんなに危ない事をしなくてもいいのに・・・怪我してるし・・・その・・・私が読みたいからってそんな・・・」
最後は少し照れながら芽衣は言った。
すると黒曜の顔も赤くなる。
じろり、と琥珀を睨んだ。
「琥珀、あんまりベラベラしゃべるなって言っただろ」
琥珀は自分は悪くないとでもいうのか、しれっとした表情だ。
「別にいいだろう」
ごほん、と咳払いをして黒曜は話題を変えた。
「もう一度探しに行く。何か手がかりがあるかもしれないし」
芽衣は力強く否定した。
「駄目よ!怪我してるんだから!『最果ての書』が先よ!」
やはり芽衣の強い瞳には根負けしてしまうようだ。
黒曜は了解了解、と投げやりに言う。
「『最果ての書』は本の番人の所にあるのよね?」
訊くと琥珀は珍しく暗い顔になる。
「いや、わからない・・・。『最果ての書』が本の生る海に来た形跡がないんだ」
「え・・・?どういうこと・・・?」
「そうなのか?」
黒曜も初耳らしい。
「じゃあ『最果ての書』は無いのか?あくまでも伝説のような存在だったのか・・・?」
(そんな・・・)
一番頼りにしていたものが実は存在しないかもしれないなんて――――――。
芽衣の顔は青ざめる。
「でも、番人のところに行って探す価値はある。魔力のある本が番人の所に行く事は今までにもあったから、本の海を介さないで直接番人の所に行ったのかもしれないし。まあ推測でしかないけどね。それ以外でこの世界で治癒の力があるのは”『最果ての書』が治癒の力を持つ”その情報しかない」
琥珀は気を取り直して言った。
(それしかないの・・・?)
「じゃあ『最果ての書』を探しに番人の所へ行こうよ」
芽衣は決心したが、黒曜はそうでもないらしい。
「いいのか?無いかもしれないんだぞ?」
「それしか無いなら、その可能性にかけなきゃ!」
「わかったよ」
そう言った芽衣だが、ふと考える。
「図書室にさっきまでいたってことは、やっぱり普通の人には見えないのね?」
日中なので、図書室にはだれかしらいるだろう。
琥珀が答えた。
「ああ、そのとおり。気配は感じるかもしれないが、僕たちと番人、番人が起こした嵐の現象は見えない。ただ・・・」
「ただ?」
琥珀が表情を曇らせる。
「お嬢さん、君は見えるかもしれない。昨日は夜で誰もいなかったからよかったが、今はまだ日も落ちていない時間なのだろう?だから、君は移動図書館に残っていた方がいい」
「え・・・そんな・・・私も行きたいよ・・・」
黒曜がぽんぽんと優しく頭に手を置く。
「残ってろって、俺と琥珀だけでも大丈夫だから」
な?と優しくなだめられると嫌と言えなくなる。
「うん・・・わかった。でも!夜になって誰もいなくなったら私も行くからね!」
と、勢いづくと、黒曜と琥珀は二人顔を見合わせて苦笑した。
黒曜は操縦席へ座った。
「軌道修正する」
一言発しボタンを操作すると、モニター画面が表示された。
目的地は学校図書室。
再び三人は、『最果ての書』を探しに学校の図書室へ向かった。