第10話 二つの気持ち
「あー、ちょっとキツイな」
黒曜が床に横たわった。
「黒曜!」
芽衣はもう一度黒曜の服をめくり包帯部分を見る。
血で滲んでいる部分の範囲が広がっている。やはり血が出続けているようだ。
「とりあえず、止血とかした方がいいの・・・?ああでもどうやってやれば・・・」
芽衣はオロオロした。
その様子を見て黒曜が苦笑する。
「やらなくていいよ、大丈夫だ」
「でも・・・、血が出てるじゃない・・・」
「そのうち傷が塞がるって」
どうしてこうなってしまったのだろう。初めて来た時は、不思議と驚きとワクワクで、誰かが傷を負ってしまうような事になろうとは想像もできなかった。
「私のせいだっ・・・!ごめんね、黒曜っ」
芽衣は泣き出した。
「泣くなよ、芽衣。お前は悪くないって言っただろ?」
黒曜は手を伸ばして傍で座っている芽衣の頬に触れる。
涙が頬を伝い、黒曜の指先を濡らす。
「大丈夫。おまえを送り届けることくらいはできるさ」
そう言って起き上がろうとする。
「駄目よ!動かないで!私ここにいる!図書館にいる!」
芽衣は叫んだ。
「馬鹿言うなよ、そんなことできるか」
厳しい顔で黒曜は言った。
「だって、私のせいなの・・・」
黒曜はそんな芽衣を見てあきらめたように笑いため息をつき、上半身を起こした。
「最初来た時も泣いてたよな、お前。なんだか、泣かせてばかりだな」
そう言って芽衣を抱きしめた。
「黒曜・・・」
男の人に抱きしめられるなんて、初めての事で心臓がバクバクドキドキした。
はじめはドキドキしたが、やがて黒曜の腕の中はあたたかく、とても安心できることに気づく。
このまま身を預けてしまいたいくらいに。
そんなのいけないのに、支えてあげなきゃいけないのに、私の方が守ってもらっているかんじになる。
芽衣をやさしく抱きしめながら、黒曜が言った。
「『最果ての書』というのが、治癒の力を持つ本らしい。この図書館に届いた形跡も無いし、実物を見た事も無い、どの程度の力からはわからないが」
「どこにあるの!?」
芽衣が顔を上げる。
そして抱きしめられ続けている事に今更ながら恥ずかしさを覚え、体を離そうとした。
黒曜もそれに気づき手を離しながら言う。
「もしかしたら、本は皆『本の生る海』で生まれるから、本の海からどこへ向かうのか、それは琥珀が知っているかもしれない。ただ、その本もなんらかの力がある本ってことで、本の番人の所へ行っている可能性もある」
「じゃあ琥珀に会いに行こう!」
そう言ってこぶしを握り締めた。
「だから、大丈夫だって」
黒曜はまだ拒んでいる。
痛いくせに、と芽衣は睨む。
「もうっ!心配なの!もし死んじゃったら・・・」
「こら。縁起でもない事言うなよ、死なないさ」
「あ、もしかして不死身の体・・・とか?」
念のため聞いてみた。今まで不思議な現象がたくさんあったからそういう事も有り得るんじゃないの?
「だから、そう都合の良い事なんて無いって。芽衣の世界の人間と同じさ、いつかは死ぬ」
やっぱりそうか。
「だったら、尚更!ねえ、琥珀の所に行こう?お願い!!」
「芽衣。なんでそこまで言うんだ。本を借りる時間が無くなるんだぞ?いいのか?また移動図書館がお前の所に現れる可能性は低いんだ」
――――――本なんて。
本なんて今はどうでもいいの。
本よりもあなたが大事なの。
まさか私が、本より大事なものに出会えるなんて。
「いいの。それよりも黒曜の治療が先なの」
芽衣は真っ直ぐに黒曜を見つめる。その瞳は揺るがない。
「おいおい勝手に決め――――――――わかったよ、琥珀の所に行こう」
その瞳に負けて、ため息をひとつ吐いた。
突然、ビービービ―と警告音が鳴った。
まさかまた何かエラーになった?と芽衣はギョッとして顔を上げたが、違うようだ。
黒曜は立ち上がってお腹のあたりを押さえ、足も怪我しているのだろうか、足も引きずりながら、貸し出しカウンターへ向かう。
何をするのか、芽衣はただ黙って見つめるしかできなかった。
そしてバーコードリーダーを手に取り、手近な本を取ってバーコードを読ませる。
別れの合図。
「時間切れだ」
黒曜は悲しそうに告げた。
(え・・・?)
そして黒曜は芽衣にその本を持たせ、無理矢理扉の外へ押し出した。
「ちょっと待って!!琥珀の所に行くんでしょ!!」
駄目よ!そんなの!まだここにいるわ!
「また返す日にな」
扉越しに、黒曜は悲しそうに笑った。
私、あなたにまだ何もしてあげてない!
あなたが好きなの!!
芽衣は声のかぎり叫んだ。
・・・しかし、言葉を発したのは扉が閉まってからであった・・・