第1話 邂逅
高校一年生の藤掛 芽衣は、今日も学校の授業が終了すると、いつものようにそのまま真っ直ぐ、本を借りに学校の図書室へ向かった。
「今日は何を読もうかなあ!」
足取り軽く、肩まで伸びた黒髪が揺れている。
毎日ここへ向かう時は心躍らせている。
本を読むことが大好きだった。
「あ!真琴もう来てたんだ!」
一人の椅子に座っていた女子生徒を見かけて声をかける。
図書室でよく会うようになり仲良くなった、同じ高校一年生の別のクラスの富永真琴。
眼鏡をかけていて黒髪を後ろで一つに束ねていた。
彼女も読書が好きな一人だ。
「うん。あたしが一番のりだね」
芽衣は辺りを見渡してみたが、誰もいない。本当に真琴が一番最初に図書室へ来たようだ。
「誰もいない図書室もいいよねっ」
目を輝かせながら芽衣は言う。いつも誰かしら先客がいるようだ。
「うーん、でも最近何か感じるんだよね・・・」
真琴が真剣な表情になって言った。
「え!?なになに!?また?どういうこと?私怖いのはやだよ~」
芽衣は顔をゆがませて寒気がするような動作で怖がる。
また、というのは、以前から真琴は何かを感じる事があるようだ。
「う~ん、あたしもはっきりとはよくわからないけどさ・・・気配?」
「えー!なにそれ!誰かいるってこと?」
「だから!わかんないんだってば!」
「も~」
真琴はそういった霊感のような、周りより少し敏感で不思議な能力を持っていた。
「・・・怖くても、私大丈夫だもんっ・・・だって図書室好きだし・・・」
怖いのが苦手な芽衣は精一杯言葉を絞り出し、自分に言い聞かせてみたが、最後は小声で頼りないかんじになってしまった。
「大丈夫だよ!今までだってなんでもなかったじゃん!」
真琴がはげます。
張本人が何言ってるのよ、と芽衣は真琴を睨んだ。
「まあ、それは置いといて、何借りるの?あたしもう借りるの決めたし、行くよ」
「え?もう行くの?置いてかないで~ひとりにしないで~」
「あははは、大丈夫だって言ったでしょ~!もうすぐ図書委員とかみんな来るでしょ」
「うーん、そうだけどさあ・・・」
「あ、ほら来たし」
ガラガラガラと勢いよくドアを開ける音とともに、人の声が一気になだれ込む。
それに胸をなでおろした芽衣は真琴と別れると、本を探す為、書架へ向かっていった。
そして先ほどの真琴とのやり取りはすっかり忘れ去られる程、本選びに夢中になっていた。
家に着くと、芽衣はいつものように一目散に二階の自室へ向かい、早速借りてきた本を読むことにした。
そして読み終えた本はとりあえず自分の本棚の空きスペースに置いた。
ちょうど、夕飯が出来たからいらっしゃいと一階から母親に声をかけられた。
学校の本を自分の本棚に入れることはあまりないのだが、今日はなぜかそこへ自然とそこへ置いてしまった。
その本棚が「カチャリ」と音がしたような気がしたが、芽衣はそれを気に留めず、制服のままだったが、急いで夕飯を食べに自室を出て一階の居間へ向かった。
「!!!?」
夕飯を食べ終えて芽衣が自室へ入ると、芽衣は固まってしまった。
「どどどどどどういう事?」
芽衣の頭は真っ白になってしまっている。
――――――これは、夢?幻?
なんと、芽衣の狭い六畳の部屋に、見たこともない可愛らしいカボチャの馬車のような乗り物が存在していた。馬も人も見当たらない、中も見えないが――――あの童話に出てくるカボチャの馬車のように、アンティークなつくりで、車輪が四つ、カボチャの形ではないが、丸い形をしていて、ところどころの装飾が美しい。こんな所にあるのが信じられないくらい場違いだ。
こんな大きなものがうちの部屋にどうやって入る事ができたの・・・?
・・・じゃなくて、いや、うーん・・・。
芽衣は混乱した。
「ドアを閉めて。」
「・・・!」
男の声がした。
芽衣は反射的にドアを閉めたが、声の主はどこにいるのだろう。
「わっ!」
カボチャの馬車の中から男が現れた。
芽衣は身動きができないくらい男に釘付けになってしまう。
芽衣よりも年上、二十代くらいだろうか。
髪は黒く、均整の整った顔立ちと体格。
タートルネックの黒い服を身に纏い、黒いタイトなズボンの足は細く長い。
芽衣は思わず見惚れてしまうほど。
「こんにちは。いや、今晩は、か」
男がほほ笑んだ。
「ああああの、あなたは何??もももしかしてお城で舞踏会でも?」
芽衣は混乱していた。あなたは誰で何をしているの?と言いたいらしい。お城で舞踏会とは芽衣の妄想が噴出してしまったのだろう。
「驚かせているようですまない・・・毎回驚かせるのも如何なものかとは思うけどね」
男が謝った。最後の方は、ポツリとつぶやいていて芽衣には聞き取れない。
さらに、男はぶっきらぼうに言った。
「ほら、この車の中を見れば一目瞭然だろう。移動図書館だ。この車は見る人によって見え方は違うが・・・うーん、あんたはかなり空想好きのようだな。まさかカボチャの馬車にでも見えるのか?」
最後はうっすら笑っている。
「移動図書館!?」
――――そのカボチャの馬車の中に、芽衣の好きな本がたくさん並べられている事にようやく気付いたのであった。