プロローグ4
「ねえ、シロ」
そんな回想をしていると、ノアが食べ終えた弁当を片付け、持ってきた本を持ちながら話しかけてきた。
『呼んでるぞー』
あの生死をかけた戦争から二年間、なんやかんやあって、この不思議な獣との共同生活になった。
正直シロはもとの生活に戻りたかった。
「何をボーっとしているの?」
ボーっとしてたかな?
いつも無表情な私は自分の表情をあんまり把握できていない。村にいたときも、話を興味深々と言った様子で聞いていたら、ドリアたちから「無表情で怖い」・・・なんていわれたこともあった。
「宇宙ひも理論と多次元的世界理論を考えていただけだよ」
自分の身体に居候している魂のような言い訳をしつつ、ノアのほうを見る。
「それ好きだね・・・まあいいや。今日は魔道書を持ってきたんだ、一緒に見ようよ」
魔道書・・・魔法を使うための教本のようなものだ。
魔道書は王国の宮廷魔術師により、初級、下級、中級、上級と三つにランク付けされていて、簡単な魔法の使い方を懇切丁寧に教えてくれる。
ちなみに魔道書は、一冊で家が一軒買えるほどに高価だったりする・・・つまり・・・
「ノア・・・自首しよう・・・」
「何でそうなるの!ちゃんと買ったものだよ!」
「この寒村でそこまで金を持っている人がいるわけないじゃない・・・憲兵だ!おとなしくしろ!」
「ボクはそれでもやってない!」
『お前ら楽しそうだなー』
そんな雑談をしていると、ノアが説明してくれた。
「ボクの兄さんは宮廷魔術師なんだ、だから試作品とか魔道書とかも送ってくれるんだよ・・・まあ兄さんが許可を取ってるのかは知らないけど・・・」
説明し終わったノアは、暗い顔をしてブツブツと何か言い始める。
この本、もし許可とって無かったら私たちも共犯になるのかな・・・冤罪はごめんだ・・・
『読んだら燃やせばよくないか』
(それだ!)
幸い火は得意分野だ、派手にやろうか。
「ノア読んでいい?」
そう尋ねると、やっと顔を上げながら頷いた。
「でもこれ初級魔法の本だよ、シロは使えないの?」
「私は教えてもらう前に村を追われちゃったから、初級魔法も使えないんだ」
軽口を言う様に言う私に、ノアは戸惑いながらも言葉を返す。
「反応に困るんだけど・・・」
「うん、そうかな・・・でも追われたといっても最近は、交流も増えてきたし、友達も今と変わらず仲良しだよ」
『そう思っているのは、シロだけだったりして』
(・・・怖いこといわないでくれるかな)
今度会ったとき自分との関係性を聞いてしまいそうになるじゃないか。
「それならいいけど・・・とにかく本を読もう、ね。初級魔法だって教えてあげるから」
重くなった空気を変えようとノアが露骨に話題を逸らしてきた。
「じゃあ、早速初級魔法おしえて、ノア」
そういってノアの膝の上にある魔道書を覗き込んだ。
『・・・・・・・・・出来るのかな』
(何か言った?)
『・・・いや何も』
ノアが魔道書を読み上げていく。そんなノアの声をあくびをしながら聞いていく。
シロが眠たそうにしているのは、昼間起きてることが少ないからだ。その理由はこの森に住む魔物たちと生活パターンを合わせてるから。
魔物は基本的に夜行性のため、夜に寝ると寝てる間にモグモグされたり、ザクザクされたりすることがあった。
豪快な腹パンで起きるこっちの身にもなってください。その日から怖すぎて満足に寝られないんですよ。
結局それからは雑音の多い昼間に寝て、静かな夜に採取をするのが日課になって来たのである。
常に裸足だから足跡もほとんど消せるから、意外と自分に合った生活だと思っている。
(まあ、この森は魔物は多いが、魔獣がいないからね)
魔物の定義としては魔力を持った人に害を与える存在のことだ。
魔物は非常に数も種類も多いが、熟練された冒険者や、卒業した魔法学生ならば余裕に倒せるのが魔物という存在だ。
そして魔物の中には臆病な生物も多いのだ。
だが魔物のその上位に位置する魔獣は基本的に獰猛な怪物である。主食は魔物そして人間、ついでに人間の方が美味しいのか、魔物を捕食最中でも人間を見かけた瞬間に襲ってくる。
そしてこれが一番重要な情報、魔獣は魔物の10倍は強い。
魔物でさえ死闘必至なこの貧弱少女に勝てるはずも逃げれるはずもなく、出会ったら死を覚悟するのが当然の存在である。
この二年間森の中で死に掛けながらも生き残れたのは、幸運でしかない。
初めに食べれる薬草やキノコ、食料を見つけれたこと。
自分の縄張りを守るように動く魔物が多く、積極的に殺しに来る魔物が少なかったこと。
魔獣がこの森に来なかったこと。
この中で一つでも欠けていてもシロは生きていないだろう。
それと・・・
『むにゃ・・・』
シロの上で寝ぼけている奴がいたこともそうだった。
(君がいなかったら私はとっくに死んでいたんだろうね)
感謝しているが一応元凶である以上、素直に感謝するのは癪だった。
「ねえ、聞いてるの」
と、ボーっとしているシロに対して、ノアが話しかけてきた。
「・・・聞いてるよ、魔力は周りに常に存在し、魔法は魔力を自分の中に入れて圧縮し属性を付与することによって発動する。つまり魔法は周囲に魔力がある限りいくらでも使えるとゆうこと」
『やっぱり魔法はチートだな』
ちーと・・・?知らない言語に首をかしげながらノアとの会話を続ける。
「さすがだね、やっぱりシロは頭いいね」
ドヤ顔したいところだけど、上でまどろんでいる人?にあらかじめ教えてもらっていたから、あんまり胸を張れないんだ。
『もとより張る胸がない』
(黙れ)
「それじゃあ、実践してみようか、一番簡単な魔法からね」
ノアが立ち上がりながら、シロに手を差し伸べる。シロはその手を取りながら立ち上がる。
ノアはシロが立ち上がったのを確認すると、人差し指を立てる。そしてノアは目をつぶり人差し指に意識を集中する。
「火よ灯れ」
突然ノアの人差し指が燃え上がりマッチぐらいの火が指先に灯った。
火は発動者を傷つけることはなく、安定した揺らぎを見せていた。
「・・・おおー」
ノアはシロの反応を見て、空いている片方の手を腰に当てながら得意げな顔をした。
「ほら、シロもやってみて」
「うん」
シロは立ち上がり人差し指を立てる。
そして周囲に意識を集中し魔力を自分の体の中に集める。そして詠唱する。
「火よ灯れっ!?」
その瞬間、妙な気分になる、眩暈がして吐き気がする風邪を引いたときみたいな症状が体を支配する、平衡感覚がなくなり立ってられなくなる。
(魔法って、こん、な辛い、の?)
それでも人差し指に魔力を集中しようとする。だが・・・
『シロ!』
相棒の焦ったような声で集中が途切れる。そしてやっと眩暈が無くなり、地面にへたり込んだ。
「シロ!」
ノアの声で失いかけた意識が戻る、気がつくと荒い呼吸をしていた。心臓がバクバクと動き、手足がすごく重たくなっていた。
「・・・私の様子はどうだったの」
「詠唱した途端、顔色が悪くなって呼吸も荒くて、急に倒れたんだよ・・・」
ノアはそんな風に心配そうな声でシロに話しかけてくる。シロは立とうと思い足に力を入れようとするが・・・力が入らない。
仕方がないから寝転がり仰向けになる。覗き込んでくるノアの心配そうな顔に話しかけた。
「・・・大丈夫だよ、多分」
実際に手足の先から力が戻ってくる。ため息をつきながら空を見上げる。落胆しながら太陽の光をフードをひっぱって遮る。
「・・・やっぱり」
「うん、何?」
「・・・いや、何でもないよ」
多分相棒がシロに魔法を教えなかった、やらせなかった理由はこのことなのだろう。
(ねえ、君は知ってたの?)
シロは尋ねる。最初から魔法を教わることに懐疑的だったから、何か知っているのではないかと思った。
『予想はしてたんです』
相変わらず、魔法で声を変えたような声が聞こえてくる。
『オレの加護を受けると、多分魔法が使えなくなるんだ。でも本格的な加護じゃなかったし、契約も最低限だったから、ここまで強いものだとは思ってなかったんだけど・・・』
(言い訳しない)
『はい。えーと、つまりですね。魔法は人間限定の力なんです』
(ふむ)
『オレの加護を受けると、人間の枠組みを外れるというか、どっちかというと魔物よりになるわけです』
こいつが今言ったことはこういうことだ。
(・・・・・・つまり私は人間でなくなり、魔法も使えない・・・と)
『端的に言うとそういうことです・・・』
(・・・・・・・・・・)
『やめて、沈黙が怖い!大丈夫、大丈夫!ちゃんと魔法教えてあげるから!・・・人間用じゃないけど・・・』
(・・・はあ)
照りつける太陽が恨めしい。太陽は等しく光を与えてくれるらしいけど、人間が平等って嘘だな・・・私人間じゃないらしいけど
・・・
「うーん何を持っていこうかなー」
ノアは今料理をしながら悩んでいた。
「シロは何を気に入るかなー」
肉と野菜を炒めたものを弁当箱につめながら、なるべく栄養が多いものを弁当に入れていく。
その最中にシロのことを考えていた。
「やっぱり本かなー、でもすぐにうつらうつらして寝ちゃうんだよなー、まったくシロにも困ったものだよ」
愚痴を言いながらも楽しそうに、嬉しそうに弁当を作っていく。
ノアはシロの生活パターンをあんまり知らない。不健康な生活をしている、程度の認識しかない。
「よし、弁当はこれでオッケーだ」
丁寧に敷物でたたんで、手の汚れを水で落とす。
エプロンで手を拭きながら自分の自室を目指す。
「今日もいい天気だな」
途中にある窓から村を眺めながら物思いにふける。
この小さい村は名前すらない。そしてこの国、エルドランの辺境に存在する。
この場所はギリギリ、エルドランを囲っている大結界の領域内のため魔物も少なく魔獣が攻めてくることはほとんどない。
さらに森が近いため狩猟生活が出来る、それだけではなく土も肥えているため農耕も盛んである。
これだけ聞けば、良い立地条件だと思うかもしれないが、王都から遠いせいで交易がまったくできないため、基本的に子供でも働かなきゃいけないほど人が足りてない。
「シロは大丈夫なのかな?」
シロの住んでいる西の森の場所は、国を覆う大結界から外れている。
更に言えば木々は生えているが魔物が多く。自然発生する瘴気に当てられた作物は、異常なものが多くなっている。
「まあシロなら大丈夫だろうね」
ノアはその状況を楽観視しているわけではなかった。
ただ二年の付き合いになる親友をよく知っていただけである。
一年前、この村を襲った魔獣を倒し、村を救った英雄であること(シロは認めてないが)。
半年前、些細なことでシロノと喧嘩したノアが、森に入っていったとき魔物に襲われたノアを助けてくれたこと(シロは認めてないが)。
魔獣を倒せるシロが魔物ごときに遅れをとるはずがないと思っているからだ。
そんな事実だけじゃなく、親友としても大丈夫だと思っていた。
「シロはどこか不思議なところがあるからなー」
苦笑しながらいつも眠たそうな顔をしている銀髪銀眼の少女のことを思い出す。
シロの行動は一切予想が出来ない。
魔獣を倒すぐらい強いと思ったら、普段の勝負ではかすりもしないぐらいに弱い。
殺気をだして剣を抜いて向かってきたかと思ったら、途中でずっこけて「お腹減った・・・」と言いながら気絶するような少女に興味がわかないわけがないのである。
「フフッ」
思い出し笑いをしながら、自室に入り、本棚から魔導書を引っ張り出す。
そして弁当と一緒にまとめて敷物でたたむ。
そしてシロのところへ向かう途中ノアの父親、つまり村長とであった。
「あの娘のところに行くのか・・・」
訝しげに声を出し、ノアのことを睨んでくる。
その目にノアは一切の怯みも怯えも見せずに淡々と答える。
「うん、そうだよ」
眼光が更に強くなり、語気が荒くなる。
「あの娘と関わるのは止めろ、あれは滅びしか齎さんぞ」
「シロに救ってもらったくせによく言うよ」
二年前、シロを殺そうとしたのは、この村に住む村長を含む大人達だ。
そして率先して殺そうとしていたのが、ノアの義理の父親の村長だった。
「一年前にシロに魔獣を倒してもらったのを忘れたの?」
一年前までは村人総出で殺そうとしていたが、魔獣から救ってもらったことによって、村民たちのシロへの敵愾心は薄れていた。
「忘れてはおらん、あの娘はこの村の英雄だ」
「なら・・・」
「だが、奴を生かしておくわけにはいかんのだ」
村長は未だに殺意を持ち続けている。
ノアはその執着心に疑問を持ちながらも、ノアはシロを守るために戦い続けているのだ。
「この村を守る、それがわしの役目なのだから」
そう言い捨てノアと逆方向に歩いていく。
その捨て台詞に疑問を覚えながらも「まあいいかと」納得しながら家を出た。
「とっいけないシロとの待ち合わせに遅れる」
そう言いつつシロの元へと走り出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・はあ」
シロはため息をつきながら地面にのの字をを書いていた。
「そんなに落ち込まなくても・・・大丈夫だよ!魔法を使えなくたってシロなら生きていけるよ!」
そんな風にシロの親友・・・ノアが励ましてくる。
「・・・ありがとうノア、でも生死が基準の辺りがおかしいよ」
『ああそうだ赤ん坊でも使える魔法が使えなくったって生きていける・・・大丈夫、自信を持て、シロ・・・お前にはこのオレが憑いてるし、二年間で培った経験があるんだ。大丈夫・・・多分』
(励ますんなら、最後まで励ましてよ・・・)
「ほらほら、別の本も持ってきたから!こっちを読もう!ね!、ほら『植物大全集』これならシロも興味があるでしょ!」
ああ・・・心優しいノアの心遣いが身に染みる・・・
そんなことを考えながらのそりと立ち上がる。そして本を広げるノアの下にゆらゆらと歩いていく。
「ああ・・・!シロがまるでゾンビみたいに・・・!」
『まだ死ぬには早いぞ、シロ!戻って来ーい!』
「・・・うるさいなあ」
『「ごめんなさい」』
そんな風に謝ってくれる親友を傍目に本をのぞき見る。そこには確かに興味深いことがたくさん書かれていた。
「やっぱり興味があるの?」
「・・・けっこうある」
シロの生活はけっこうシビアなものだ、だから全力で取り組まなければいけないのだ。
余念を捨て食い入るように本を読む。そんなシロをなんだか和むように見ているノアの視線が感じる。
だが今のシロには知識を手に入れるために全力で集中する・・・
ノアと一緒に覗き込むように本を読む。フードが邪魔になるから今は脱いで透明感のある銀色の髪がさらさらとしている。
時間が過ぎていく・・・風の音と草や木々が擦れる音だけが過ぎていく。そんな中分からない文字があった。
「・・・ノアこれなに?」
「えっ・・・ああこれはポイズン・・・毒のことだね。ここに書かれているのはおそらくエルフ語だから読めないものがあったらどんどん聞いてね」
「・・・えるふ・・・エルフって耳が尖がっている種族のこと?」
「えっ!知ってるの!」
『知ってるのかシロ!』
(黙れ)
この獣に教えてもらったことがあった。
そのほかにエルフや魔族、ドワーフや巨人族、それに加え岩石族、不死族も存在するそうだ。まだまだたくさんあるらしいが主だったものはそれらだけらしい。
「へー物知りだねシロは・・・エルフは排他的主義だから本も外見の情報すら外には出ないのに・・・」
(本当、君は何でも知っているね)
『まあ、ニホンは今考えても魔境だったからな』
「・・・故郷には何処から仕入れたか分からない情報がたくさんあったらしいよ」
本当にこの魔境出身は、何者なんだろうか。
まあ考えても仕方がないか・・・
そう考え直しまた本を覗き込む、そうするとどこかで見たようなキノコと草が目に入った。
キノコのほうは『カミシニタケ』、草の方は『カミクイソウ』
・・・なんていうか・・・すごく罰当たりな名前だ・・・
だがシロが惹かれたのは名前じゃなく効果のほうだった。
(この二つを錬金術で合成して作られた薬は、契約を無効化できるって、これは!)
もっと集中して本を読む。そして内容を頭の中に入れながら話しかける。
(もしこの薬を作って飲めば、私と君の契約って切れるの?)
『・・・可能性はあるけど、ぶっちゃけ薬程度で切れるならこんなにも苦労してないぞ』
(でも、可能性があるなら・・・私はやろうかな・・・)
この不思議な魂との関係は契約だ。そしてその契約のせいでシロは村を追われ、こんな生活をしてるのだ。
だがその契約も永遠ではない。
二年間、契約を更新しなければ、契約が切れることになっているのだ。
だからあともう少しで契約が切れるはずだった。
(今夜にでも探しに行くか・・・)
場所は完全に把握している。それに今の時期は魔物が少ないから、比較的安全なはずだ。
「・・・うん大丈夫・・・なはず」
「うん、何?」
ノアが私の独り言に応える。
「・・・いや・・・なんでもないよ」
まだ怪訝な目で見てくるノアの視線から逃げるため、本へと視線を落とす。
そしてまた静かな、少しだけ心地いい時間が始まった・・・