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狼と少女の幻想譚  作者: ウチノネコベンケイ
3/6

プロローグ3

私は逃げていた。


何から逃げていたかは多すぎて分からない。記憶喪失したことによる恐怖感からか、この村に懐いてから数年で追い出され狩られそうになっている孤独感からか、とりあえず物理的なものは村人達からだった。


「はぁ・・・はあ・・・!」


そもそも私がなぜ追われているのかは分からない。村長が言うには村を破滅させる魔女かなんだとか。


「っ・・・!」


否定できる材料はない。記憶を失う前は魔女だったのかも知れない。もしかして記憶を取り戻したら村人達をたぶらかした上に、自分の奴隷に変えるかもしれない。


「逃げ・・・なきゃ・・・」


だが反論したいことはある。別に急に襲わなくてもいいじゃないか。ちゃんと丁寧に説明してくれたら私だっておとなしく村から出て行くよ。なのにわざわざ村の子達と帰ってきたときに矢で串刺しにしなくてもいいじゃないか。まったく村長の早漏め。


「殺せ!奴はこの村から追い出すだけじゃ駄目だ!ここで殺さなければいけないんだ!」


殺すにしても、もうちょっと上手いぐらいに殺せなかったものか。お腹に刺さった矢とか腕に刺さった矢が死ぬほど痛い。急所が外れていればいいが、背中に刺さった剣だけは急所を貫いてる感じがする。


ちゃんと止血して抜き取らないと、今逃げ切っても出血多量で死にそうな気がする。


「い・・・たいな・・・」


裸足で走っているせいで足が血まみれになっている。森を走っているせいで葉っぱや枝が、下手な剣より皮膚を切り裂く。それでも逃げ続けなくちゃならない。足をとめたら二度とこの足は動かないような気がするから。


「いたぞ!あそこだ!」


後ろから声が聞こえる。声から察するにどうやら見つかったらしい。


どうして見つかったのだろうか、走っているこの通路は普段村人達が使う獣道を使っているからだろうか。だがこの通路以外にこの森を横断できる方法を私は知らない。この道以外を行けばきっと私は迷うだ

ろう。


この道以外はもっと過酷な道となるだろう。魔物が跋扈し、魔獣すらいるかもしれないそんな道を進むのは自殺行為だ。


だがこの道を使い続ければきっと追いつかれて殺される。


―――即死の危険性を孕んだ未知なる道を行くか?

―――確実な死が待っているいつもどうりの道を進むか?


迷う暇すらなかった、迷う方法さへ知らなかった。


発見した声を聞いた瞬間身体を九十度回転させ、獣道ですらない魔物も動物さへ入らないような森に足を入れる。


「っが・・・あ・・・」


尖ったものがあったのだろう、鋭い岩が足裏を突く。鋭いものがあったのだろう、頬が更に切り裂かれている。血が垂れる、消毒しないと更に怪我が悪化するだろう。


いや多分もう遅い。傷口から毒がはいったのか眩暈がする、頭痛がする、吐き気がする、身体の節々が痺れて動かなくなっていく。


だが今ではその感覚が、痛みが、険しさが頼もしい。私と同じことを追いかけてきている連中がそのまま経験していると思うとそれなりに頼もしい。これで諦めてくれれば私も浮かばれるというものだ。


「その前に私がくたばるかもしれないけど・・・」


それは天の運に任せよう。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




そして何時間たったのだろうか、体感時間だから実際の時間は数分ぐらいかも知れない。


刃の森を駆け抜け木々を抜ける。そこには・・・


「は・・・ぁ・・・」


月光が差し込む広場があった。そこは幻想的なまでに花や風が鳥が月が美しく輝いていた。

岩が辺りに点在しているがそれらもまるで結界を象っているのかのごとく均整が取れていた。


その光景に目を取られ足が止まる。そしてその白い身体はいっせいに力を失い倒れこんでしまった。


毒が身体全体に回ったのだろう、もう指先一つさへ動かすことが出来なかった。


(動かない・・・)


空の天井には真ん丸い月がそこにはあった。


(今日は満月だったんだ)


夕方からずっと逃げ続けていたから空を見る余裕なんてなかった。いや逃げ続けた結果だからこんなにも美しいのだろうか。


(綺麗だ・・・)


やっと余裕ができた、ようやく月を見ることが出来るぐらいの余裕が出来た・・・自分が生きていられる後数分ぐらいの間だけだが。


(そういえばノアさんと一緒に月を見ようっていう約束・・・守れなかったな)


後数分でこの命は尽きる。それは確実だった。自分の過去のことはまったく知らないが、自分の今のことは知っている。身体に入った毒、身体中に刺さっている矢、背中に大きく刺さった剣、どれか一つだけでもこの弱い身体を殺すのには十分すぎた。


(吐く息が白い・・・寒いな・・・もうちょっと厚着をしてくればよかった・・・)


吐息が白くなり。雪が辺りに舞い降りる。そういえば冬が近かった。今年は冬のための備蓄はかなりあったはずだ。豚や猪の燻製を何よりも楽しみにしてた気がする。もう食べることはないが。


(最後ぐらい美味しいものを食べたかったな・・・一番小さいからって少しだけしかくれないのはフコーヘイだと思うんだが・・・)


記憶喪失で倒れていたところ、この村に拾われて、そして村の子達と仲良くなって、そして訳の分からないまま殺されかけて、訳の分からないまま死んでいく。誰にも知られず、ただ一人で。


――――――もういいか


目を瞑る。死を受け入れ自身の終わりを待つ。ここで私『   』の人生は幕を閉じるのだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・




感覚がなくなってくる身体に振動が音が聞こえてくる。お腹に響く音だ、平常時なら警戒対象だろう。


音が、おそらく足音が自分へと近づいてくる。獣だろうか、魔物だろうか、それとも魔獣だろうか。村の皆のためにも魔獣じゃなければいいが・・・


それ足音とは別にどこからか声が聞こえてくる。男か女か、それとも人間かすら分からない声だ。聞いたことがない。


その声は私に問いかける。その声を聞いているとなぜか安心する。聞いたことすらない、人間かすら妖しい声なのに。



『何故こんなことになっているのですか?』


その声は私にそんな当たり前のことを尋ねる。決まっているだろう、それは・・・


―――分からない


『何故ここで倒れているのですか?』


毒か傷か、それとも別の何かか・・・どちらにせよ知恵がないから知りようがない。


―――分からない


『何故村を追われたのですか?』


それこそ本当に分からない。


―――分からない


分からないだけの人生分からないままの結末。疑問が尽きない、自分のあり方も自分の成り行きも、自分の結末さえも分からない。


『分からないままでいいのですか?』


いいも何も、分からないのだから仕方がない。自分の力でどうにもならないのが知恵というものだ。だから皆先人の知恵を学ぶのだ。


『分かることはないのですか?』


分かること・・・?自分が後数分で死ぬということだけが、今自分が知りうる最高で最大限のことだ。


『―――それについてなんとも思わないのですか?』


思うも何も、私・・・シロには何もない。この名前だって自分の呼び名に困ったから自分の外見を元に作ったただのあだ名だ。名前をつける家族すらいないこの私が死んだって悲しむ人がいない。なら私が死んでもだれも困らない。『   』は私が記憶をなくした瞬間に死んでいる。


『―――自分は困らないのですか?、自分は悲しまないのですか?』


困るも何も、悲しむも何も・・・困るな。



『―――如何して困るのですか?』


分からない。


―――分からない。


『―――死にたいですか?』


嫌だ。


―――嫌だ。


『如何して?』


―――何も分からないまま死にたくない、せめてこの胸に抱いた疑問だけでも知りたい、分かりたい。


身体に失いかけていた意識が戻ってくる。それと同時に身体中の痛みが走り続ける。剣や矢が刺さったところから熱のような痛みが走る・・・だがこの痛みすら今は生の実感だった。


身体に火がともる。冷え切った身体が脈を打ち始める。


『―――最後の質問です』


声が熱を灯す。誰かも分からない声も焦ってるようだ。




『生きたいですか?』




身体が脈を打つ、指先を動かす、掌を動かす、腕を動かし、背中に刺さった剣を一気に抜く・・・!


足に力を入れて身体を起こす。剣を杖代わりにして前方にある岩に向いて歩いていく。岩にたどりつき岩を背もたれにして座り込む。


「生きたい・・・っていったって・・・どうすればいい・・・」


あの声の通り自分は生きていたい。だがその方法は分からない。どうすれば生き残れるか分からない。


そこらへんに落ちている薬草で毒を消したり傷を治す?だめだそんな知識、私にはまったくない。


自分の服で止血する?自分の服を切る力なんて残ってない。ついでに毒も消せない。


このまま歩いて町に行って助けを求める?町ってどの方向?


打開策を考える。考え付いた途端に審議し切り捨てる。それの繰り返し、自分の死が来るまで考え続ける。


―――ドン


近づいてくる足音がする。獣だろうか?だがそんなものは無視だ、いまは考えることがある。


―――ガアアァァァ・・・


獣の鳴き声が聞こえる。だがそんなものは無視だ、今は考えることがある。


どんどん近づいてくる足音と泣き声に興味すら向けない。考え続ける。考え続けなきゃいけない。


「グガァア・・・・!」


そしてその獣は目の前に現れた・・・


家ほどある体躯、今まで見たどんな刃物よりも鋭い爪、岩すら砕けそうな牙、血より赤い真紅の瞳。そしてその巨躯を包み込むあらゆる悪意を集めたような黒い影。月光の光すら霞むそれは闇を纏いながら顔をこちらに近づける。


そんな獣が私の目の前にいた。


(お前に構ってる暇はないんだ・・・よ!)


そんなことはお構いなしとばかりに考え続ける。


薬草を片っ端から食べて毒が消えるのを願う?毒草食べたらどうするんだ。


助けを求める?誰に?村人に?サーチアンドデストロイを掲げている村人達に?ついでに目の前の獣も対処できると思うのか。


考え続ける、一秒経つごとに獣も死も近づいてくる。


獣が口を開く。人の顔ほどある牙がずらりと並んでいる。見るものに畏怖を感じさせ、敵対するものを全て喰らうそれは今の私にとってはおーばーきるだ。


「・・・・・・・・・・!」


私も口を開く。腕を前へ向け獣が私を喰らうより速く獣の鼻先に触れる。

意外とさわり心地がいい、フサフサしてモフモフしている。


そして私は獣に向けて・・・


「―――助けて」


と言った。


―――何の間違いだったんだろうか、何のひらめきだったんだろうか。神でも降りていたのだろうか、その神はおそらく邪神の類だったに違いない。これが全ての間違い、全ての始まり。


―――これから始まるあらゆる苦難の始まり。






辺りに静寂が満ちる。辺りの雪が更に寒くなったように思えた。


獣を見る。獣の表情は分からない。だがおそらく無表情に違いない。私だって目の前の夕飯が助けを求めてきたら困惑する。


静寂が痛くなって来た。食べるなら食べるではっきりとして欲しい。どちらにせよもう動けないし声すら出せないのだから。


「ふは・・・」


獣が口を開く


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


明らかに禍々しい妖気が辺りに立ち込める。獣が声を発するたびに辺りに邪悪な力が満ちる。


「面白い!面白いぞ人間!、よりによってこのオレに助けを求めるか!!この破壊することしか脳がない、続いたものを終わらせ、災禍を齎し、ありとあらゆるものに死を齎すしかないこのオレに助けを求めるか!!」


大笑いが続く。獣が息を発するたびに風が起こる。その風に吹き飛ばされないよう地面に這い蹲る。


ひとしきり笑った後で、獣は私に顔を近づける。そしてこう告げる。


「いいだろう、人間!貴様を救ってやろう!」


その言葉に目を見開く。生きるためだけにヤケクソで出した答えが正解していたらしい。


「だが・・・」


言葉は続く。どんな要求が来るのか・・・自分の命だけですめばいいが・・・


戦々恐々としながらも獣に対峙する。真正面から見る獣は、影でよく見えないが何処となく狼のような感じがした。


「―――――――――くれぐれもオレを退屈させるな」


その瞬間私の視界は暗転し、そして最後に写った光景は―――



その狼の牙だった。













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