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撃ち抜け! トリハピ魔法少女ほとりちゃん!

作者: 八滝 鈴鹿

 人気のない深夜の街。月明かりは雲に隠れ、漆黒の闇が辺りを包む。

 本来ならば夜半であろうと明かりがあるはずの都会の街。しかし何故かその場に光は一片も存在しなかった。


 異常で異様な夜闇の中、オフィスビルの森を駆け抜ける影が二つ。


 一つは二メートルを超す巨大な異形。

 そのカタチは人に嫌悪と恐怖を与える。喩えられるモノがない程、それは異形としか言いようがない異形。


 上半身は人間。しかしその頭には髪も目も鼻も耳もなく、唇のない巨大な口が付いているだけ。腕は途中から人でなくなり、粘液がぬらつく薄気味悪い触手が蠢く。

 下半身は異様。筋肉がそのまま露出している八本の足が、その見た目とは裏腹に高速で動き、その巨体を闇夜に舞わせる。


 色は俗悪。姿は醜悪。知能は劣悪。思想は凶悪。そして嗜好は最低最悪。

 全てを害し、人を喰らう、この世界全ての天敵とも言えるその異形は、“エッグ”と呼ばれていた。


「GUU...GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 八足歩行でビルとビルの間を飛び越える“エッグ”。

 本来ならば“闘争”の為に使われるその超常の力は、この場においては皮肉なことに“逃走”の為に使われている。

 全てのモノの天敵は今――その唯一の天敵に追われていた。


「まーちーなーさーいー!」


 年端も行かぬ少女の声。“エッグ”を追うのは一人の少女。


「ええいっ、埒が明かない!」


 身に纏うはフリルがふんだんに付いた黒いドレス。風に棚引くツインテールの黒髪。手に握るは金属質の長杖。


「ベルゼルアルド! 第三魔法式(サード・フォーミュラ)展開(オープン)!」


 ガキン、という音。それは少女の持つ杖から。

 次の瞬間、少女の周囲を回り出す、金色の光の帯。


「集え、破魔の雷。直天より降りて裁きを下せ――!」


 響くは歌声。舞うは電光。渦巻く力は天の裁き、断罪の牙。


「――『断絶の雷神斧(ヴァーチカル・ストライク)』!」


「G...GAAAAAAAAAAAAAAAA――――……!!?」


 神々しき光の刃が駆け抜け、醜悪なる“エッグ”は一瞬にして灰に還る。

 少女はクルリと杖を一回転させ、天使のような笑顔を浮かべた。


「ふっ、だーい勝利!」


 少女こそ世界の天敵の天敵、“魔法使い”の一人。


「この魔法少女ほとりちゃんにかかれば、“エッグ”の一体や二体、楽勝よ」


 水無瀬川(みなせがわ) ほとり。人呼んで“トリハピ魔法少女”ほとりちゃん、である。









「水無瀬川。お前は一体何度言われたら理解するんだ?」


「うぅ……」


 そんな魔法少女は翌日、灰色のデスクが六つほど並ぶオフィスで説教されていた。


「市街地で雷属性の放出系、それも上級魔法……さあ、どうなるか言ってみなさい」


「えと、周りの電線やら何やらをショートさせて、最悪の場合、発電所を破壊します……」


 理由は昨夜の魔法行使について。説教しているのはほとりの直接の上司、綾倉(あやくら) 幹生(みきお)だ。


「うん、よくわかったな。合格だ」


「やったー。あはははは」


「ははははははは――って笑っとる場合かぁっ!」


「うひゃん!」


 怒鳴られて縮こまるほとり。

 幸い今回は大きな被害にならなかったとはいえ、下手をすれば大惨事になりかねなかったのだ。怒鳴られるのは当然である。


 魔法庁特殊災害処理二課。通称、特処二課。

 決して表沙汰にはならないが、ほとりは歴とした日本国の公務員だ。

 “魔法使い”は数が少ない……だからこそ、十三歳という明らかに就労が不可能な年齢であっても公務員をやっている、特例中の特例である。


「うー、これでもあたし頑張ったんですよ? でもアイツ、あっち行ったりこっち行ったりでやりにくいったら、もう」


「それを何とかするのがお前の仕事だ」


「横暴ですよ! ブーブー!」


「豚になる前にデスクワークを終わらせなさい」


「グーグー」


「今度は狸か……」


 狸寝入りを始めるほとりを無視して、幹生はデスクワークを開始する。

 ほとりの直属の上司ということは、彼女の起こした不始末を上に報告する義務がある。

 言い換えれば、報告して説教される義務がある。


「やれやれ……」


 綾倉 幹生、二十二歳。今日も苦労が絶えない一日のようだ。








「――という訳で、水無瀬川には今度からお目付け役が付きます」


「はい?」


 ほとりが睡眠から目覚めると、何やら沈んだ顔をした幹生が出迎えてくれた。

 ほとりが寝たふりをして実際に寝てから六時間、その間に上の人に怒られたのだろう。


「てか、どういう訳ですか?」


 いきなり『――という訳で』と始められたのでは、何がなんだか分からない。ほとりの疑問は当然のことだろう。


「お前があまりにも人の話を聞かないので、監視が付きます。オーケー?」


「ええっ? あたしがとんでもなく不真面目な人みたいじゃないですか、それ」


「真面目だと、本気で思ってるのか?」


「え、えっと……ちょーっとだけ不真面目さんだった、かな?」


 怖い顔で凄まれたので、言葉尻を濁すほとり。

 幹生は見た目は優男だが、昔は色々暴れまわっていたらしく、その迫力は一般市民なら気絶させることが可能だろう。


「ははははは……だいぶ不真面目さんの間違いだろう?」


「うぅ……ごめんなさい」


 素直に謝っておく。ここで逆らった所で良いことはない。それは二年間の付き合いでよく分かっていた。


「で、お目付け役って誰ですか?」


 ほとりはこのまま続けても怒られるだけと判断し、早々に本題に入ることにした。

 幹生としても不毛な言い合いに益はないと分かっているので、話を元に戻す。


「まあ、要するに魔法庁から使い魔を付けるので、仕事の時には連れて行きなさい」


「使い魔ですって!?」


 幹生の言葉を聞いた途端、ほとりの目が輝いた。


「つ、つまりあたしにも遂にマスコットが付くんですね!」


「マスコットじゃなくて使い魔。お目付け役の監査役。アンダスタン?」


「うふふ、やっぱり魔法少女にはマスコットがいないとねー」


 全く話を聞いていない。やれやれ、と溜息を吐く幹生。


 ほとりは二年前に特処二課に入ってきた時からこんな感じだ。

 能力的には一課のトップを張れる程だが、性格的に難がある。二課に流れてきたのはこれが原因だ。


 もっとも、幹生は性格がこんななのは仕方ないと考えている。

 立場的には公務員とはいえ、ほとりはまだまだ十三歳。本来ならば義務教育すら終えてない年齢だ。精神年齢が幼いのはどうしようもない。

 ……かといって特別扱いするつもりはない。指導しなければ叱咤を受けるのは幹生である。


「で、あたしのマスコットはどこですか!?」


「マスコットじゃなくて使い魔。……まあいい、入って」


 訂正を諦めると、幹生はドアに向かって呼びかける。


「お。やっと出番かい」


 が、その声は開け放たれた窓から(・・・・・・・・・)。激しい羽音を立てて降り立ったのは――


「……(カラス)?」


「烏だな」


 どこか魂の抜けたほとりの声に、幹生が答える。

 幹生自身、何が来るのかは聞いてなかったので、これが使い魔との初対面だ。


「フッ、只の烏じゃねえぜ。オレっちは誇り高き、八咫烏(ヤタガラス)の末裔さ」


 偉そうに説明する烏に幹生は視線を向ける。

 成程、サイズこそ普通の烏だが、確かに足が三本。八咫烏の末裔というのは間違いではなさそうだ。

 霊鳥系統の使い魔は総じて知能が高い。監査役としては打って付けだろう。


 まあ問題があるとすれば……。

 幹生は横目でこの使い魔の主人となるであろう少女を見る。


「…………」


「よっ、嬢ちゃんがオレっちの主人になるんだな。これからよっしく!」


 顔をうつむかせ小刻みに震えるほとりに、烏は無遠慮に声を掛ける。が、次の瞬間――


「あああああああっ! もうっ! どういうことですか、幹生さん!」


「ぐべろっ!」


 手の中に黒き魔杖――ベルゼルアルドを具現させ、烏を殴り飛ばすほとり。しかし言葉の矛先は上司である幹生に向けられた。

 数時間前とは別人のように凄まじい覇気に満ち溢れている。


「どういうことって、何が?」


「コレですよ、コレ! 何ですか、烏って! 魔法少女のマスコットに烏って、どんだけ不吉なのを連れてるんですか!」


「マスコットじゃなくて使い魔なんだからしょうがないだろ……。それに八咫烏は別に不吉じゃないぞ」


 八咫烏は神武天皇の東征を先導した大烏。特に不吉の象徴になる物ではない。


「八咫烏だからいい訳じゃないんです! パッと見どうなのかが重要なんです! どっちにしろ魔法少女のマスコットには相応しくないです!」


「まあまあ嬢ちゃん、オレっちも捨てたもんじゃないぜ。一度体験したらヤミツキになるって」


「ええいっ、黙ってて!」


「ごぶらっ!」


 なだめようと近づいた烏が、再びほとりに殴り飛ばされる。

 ほとりとしては烏などが近くにいては、イメージの悪化は免れない。

 魔法の杖で烏を叩いている時点で、魔法少女としては致命的なイメージダウンになることには気付いていない。


「とにかく! 納得いきません!」


「そう言われてもな……」


 ぶっちゃけた話、幹生はほとりの使い魔が烏だろうが、イグアナだろうが、スカイフィッシュであろうがどうでもいい。

 それに烏がやってきたのは上司命令だ。幹生に訴えられてもどうにもできない。


 幹生がその旨を投げやり気味に説明すると、ほとりは憤然として声を上げる。


「じゃ、幹生さんが掛け合ってきて下さいよ!」


「水無瀬川が真面目に働いてくれていたら、何の問題もなかったと思うのだが」


 ほとりの話を流しつつ、幹生は現実問題を提示する。


 そう。烏が来た直接の原因は、ほとりが不祥事を頻繁に起こすからだ。

 円滑に事を運んでいれば、そもそも監査役など来る訳がない。


「なら、あたしがこれから真面目にやって行けば?」


「そうだな……十件くらい仕事を穏便に片付けて、監査役(カラス)が問題なしと言えば何とかなると思うが」


 そのくらいやれば、幹生自身が掛け合ってきてもいいと判断する。


「ホントですね?」


「嘘を言ってるつもりはない」


 眼光激しくにじり寄るほとり。その迫力にさしもの幹生も視線を逸らす。


「……分かりました。不肖水無瀬川ほとり、本日より心を入れ替えて仕事します!」


 ほとりはそう言うと、何故かビシリと敬礼をする。


「それではこれより訓練に行ってきます!」


 いつもより遥かに気合が入った感じで部屋の外に出て行く。その左手は二度の殴打で気を失った烏の首を引っつかんでいた。

 その後ろ姿を幹生はやれやれといった感じで見送る。


「……今更アイツに監査役付けて何になると言うかな、上の人は」


 廊下の方から「絶対に! 穏便に終わらせるんだから――――!」という叫びが聞こえてきた。

 それほどまでに烏は嫌なのだろう。確かに魔法少女が連れるモノではないが。


 しかしどんなに気合を入れて頑張っても、ほとりが十件も穏便に仕事を終わらせられるはずがない。幹生はそんな、確信に近い予感があった。

 何しろ彼女は人呼んで――


「――“トリハピ魔法少女”だからな……」








 それから一週間。八件ほど穏便に仕事を片付けたほとりがいた。


「あと二件。あと二件であたしはこのカラスから解放される……!」


「おおぅ、そうなったら嬢ちゃんともお別れか。寂しくなるぜ……」


「あたしは清々するよ」


「手厳しいなぁ、相棒。もっと悲しんでくれよ」


 一週間も経てば得てして慣れる物であるが、ほとりはいっこうにカラスに慣れる事はなかった。

 自身のマスコットキャラとしてはあまりにもアレな外見は元より、その喋り方も非常に気に食わなかったからである。

 だから、反発の意味も込めて“カラス”と呼称している。

 始めの内はカラスも自分の名前を呼ばせようとしていたが、三日くらいで諦めた。賢明な判断である。


「あたし、我慢だガマン。これもあと二件の辛抱……!」


 そう言い聞かせて自重するほとり。ちなみに一週間前から同じようなことを言い続けている。


 特処二課の仕事は主に、一般社会に害を与える魔獣――その中でも特に“エッグ”の駆逐である。


 一般社会に“魔法”という物は公表されていない。

 というのは“魔法使い”の数が少ないのもそうだが、科学文明が進んだことにより、物理法則に則らない“魔法”の存在が世俗には邪魔だったからだ。


 しかし、それでも世界は“魔法使い”を必要としている。

 理由は単純明快。“魔法使い”がいなくても“魔法”は存在してしまうから。


 “魔法”は万能にして単純な法則。誰しもが持つ願望を現実に反映させる力。

 『もしも〜だったら』という可能性を見出し、それを現実として出力する。それが“魔法”。


 そもそも“魔法使い”の数が少ないというのは、可能性を現実として出力する為の力――所謂“魔力”を実用可能なレベルで保持している人間が少ないということだ。

 逆を言えば、“魔法”を使用する為の第一段階である、可能性を見出すことは誰にでもできる。


 “エッグ”はそうした、この世界に生きる誰かが、いつか夢見た可能性。

 見出されたが放置された可能性は人間の無意識下に堆積し、カタチを歪ませ、他の可能性(ユメ)を喰らい始める。

 肥大化した可能性(アクム)は無意識下より浮上し、人が夜見る夢にまで影響を出し始める。

 夢の世界は一つであり、全ての人間の夢は繋がっている。複数の人間が悪夢を見ることを対価に、想いより“魔力”を吸い上げ、“産まれなかった可能性(エッグ)”は世界に現出する。


 “魔法”から生み出されたモノに対抗できるのは“魔法”だけ。

 物理法則を凌駕する存在に、現代兵器は限りなく脆弱。無効ではないが、焼け石に水。


 だからこそ“魔法使い”は必要とされ、特処二課は存在する。


「うー、仕事仕事。早く次の仕事こーい!」


「嬢ちゃん、そりゃ不謹慎だぜ。仕事がないほうが平和なんだからな」


「いいのっ! 穀潰しのカラス連れてる方が、よっぽど平和を乱すんだから」


 ほとりにとってカラスを連れているのは、世界の天敵が街中を闊歩しているより危険なことなのだ。

 もっともカラスの方はこの一週間でほとりの性格を理解したのか、そんな暴言にも動じない。


「てか嬢ちゃん、今の時間分かってるか?」


「え? 二十一時だけど」


「“エッグ”は基本的に人間が寝静まった深夜にしか出ねーぞ? 今からそんなテンションで大丈夫か?」


 “エッグ”が世界に現出するには多くの人間の夢が必要不可欠。その為、現れる時間という物は大体決まってくる。

 ほとりもそのような事は言われるまでもなく理解している。しかし、


「いざ“エッグ”と戦う時になってハイテンションじゃダメでしょ。ローテンションじゃなきゃ、あたし絶対何かやらかすだろうし」


 自分の性格をキチンと把握しているほとりは、どんな状態だと不祥事を起こしやすいかも分かっていた。

 自分が何かを起こすときは、大抵の場合元気があり余ったハイテンション状態だ。

 そこで、わざとローテンションで仕事をすることによって余計な事が起こらないようにするという、ある意味逆転の発想を取ってみた。

 今の所この作戦は成功で、この一週間の仕事で不祥事は起こしていなかった。


 そういった点において、ほとりは年齢にそぐわぬ思考を持っていたが幾つか見落としがあった。

 それは常人ならば気付いて当たり前なのだが、良くも悪くも常人でないほとりにとっては全くの盲点だった。


 一つは、疲労は蓄積するということ。もう一つは、彼女がストレスを溜めているということ。


 この二つの見落としが、後に彼女にとってこの上ない不幸を呼ぶことを、今のほとりは知らなかった。








 ――数時間後。


 星明り一つない濃密な夜闇を駆ける影。ほとりとカラスだ。

 魔法庁より“エッグ”感知の報を受け、現在現場に移動している所である。


「しっごと、しっごと」


 言葉だけ聞いていると、まるでワーカホリックのように思える。

 おそらく今のほとりは世界で一番仕事を楽しみにしている人間だろう。

 しかし言葉に覇気はない。おまけに顔色はすこぶる悪い。今にもぶっ倒れそうだが、そこは気力でカバーしていた。


「ちーと妙だな。ここんとこ、やけに“エッグ”の数が多いような気がするぜ?」


 ほとりの傍らを飛ぶカラスは冷静に思ったことを口にする。


 “エッグ”の現出頻度は精々三日に一度、あるかないか。

 それなのに、この一週間は毎日のように“エッグ”が現れていた。これは異常事態ではないか、という意味の進言だったのだが……


「ふん、そんなのどうでもいいよ。あたしは仕事を片付けるだけ」


 ダンッ、っと地面を蹴り、さらに加速する。

 ほとりは魔法少女を名乗っているが、本人に飛行魔法の適性がないので空を飛べない。

 “飛ぶ”のではなく“跳ぶ”。アグレッシブな新感覚魔法少女なのだ、と本人は誤魔化している。


 今回“エッグ”が現れたのは、郊外の森。

 “エッグ”は現出必要条件こそ人間の手を借りるが、現出位置は完全にランダムだ。

 街のど真ん中に現れることもあれば、全く人気のない廃屋に住み着くこともある。


 森の周辺に人の気配はない。それどころか、動物の気配すら皆無。

 動物は空気の変化に敏感であるから、“エッグ”が現れたことを感じ取って逃げ出したのだろう。

 ……それとも逃げ出す暇さえなく捕食されたか。


 ほとりはひとまず森の中心にたどり着く。

 “エッグ”が自ら向かって来ない限り、“魔法使い”は何らかの方法で探さなくてはならない。

 その際に最も使われるのが探知魔法。一定範囲内の任意物体を見つけ出す魔法である。

 ほとりが覚えているのは基本的に戦闘用の魔法ばかりなので、こういった補助系魔法は著しく範囲と精度が落ちる。その為こうやって目的地のど真ん中で魔法を使用する必要がある。


「ベルゼルアルド、第九魔法式(ナインス・フォーミュラ)展開(オープン)――『分かたれた探索者(イージー・サーチ)』」


 右手に握られた漆黒の魔杖(ベルゼルアルド)が、ガキンという音と共に魔法を放出する。

 ほとりの周囲を舞う碧色の光の帯は、収縮した後、一拍をおいて拡散する。


「えーと、位置は……」


 魔法が送ってきた情報を頭の中で整理する。

 本来このような雑事は使い魔がやるのだが、ほとりの使い魔たるカラスは穀潰しである上に、彼女自身が仕事をさせようとも思わない。


 魔法が伝えてくる“エッグ”の位置は――


「は? 真上……?」


 そう言ってほとりが顔を上に向けるのと、


「HYYYYYOOOOOOOOOOOOO!!!」


 雄叫びを上げて異形が襲い掛かってくるのは同時だった。


「くっ!」


 前に転がってその巨体を回避する。先程までほとりがいた場所を異形の巨口が貪りつくす。


 今回の“エッグ”は全長三メートル。イソギンチャクを横にして、底面となる部分に人間の足を付けられるだけ付けたような形をしている。側面からは毛むくじゃらの人の手が、助けを求めるようにもがいていた。


 “魔法使い”は確かに“エッグ”の天敵ではあるが、“魔法使い”も人間――即ち“エッグ”のエサである。

 故に時折こうした好戦的な“エッグ”も存在する。場合によっては返り討ちにあう“魔法使い”も少なからずいた。


「嬢ちゃん、くれぐれも火属性だけは使うなよ!」


 同じく“エッグ”の攻撃を避けたカラスが叫ぶ。

 このような森の中で火属性魔法を使えば、至極簡単に焼け野原の出来上がりだ。


「そのくらい分かってるっ! 第七魔法式(セブンス・フォーミュラ)展開(オープン)!」


 苛立ち紛れの返答と共に魔法を展開。ほとりの周囲に白色の光が浮かぶ。その数、二十三。


「聖者の裁き、賢者の裁き。西より来る間に魔を捕らえよ――『愚者捕らえし縛鎖(リギッド・ルール)』!」


 計二十三本の、光を放つ鎖が射出される。

 鎖は目にも留まらぬ速さで“エッグ”に接近し、その巨体を地面に縛り付ける。


「HYOOOOOOOOOOOOOO!!?」


 “エッグ”は身動きを取ろうと必死で暴れるが、光の鎖はビクともしない。それどころか逆にその体を締め付ける。


「これで終わりよっ、第三魔法式(サード・フォーミュラ)展開(オープン)!」


 “エッグ”の動きを完全に封じたのを見て、ほとりは即座に次の魔法を組み立てる。

 ガキンという音と共に放出される、金色に輝く光の帯。


「集え、破魔の雷。直天より降りて裁きを下せ――『断絶の雷神斧(ヴァーチカル・ストライク)』!」


「HYO……HYYYYOOOOOOOOO――!!!」


 黄金の輝きが振り下ろされ、“エッグ”の巨体を灰に還す。

 完全に倒したことを確認すると、ほとりは肩から力を抜いた。


「よーし、終わった終わった。これであと一件で……」


 カラスともオサラバだ、とほとりが続けようとしたその時――


「危ねえ、嬢ちゃん!」


「わわっ!?」


 突然カラスに背中から体当たりされる。

 サイズは普通のカラスと変わらないとはいえ、彼も八咫烏の端くれ。ほとりはその衝撃で十メートルほど吹き飛ばされた。


「いっ、たたた……痛いじゃない! 何するの!」


「オレっちを怒ってる場合じゃねえ! 周りをよく見ろ、周りを!」


「周り?」


 いつにない剣幕で怒鳴ってくるカラスに、ほとりも素直に辺りを見回す。


 何もない、いや――


 シンとした夜の森。動物の気配のない森。まるで死んでいるかのような森。

 なのにカサカサ、音が聞こえる。だけどヒソヒソ、声が聞こえる。何かがヒタヒタ、歩いてきている。


 辺りを取り囲むかのような多数の“エッグ”。さらに先程までほとりがいた場所には――


「な、何アレ……?」


 ほとりは特処二課で働いて二年になるが、こんなモノは見たことがなかった。


 ぶちゅりぶちゅりと脈動する赤黒い肉の塊。大きさは五メートルほど。そこら中に空ろな穴と目のない人間の顔があり、穴から伸びる多数の触手には無数の眼球が付いている。

 その眼球の瞳が、ほとりとカラスをじっと見つめていた。


 しかし、ほとりが驚いたのはそんな所ではなく、その多くの穴から黒い瘴気が断続的に噴出し、それが“エッグ”を作り出しているいう点だ。


「ありゃあ“夢幻孔(ホール)”だ」


 ほとりの傍らに降り立ったカラスが説明する。


「ホール?」


「ああ。“エッグ”が人の夢から魔力を集めて出てくるのは知ってるな? で、現実世界で様々なモンを喰い散らかすワケだが、要するにそれは魔力を喰ってるんだよな」


 カラスは視線を“夢幻孔(ホール)”から微塵も動かさずに説明を続ける。


「そうやって一定以上の魔力を集めると“エッグ”は“夢幻孔(ホール)”になる。こうなると通常の捕食活動の他に、空気からも魔力を取り込んで下っ端“エッグ”を生産し始める」


「ってことは……」


「“エッグ”を倒してもムダ。何とかするならデカブツを叩くしかねえ」


 ちなみに“夢幻孔(ホール)”は“エッグ”より数段つえーぞ、とカラスが付け加えると、ほとりはガクリとうな垂れた。


「し、仕方ない。もう一度やるしかないのね」


「おいおい、止めとけ嬢ちゃん。オレっちの知る限り“夢幻孔(ホール)”を何とかするには十人くらいで合成魔法を使わなきゃダメだ。嬢ちゃんが強いのはこの一週間で見ちゃいるが、相手が悪い。逃げるぜ」


「逃げれるかっ! 仕事終えなきゃ、アンタと離れられないでしょ!」


「あっ! 嬢ちゃん!?」


 カラスの静止を無視して、ほとりが駆ける。


「先手、必勝っ――!」


 地面を蹴り、“夢幻孔(ホール)”の真上に高速で移動。


「――『断絶の雷神斧(ヴァーチカル・ストライク)』ッ!」


 再び、黄金の輝きが駆け抜ける。“エッグ”を一撃で屠る雷撃が一直線に振り抜かれ、一拍をおいて爆音を響かせる。


 しかし――


「がっ――!?」


 衝撃を受けて吹き飛ばされるほとり。

 “夢幻孔(ホール)”が雷撃など意に介さずに触手で打ち払ったのだ。

 その一撃で受身も取れずに、元いた地面に叩きつけられた。


「嬢ちゃん! 大丈夫か!?」


「ぐ……だ、大丈夫だいじょうぶ」


 口では大丈夫と言っているが、大丈夫そうには見えない。

 この森に来た時点で疲労でぶっ倒れそうになっていたのだ。気力で立っているにも限度があるだろう。


「GYAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOH――――!!!」


 今まで沈黙していた“夢幻孔(ホール)”が雄叫びを上げる。

 脈動が速くなり、眼球の付いた触手が激しくのたうつ。


 次の瞬間、眼球が縦に割れ、小さな、しかし鋭い牙を持つ口が、ほとりに向かって凄まじい勢いで飛んできた。


「くっ――『無我の盾(ザ・シールド)』!」


 数多の口に喰らいつかれる寸前に、ほとりが防壁を展開する。

 不可視の障壁の前に口は悉くその進路を阻まれるが、それでも止むことなく突撃を続ける。


「ううぅ、埒が明かない……」


 防壁が破られることは今の所なさそうだが、これではこちらも移動できない。このままではジリ貧だ。


 そんな中、カラスが重い口調で問い掛ける。


「……嬢ちゃん。この攻撃が止んだら逃げ切れるか?」


「は? まあ、逃げようと思えば可能だけど?」


 イライラが募る中、一応カラスの問いに答えていくほとり。


「……よっし、オレっちが囮になる! 嬢ちゃんはその隙に逃げろ!」


「え? ちょっと……」


「これでもオレっちは嬢ちゃんの使い魔だぜ! 嬢ちゃんを守らなきゃなんねえ!」


「いや、だから……」


「行くぜっ!」


 ほとりの声を最後まで聞かずにカラスが飛び出す。


 “夢幻孔(ホール)”の注意は高速で自らに近づいてくるカラスに向けられ、射出されていた口は全てカラスに向かう。


「カラス!」


 ほとりが声を荒げるが、カラスは止まらずに“夢幻孔(ホール)”に突進する。


「おおおおおおおおっ!!!」


 だが、“夢幻孔(ホール)”の口はカラスの飛翔より速い。


「があっ!? クソっ!」


 途中で翼に喰らいつかれ失速。それでも飛び続けようとするが……


「嬢ちゃんスマン……十秒も稼げんかった……」


 奮戦空しく、雑草が無造作に生える地面に墜落。夜闇の中、そのまま動かなくなった。


 ほとりはその様を見ているだけだった。


「カラス……」


 その声に答える者はいない。


「生きてるの……?」


 その声に答える者はいない。


「……死んだの?」


 その声に答える者はいない。


「…………」


 “夢幻孔(ホール)”がカラスに向けていた注意をほとりに戻す。

 ほとりは、逃げなかった。


「…………」


 ただそこに、立っていた。








 星は分厚い雲の向こう、月はそもそも輝いていない、闇夜。

 異形共のざわめきは、暗き森林に静かに響く。

 その歪なる静寂を破るかのように、異形の母は咆哮する。


「GYOOOAAAAAAAAAAAH――――!!!」


 異形の母が持つ無数の眼球が縦に割れ、多くの口がその姿を覗かせる。

 それらが狙うのはこの場に存在せし、唯一の人間(エサ)


 周囲を囲むは強靭なる異形の群れ。前に立ち塞がるは絶大なる異形の母。

 相対するは自分一人。頼れる仲間はどこにもいない。

 少女ならば、否、大の男であっても絶望するしかない状況で――


「………………ふっ」


 ――彼女は、唇の端を吊り上げた。


「ふふふっ」


 笑う。嗤う。哂う。


「あははははははっ――!」


 全部まとめて――笑い飛ばす。


 キレた? ――否。

 狂った? ――否。


「ははっ、“夢幻孔(ホール)”とやら、アンタはやっちゃいけないことを三つした」


 ただ単に、異形共の不運を嘲笑っているだけ。


 左手の指を三本立て、笑顔で、言う。

 身に纏う気配で異形の母を黙らせる。

 先程までの疲労全開の人間だったとは思えない、まるで別人の気配。


「一つ目、あたしの機嫌が悪い時に攻撃したこと」


 ならばどこまでも安らかに。


「二つ目、お目付け役(カラス)を殺ったこと」


 ならばどこまでも容赦なく。


「三つ目、あたしの前に現れたこと」


 ならばどこまでも熾烈に苛烈に、愚劣にして愚鈍なる愚図を――消去する。


 左手は順繰りに指を折り曲げ、右手はクルクルと杖を回す。その動作に意味はない。しかしそれは予備動作。


「――消えろ、ブサイク」


 ガコン。金属の部品が動く重い音。

 ガシャン。金属の部品が接続する音。

 音を鳴らすは彼女の杖。漆黒の魔杖、ベルゼルアルド。


「ベルゼルアルド、第二形態(セカンドフォーム)……“虹色の乱の魔女(ン・ルヴァルノ・ベルトウイッチ)”」


 それは――銃。

 全長一メートル二十センチ。巨大すぎる六連装リボルバー。

 色が黒いこと以外に面影など全くない。形状どころか質量、体積すら違うが、それは確かに彼女の魔杖。

 もはや大砲のようなソレを、両腕で抱え込んで彼女は言う。


「あたしの名前は水無瀬川 ほとり。人呼んで、トリハピ魔法少女ほとりちゃん」


 “トリハピ魔法少女”――それは“トリガーハッピーな魔法少女”と揶揄される、彼女の蔑称。

 しかし彼女はあえてそれを名乗る。その名は破壊と殺戮の象徴だから。


 左手が、引き金に掛かる。

 狙うものは自分以外の全て。コレもアレもソレも皆、彼女が滅ぼすべき世界の天敵。


「悪いけど全力で行かせてもらうよ。周りの“エッグ”も含めて、ね」


 宣言する――敵を打ち倒す、と。

 宣言する――全部薙ぎ払う、と。

 宣言する――全員撃ち殺す、と。


 少女の銃が、咆哮した。




 とりがーはっぴー【trigger-happy】

 意味:やたらピストルを撃ちたがる。軽挙妄動。けんかっぱやい。ひどく好戦的な。




「あはははははっ、弱い弱い弱いっ!」


 脅威を本能的に感じ取ったのか、周りを囲むだけだった“エッグ”が攻撃を加え始めた。

 しかし、彼らが好戦的なタチだったのが運の尽き。

 その口が、牙が、手が、爪が届く前に、ほとりの銃撃は彼らの体を消し飛ばす。


 巨大な銃口から銀の魔弾が撃ち放たれる様は、もはや銃撃ではなく砲撃。

 一撃で消滅させる“エッグ”は一体や二体どころではなく、その余波だけでも周囲の異形と罪なき木々を吹き飛ばす。


「G...OOOOOOOOOOOOO――――!!!」


 破壊して破壊して破壊して。


「AAAAAAAAAAAAAAA!!?」


 蹂躙して蹂躙して蹂躙する。


 圧倒的な暴力が“エッグ”という名の異形を壊す。


 しかし、そんな魔弾の驟雨の中で“夢幻孔(ホール)”は平然と存在していた。

 カラスが言っていたように、“エッグ”とは耐久力が段違いなのだろう。彼はその後で何と言っていたか。


 “夢幻孔(ホール)”が口を射出する。

 それは最初に飛ばした時よりも高速。カラスの飛翔に追い付く程のスピードだ。


「弱いって言ってんでしょ!」


 速い、がそれだけ。重みも何もあったもんじゃない。噛み付くだけなら撃ち落とせばいい。


 魔弾の連射が飛び掛る口を撃ち落とす。次から次へと飛んでくるが問題ない。


 連射、連射、連射に次ぐ連射。

 一が駄目なら十を撃つ。十が駄目なら万を撃ってみせる。

 口を全部撃ち落とせば、次は本体も撃ちまくる。


 が、どうも“夢幻孔(ホール)”は自己再生能力を持っているようだ。いくら撃っても傷がすぐ治る。


 それは周りの“エッグ”も同じ。

 “夢幻孔(ホール)”を倒さないことには数を減らすことは一向にできない。


「ああもうっ、弱いだけで数が多いのはウザイだけだっての!」


 思い出せ。カラスは何と言っていた?


 ――『オレっちの知る限り“夢幻孔(ホール)”を何とかするには十人くらいで合成魔法を使わなきゃダメだ』


 十人くらいで合成魔法。それならば、この“夢幻孔(ホール)”を倒すことができる。


「ベルゼルアルド! 第二特級魔法弾(セカンド・ハイエスト・マジカルバレット)装填(セットアップ)!」


 ガキンガキンと音を立て、ほとりの抱えるリボルバーの弾倉が回転する。

 膨大な魔力が弾丸に込められ、一つの魔法を形作る。

 それが撃ち出されるのは黒の銃口。それが狙うのは赤黒の肉の塊――“夢幻孔(ホール)”。


 カラスは何と言っていた?


 ――『嬢ちゃんが強いのはこの一週間で見ちゃいるが、相手が悪い』


 その言葉はまるで見当違い。


 カラスが強いと評した“この一週間の嬢ちゃん”は“本来の水無瀬川 ほとり”の強さとは程遠い。

 “トリハピ魔法少女ほとりちゃん”こそが彼女の真の実力。本気で掛かれば――


「スター、ステラ、アステル! 星よ、集え! 煌け! 光輝け! 遠方(おちかた)より来たれり汝は聖人、故に御身に諸々の罪穢れはなく、故に其の力は邪鬼悪鬼を焼き滅ぼす――!」


 ――十人分の魔力を込めた魔法を使うことなど、訳もない。


 カラスと離れたい一心で場所によって属性を使い分け、魔法出力をセーブしていたのだ。

 そのカラスがいない今、遠慮も配慮もありはしない。


 発動前から辺りに満ち溢れる白き輝き。周囲を舞うのは光の粒子。

 力の余波で風が吹き、ほとりの髪が夜闇になびく。


 それは魔法。それは絶対。それは夢。それは力。それは幻。それは星。


 “夢幻孔(ホール)”などという馬鹿げた存在を完膚なきまでに破壊する“無限光(インフィニティ)”。


 銃口に、


「今こそここに其の力を示せ、『何よりも清く(イノセント)――」


 光が灯って、



「――――穢れ無き星の光(スター)』アアアアアァァァァァァァッ!!!」



 極大にして絶大なる、闇夜を飲み込む白色の魔力砲が放たれる!


 光が駆ける。風が叫ぶ。空間が、軋みを上げる。


 飛んでくる口も、立ち塞がる“エッグ”も、全てまとめて消し飛ばす。この一撃は誰にも止められない。

 一直線に、刹那の間に、それは“夢幻孔ホール”にたどり着き――


「GYOG...AAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――……!!!」


 抵抗させる暇さえ与えず、消滅させる。

 放たれた魔法は“夢幻孔(ホール)”を突き抜けた後も衰えることなく進み、森を突き破り、街を両断していくが、ほとりが気にすることはない。


「あははっ、ほとりちゃんに出会ったことを後悔しなさいっ!」


 頭の中にあるのは“殲滅”の文字。

 言いながらも再び、黒き巨銃の引き金を引く。


「もちろん、残ったヤツもね!」


 銀の魔弾が駆け抜ける。慈悲も手加減も周りへの配慮も一切なく、それは残った“エッグ”たちを滅ぼしていった。










 ――後日。




「水無瀬川。お前は一体な・ん・ど言われたら理解する……!」


「うぅ……」


 暴れに暴れまくったトリハピ魔法少女は、灰色のデスクが六つ並ぶオフィスで説教されていた。


「結界もない地上で拠点殲滅用の放出系、それも特級魔法……さあ、どうなるか言ってみなさい」


「えと、直線上の建物やら何やらを十キロ先まで薙ぎ倒した後、衝撃波で周辺二キロ半の物体を破壊します……」


 理由は昨夜の魔法行使について。説教しているのはほとりの直接の上司、綾倉 幹生だ。


「うん、よくわかったな。合格だ」


「やったー。あはははは」


「はははははは」


「…………」


「ハハハハハハハハハハハハハハハ」


「ごめんなさい、もう止めてください」


 乾いた声で笑い続ける幹生が怖くなり、反射的に謝るほとり。

 当然の如く今回は大きな被害が出て、下手をしたので大惨事になっているのだ。幹生が壊れるのは当然である。


 魔法庁特殊災害処理二課。通称、特処二課。

 決して表沙汰にはならないが、ほとりは歴とした日本国の公務員だ。

 “魔法使い”は数が少ない……だからこそ、こんな惨事を繰り広げても懲戒免職にはならない。

 人死にが出ていないのも、大きな要因ではあるが。


「えと、これでもあたし頑張ったんですよ? でもアイツ、とんでもなく硬くってやりにくいったら、もう」


「千枚だ」


「え?」


「今回の件で俺が書いた始末書は千枚だ」


「え、えーと、それは……」


 困惑するほとりに、幹生は乾いた笑い声を交えながら言った。


「お前も書くんだよ!」


「は、はいですっ!」


 慌ててデスクに向かうほとりを無視して、幹生は睡眠を開始する。

 ほとりの直属の上司ということは、彼女の起こした不始末を上に報告する義務がある。

 言い換えれば、報告して説教される義務がある。


「はあー、なんで俺が……」


 綾倉 幹生、二十二歳。今日も苦労に耐えられない一日のようだ。








「――という訳で、水無瀬川には今後ともお目付け役が付きます」


「はい?」


 ほとりが始末書を四百枚ほど仕上げると、何やら沈んだ顔で幹生が戻ってきた。

 ほとりがデスクに向かって六時間、その間に上の人に怒られたのだろう。


「てかどういう訳……いえ、何でもないです。分かりました」


 いきなり『――という訳で』と始められたのでは、何がなんだか分からない。が、ほとりが自身のやっていることを考えれば、分からない方がおかしい。

 というより、幹生の『分からいでか……!』という顔が凄まじく怖かったので、ほとりは疑問を言いきることなどできなかった。


「えっと、今度は何ですか? イグアナ? スカイフィッシュ?」


 カラスは居なくなってしまったので、次に思い付くのはそんな感じだった。

 どっちにしろ、お目付け役に来るのはほとりのイメージに合わないモノばかりだが……。


「おお、よく分かったな」


「え、ホントに?」


 冗談半分の言葉をあっさり肯定され、目を剥くほとり。

 そんなほとりを見て幹生は訂正を入れる。


「いや、俺が先週考えたことを、そっくりそのまま言い出したから」


「先週カラスが来た時、そんなこと考えてたんですか……」


 幹生は結構優秀な人材らしいが、ほとりは彼のどこら辺が優秀なのか知らない。

 いや、始末書を書き上げる能力は人一倍あるだろうが。


「で、結局何ですか?」


「ん? ああ、入って」


 幹生はどこかめんどくさそうに、()に向かって呼びかける。


「よっ、嬢ちゃん。一日振り」


 開け放たれた窓に、羽音激しく降り立ったのは――


「…………」


「カラスだよ」


 どこか魂の抜けたようなほとりに、幹生が声を掛ける。

 幹生自身は何が来るのか知っていたので、別段驚きも何もない。


「フッ。やっぱり嬢ちゃん、オレっちが死んだと思ってただろ?」


 何故か得意そうな口調のカラス。

 三本足。サイズは普通の烏と変わらない。何故か体中包帯だらけ。


「……幹生さん。どうしてコイツは生きてるんでしょう?」


 カラスに訊けばいいのに、わざわざ幹生に尋ねるほとり。

 カラスがまともな説明をするか不安だったので、幹生が簡潔に答えることにした。


「使い魔は墜落したくらいで死なない。“エッグ”にしろ“夢幻孔(ホール)”にしろ、まず魔力の高いモノから狙っていく」


 要するにカラスが死んだと思ったのは、単にほとりの早とちりである。


「ああ。あと、水無瀬川の魔法に巻き込まれなかったには偶然」


「ワザワザ言わなくてもいいですよ……」


 もし巻き込まれてたらカラスなど跡形も残らないだろう。


「え……ってかカラスが生きているということは……」


「そりゃあ勿論」


「ヨロシクな、相棒!」


 ビシッ、っと片方の羽を上げるカラス。妙にやる気満々だ。

 対照的にほとりの顔が引きつった。


「し――仕事! 早く仕事を下さい! 今度こそ、今度こそ穏便に済ませますから!」


「今度は十件じゃ無理だぞ」


 幹生が冷静に状況を宣告する。

 今度は実害が出ているから、命令撤回は前よりも遥かに難しい。


「十件でも百件でも大丈夫です! このカラスから逃れる為なら!」


「ニシシ……そんなこと言ってホントは嬉しいんだろ?」


「ええいっ、黙ってて!」


「ぐぼあっ!」


 ほとりに殴り飛ばされるカラス。

 先週も同じような光景があった。多分、これからは毎日のように展開されるのだろう。




「絶対に! 穏便に終わらせるんだから――――!」




 オフィスの中に少女の声が響き渡る。


 トリハピ魔法少女は今日も元気一杯だ。


 


魔法少女が書きたかった……んだけどなぁ。

何故か魔砲少女になってしまったというオチ。

当初のハートフル魔法少女を書く予定は一体どこに消えたのか。

改めて私は「プロットなんかクソくらえ!」というダメダメスタンスだということを確認できる。


そんな経緯で生み出された、ある意味偶然の産物とも言えるこの物語を読んでくれた人が少しでも楽しんでくれたら、私は大層嬉しいです。


楽しめなかった人でも暇潰しになってくれれば、幸いです。


それでは、ここまで読んでくださってありがとう。

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