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何故、ハーレムなのか

《真の恋の道は、茨の道である。》

 ウィリアム・シェイクスピア


 そもそも、ハーレムとはイスラム教で男性の立ち入りを禁止する場所の意味の言葉である。それはつまり婚姻関係を結んだ複数の女性や、その間に産まれた子供達に間違いがないように接触の機会を奪ったのがその始まりであるとされている。

『男子厨房に入らず』ではないが、こう言った男子禁制の場所と言うのは、長い人類の歴史を見てもそれ程に珍しい物ではないだろう。こう言うと語弊が生じると言うか、あまりに乱暴なのだが、女性や子供と言う力のない、しかし非常に価値のある財産を守る為には必要な処置だったのかもしれない。

 もっとも、これは上流階級に限った話であり、共同生活を行い、共に働く必要のある一般市民には縁遠いものであった。

 つまりハーレムと言うのは、地位や権力や財産の象徴である。

 また自然界に置いても、一匹の雄が複数の雌を独占した状態のことを『ハーレム』と表現することもあるようだ。転じて、人間の場合でも同じように複数の女性に囲まれた男性のことをハーレムと呼ぶ。

 人間の場合、その関係を女性達が認めている、或いは曖昧にしていることが多く、二股のような浮気行為とはまた別に語られることが多い。

 と言っても、まともな倫理観から言えば、あまり是とされる行為ではないようで、日本ではあまり公に認められているとは言えないだろう。世界的に見ても、歴史的に見ても、一夫多妻制度を認めている国や文化と言うのは意外な程少ない。

 これは奇妙な話だ。

 繁殖を目的とするなら、一夫多妻の方が効率的で女性にも負担が少ないはずなのに。

 多くの宗教や国家は、神の名の下に、或いは法によってそれを認めていない。

 何故だろうか?

 最初に考えられるのが『管理』の点だ。

 三大欲求に数えられるように、人間の性欲と言うのは基本的に我慢が難しい物だ。少なくない人間が、その欲求に耐えられずに複数と関係を持ってしまうのは想像に容易い。

 ここでもし、法や道徳によって一夫多妻制を封じていた場合、複数と関係を持ってしまった人間には罰が与えられる。

 人を管理するのに、この罰は重要だ。欲求に対する耐性よりも、人間の苦痛に対する態勢は恐ろしく低い。人々は一時的な快楽よりも、一時的な苦痛や恒久的な欠損、そして恥を嫌う。そして恐怖する。その恐怖を利用して存在するのが、宗教や国家である。

 もし一夫多妻制を認めてしまっていたら、そう言った理由で罰することが難しくなり、恐怖は薄れ、支配が難しくなる。禁欲を解くのも、処女の神聖視も、根っ子の所は罪悪を産み出す為に産まれたと言って良いだろう。

 また一人の男性が複数の女性と関係を持つと言うことは、その一方で――

「まあ、例え一夫多妻が認められた所で、君がモテるかどうかは別の問題だがね」

「ぐは!」

 何かに追われるようにハーレムに付いて語る俺の言葉を無視して、墓守天子様は俺の心を射抜くように鋭く言った。

「顔云々の前に、二メートル近いその巨体は普通に怖い。頼りになり過ぎている。逆に使えないよ。もっと細くて筋肉質にはなれなかったの? あと、仕方ないと思うけど、私服の簡素さもなぁ。君は着られれば良いんだろうけど、一緒に歩くとなるともう少しお洒落にも気を使って欲しい。あと、理屈っぽいのが凄いマイナスだ」

「それ以上は止めろ。その口撃は俺に有効だ」

「冗談だよ」

「本当に?」

「……………………」

「……………………」

「さて、話しを続けよう」

 え? 今の間は何?

「どうしてハーレムが必要なのか。ちょっと分かりやすく説明して貰えないかな?」

「はい。えーっとですね、単純に多数のニーズに対応する為です」

「『複数の女の子に囲まれてチヤホヤされたい』って言う意味ではない、と」

 お前だってテンプレ作品書いて読者にチヤホヤされたいだけじゃん! 俺が悪いの?

 そして、こう言う所が理屈っぽいの?

「要するに牛丼屋のカレーみたいな話さ。最初は牛丼一本で良いんだが、やっぱり途中で飽きるだろ? だからカレーを出してみたり、うどんを追加したり、健康志向なメニューを開発したりする。これをそのままキャラクターに変えれば良い」

「つまり、幼馴染のヒロインだけでは話しの展開にも限界があるから、ツンデレお嬢様に因縁をつけられたり、眼鏡の委員長を手伝ったり、ボーイッシュな同級生と図書館で語り合ったりと言うことかい?」

 最後のキャラクターがややマイナーな属性であることを除けば、大凡はその通りだ。

「昨今は登場人物のキャラクター化いや、テンプレ化と言うべきか? テンプレなキャラクターが多い。テンプレの一つ、所謂属性があるだけで、興味を惹くことも珍しくない。取り敢えず、キャラクターが可愛いから、ってのは十分に読む理由になる」

「ふむ。そう言われると、確かにハーレムは有効性がありそうではあるな。何よりも複数のヒロインがいて、そこから好きなヒロインを選べると言うのは心理的に強い効果がありそうだ」

「そうなのか?」

 良し。話しは逸れた。

「ああ。今度はコンビニの話しになってしまうんだが、おにぎりってあるだろう?」

 コンビニもおにぎりも知っている。俺は頷いて話を促す。

「何十という種類の物が売られているが、実際に良く売れるのはその内の一割にも満たないらようだね。しかし売れ筋の数種類だけを並べていると、大して売れてもない商品がないことに苦情が来るらしい。勿論、それを追加した所で、そのおにぎりの売り上げが劇的に増えると言うことはない。この場合、顧客はどうして沢山の種類のおにぎりを求めるんだと思う?」

「『沢山の種類から自分でおにぎりを選ぶ』と言う行為に満足感がある。ってことか?」

「その通り。自己選択と自己決定が人間に達成感を与えるんだ。やたら人数の多いアイドルグループだとか、必要以上の種類がいるモンスターとか、似たり寄ったりのデザインのブランドが商売として成り立つのも、そう言うことなのさ」

 そもそも、何かを選ぶと言う行為には凄まじい優越感が伴うものだ。選ぶと言うのは、つまり選ばないと言う意味であり、価値を決める行為であり、無価値を切り捨てる行為である。

 選択すること自体に快感があることは何もおかしなことではない。

 ハーレムにも同じことが言える。

 作者が考えたキャラクターから好きなキャラクターを選ぶ。順位をつける。人間の醜い自己顕示欲をささやかながら見たしてくれることは言うまでもないだろう。

 …………おかしい。

 俺はハーレムを肯定していたはずなのに、なんだか後ろ暗い存在であるかのような結論へと全力疾走している。

 いや。勿論ね、倫理的には間違っていると思うんだけどね? 人類の繁栄とか考えているんだよ? あとは、不純な理由だけど。

「つまりだ」

 俺の葛藤を知ってか知らずか、墓守はスタッカートを利かせて会話を続けた。

「ハーレムはあくまで作品が単調になりがちなことを防ぎ、なお且つ読者の関心を強く惹きやすい要素であると言うことだ」

「あ、ああ」

「だから、逆に言えばそれ以外の要素で読者の興味を引けるのであれば、それ程に必要な要素ではないと言うことでいいだろう?」

「まあ、そーですね」

 腕を組んで勝ち誇るように不敵な表情を見せる墓守に、俺はただただ頷くしかない。

「しかし主人公に好意を寄せる複数人の女性がいて、なお且つ女同士の仲が良いなんて状況、ある意味異世界よりもファンタジーだろうから、チートや転生よりも幻想的ではあるがね」

 その笑みのまま、墓守は妙に実感がこもった、そして嫌に現実的なお言葉を下さった。

 常識的に考えれば、ハーレムなんて確かに難しいだろうな。俺だって仮に彼女がいたとして、そいつが仮に他の男とデートしていたら穏やかな気持ちになれないだろう。

彼女に泣きつくか、間男とどぎつい交渉のどちらを選ぶかは微妙な所だが。

 そんな状況を認められるハーレムの女の子達は、かなり心が広いんじゃあないだろうか?

 違うか。ハーレム自体が女性を守る為の物であり、そして守られなければならない程に弱いと言うことであり、男性抜きでは生きていけないような社会があったと言うことである。彼女達は男の庇護なしでは、生きることハーレムの喪失は女性の地位向上と社会的な治安の良化を示しているに違いない。

 そうだ。ハーレムなんてない方が良いんだ。

 俺は心で泣いて、そんな風に話をまとめた。


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