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何故、転移(転生)なのか

《毎晩眠りにつくたびに、私は死ぬ。そして翌朝目をさますとき、生まれ変わる。》

 マハトマ・ガンジー

『開始早々、主人公がトラックに撥ねられて転移した』

『何の伏線もなく、主人公が通り魔に刺されて転移した』

『大魔術師の召喚術式に引っかかって転移した』

『偶然から選ばれて神様に言われて転生した』

『現実世界のことはよく覚えていないけど、兎に角転移してきた』


 机の上の五冊の冒頭部分を読んで、俺は少々唖然とした。

 何と言うか、異世界に来る理由は想像以上に好い加減だった。

 特に、最後の奴は別に転移と言う属性をキャラクターに追加する意味があるのかどうか、まったく俺には必然性がわからない。

 わざわざ異世界に行くのだから、かなり壮大な物語があると思っていたのに、拍子抜けも良い所だ。殆どの作品が、開始五ページで異世界に行っている。早くないか? そこは人生を分ける一大イベントじゃあないのか?

「こんな理由で良いのか? こんな理由なら、最初から異世界人として生活させてやれば良いじゃあないか」

 正直に感想を述べると、墓守は少々複雑そうにうなずく。

「こんな理由で良いようだね」

「ファンタジーとは言え、少し突拍子も無さすぎないか?」

「だが、実際にこう言う作品が受けている」

 まあ、その通りか。俺の感性が古臭いだけなのかもしれない。実際に市民権を得ているのだから、否定してもはじまらない。

 取り敢えず、テンプレ物の理解を深める為に自分の今の認識を伝える。

「この『転移』と『転生』の違いは、地球人として産まれるか、異世界人として産まれるかの違いだけで、結局は異世界に行くための手段ってことで考えても良いわけだろ?」

「そうだね。後は『憑依』なんてのも少数派ながら存在するよ。異世界の人間に文字通り『憑依』すると言うわけさ。この場合、憑り付く先の人間の自我を消すか消さないかのパターンがあるね」

 消すパターンは完全に悪霊じゃねーか。主人公の取る態度じゃねーぞ。

「まあ、普通に考えて『転移』する理由と言うか必然性がストーリー上にあるわけだよな? 魔術師に召喚されたパターンや、神様に言われてのパターンはわかりやすいけど」

 幾らなんでも、次元を超えると言う意味不明な能力と言うか事象を、何の目的もなく行うとは思えない。何かしらの意味がそこにはあると考えていいだろう。

「そうだね。後は転移先が『ゲーム』や『漫画』を舞台にした異世界でるならば、まずは異世界に行かねば話にならないしね」

 当然だが、転移と異世界は切って離せない関係にあるわけか。転移させたいから異世界に行くのか、異世界に行きたいから転移させるのか、そこは俺には分からないが。

「あ、そうだ。何か、豆知識はないのかい? 転移や転生について」

「ない。って言うか、俺はウィキペディアじゃあないんだ」

 何が、「そうだ」たよ。前に言ったように、異世界転移物は守備範囲外だ。

「話を進めるけどよ、でも、どうしてもわざわざ異世界に行かせるんだ? 最初から異世界人じゃあ駄目なのか? もしかして、あれか? 昭和の少年ジャンプで外国人が主人公の話しなんて掲載出来ない、みたいな読者層を考えた商業的な理由か?」

「まあ、それもあるだろうね。 主人公を自分に近い存在にすることで共感を呼びやすくするって言うのはあるかもしれない。己あまりキャラクターに感情移入するタイプじゃあないんだけど、そういう楽しみ方もあるのは事実だ。ロールプレイングゲームは昔から根強いジャンルだしね」

「そう言う意味でも、転生までの展開が早いのかもな。読者の共感を狙う作風だってことは、最初の辺に表示しておいた方が良いだろうし」

「後は、そうだね、説明が楽だね」

 説明が楽? どうして転移するのか、全然説明できてないだが?

「いや、そうじゃあなくてね。転生した後の世界の説明を、主人公に合わせてすればいいからね」

「そうなのか?」

「例えば、最初からファンタジーな世界観を説明しようとすると、大陸に存在する国の歴史とか関係とか、社会制度とか、その他諸々を前提として最初に説明しないとダメだろう? どうしても、それは冗長になる。最初から異世界人だった場合、そもそも知っていて当然の情報だから、説明を行うとどうしても不自然さも付きまとう」

 その点、作者の感情移入先である『転移した人間』は作者と同じく、異世界に対する情報が一切ない。彼に対して説明を行うと言うのは自然でもある。

 こうやって聴いていると、必然性はなくとも、利便性はかなり高そうだ。

「でも、それってトラックで撥ねられて転生するような、不自然極まりない導入が必要な程のことなのか?」

「うーん。これも起源がどこにあるか知らないけど、テンプレート、様式美みたいなものだと考えるのがストレスフリーな気がするね」

「要するに『他の人がやっていたから』ってことか」

「うん。それに異世界に行くって言う、体験し得ないことを書くにあたって、誰も体験したことがない『死』を使うと言うのは、もしかしたら自然なことなのかもしれないじゃあないか」

 釈然としない気持ちを抱きつつも、取り敢えずは頷いて理解を示す。

 転移の説明に納得がいかない、と言うのもあるのだけれど、異世界の存在やテンプレの話しをしていた時よりも、墓守の嫌悪や反対意識が薄いのがどうしても気がかりだった。何故か、転移(或いは転生)を認めているような気すらする。

 もしかして? 俺は頭を過った確信染みた疑問を口にした。

「墓守。お前って、生まれ変りとか信じている人か?」

 転生。

 これの元ネタと言うか、起源は間違いなく輪廻転生だ。こうやって四字熟語で記すと、東洋思想と言うイメージが強くなるが、インド哲学や仏教だけでなく、古代エジプトやギリシャでも古くから見られる考え方だ。キリスト教の『復活』もある意味では『転生』と言えるだろうし、墓守が信じる神によっては、生まれ変りと言うのを信じていても奇妙ではない。

「そうだよ」

 そして、墓守の答えは肯定だった。

「己は転生を信じている。理屈じゃあなくて、転生は実存する」

 断言するように…………いや、はっきりと、彼女は転生の存在を断言した。その言葉に滲む気迫と言うか、念は俺でも恐れを抱く程に濃く、背筋に冷たい物を感じてしまう。

「君は、信じていないのかい?」

 先程までと変わらぬ声で、彼女は薄く笑いながら訊ねる。まるで、信じることが正しいことかのように、彼女は言った。

「君は誰の生まれ変わりでもないと、自分自身を証明できるのかい?」

「俺は……」と、俺は絞り出すように答える。「信じていないし、信じている」

「どう言う意味だい?」

 不審そうに、彼女は眉根に皺を寄せた。美人と言うのは、そう言った醜悪になりそうな表情ですら絵になるのか。そんな風に余計なことを考える余裕があることに驚きながら、「『永劫回帰』」と呟く。

 墓守は表情を変えずに「それで? どういう意味だい?」同じセリフを続けた。

 こっそりと本音を言えば、俺も別に詳しいわけじゃあない。かなり自己流の解釈をしているし、もしかしたら真実とはかけ離れたことを言っているかもしれない。詳しい人が聴けば噴飯物だと思う。

 が、説明せざるを得ないようだ。ただ、どこから説明するべきか。 墓守のことだから、知っているかもしれないけど、最初から説明するのが無難だろう。

「さっきも出たけど、哲学者ニーチェの思想の一つだ。キリスト教的な直進的な時間の進み方を否定する時間に対する捉え方の一つ。多分、古代ギリシャの哲人や、東洋思想がその源流にあると言われている。同時に輪廻転生を否定する物でもあるんだけど」

 その辺りの詳細は自分で調べてくれ。

「俺の中の解釈を言えば『世界は永遠に繰り返す』って感じになるのか? いや、これでも全然正確じゃあないんだけど、同じCDを永遠にリピートしているのが世界って言う感じだ。世界に明確な終わりがあるわけじゃなくて、ただ永遠に、延々と、同じ世界が繰り返される」

「それは、死んだら生まれ変わるとは違うの?」

「明確に違う…………と言う程には違わないかもな。でも、その後に歩む人生は一切変わらない。同じCDだからな。未来永劫、過去無限、俺は俺の人生を体験し続けているわけだ。俺が俺である以外の時間は一切存在しない。だから、転生を信じてもいるが、過去の業やら、前世の行いなんて物は信じていない」

 パラレルワールドであって、パラレルワールドではない。

 転生であって、転生でない。

 永劫に同じ世界を繰り返す無間地獄。

 それが俺の理解する永劫回帰である。

「ふーん」

 俺の説明が終わると、彼女は特別に吟味した風もなく言った。

「同じ世界を繰り返す。それって、失敗は失敗のまま、不幸は不幸のままってことかい?あまりにも救いがないんじゃあないか?」

「『最後には神様によって救われる』なんてオチが嫌いだったんじゃあないか?」

「そう言う意味で、君は転移や転生物に若干否定的なのかい?」

「ん?」

「だから自分の力の及ばない所で話が進められるが、嫌いなのかい? ってことさ」

 そんなことはない、と反論が口を出かけたが、それを飲み込む。

 考えてみれば、そうなのかもしれない。

 いや、でも、永劫回帰なんて運命論の醜悪な形の一つな気がしないでもないし、関係なさそうな気がしないでもない。

 要するに、良く分からない。

「別に、否定的ってわけじゃあないさ。必然性と言うか、説得力に欠けるだろ? 別に異世界の人間を主人公にしても、話自体を成立するだろうし」

 黙っているのも内心を当てられたようで悔しいので、殆ど反射的に反論を口にする。自分の無知を晒されたようで、あるいは自分の知らない内面を言い当てられたようで、なんだか俺の言葉は自然と言い訳染みていた。

「ふむ。じゃあ、若干物足りないが、話を少しだけ進めようか」

 何が『ふむ』で『じゃあ』なのか不明だが、墓守は話題を変えてしまう。さっきまでの緊迫した雰囲気も霧散していて、ちょっと胸の大きくてシニカルな少女に戻っている。

「良いのか? 全然転移について話してないんだけど」

「構わないさ。と、言うよりも、転移や転生を語る上では外せない要素があるんだ」

 外せない要素? 

「異世界ってことか?」

「それもあるけど、『チート』さ」


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