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何故、テンプレートなのか。

《過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ。大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。》

 アルベルト・アインシュタイン

 早速、墓守天子は「所で」と話しを切り出した。

「所で君は、こう言う『異世界物』を読んだことはあるかい?」

「ファンタジー作品なら、一時期【指輪物語】ばかり読んでいたぞ。【ネシャン・サーガ】とか【魔法剣士ゲラルト】とか」

 取り敢えず、メジャーな作品を上げる。と言うか、割とミーハーな奴なので、有名所しか知らなかったりするのだが、黙っておけば分からないだろう。

「うーん」

 が、墓守の反応は芳しくない。もしかして、この有名所を知らないのだろうか?

「いや。違うんだ。この場合、己が言っているのは『異世界転移』又は『異世界転生』を題材とした作品のことだよ。そう言った作品が、流行っているんだ。そうだね、例えば【ナルニア国物語】のような作品さ」

 いや。これもまた『異世界物』とは違うんだけど。と、よくわからないことを言う墓守。

 しかし言われて見れば、机の上に乗った五冊は、どれも現実世界の少年少女が主人公か、一度死んだ人間が別人として生まれ変わった作品だった。

「あまりにも『異世界転移』『異世界転生』の話しが多過ぎるから、揶揄する意味で『テンプレ』とすら呼ばれているくらいなんだけどね。読んだことは?」

「そんなにないな」

 生憎なことに、俺のレパートリーにそう言った作品は少ない。絶対数が少ないんじゃあないか? 【ナルニア】と【ゼロの使い魔】位しか思いつかない。どっちも、最終巻まで読んでないし。

 果たして、そんな奴が何かアドバイス出来るのかは甚だ怪しいが、知らないからこその視点があるかもしれない。ポジティブに生きて行こう。

「しかし『テンプレ』ね。勿論、テンプレートの略で良いんだよな?」

「ああ。あ! 噛み合わせ矯正のじゃあないけどね」

「わかってるつーの。でも揶揄って言うのは?」

「『捻りがない』『ありきたり』そう言った創作性のなさに嘲りの意が籠められて、『テンプレ』と呼ばれているんだよ」

 そう言う墓守の台詞には、明らかに憎悪が籠められていた。

 しかし何と言うか、今一納得しかねる話しだ。

 テンプレート。和訳すれば雛型。元々は、フランス語の機織り機の端を揃えるパーツが語源だったかな? 一定の規格に揃える時に使う物から来たはずだ。歯の矯正器具をテンプレートと呼ぶのもそこが起源だろう。

 さて。ややは話がそれてしまったが、基準や基盤となる形があると言うのは、何事にも重要なことだと俺は考える。俺だって、毎朝、毎夕、阿呆みたいに同じ型を繰り返している。勿論、型通りに動くことなんて実際には有り得ない。が、型には無数の応用が籠められていて、それを如何に活かすかが腕の見せ所だ。

 勝手な想像になるが、そのテンプレートに沿いながらも面白い作品はかなりの数あるに違いない。

 いや、逆か。面白い作品があって、それがテンプレートになっているのだ。

「そのテンプレって言うのは、どう言った流れで話しが進むんだ?」

「うーん。具体的にって言われると、説明が難しいけど。『異世界』に『転生』或いは『転移』して『チート』を使う。って感じかな? 後は『ハーレム』かな? 勿論色々と派生はあるだろうけど、『テンプレ物』の説明とすれば大体は間違っていないと思うよ」

「ふーん。それぞれのワードは後で考えるとして、それってテンプレって言うのか?」

「と、言うと?」

「いや、確かに導入部としてはその形が多いんだろうけどさ、結局そこからの物語は色々と考えられるだろ? 例えば『名探偵の所に依頼人が来る』って展開。ここまではテンプレでも、怪盗が出て来たり、子犬探すだけだったり、絶海の孤島に行ったり、パターンは色々と考えられるだろ? だから、最初の辺りが同じだけで、『異世界転移・転生物』なだけで『テンプレ』と呼ぶのはちょっと大袈裟だろ」

 五冊の本の最初のカラーページを見ながら、俺はそんな風に言った。結婚目的だったり、ただ料理を提供するだけだったり、戦争に巻き込まれたりと、同じ異世界でも活動のバリエーションは割と豊かだ。少なくとも、テンプレ物と揶揄するようなことはないと思う。

「しかし、本当に似通った作品が多いんだ。判で押したようにね」

「それは多分、その書籍化が原因じゃないのか?」

 五冊全てがネット小説から書籍化されているらしいことを考えれば、この予想は難しくない。

 小説家と言うのは、所謂『普通の仕事』ではない。ネクタイを締めて会社に行くサラリーマンとは違う。いわば、自分の価値観や想像力を世界に認めさせるような職業である。まあ、バイト程度しかしたことないから、普通のサラリーマンがどんな仕事をしているか知らんけど。

 兎に角、小説家と言う職業に憧れる者は少なくない。

 では、小説家になるには、どうすれば良い? 当然、小説を書かなくてはならない。どんな? 面白い小説を…………では、ない。売れる小説を書かなくてはならない。勿論、イコールでその二つを繋げる力量を持った小説家もいるだろうが、大抵の人間は違う。

 では、どうする?

 俺だったら、前例に倣う。面白くて書籍化した作品を模倣する。

 二匹目のドジョウ万歳だ。

「既に商品として発売している、物を真似すれば、自分の作品も本になるかもしれない、って思うのは当然の心理だろう?」

「ふむ。まあ、分からなくない理屈だね」

「…………」

 いやいや。ふむ。じゃあなくて、墓守も正に先人の人気に便乗しようとしてんだよ!

 そうやって、単純に注目を浴びることに固執した人間が多いから、判で押したようなテンプレが多いんじゃあないのか? いや、単純にそう言った類の小説が好きだったり、多くの人に楽しんで貰いたいと言う人間もいるんだろうけども!

「己が人気に便乗しているかどうかは放っておくとして、だ」

「…………」

 確かに本題に関係ないのでわざわざ触れなくても良いのは確かだけども、釈然としない。

「ふと思ったんだが、テンプレ作品が多いのは単純に『簡単だから』と言うことはないかな?」

 ないかな? と訊かれてもなぁ。読書感想文の原稿用紙を埋めるのですら苦痛を覚える俺からしてみれば、小説を書こうと言う気持ちが全くないので何とも言えない。しかし少なくとも『簡単』と言うことはない気がする。

「と言うか『テンプレート』――雛型が既にあるのだから、少なくとも導入部に限って言えば、考えることが少なく、楽ではあると思うんだよ。己が書いてみようと思うくらいに跳ね」

 墓守の言葉に、俺は腕を組んで首を傾げる。小説を書くのが楽と言う感覚がわからないから、どうしても曖昧な言い方になってしまう。

 しかし墓守の言い分だと、結構な数のテンプレ物が溢れているようだし、事の真実はさて置き『楽そう』『簡単そう』と言う考えで手を付ける人は多いのかもしれない。数が多ければ、どんなものでも安易に見えるものだ。

 いや。でも、違うか? そんな安易な気持ちで創作活動を行うだろうか?

 例えば、俺が爺の時代遅れな柔術とやらを学ぼうと思った切っ掛けは、単純に『格好良かったから』だった気がする。少なくとも、一子相伝だからとか、何かしらの使命があるからとか、そう言ったモチベーションではこんなにも真剣に打込むことはなかったと思う。

 だから、少なくない労力を費やして小説を書く、この場合はテンプレ物を書く理由と言うのは『楽そう』なんて理由ではないような気がする。

 要するに――

「数が多いのは、単純にテンプレ物が好きな奴が多いだけじゃあないのか? テンプレ物を書こうって奴は、多分テンプレ物が好きなんだろ? だったら、そいつが書くのはやっぱりテンプレ物になるだろ」

 ――ただ自分が好きだから書く。それが一番納得できる。主に、俺が。

「ふむ。好きだから、多い。なるほど確かにそれも明快な答えに思えるね。まあ、己は別に好きじゃあないのだけれどね。正直、よくもまあ、そんな風にテンプレ物を弁護できるものだと、感心していた所だよ」

 なんとなく察していたが、やはり墓守はテンプレ物が嫌いなようだ。

「多分、お前の言う『お前の作品よりも詰まらない作品』って言うのは、ただ好きだけで書いている人の作品だろ。自分の好きな作品を、自分で書いているから、知らず知らずに似たような展開や、キャラクターになっちゃうんじゃあないか?」

「後は、単純に初心者と言うこともあるだろうね。最初の作品。見よう見真似で始めた執筆活動だから、クオリティが低くなりがちなのかもしれない」

 最初は誰だって模倣から始めるし、いきなり上手にできる奴なんて一握りだ。

 結局、テンプレ物だから退屈なのではなく、その書き手の腕が未熟だから退屈な作品になってしまうのだろう。

「まとめると『テンプレ物』は作者側として書きやすい、或いは書きやすく見えるから書き手が多い。そして作品の絶対数が多くなれば、質の高低の差は大きくなる。こんな所かな?」

 自分で喋っておいて何だけど、結構乱暴な結論な気がするな。

「絶対ってわけじゃあないぜ?」

 一応、責任逃れにそんなことを足しておく。もっとも、墓守は大して気にする風でもないが。

「では、本題だ。では何故に己の作品よりも退屈な『テンプレ物』が己よりも評価されているのだろうか?」

 問題の焦点は、そこにあるからだ。

 今までは書き手の視点でテンプレ物を考えて来たが、この問いには読み手側の心理を考えねばならない。

「でも、それの話しはしただろ? 単純に、墓守の作品は読みたい作品じゃあないんだよ」

 さっきも言ったが、結局は需要のない物を墓守が売り出しているだけの話に過ぎない。この場合、作品の質はあんまり関係ないだろう。呪うのならば、ニッチなジャンルを書きたい自分を呪うしかない。

「己が言いたいのは『何故に需要があるのか?』と言う話さ。と、言っても、これはなんとなく理解ができるがね」

「って言うと?」

「作者側と同じさ。面白い作品を見て自分も面白い作品を書きたいと思う様に、面白い作品をもう一度みたいと思うのは当然だろう?」

「こっちも二匹目のドジョウ狙いか。まあ、そうだろうな。下手に新ジャンルに手を出して時間を無駄にするよりは、似たような奴を選んだ方が失敗は少ないだろうし」

「『シリーズ物』が続いている理由も、『そのシリーズだから』と言う所も大きいだろうしね。例えば、格闘ゲームなんてナンバリングが変わった所で大差はないだろう? だったら買う意味がないと思うんだが、ファンからしてみれば『シリーズ続編』であるだけで価値があるんだろうね」

 …………いや、格闘ゲームは格闘ゲームで色々と進歩や進化があると思う。が『シリーズ』のファンがいると言うのは同意だ。世の中には、自分が贔屓にしているミュージシャンの全国ツアーを追いかける様な人間も多々いるのだから、『転生物』と言うジャンル自体に愛着を持っている人がいてもおかしくない。

 まあ、そうなると次は『どうしてテンプレを面白いと思うのか』なんて話しになってしまうわけで、現実に俺と墓守はそのことを雑談混じりに話しあうことになるのだった。


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