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代名詞:伝記。無感動

作者: 飛路途

粗筋に無差別殺人だとか物騒なこと書いておきながら、全くそんな描写のないただの男二人の最後の晩餐です。

どんなものにも、伝えられてきたものがある。この話もそんなうちの一つだ。だからこそ、現実味のないことだというのを了解しておいてから読んでほしい。

正確な日にちは覚えていない。というより、その男には日付などどうでもよかった。肌寒ければコートを纏い、木漏れ日が地面に花を咲かせれば、薄手の半袖シャツを着る、普通の独身の男だった。

その男はこう語っていた。

「この世界は遠に行き詰まっている。それは息も苦しくなるさ、マグロなんかよりもよほど動かねば死ぬのが人なんだから」

まあそんなことは誰にも言おうとも思わなかっただろうし、実際、本当に普通の上っ面だけの人間で、直情からはやや浮き、論理には背伸びをしても届かないような、酒の勢いがなければ至ってシンプルに社会の歯車という無機的なモノに成っていた。

僕は彼とは元来の友人で、偶に酒を飲んでは酔いつぶれ、道端で吐いては駅で用を足したり、違う職についた僕と彼とは、様々な面で刺激しあい、いや、もしかしたら僕は彼に恋をしていた可能性すらあった。同性愛。だから彼が殺人を起こしたと知ってる上で彼が逃亡中に酒を飲むのは、喜ばしいとさえ思ったほどである。そのことを話そう。

「人を殺した」

「そうなんだ」

「驚かないのか?」

「驚く必要があったら僕は驚いている」

「そうか」

「手助けはしないよ。ただ、僕はただ君と居られるだけで十分なのかもしれない。君とは関わりがあるけれど、側面に対して無関心でもある」

「なるほどな、まあ、お前の、非情な傍観ていうのは、やけに落ち着くもんだ」

「何人殺した?」

「もうニュースに出てるさ。捕まるのも直だろう」

「そう」

彼は一瞬俯いて、その後上を向いて、会話を作っていた。僕と彼とは、新しいものを抜きにすれば、大概何を言えばどう返すかはわかっていたから、きっと僕の相槌を思い浮かべながら次の言葉を紡ぐときにそうするのであろう。

「酒がそうしたとして聞いてくれ」

「酒がそうした」

「そうだ。一人の女性が夜歩いていた。一人な?そこは不思議な空間だった。なぜなら、外灯が1つ、曇夜空を突き刺すだけで、他に何も無いような、あるいは俺とソレしかないような感覚に囚われた」

「へえ」

「次の瞬間ソレは憂さ晴らしの対象になったのかもしれない。なんせ俺は、今ある殺人欲とでもいうべきものの全てを、自尊心と美学で盛り付けをして、ありったけぶちまけた」

「残酷だね」

「ああ、俺もあの時、一瞬自分の人間らしさが、野生的本能に切り替わる瞬間を感じたさ。もしもこれを残酷だというのなら、倫理というものは些か甘いものだとさえ思う程には。」

「それで?多分それが初めての経験なんだろうけれど」

「そう、実は殺人もセックスもそれが初めてのことだった。でもまあ俺の中で、全ての俺が共通した意見というのが、『凄くいい』ということだった。それを本能的な部分が理解して全身を駆け巡るのに、いや、駆け巡るではないな、全身が全身一つの結論に同時に達し、連鎖して共振したように増幅した。」

「つまりは」

「つまりは、理性を踏みにじる、これ程にもない優越感だ。ただの快楽殺人だとは思われたくないから言うけれど、その瞬間、ほんの一瞬、『自然の中の一部』になれたような気がした。それは事故だ。事故。なんのことはない。人間らしさを捨てたら、人間に残るのは、文明を知った知性ある恥生だ。ワニが人を食うのは空腹を紛らわす為だろう。それと同じ。本能的欲求が切り替わっただけだから。」

「ただし美学と、あとなんだっけ?」

「わざどだろ?自尊心だ。自尊心。殺すことなら、理性が未熟な赤子にだってできる。馬鹿か、障害があっても、理性さえ確立していれればどうとかなる。だから俺は、その二つを意識して、俺にしかできない殺害を繰り返した。模倣できないようなことというわけではないが、俺の美学的にパイオニアであるような殺し方をしたかった」

「ふーん」

「興味ないか?」

「そんなことはないよ」

「じゃあもし俺がお前を殺すとしたら?」

「その時は黙って一つだけ願いを叶えさせる。永い付き合いなんだ、僕たちは。一つぐらい聞いてくれたっていいじゃないか?」

「まあそうだな。今まで、一教室ぶんぐらいは殺した。俺が見ていない時に人知れず死んだものも合わせてだ。俺は死刑を受け、いや、もしかしたらもっと非人道的な裁きがあっちでも、そしてこっちでもあるだろう。そりゃあ俺はもうモルモット同然になったんだ。人間てのは、人間じゃなければどんな卑劣だって起こせるんだから。」

一つ彼は深呼吸をつく。

「だから俺のことを書いてくれ。美麗に、妖艶に、非情に。お前の書きたいように書け。それが俺の実はこれが最後の宴会でもあるから言えることだ。俺は既に肝臓ガンをやっててな、お前との暴飲暴食が毒だったんだろうよ、まあ大災害がお前の手に人知れず除去されたんだ、お前に毒を盛らされた。そう考えれば、俺は暴力的にお前を排除したくなったが、それは別にいいやとも思っちまった。野生であればあるほど、自身の死というのに敏感になるらしい。今日寝れば明日目が覚めないことも知っている。だから死刑を受けはしない。逃げきった」

息も絶えだえに、彼自身すら散漫になった一つの崩壊が僕の目の前で起きていたんだ。僕はそれを見下していた。人間だから。

「もう寝る。もう責任だとかよりも、最後の最後にお前と呑めたことだけを冥土の土産にしたい」

「そう」

彼はいつも、バーツであることだけを考えていたから、人よりも自分の役割に敏感だった。自分以外の誰かが自分の役割をするだけで嫉妬に燃えた。そんな彼の最後の願いは、自分以外の誰かに自分のことを書かせることだった。彼が書きたかったであろう言葉を全て拾って書けというのは僕には無理だった。要は人口知能に知能が存在しないような感じだ。僕は学習しかしなかった。

彼が、何よりも人間らしいと思えたのは、いや、彼が、彼の内側から輝いたときのその日は、どうにもこうにも朝焼けがうるさく、雨を予兆させていた。

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