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08.馬鹿二人

「お前マジでやめろよ!!」


俺の声がむなしく響き渡った。横で大爆笑している友人、上田光(うえだひかる)はスレッドを立ち上げ『今から>>10するわwwwwwwwwww』などと書き込み後ボタン一つでいつでも投稿できるように準備した挙句そのボタンを、俺に押させやがった。


「無し無し無し無し無し無しっ!!」


叫びながら携帯を触ってみても取り消せるわけではない。


「まあ、とんでもないのが来ないことを祈りつつ楽しめよ坂城」

「楽しめるかっ!!ヘタすりゃ俺刑務所行きだぞ!!どうするんだ!!」


そう。数年前までは仮にレスがついたとしても『やるわけねえじゃんwwwwwww馬鹿じゃねえのwwwwwwwwwwww』と返せばよかっただけだった。それなのにこの国は変わってしまった。『絶対安価至上法』によって。

『絶対安価至上法』要するに『出した安価守らない奴は捕まる』という法律。数年前施行され、冗談だろうと思って書き込んだ多くの人が捕まった。それらの人のほとんどは30年以上の懲役刑を食らい、中には死刑宣告を受けた人もいる。そんなこともあって、今では安価は楽に死ねる方法か度胸試しとしてしか行われずその数も激減した。

それなのに上田は俺にこんなスレを立てさせやがったのだ。恐る恐るブラウザの更新ボタンを押す。新着レス 85件 その数に思わず目を疑った。画面をスライドして>>10へ持って行く。


『告白してOK貰うところまで実況』


頭がパニックになった。携帯を覗き込んだ上田が「よかったじゃねえか無理な奴じゃなくて」と笑い声を押し殺した声で言う。完全に他人事だ。握りこぶしを固めた。それを右側へ打ち出す!

「ぐふっ!痛ぇなお前何すんだよ!」

「それ俺の台詞だろ!どうするんだよコクるの実況とかどうしたらいいんだよ……ってかお前もっとまじめに考えろよ!」

押された更新ボタン。いつの間にかレスの数は200の大台に乗っていた。皆が皆『期待あげ』『はよ』など。どんどん重圧に押されていく。俺の顔は今どうなっているのだろう。ふと携帯が震えた。見知らぬ番号からの着信だ。そこまで情報の管理に厳しいわけではないが携帯の番号と住所だけは教えないようにしていた。恐る恐る出てみる。

「も……もしもし」

坂城大輝(さかきだいき)さんですね?私、県警のサイバー犯罪対策課掲示板安価スレ監視係の者です。あなた、安価スレを建てられましたね」

電話先の女性の冷酷な声に返事した。いや、返事してしまった。

「わかりました。今日中に実行の気配がない限り御宅に警察が踏み込むとお考えください」

「その……もし捕まるとしたら……」

「そうですね……30年は覚悟していただかないといけませんね。それと、お隣にいる方も幇助で20年は覚悟していただかなくてはなりませんので。それでは成功をお祈りしています」

有無を言わさぬ勢いで電話が切れた。一定間隔で鳴らされる電子音が耳に残る。会話を聞いていたであろう坂城の顔はすっかり青くなっていた。事の重大さを今になって理解したようだ。というか一緒に捕まる可能性を考慮していなかったのだろうか。

「は……はは……さあて、俺はこれから宿題でも……」

首根っこを掴む。逃げられないようにこれでもかと力を入れて。喉を押さえて苦しそうにしているがそんなの知らない。

「俺の苦しみを味わえ!!」

もがいていた上田が俺の足を払って髪を鷲掴みにした。

「っざけんなそれよりお前刑務所行く前に金返せ!!」

「なんで捕まる前提なんだよ!!むしろ捕まらないようにどうすりゃいいか考えろよ!!お前も同罪なんだぞ!!」

「んなもん知るか!!俺は逃げ切ってやる!!お前を生贄にしてでもな!!」

逃げ出す奴の肩を思いっきりつかんだら聞きなれない着信音が部屋中に響いた。上田は青白くなった顔でポケットから携帯を取り出していた。




電話口で散々脅された俺と上田。スレッドの方はすでに新しいものに移動していた。『あーあ捕まったな』『逮捕者出たwwwwww』『達者で』というレスが目を引く。どうせならこのまま沈静化してくれたらいいのに。

「なんか書かないとまずくね?」

そう言って上田が勝手に俺の携帯を操作する。最早止める気力もない。終わったのか見たくもない画面を無理やり目の前に持ってきた。『待っとけ』と書きこんでいたようだ。待っていたら告白が成功するのか。なんでこんな微妙に難易度高いことなんだろう。


「原因はお前にあるんだけどな」

「何言ってんだ。もうここまで来たら一蓮托生、お前が告ってOK貰わない限り俺たちムショ行きなんだから、この際整形でも貢物でもなんでもいいからとにかく貰って来い」

「演技だってばれたらまずくね?お前が俺にボタン押させたってのがばれてるんだぞ、演技でしたとかもっとわかりやすいんじゃないのか?」

「どうすりゃいいんだよ~。いや未成年だったら……」

「さっき30年って言われてたよな」

「行動しないことには始まらん!!今から告って来い!!」

「誰に!?」


「こうなったらネットの皆さんのお力をお借りしよう」

上田が再び俺の携帯を操作する。新規スレッド作成。余計なことする気だろう。『安価の出席番号の奴に告る』ちょっと待て。


「なんでハードルあげてるんだよ!!」

「その方が実行しやすいだろ。それにネットの皆さんも楽しんでくれる。楽しんでくれた方が情状酌量とかあると思わないのか!?いやある!少なくともこれを提案した俺は助かる可能性が出てくる!」

「俺の延命にならんだろ!!」


ボディーブローを一発入れてやると大人しくなった。しかしネットは止まらない。かなり遠くの方に安価が出されていたのにあっという間にその差は埋まった。

指定された番号は「19」。思わず頭を抱えた。その番号は滋野歌穂。中学から無駄に付き合いがあって、しかも時々仲間内で飯食いに行ったりカラオケ行ったりする関係。バレー部所属で、男勝りで。恋愛対象というよりはむしろ一緒に騒げる友人。そんな奴に告るのか。しかも、それを成功させなければならないのか。考えるほどに頭が痛い。


「おいどうするんだよお前ぇ!!」

上田を問い詰めてみるが、腹を押さえて蹲っている。そいつの手から携帯を奪取する。スレッドの方は勢いが止まらない。何百件の書き込みがあるがそのほとんどすべては『早くしろ』『捕まったのか?』の二言に凝縮sれる。


「ああぁぁぁどうしたら……」


呻っていても埒が明かない。けれども指が動かない。また携帯が鳴った。びくびくしながら電話に出た。


「坂城さんですね?また難易度を上げられたようですが」

「すみませんっ!本当にすみませんっ!今すぐ動きますから、逮捕は勘弁してください!!」

「掲示板の方も盛り上がりは最高潮です。早くしてください。いつでもあなたたちを拘束することができるのですよ」

「本当に勘弁してください!」


電話が切れた。背筋を汗が一筋垂れて行った。掲示板の画面が震えている。立ち上がろうとして、小鹿のように震えてへたり込んだ。まず何か手を打たないと。何度もミスタッチをしながら目的の番号に電話を掛けた。



1時間後、地方都市にしては立派な駅のバスの待合室にあるベンチに座っていた。後ろにあるベンチではではマスクに帽子姿の上田が携帯のカメラをこっちに向けている。俺の携帯は胸ポケットの中で音声を実況している。奴の考えた方法は俺の携帯で音声を、上田ので映像を実況して安価を達成しようということだった。すでに視聴者が1万人規模でいるということらしい。スレッドの方もすでに1000個のレスが30個はついている。ここまで来たら賭けてるしかない。神や仏やその他とにかくご利益がありそうなものを頭に思い浮かべては祈っていると、滋野が歩いてくるのが見えた。立ち上がって会釈する。


「よ~、珍しいな坂城から誘ってくるなんて」

「いやすまん、呼び出しちまって」

「それは良いんだけど、で、どうしたんだ?」


本題を告げようとすると、いきなり心臓が暴れまわる。手が、足が震えて落ち着かない。心の中で何度も人の字を書いては飲み込むことを考えた。喉から上手く声が出ない。頑丈な堰の一瞬を掻い潜った言葉が、ようやく外に出た。


「そ……その…………付き合ってください!!」

「嫌」

「ありが……え?」


スーツにサングラス姿の屈強な男達が室内になだれ込んできて俺たちを取り囲んだ。突然の出来事に何があったのか理解が追い付かない。怯えた表情を見せていた滋野を庇うように左手を出してみるがまったく意味はない。どうしようか。そもそもいったい何があった。ゆっくりと待合室に入ってきた男の右手には菊の紋が付いた黒い手帳、左手には鈍く光る冷たい鉄のリストバンド。俺は一瞬で何が起きたか悟った。


「それじゃあ失敗ということで、絶対安価至上法で君たちを逮捕するよ」


「いやいやいやいやちょっと待てよ」

上田が声を張り上げた。男が指を鳴らす直前だった。


「どうした?」

「いや、こいつは19番に告ったし、それにもう一つの安価の方は回数制限ないだろ?それならまだチャンスはあるんじゃねえの?」


声が明らかなほどに震えている。俺と同じで足ガクガクじゃねえか。

「それはネット上の皆さんに聞くか、安価を出してみたらどうだい?」


震える手でスレッドを見てみるとすでに何百件もの書き込みがあった。それらは比較的好意的な意見が多かったが、そのレスの半分以上には『長引いた方が面白そう』というのが透けて見えていた。男もタブレットで同じものを見て、ニヒルに口元を歪めた。


「そういうことなら一度退く。ただし、失敗し続けたら飽きられるだろうから、頑張ってくれよ」

そう言うとスーツの軍団は去って行った。それを見送ると一気に力が抜けてベンチに崩れ落ちた。本当に駄目かと思った。寿命が間違いなく数年縮んだ。それなのにまだ続くのか、これ。暗くなったと思ったら目の前に滋野が仁王立ちして睨んでいた。


「お前ら安価なんてやってたのかよ!」

「仕方ねぇだろこの馬鹿が書きこんじまったんだから!!」


事の成り行きを説明すると滋野は呆れた表情からだんだんと変な物を見る生暖かい表情へと変化していった。


「で、馬鹿二人が告りまくると」

「正しくは告りまくる男とそれを実況する男だな」

「どれも変わんねえよ……で、まさかこれだけ?」

「これだけ」

「はぁ……そのうち奢りで」

「はい……」


滋野が待合室を出て行った。休み明け学校に行くのが怖い。


「いやぁ助かったなぁ。よかったよかった。終わりよければ全て良しって」

「終わってねえだろうがぁ!」

上田を蹴飛ばしてもやらないといけないことは変わらない。携帯を取り出して電話帳のボタンを押した。




30分後。バスの待合室で温かいお茶を飲みながら座っていた。。後ろのベンチではでは缶コーヒーを啜りながら本を読む上田がカメラをこっちに向けている。スレッドの方はさらに勢い(スレッドに書きこまれる時間当たりのレスの数)が増しているらしい。クラスの中のオタクの一人が「お前ら大変だな」と同情のメールを送ってきた。余計なことするなよと返しておいた。ここまで来たら成功させるしかない。神、仏や天使など力がありそうなものを頭に思い浮かべては祈っていると、さっき電話を掛けた田中が歩いてくるのが見えた。滋野たちと一緒にカラオケ行ったりする仲間内の一人だ。ここで失敗したら電話で呼びだすことだけでも難しくなる。


「いきなり呼び出しちまってスマン」

「いやいいよー、暇だったし。で、どうしたのそんな改まっちゃって」


本題を告げようとすると、再び心臓が暴れまわる。手足の震えが止まらない。失敗したらどうしよう今度こそまずいぞと誰かが囁いている。恐怖で喉から声が出ない。空気の漏れる音がしている。


「どしたのそんな緊張した感じで?まさか告白?」


茶化した様に言って田中が笑った。俺はそれを見逃さなかった。


「そのまさか。頼む。俺と付き合ってくれ!!」

「ごめんなさい」


それを合図としたかのように黒いスーツにサングラス姿の屈強な男達が一気に室内になだれ込んできて俺たちを取り囲んだ。突然の出来事に恐怖で理解が追い付かない。目を白黒させている田中を庇うように右手を出してみるが出すべき手が逆だった。どうしようか。次、誰に電話すればいい。ゆっくりと待合室に入ってきた男の右手には菊の紋が付いた黒い手帳、左手には鈍く光る冷たい鉄のリストバンド。俺は一瞬で男の言うだろう台詞を悟った。


「それじゃあ失敗ということで、絶対安価至上法で君たちを逮捕するよ」

「いやいや待ってくれまだチャンスあるだろ!!」

「……まだやるんかい」


刑事は呆れながらそう言うと合図を出してほかの男たちとともにすんなりと待合室を出て行った。あまりの呆気なさに拍子抜けした。2回目だし、今度こそまずいと思ったのに。携帯を取り出してみると3度目以降にかなり好意的な雰囲気になっていた。しかも勢いも増えていた。田中が横で力が抜けたようにぺたりと座り込んだ。室内の自販機でジュースを買ってきて手渡した。間に一人分くらいあけて隣に座る。


「……なにしてんのさ」

「安価……成り行きで……ほんと、ごめんね」

「いやこっちこそ、反射的に断っちゃったけど、ごめん。その……好きな人、いるんだよね。」

「……だれ?いや、興味あるって言うか、そこまで言われたらなんか気になるって感じなんだけど……」


変なところを掘り返してしまったところを後悔したがすでに遅かった。田中は辺りを見回し、顔を真っ赤にしながら、消えてなくなりそうな声で言った。


「その……う……上田……なんだよね」


今ほど俺の後ろにいる奴をぶっ殺したいと思ったことは無かった。




真っ赤な顔して俯いたまま田中が待合室を出て行った。その後ろ姿を見送った後、助走をつけて上田を蹴り飛ばした。


「お前のせいでまた失敗してんじゃねえか!!どうすんだよもう誰に電話していいのかわかんねえよ!!」

「いや俺の方がどうしたらいいのか分かんねえよ!!明日から田中とどうやって顔を合わせたらいいんだよ!!しかも盗み聞きみたいになってんじゃねえか!!」

「盗み聞きだし俺が成功しないとお前にも明日なんてねえんだよ!!」


上田は俺の右耳を、俺は上田の左耳を全力で引っ張りながら罵詈雑言を交す。この不毛なやり取りが終わるまでしばらくかかった。




30分後。バスの待合室で携帯を握りしめながら座っていた。。後ろのベンチではではいまだに田中と学校でどうやったら自然に会話できるか考える上田がカメラをこっちに向けている。スレッドの方はさらに勢いが増しているらしい。滋野が「お前らの実況面白いな」とメールを送ってきた。誰か紹介してくれと返しておいた。返信は来ない。ここまで来たら成功させるしかない。キリストの磔刑の様子や来迎図、仏像など神々しい物を頭に思い浮かべては祈っていると、さっき電話を掛けた戸倉が歩いてくるのが見えた。1年のころのクラスメイトでその中では喋ったやつだ。テニス部の結構気さくな奴。だから今も付き合いが残っている。


「ひっさしぶり~。こんな時にいきなりどうしたの?」

「久しぶり」


本題を告げようとすると、まだ心臓が暴れまわる。手足の震えが止まらない。三度目の正直を期待しつつ、これに失敗したらとうとう飽きられるんじゃないかという恐怖で台詞が思いつかない。自分でも気持ち悪いと思える台詞が浮かんでは消えていく。やっぱり無難な方がいいかなあ。


「その……付き合ってください!!」

「いきなりそれぇ?ごめん!」


それを合図としたかのように黒いスーツにサングラス姿の屈強な男達が一気に室内になだれ込んできて俺たちを取り囲んだ。突然の出来事だがさすがにもう慣れた。一方初めてのことなのに初めてとは思えないように楽しそうな戸倉。どうしようか。俺ってそんなにモテないのか……どうしたら……ゆっくりと待合室に入ってきた男の右手には菊の紋が付いた黒い手帳、左手には鈍く光る冷たい鉄のリストバンド。俺は一瞬で男を追い払うための言葉を決めた。



「それじゃあ失敗ということで、絶対安価至上法で君たちを逮捕するよ」

「……まだ知り合いいますけど」


刑事は俺を一瞥するだけで何も言わず引き上げて行った。


「まさか安価?」

「……そのまさかです」

「馬鹿でしょ。ってか、このためだけに呼んだの?」

「……ごめんなさい」

「はぁ……まあ捕まらないように頑張れ!いやぁ、私に好きな人がいなかったら、OKしてたかもしれないのにね」


そう言って肩を叩かれた。余計惨めな気持ちになった。確かに一言多い奴だけど。


「ごめんねぇ。上田だったらOKしてたんだけどさ、あ、そうだ。そのうち仲取り持ってよ!代わりに、うーん、ヒントあげるからさ」


前半を飲み込むのにひどく苦労したが、飲みきる前に後半に惹かれ受けてしまった。それものすごく面倒なことだと気づいた時にはもう遅かったのだが。戸倉は万歳しながら室内をスキップで周回した後


「後輩ちゃんに電話した?これがヒント。じゃあね!」


そう言うと鼻歌を歌いながらスキップで待合室を出て行った。転ばないだろうか。心配だ。後輩……そういう噂のあるやついたっけ?噂があっても本人までは届かないと思うけれども。と考えているとさっきの言葉の全容がようやくここで呑み込めた。上田を睨むと、恥ずかしそうに指先で頭を掻いていた。


「い……いやぁ……これがモテ期ってやつ?」

「死ねぇぇぇぇぇ!!」


回し蹴りを放つ。躱された。その流れで踵落しを食らわせようとしたがまた躱された。


「てめえ何すんだよ!!」

「お前がモテてなかったら成功してたんじゃねえかよ!!ってかなんでお前そんなモテるんだよ!!」

「おーい、僻みになってるぞ」

「仕方ねぇだろ捕まんぞ!!」

「仕方ねえって何がだよ俺がどうしたらいいんだよ明日からどういう顔して学校行きゃいいんだよ!!」

「にやけながら行けよ!!」


上田が俺の耳を引っ張り、俺は上田の頬を引っ張る。この不毛な争いはまたしばらく続いた。




スレッドが大変まずいことになっていた。皆が飽きはじめたのだ。きっかけは一人が『実況してるんだし捕まった方が面白くね?』と書き込んだことだった。この書き込みをきっかけに雰囲気が『成功するまでやれ』から『捕まれ』に変わってしまったのだ。不毛な争いを実況し続けたことも原因だろう。多分、次失敗したら、リトライは無い。


「おいお前のせいだろどうするんだ」

「いや坂城が悪い。自分が持てないのを僻んで俺を攻撃してくるからだ」

「何言ってんだそもそもの発端誰だか考えたらわかるだろ」

「いやいや俺はモテないお前が失敗した時助け舟を出した功績が」

「乗ったのが泥舟だったから今まさに沈みそうなんだが」


お互いはなった拳をお互いが受け、今度は足を出し合う。ミドルキックが地味に痛い。この不毛な争いはしばらくたつまで止まらなかった。




争いが終わった理由は単純だった。二人の携帯に同時に電話がかかってきて、出たら『どうやら次が最後のチャンスみたいですが』と脅された。待合室の外に出てみると、室内に誰もいれないと言わんばかりにスーツ姿の屈強な男が立って睨みを利かせていた。その人たちの前を通り過ぎると「逃げようとしたら、分かってんだろうな」とドスの利いた声が聞こえたような気がした。気のせいだったことにしておこう。

戻ってくると上田の足が震えていた。室内にはスーツ姿の怖そうなお兄さんが二人携帯をいじりながらちらちらとこちらを見ている。嫌な汗が全身から出てくる。


「おいどうすんだよお前なんかそういう噂知らんか?」

「知る分けねえだろ。ってかお前付き合いある後輩って誰がいるんだよ」

「パッと思いつくので部活関係が3人……」

「選択肢3つもあるんかよ!じゃあ一番喋る……奴がそうだとも限らんし、そもそもその3択の中にあるのかどうかもわからんし……」

「こいつらのうちの誰か?ってか、そういう奴いたっけな……」

それじゃあ、と上田は手を叩いた。一拍置いて


「今から学校行って、誰でもいいからその道中で一番最初に出会った奴に告れ!」


とんでもない案を提案してきやがった。失敗したらどうするつもりだ。二人仲良く臭い飯を食う羽目になるのに。そう思っていると上田に肩を叩かれた。振り返ると、この世のモテ男を象徴したような爽やかなスマイルを浮かべていた。


「もう誰がなんて気にするな。それより、俺のことを本気で惚れさせてやるって姿勢で告ってみろ!そうすりゃ苦難なんて乗り越えられるだろ」


なにかが吹っ切れた気がした。確かにそうだ。これからのことを心配して、失敗する前提で当たって砕けているようじゃ、そりゃ向こうも愛想尽かす。そのことが心の内だけにとどめて置けたか?外面に出ていなかったか?きっと出ていたに違いない。そうだ、そうすれば、本気になればこんな困難なんて……


「良いこと言ったようになってるけどお前が原因ってのは変わらんからな」

「仕方ないだろ、やっちまったもんは仕方ないんだし」

先ほどに負けず劣らずの爽やかなスマイルを浮かべていた。バカを殴らずに必死に耐えた俺、頑張った。




でどうしようもないので学校までに後輩のうち誰かにあったらそのまま告白、合わなかったらクジか安価ということになった。次に会う人物に一縷の望みを託し待合室をでてのんびりと学校への道を行こうとして、駅の反対側に出るために連絡通路を渡ろうとしていると


「あ、坂城さん、こんにちわ」

「げっ」という声が出てしまったかもしれない。よりによって屋代か……春に部活体験来ていたのを、足速そうだったから誘ったからというのもあって、後輩の中じゃ一番話するし、見た感じ人気あるし、明るい奴だなあという印象はあるけれども時々舐めてかかってくる。そんな奴。

「げって、私と会うの嫌なんですか?」

「いやそういうわけじゃないんだけど……」


上田に助けを求めようとして奴の方を見ると、そこから忽然と消えていた。太ももが振動を感知してすぐ携帯を取り出すと『がんばれ告れ運命はお前にかかっている』と奴から。辺りを見回すとベンチにいる胡散臭いおっさんが携帯のカメラをこちらへ向けていた。準備はできているみたいだ。


「そんなきょろきょろして、誰かに見られてるとでも思ってるんですか?」

「あぁいやぁそんなわけじゃないんだけど、その、ね?」

「いや分かりませんから」


本題を言おうとしても、これが最後、これが最後と思うたびに悪魔が鎖を巻き付けていく。失敗したら、次は無いと思うたびに重圧によって塗り固められる。さっきまで軽く出てきた言葉が一切出てこない。引き留めることが精一杯だった。


「あ、それと、ちょっといい?」

「別にいいですけど、どうしたんですか?先輩顔赤いですよ?」


屋代の手が俺の頬に伸びる。冷や汗が別の汗に変わり、顔が熱を帯びていく。屋代の手は、ただ暖かくて、柔らかかった。そう言えばこんなこと前にもあったなあ。


夏の事だった。前日にカラオケで点数を競った挙句ボロ負けして全員分のを奢らされるという大散財があった。だから節約のために夏だというのにまともに水分取らなかった。どうなるかなんて自明の事なのにやっちまった。校外に出て走っていると、急に眩暈や吐き気がした。日中ほとんど人の通らない藪の道。その場に膝をついた。動けなかった。頭が割れそうなほど痛んだ。

朦朧とした意識の中で柔らかい枕に頭が乗せられ、頭に水を掛けられて、口に水筒を突っ込まれたのを覚えている。ずいぶん楽になってきて、意識がはっきりすると、目の前に屋代の顔があった。自分の状況が分かり、心臓が跳ねた。頭に血が昇って行くのが分かった。ただ、どうにも体だけは動かなかった。


「なにしてるんですか?まったく」


聖女のように微笑みながら言われたそれに返す術などなかった。その後屋代と一緒に走っていた後輩が養護教諭を連れてきて学校まで戻された。軽い熱中症だった。水分も取らずに何してんだ馬鹿野郎と顧問と親にみっちりとしぼられた。


やっとわかった。今になってみると、これまでのすべての告白は本気じゃなかったのかもしれない。その時から、すでに傾いていたのかもしれないんだから。ピュッと吹いた風が背を押してくれているようだった。鎖が解けて行く。悪魔の呪いのことなど自然と考えないようになっていた。ただ別のことを考えるようになっていた。屋代の手が頬から離れた。「熱は無い……」と呟く彼女の目を真っ直ぐ見つめた。

「ど、どうしたんですか?」


屋代の肩を両手で押さえた。俺より小さな女の子、その子の目を見つめて、思いを乗せて、一言。


「屋代!その、好きだ!!付き合ってくれ!!」



目を白黒させている。屋代の顔が一気に紅潮した。


「い……いきなりそ……それですか?」

努めて平静を装っているようだが声が上擦っている。口元がふるえている。踵を返そうとした屋代の肩を掴んだ。それは予想以上に小さくて、柔らかかった。手を払うこともできただろうに、それもせず、振り向いた屋代の頬に光の筋が垂れていた。


「そ、そりゃないですよ?そんな、こんな、人目につく場所で」

「そりゃ、ごめん。ほんと」

「まあいいですけど、それで、えっと、その……」

屋代は一拍置いて続けた。


「私でいいんですか?いや、私なんかで、いいんですか?」

「屋代だから、いいんだ」


たった数十秒だったが、それより遥かに長く感じられた空白。胸の鼓動が止まらなかった。屋代の顔が、真っ赤な顔が皿に火を吹きそうなほどになり、瞳が潤んできて、そうなって、ようやく小さな口が動いた。


「その、私も、好きでした、いや、好きです。部活誘ってくれて、いろいろ教えてくれて、好きになってました。その……付き合ってください」

「うん……こちらこそ、お願いします」


温かい風が吹くと、自然と笑いがこみ上げてきた。屋代も泣きながら笑う。それを見て俺もまた笑う。「見ないでください」と、彼女が言う。目をそらすと、視界の端で怪しいおじさんがガッツポーズ決めているのが見えた。俺の携帯が着信を告げる。


「もしもし」

「安価達成おめでとうございます。これにてあなたの監視を終了させていただきます

「ありがとうございました。これのおかげで、なんか自分の気持ち、整理させられました」

「……では、次に安価スレを建てる時、お会いしましょう」

電話が切れる時に舌打ちが聞こえた。続いて携帯が着信を告げた。滋野からだ。「おめでとう」と書いてあった。そう言えば、実況されていたんだっけ。今思い出すと顔から火を吹きそうになる。



「どうしたんですか?なんかありました?」

「いや、何にもない」

どうせ後で知られるだろうになんで隠すんだろうか。携帯が震え続けている。時々見るとそのほとんどすべてが祝福メールだった。その中に騒動の原因を作った馬鹿なキューピットからのメールもあった。『彼女、大事にしろよ』簡潔にそう書かれていた。


「お前に言われなくてもわかってるって」

目の前で輝いている彼女を見て、それでも大事にしないとな、と噛みしめるように呟いた。


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