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05.幼なじみ

祭という華やかで賑やかな名前の彼女は大人しいタイプの人間だった。

お昼休みにはどのグループには加わらず一人で黙々とお弁当を食べてそのあとは読書か、たまにどこかへふらふらっと教室から出ていく。

友達がいないというわけではなさそう。授業でグループ活動を行うときは何人かが祭の元に集まっていくのをよく見かけた。

正直言って祭は愛想が悪い。いつもムスッとした仏頂面でこちらが話かけても「ああ」とか「うん」とかくらいの返事しかしない。たまに笑うと八重歯が見えて可愛らしいのがもったいない。別にいつも笑えというわけでもないから少しくらい感じよくすれば良いのに。人がせっかく話しているのに祭の態度にイライラする。


祭とは家がお隣さんということもあり、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。昔から大人しい子ではあったが話をするときにはきちんと受け答えができていたはずだ。

小学生までは仲良く過ごせてきたが中学では普通科と進学科に分かれたため疎遠となった。もちろん祭が進学科である。

しかし高校生になって初めて教室に入ったとき祭がいたので驚いた。

周りは進学校に落第したとか反抗期で親の意向に逆らってこの学校に入ったなど噂していた。

真相は不明。

あまり深く聞くのも本人が傷つくかもしれないので差し支えのない態度でそれなりに接した。

久しぶりに会ったので会話はどこかぎこちなく、不自然な無言が続く。

その日はメアドだけ交換して放課後まで何もしゃべらなかった。

最初のうちは昔みたいに仲良くできたらいいなと思ってたけど、祭の素っ気ない返事で空回りしていることに気づかされてだんだん嫌気が差してきた。

どうもしぶしぶ話しかけているのが態度に出ていたようで、ある日祭から無理に話しかけてもらわなくてもいいと言われた。

さすがにカチンときた。

祭が反応しないから楽しくないだの、いやいや話しかけられても嬉しくないだの教室の真ん中でたくさん言い争いをした。この時ばかりは祭もしっかりと喋っていたことに気づいたのはクラスメイトが仲裁に入ったあとだった。以来、何か些細なことがあるとすぐケンカするような関係になってしまった。


そして今日もケンカした。

あまりにもくだらないケンカをしている祭にも自分にも腹が立ち、ヤケになったので安価を出す。

絶対安価至上法。

安価は必ず実行しなければならない。

逆に言えば名前も顔も知らない人に実行させられるということであり、こちらとしてはあまり責任感にも罪悪感にも駆られることはない。

スレタイは『ケンカ中の幼なじみに安価でメールする』

で安価は>>10くらいでいいかな。

流れるように文章が液晶に映し出される。

肝心の>>10は『素直に謝る』だった。

なんでこっちから謝らないといけないのか理解に苦しむけど、安価は絶対だしまあしょうがない。

『今日はごめんなさい。祭の物言いが気に入らないからカッとなってひどいこと言っちゃった』

文面はこんな感じで良いかな。送信っと。

ブラウザを更新すると掲示板の住民から他愛もないボケや質問が表示されていた。

それにツッコミをいれようとキーボードに向かおうとしたところでメールの受信音が鳴る。

もちろん祭からのメールだ。意外に早いな。

『本当に反省する気はあるの?』

うん、反省する気のないよね。明らかにケンカを売ってたし。

返信はどうしようかな。>>35を送ろう。

『告白して付き合う。』

意味がわからん。

どういう思考回路でケンカしている友達と付き合うなんて発想が出てくるんだろう。

ってかこんなの送ったらいい笑いものじゃん。

『祭が好き。付き合って』

微妙に恥ずかしいな。

送るんじゃなかったと後悔の念に駆られているところにまたメールがきた。

『少し考えさせて』

ますます意味がわからん。

これはいわゆる脈ありというやつかな。そもそも少しってどのくらいの時間だよ。このまま待ってればいいのだろうか。

何だか落ち着かない。

気を紛らわすため何度かブラウザを更新したところで住民からの質問に目がついた。

『その幼なじみってどんな子?』

祭は仏頂面で口数も少ないのになぜか周りからは好かれていて、大人しい子なのに私とケンカするときだけはなぜか良く喋る。

めったに見せることはない笑顔がとてもかわいくて小さい口から覗く八重歯が愛らしい。


そういえば先月だったかな。

朝からなんとなく体が重いなあと思っていたらお昼前のよりにもよって体育のときに体調がさらに悪化した。

担任や友人にはあまり心配をかけたくなかった。

まわりで大丈夫?つらくない?とか騒がれるのはかえって疲れる。

心配してくれるのはうれしいけど病人のことをいたわるならそっとしておいてほしい。

どうにか授業を終らせたあと、体調不良を悟られないよう更衣室で友人とくだらない話に花を咲かせていた。

いつもよりゆっくりと制服に着替えてから更衣室を出ると祭が待っていた。今はケンカする気力もないから無視して行こうとしたら、祭が急に手をつかんできた。

「な、何よ」

「いいから来て」

とまどいながらの問いかけを聞き流してぐいぐいと引っ張っていく。

たどり着いた先は保健室。

問答無用で備えつけのベッドに寝かせて、手際よく体温計を取り出した。あっけに取られているのを尻目に祭ははやく熱を計れといわんばかりにずいっと体温計を押し付けた。

「えーと。ありがとう」

「ん」

軽くうなずく祭。こっちはお礼を言ってんだからもっとうれしそうな顔すれば良いのにとか考えてたけど、それよりも体調の悪さには勝てずそのまま眠ってしまった。

今、思い返してみればあのときの祭はすごい心配そうにしてた。


何か思い出したら顔が熱くなってた。

メール受信。

『いいよ。付き合おう』

何でだよ。私たちケンカばかりで仲悪かったのに。

どうしようか安価>>70

『明日手を繋いで登校』

安価は絶対。腹くくるか。

メールで明日迎えに行くと送信してベッドに飛び込む無理やり寝付くことにした。


もちろんというかあれから熟睡できるはずもなく深夜までずっと祭のことばかり考えてた。

自分では気づかなかったけど日常的に祭を眼で追っていたようで友人はどんな人がいて最近はどんな本にはまっているの容易に答えることができる。

昨日のお弁当のおかずも知っていてこれじゃまるでストーカーみたいだと自己嫌悪に陥った。

睡魔がおそってきたのはもう空が白んできたころでようやく意識を手放すことができた。

なのでいつもより遅く起きたのも朝食を食べる時間がなかったのも全部、祭が悪いということにする。


玄関をくぐると朝の日差しが視界を遮り、思わず目を細めた。

雲一つない快晴。

入学したころに比べて気温も上がっていて、もうすぐ夏かなとか、汗を拭くハンカチはもってきたかなとか思案しているとおはようという声が聞こえた。祭だ。

「おはよう。迎えに行くって言ったじゃん」

「私から迎えに行く方が早い」

これは暗に私が寝坊助だって遠回しに言ってんのか。まあ否定はできないけど。

「昨日のメールって本気なの?」

仏頂面で聞く祭。

わかりにくいけど不安げな顔をしていた。何だかいとおしく感じてしまう。

「正直言って勢いで告白してたんだけど」

ああヤバい。祭の目が潤んでる。今にも泣き出しそう。

一拍おいて。

「でもそのあといろ考えてみてやっぱり祭のことが好きみたい。嫌じゃなかったら付き合ってほしい」

「ううん嫌じゃない」

首を横に振り、安堵した表情をしている。

いつも言い争いをしていた相手に告白されても新手のイタズラって思うよね。

不安にさせてごめんと心の中で謝った。

「ケンカするかもしれないけどこれからもよろしくね」

右手を差し出す。

「うんよろしく」

祭の柔らかい手が重なる。良かった握手してくれた。

しばらくの間、つないだ手を眺めたり軽く揺らしたりしてみた。

いつまでも手を放そうしないので祭が怪訝な顔つきになる。

手がじんわりと汗ばんできた。

それでも放す気はない。

初夏の風が祭の短い髪とスカートを揺らしていった

「よしっ学校へ行こう」

「このままで?」

「もちろん」

と言いつつも握手の形から指を絡ませるように握った。

隣でうわーとかはずかしいなとか声が聞こえる。

けど振りほどこうとはせず、むしろぎゅっと強く握り返してきた。

何だかすごくうれしい。恥ずかしいのもあるけどこうやって手をつないでいると安心する。

やっぱり祭が大好きなんだと改めて自覚した。

きっとケンカしたりすれ違ったりすることもあると思う。でも絶対に仲直りして今みたいに手をつないで行こう。

そう心に決めて、祭と二人並び学校を目指して歩いていった。




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