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01.プロローグ

【安価】

 ネット用語。アンカーのこと。

 元々は過去の発言に対するレスポンスの意味。

 多くの掲示板では、対応する書き込みを指定すると、分かりやすいようにリンクが貼られる仕様になっている。

 これを逆用して「未来のレス番号」にアンカーを向けることで、さまざまな遊びに利用するようになった。


*****



「あーどいつもこいつも、びびりばっかじゃねえか。安価スレのひとつも立てられねえときた。昔のお前らは、こんなんじゃなかったぜ。火を見たら何も考えずに飛び込むような、そんな熱い男だったのによ」


 掲示板サイトを見ながら、男は呟いた。

 彼は、腑抜けた掲示板の住人達に苛立っていたのだ。


 その昔、男の見ている掲示板では、ひとつの遊びが流行っていた。

 未来のレス番号に安価を向け、それの指示に従うというものだった。

 具体的に示せば、『>>10を実行してやんよwwwww』みたいな、そういう書き込みをするということだ。


 しかし、段々と安価を守らない人間は増えて行った。

 そんな無粋な人間を葬るために作られたのが、『絶対安価至上法』である。

 これは安価を指定したのにも関わらず、安価を守らなかった人間を法的に裁くというものである。

 安価先も犯罪行為であった場合、安価の範囲であれば多少の反社会的行動は黙認されることとなっている。


 さて、後はお察しの通り、自発的に未来への安価を出す人間はいなくなってしまったのだ。

 安価を守るための法律が結果として安価文化にトドメを刺したのだから、皮肉な話である。


 男は掲示板内で見ず知らずの相手に愚痴を零し、過去の安価勇者の英雄譚を語っては、今の掲示板サイトは駄目だと愚痴を零していた。


『じゃあお前が安価出せやwwwwww』


 そんなことをしていれば、こんなレスが返ってくるのは当然だった。


 男も普段は小心者である。

 しかしこの日に限っては、過去の偉人の話をしたせいで、ちょっぴり興奮していた。

 ここまで来て引くに引けないというプライドもあった。

 それがいけなかった。

 男は調子乗りだった。

 持ち上げられれば持ち上げられただけ空高く飛んでいくタイプだった。


 結果、男は安価を出してしまった。

 素早い動きでキーボードを打ち、

『>>74をする。これが古参の安価行動よ』と書ききった。


 指が震えたのは、エンターキーを押した後だった。

 なんとかぶれる指先でF5を押すと、一瞬で30レス近くが埋まっていた。


 男は戦慄した。

 馬鹿な、こんな大人数、どこに潜んでいたのだ、と。

 しかし本当の恐怖は、その安価先を目にしたときだった。


『ゲイとセクロス』


 男は、ノートパソコンを閉じた。


 馬鹿馬鹿しい、何が絶対安価だ。

 破ったらなんだ、警察でも来るのか?

 俺の行動で誰が損害を被るというのか。

 無茶苦茶だ。


 もう今日は寝よう。

 そう思ったとき、インターホンが鳴った。


 どきり、思わず男の心臓が跳ねる。

 いや、そんなはずはない。

 そんなはずはないのだ。


 重い足取りで扉を開ける。

 玄関先に立っていたのは、体格のいい若い優男だった。

 ぴっちりしたスーツに身を包んでいる。

 見たことのない顔だ。 


「どうもこんにちは。私、こういうものです」


 丁寧にお辞儀をし、紋章の入った手帳を呈示する。

 警察手帳だった。


 男は家の奥へと逃げようとするが、警察はその様子を見ると土足で上がり込み、男を組み倒した。


木摸尾卓郎きもお たくろうさんですね。絶対安価至上法違反の疑いで、あなたを逮捕します」

「やめろ! 逮捕しないでくれ! なんでもするから!」


 男は暴れるが、万年帰宅部だった彼の腕力では警察には敵わない。

 手足を無作為にばたばたさせるが、それらは何の意味もなさなかった。


 男の言葉を聞き、警察がニヒルに笑う。

「なんでもするんですね?」

「え?」

「実は私、ゲイなんですよ」


 一瞬、警察が何のことを言っているかわからず、男は動きを止めた。

 しかし、その瞬間すべてを理解し、さっきよりもより激しく手足を動かした。


「安価は絶対ですよ?」


 警察がそう言った声も、今の彼には届かなかった。

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