二章 過去
旧市街地から自分の家まで、奏という少女を背負いつつ運んでいる道中、魔術学校の事を思い出す。
神楽 霞という、奏の姉の事を……。
日本とは古来より魔術を大事にされていた。この現代においても変わりはない。
例えば、東京にある山手線を見ればわかるように、その形は対極図になっており、東京に鉄の結界を張り邪気を払ったりしている。
そうした日本の魔術師の力量を上げる為に設立されたのが、『魔術学校』である。魔術学校とは別称で、正式名称は『大日本国妖魔並びに邪気討滅防衛学校』と言い、政府が極秘裏に運営している組織である。毎年、日本人魔術師の家系で十二歳を対象に、入学できる機関である。
満月も、この魔術学校を三年間、通っていた。その時に出会ったのが、神楽 霞である。
霞の強さは尋常ではなかった。
ある者は、戦法が巧いと言うし、ある者は、動きが目では捉えられない位速いともいう。いわば全てが長所なのだ。満月も初めに見たとき、同年代でさらには女の子が自分よりも強かったからかなり驚いた。
そんな少女との最後ともなる、恒例の卒業試験のことを思い出す。試験内容は、妖魔を討伐することだった。妖魔と言っても、担当の先生が操っているため、死者などが出ることはないが、制限時間が設けられており、この時間で倒せなかったら、落第になってしまうというものだ。
「やっと、私達だね。腕がなるばい♪」
落第が懸った大事な試験だというのに、霞はいつもの調子で満月に話しかけてくる。
「天才は余裕だな。俺なんか落第したらどうしようかとヒヤヒヤするよ」
昨日は寝つけなかったのか、あくびをしながら言った。
「緊張感がねぇ~」
そんなあくびをしながら言った満月の顔を、霞は両手の人差し指で満月の顔を指さす。
「昨日は緊張して寝てないんだよ」
「大丈夫だって。守ってくれるんでしょ?」
とりとめのない笑顔をだしてくる。霞という少女は、どんな時でも笑顔は絶やさない。だからこそ、いろんな奴から尊敬されている。
「どう考えても逆だろ。俺はいつも助けられているし」
「そんなことないないよ」
完全な否定。
「私は、自分で言うのもなんだけど、百年に一人だと言われているけど、それは大きな間違い。私は二人でやってきたから、それだけの評価をもらったと思っているよ」
霞は正直な性格だ。悪く言えば嘘はつけないが、よく言えば信頼できる性格だ。満月は、そんな霞の性格を、この魔術学校の生活の中で、分かってきていたので、そんなことを言われて、うれしかった。
「まさか、そんな風に思われていたとは、思わなかったよ」
そんなことをはなしていると、「お姉ちゃん」と、後ろから、声が聞こえてきた。
振り返ると、霞にちょっと、幼くした女の子がいた。
「おーおー、これは、これは、わが妹よ」
そんなことを霞が言っていたので、満月は驚いた。
「おまえ、妹いたのかよ」
「あれ、いってなかったっけ」
とぼけた風に言ってきた。
「こ、こんにちは」
女の子は、霞の後ろに隠れながら話す。そんな態度に満月は、印象で内向的な娘だと思った。
「この子の名前は、奏っていうの。年齢は私たちの一つ下」
霞が自己紹介したら、奏はペコッと、頭を下げた。初対面なので、満月も挨拶をすることにした。
「初めまして、俺は、芦屋 満月。俺の事はお兄ちゃん、又はパパと呼んでくれ」
満月は、我ながらとても面白く、素晴らしいジョークを言い放ったもんだと、自心の中で画自賛していた。
しかし、
「えっ、えっ」
奏は戸惑っている。
「うわっ、キモッ、ひくわ~」
霞は性格上、正直に言葉にした。
「ごめんなさい。ジョーク…です……」
この場から逃げ出したい、心の中で満月は叫んでいた。そんな困っている満月を尻目に、奏はまだ困っていて、霞はゲラゲラと笑っている。
そんな話しをしていたら、場内の方で歓声が聞こえてきた。
「前の人が終わったみたいだな」
先程の笑い話をしていたとは思えないほど、二人は真剣な表情を出す。
すると、学校の先生がやってきて、
「芦屋、神楽、次はお前たちだ。場内に入れ。頑張って来いよ」
「よし、行きますか!」
霞は、気合いを入れる。待合室の中は、次は満月と霞の戦いが観れるとあって、
「次は、神楽 霞か」
「これは楽しみだね」
メインイベントとばかりに、辺りは、騒ぎだしている。
「お姉ちゃん、本当に大丈夫なの?」
奏は、心配そうに尋ねた。
「大丈夫だって、ほら」
腕を何回も振り回して、一層、元気よく言っている。
そんな姿を出している霞をみていると、奏はとても悲哀な心になっているようにも見えた。
「本当に大丈夫だって。でも、ごめんね。お姉ちゃんのわがままを聞いて」
霞は温和な顔を見せる。その表情からは想像もつかないような、例えるならば、何かを決意に満ちた声量をしていた。
そんなことを言った後、霞は妹に抱きつく。
「そんなことより……」
と、誰にも聞こえないように、奏だけに話す。
「えっ、は、恥ずかしいよ」
奏は、赤面する。
「お姉ちゃんの一生のお願い。あの子もこういうの大好物だから♡」
霞は、意地悪そうな笑みを作っている。
「芦屋、神楽、いい加減に、早く行け!」
無駄話をしている三人に先生が怒鳴りつける。
「すみません、おい行くぞ」
と、満月は、先生に頭を下げた後、霞を急かすように言った。
「じゃあ行ってくるね」
奏に笑顔で別れを告げる。
「うん、がんばってね、お姉ちゃん。そ、それに……」
奏は赤面しながら、体をモジモジしている。恐らく、霞との内緒話でのやり取りをしようか悩んでいるようだった。そして、意を決したのか、渾身の声で、満月に放つ。
「が、がんばってね。パ・パ♪」
辺りから沈黙が走る。
「満月、今から試験だからいいとして、後で話しがある」
先生のこめかみからは血管が浮き出ており、辺りの生徒からは、「変態野郎!」だの「あの子に何させているの」だのと言った、ヤジが飛んでいた。
「ちょっ、ちが、違う!」
そんな満月の返答虚しく、野次は収まらなかった。
奏はどうしようといった具合に、オドオドしており、当のやらした張本人である霞は、この状況を満足そうに大笑いしていた。
「あははっ、パパ、そろそろいくよ」
満月に、そう言うと、会場までの道程を歩き出す。
「あの、満月さん、すみません」
奏は頭を下げながら言った。
「い、いいよ、あのバカが言わしたってわかっているから」
そう言いながら、満月は、霞の後に続く。
「頑張ってください、応援してますから」
「ありがとう、頑張るよ」
満月は、歩きながら、右手を上げながら答える。
「お前、マジで要らんことを妹に吹き込むなよ」
「だって、そう呼べって言ったんじゃないの?」
霞は、ニヤッと笑みを出す。会場まで続く廊下で二人は歩きながら話す。先程までのヤジなどはなく、静寂を保っていた。
「だからって……」
「そうそう、話し変わるけどさ、こんな所で言うのはなんだけど、その、今までありがとね」
「お前らしくないな、どうしたんだよ?」
満月は、霞の方を見つめる。霞はいつも笑顔を絶やさない少女だ。しかし今は真面目に、おそらくもう二度と見せないであろうかというぐらい真剣な顔になっていた。
「ごめんね、これは私の自己満足。でもどうしてもいいたくなってね。会えて本当に良かった。君と会えなかったら、こんな楽しく過ごせてなかったし、何よりも私が百年に一度の逸材だなんていわれていなかったと思うから」
(それはこっちのセリフだ。お前にあえて本当によかったよ)
とは恥ずかしくてとてもじゃないが口には出せなかった。
「まあ、なんだ、お前は俺に会わなくても、百年に一人だって言われてたと思うぞ」
「そんなことはないよ。あなたのおかげで、私は、世間では、過大評価されただけ。この三年間で、君の実力は解っているからね。だからね、この試験で凄いことしない?」
「凄いこと?」
「そう、この試験の歴代最短記録を塗り替えない?」
記録とは、魔術学校の長い歴史における、最終試験である、先生が操る妖魔を討伐時間の記録である。
「最短記録って、確か、三十分十八秒だっけ。確か相手は、動物系の妖魔で、それも五体だろ?無理に決まっているだろ。」
動物系統の妖魔は、基本足が速く、自分が不利な状況になったら、逃げ回る傾向にある。それも五体だから、一体、一体倒していたら時間が掛かる。
「でもさ、昨日話し合った作戦ならいけそうだけど」
二人は昨日、今日の為に作戦を考えていた。
「いい作戦とは思うけどさ、別に安全に一体ずつ倒していけばいいんじゃないか?」
最終試験はいわば無制限であり、全部倒し切ればそれは合格になった。この最短距離というのも、歴代の魔術師の卵が最後の試験を楽しくするために考えられたお遊びみたいな物だった。
「でも、私は歴代記録をどうしても塗り替えたい。この学校に居たっていう『証』を残したいの。お願い、一生のお願い」
霞は立ち止まり、満月の方に深く頭を下げてくる。こんなにも霞に嘆願されたことがないので、満月はひどく驚いた。いつもの冗談ではない、真に迫った言葉に満月の言葉は一つしかなかった。
「じゃあ、がんばってみるか」
少女の気持ちを汲むしかなかった。
霞はそんな言葉にひどくうれしそうな顔になる。
やがて、そんな会話を続けていたら会場に出る。円形の形をしたグラウンド、分かりやすく言えば、コロッセオ見たいな場所に出た。そこで待ち構えていたのは先生と、猿らしき妖魔が五体。
「準備はいいな?」
そういうと、先生は印を構える。
「はい」
「はい」
二人は、戦う。
卒業試験での合格はすでに忘れている。
目指すのはただ一つ。
『最短記録』である。