一章 出陣
深夜未明。芦屋 満月は全身漆黒の束帯と頭巾で身を包み、家を出ようとしていた。漆黒なのは、先祖の代に戦いで敗れてしまったので、この様な悪の色に染められてしまった。
先祖の名は、蘆屋 道満。
安倍 清明に破れてしまった、陰陽師だ。
その結果、清明は正義の英雄だと世間に広まり、道満は悪の烙印を着せられてしまった。敗北者だとばれない様に、名も『蘆屋』から『芦屋』となっていた。ただ敗北者として生き続けてきた訳ではない。着々と子子孫孫が力を蓄え、この地を治めるまでになった。
東日本魔術教会にも、西日本魔術連合にも属さず、己が矜持と能力を信じてきた。この満月も芦屋家代々の先祖よりも才が長けた陰陽師になりつつあった。
その証拠に、芦屋の実力を示すために通っていた、全国から同年代が集まる、日本魔術学校をナンバー2の実力で卒業した。
その束帯の上に白色の陣羽織を羽織る。真ん中で一際目立つ白色の文字、「木綿」の二文字。天皇陛下より卒業の折に貰い受けた満月の通り名。自身はダサいと思っていたが、この『木綿』の理は、太閤秀吉が昔、藤吉郎を名乗っていた折、何でもできる木綿のような存在という事もあり、この名を満月に授けた。
「さて、そろそろ向かうか」
「いってらっしゃいませ。満月様」
千代は星座をし、迎えだしてくれる。
「じゃあ、行ってくるよ」
「くれぐれもご無理は無き様」
「わかってるって」
玄関を出る。目的地は旧市街地。今朝、茜が言っていた言葉を思い出す。
『私の友達がね、彼氏と夜、旧市街に行ったんだって。そしたらね、だれもいないはずなのに、後ろから気配がして、振り向いたら……居たんだって、白い巫女の格好をした女の人が!』
白い巫女の女……。
どうしても気になっていた。それが霊なのではなく、人間ならば、間違いなく魔術師の可能性が高い。そうなれば、ここ最近の不穏な出来事の元凶であるはずだと満月はそう直感していた。
外は月光のおかげで、外の明るさは地面に落ちる石さえもはっきり見ることができる。
旧市街地までは、徒歩にて赴く。深夜でこのなりで歩いているのはあまりにも異様な光景ではあったが、時折、通り過ぎる人には何事もなく通り過ぎていく。
それもそのはずで、束帯には、結界術式を張っており、普通の者には見えない様になっていた。
旧市街地までの道中、満月は戦闘になった際のことを考えていた。
所持している呪符の数。
敵の人数、そして使う魔術。
もしも敵が自分よりも強く、勝てないと判断した時の、退却手段。
そんなことをイメージしながら歩いていると目的地までは案外、早くついてしまった。
眼前に見据えるは、緑が生い茂った森があった。
「さて、鬼が出るか、蛇がでるか」
つい、自分の本音が言葉に出る。満月は五感を研ぎ澄ましながら、森の入り口に足を踏み入れる。