序章
初投稿です。
満月の夜に見上げる紅葉は何とも美しい景観であったが、少女に見とれている暇はなかった。正確に言えば見とれている気力もなかった。一般の人には迷惑をかけまいと誓い、東京の実家からできるだけ人目を避けての100キロの移動、その道中、追手からの攻撃、もう心身共に限界だった。
『大丈夫?』
誰もいないはずの林道に声が聞こえてくる。その声は少女の心の中で確かに聞こえた。
『大丈夫だよ』
少女は、心の中でそう言うと、刀の鞘を握る両手の力が強くなる。
《神楽村雨》
鎌倉幕府の時に作られた、東日本魔術協会の頭目にして、東京を拠点に置く討魔師の名門『神楽家』の伝家の宝刀。
数多の歴代当主がこの刀を振るい、妖魔を討伐した古の名刀。
握りしめると同時に、痛烈な感情になる。
後継者に任命された、姉の形見。
命の次に大切なもう一つの命。
姉のことを思うと、少女の心は燃え上がった。不屈の闘志とゆるぎなき自信がみなぎってくる。
・・・・・・あと少し。
少女は立ち上がる。目的地まではすぐそこまで来ていた。
『がんばれ』
また聞こえてくる。姉の声だ。
『うん、がんばるよ』
少女は、地面を強く蹴る。
必ず、助けてくれると信じて。
深夜未明。芦屋 満月は、自分の家の庭で夜空を見上げていた。陰陽師を生業としている芦屋家は、古来よりこの地、室谷町を守り続ける名門の家系だった。
或る時は妖魔を討ち、或る時は魔術師を討った。幾年もこうした裏仕事を芦屋家はこなし、この街は大都市へと変貌した。
大発展を遂げた街の夜空は雲一つなく、満月の名前と同じ月が美しく輝いている。しかしこの美しい夜景を見つめる満月は怪訝な顔になる。
理由はひとつ。
室谷町を護る『柱』が4本から3本に減っているからだ。
この柱は、妖魔を近づけさせない様にこの街を護る大事な防御壁。故に1本でも減れば、防御壁は弱まり、妖魔がこの街で騒ぎ出す。
芦屋家の現当主、満月の父である忠満は、母、小津枝と共に東北に出向いている。
留守を預かる身としては何としてもこの状況を見過ごすことはできない。
俺が何とかしなくては・・・。
満月は決意を決める。