付き合う
「え? シン様? 今なんて言ったの? も、もう一回言って? え? え? え?」
俺の告白を受けたサクヤが混乱した様子で聞き返してきた。
どうやら俺の言ったことがよほど信じられないらしい。
ならもう一度言ってやる。
「俺の彼女になってくれないかって言ったんだ……何度も言わせないでくれ」
サクヤにそう言う俺は今にも立ち上がってこの場を逃げ出したい気持ちに駆られる。
正直、すごく恥ずかしい。
告白なんて今までの人生で初めてのことだからな。
しかもこんな勢い任せの後先考えない告白をするだなんて思ってもみなかった。
というか普通に考えて、このタイミングで「彼女にならないか?」はない。
要約すると「俺が彼氏になるから無茶なレべリングは止めてくれ」だ。
どんな告白だよって自分で自分にツッコミたくなる。
まあこれはサクヤの方から先に言い出したわけだけど。
でもこの告白の仕方はないだろう。
だが一度口に出してしまった以上は撤回しない。
俺は真面目な顔を取り繕ってサクヤを見つめた。
「サクヤは俺と恋人同士になったら無茶なレべリングも止めるみたいなことを前に言ってたよな?」
「え、えっと。た、確かに言ったけど……」
「なら俺の彼女になってくれ。それともこんな唐突にじゃ嫌か?」
「! いや全然! シン様の告白なら私は24時間毎日受付中だよ! 年中無休だよ! シン様が恋人になってくれるなら私はいつでもシン様を受け入れるよ!」
「そ、そうか」
俺の告白をサクヤは猛烈な勢いで肯定した。
こんな雑な告白でも喜んで受け入れてくれるとは。
流石はサクヤといったところか。
告白した俺がこんなことを思うのも大変失礼な話ではあるけど。
「……でも本当にいいの? 私の方はただ言ってみただけって感じだったんだけど」
「ああ……ここまでされたら俺も折れる。というかお前の方こそこんな告白で良いのかよ。俺が言うのもなんだけど、今のは滅茶苦茶投げやりな告白の仕方だったぞ」
「それは別にいいよ。私、シン様にロマンチックな告白ができるなんて期待はしてなかったから。告白してくれるだけで儲けものだよ!」
「そ、そうか……」
サクヤは俺のことをよくわかっていらっしゃるようだ。
俺が恋愛に関してとことん駄目だということを理解した上で今の告白を受け入れたのか。
「……あと……いや勿論適当な気持ちでこんなことを言い出したわけじゃないんだけど、でもこの恋人になるっていうのはひとまずお試しみたいなものでお願いできないか?」
「うん、お試しでもいいよ。その間にシン様が私のことを本気で好きだって思うようになればいいんだから。シン様に好きになってもらえるよう私頑張るね!」
「お、おう」
少し冷静になれた俺は思わず保険をかけてしまったが、それすらもサクヤは受け入れて熱っぽい視線をこちらに向けてくる。
「じゃ、じゃ、じゃあどうしよっか? えっと恋人同士って何するものだったっけ? あれ? 恋人になったら何する気だったんだっけ?」
「ちょ、落ち着けサクヤ。なんかすごいテンパってるぞ」
と思っていたら、どうやらサクヤの方もかなり動揺していたみたいだ。
サクヤは「あれ? あれ?」と言いながら首を傾げて言葉を探しているのか口を開けたり閉じたりを繰り返している。
「……あ、あ! そ、そうだ! セックスだ! シン様セックスしよう! 恋人同士だからセックスしようシン様!」
「だからちょっと落ち着け! 発想が直結すぎるぞ!」
いきなりセックスとか言い出してんじゃねえよ!
女の子がセックス連呼すんな!
「というかせ、セッ……とか……そ、そういうのはだな……もうちょっとこう……お互いをよく知りあってだな……」
「わ、私はシン様のことならよく知ってるよ! それにシン様が知りたいなら私は自分のことを何でも教えるよ! 好きな食べ物も好きな音楽もいつどこで何をしていたのかもスリーサイズや体重とかもテストで何点取ったとかもいつまでオネショしてたのかも恥ずかしい失敗とかも銀行の暗証番号とかも初潮がいつきたとかも! シン様が知りたければ何でも教えるよ!」
俺がうろたえながら反論するとサクヤの口からマシンガンのごとく言葉が連射された。
別に俺はサクヤのパーソナルデータを……恥ずかしい失敗とかはちょっと聞いたりするかもしれないが、根掘り葉掘り聞く気は無い。
だから初潮がいつきたとかそんなマニアックすぎることを聞いたりなんてしない。
というか銀行の暗証番号はヤバいだろ。
間違っても恋人に教えていいようなものじゃない。
そんなの教えられた俺はどうしろと。
相変わらずサクヤの発言は突っ込みどころが多すぎる。
「……だけどそういうのはやっぱり俺たちには早すぎると思うんだ。セッ……とかするかどうかはより時間をかけてお互いをより深く理解し合えたところですべきだと思うんだ」
「! あ、う、うん! そうだよね! 私ったらなに突っ走ってんだろ! 変なこと言ってごめんねシン様!」
「わ、わかってくれればそれでいい」
赤面しながらセックスと言っていたサクヤは俺の一歩引いた様子を見て焦った様子になりながらも頭を下げてきた。
なにかとぶっとんだ言動が多いサクヤではあるが、一応はこうして俺の態度から自粛してくれたりもするので最初に出会った時よりは成長しているんだろう。
「で、でもそれなら恋人同士って何を……あっ、し、シン様……き、キスとかなら……してもいいよね……」
「…………」
ま、まあ……キスくらいなら恋人になりたてでしても普通……だよな。
しかしだな……どうしよう。
する?
しちゃうか?
いやいや、待て待て待て。
「だ、だからまだお試しっていう段階だからさ……そういうのもちょっと……」
一応恋人となったとはいえお試しだ。
ここでチューとかしてもいいのかどうかよくわからない。
サクヤとチューするのが嫌なわけではないんだけど、やっぱりそういうことには勇気がいる。
言葉にするのと行動をするのとではハードルが段違いだ。
「そ、そっか……うん……シン様がそう言うなら……」
「…………」
けれどこうして落ち込んだ様子のサクヤを見ていると断るのも悪かったという気がしてくる。
なんだかんだでサクヤも俺と同じ人間だ。
今までの言動もそれなりに勇気が必要だったのかもしれない。
勇気を振り絞って俺にアタックをしてきたというなら、ここでなにもせずにいるというのも気が引ける。
「…………あっ」
「……でもこれくらいはいいだろ」
なので俺はサクヤの手を握った。
手を握り、指と指を絡ませて、いわゆる恋人繋ぎと呼ばれているものを俺は実行した。
「これも恋人同士がやるシチュエーションだよな」
「そ、そうだね」
サクヤの右手から体温が伝わってくる。
ただ手を繋いでいるだけなのにこそばゆさを感じる。
また、動悸はさっきまでよりなお激しくなり、手のひらが汗ばんでいやしないかと不安になってきた。
手がべとついて気持ち悪いとか思われたりしないだろうか。
「シン様の手……とってもあったかい。それにちょっと汗かいてる」
「! や、とりあえずこれもお終い! ひとまず外出よう……て」
汗をかいてることを指摘された俺はサクヤから手を離そうとした。
しかしサクヤが手に力を込めたために上手く離せない。
「できれば手はこのままでいさせて……もっと……もっとシン様のぬくもりを感じてたい……」
「う……」
こんなことを言われたら手を離そうにも離せなくなる。
どうやらサクヤは俺の汗を気持ち悪いとは思わないようだし、それなら俺もこのまま手を繋いでいたい。
俺だってサクヤと手を繋ぐのは不快じゃないからな。
サクヤの手も汗ばんできたような気がするけど、それも気持ち悪いとは感じなかった。
だから多分向こうもやっぱり汗なんて気にしてないんだろう。
それがわかった俺はサクヤの手を再び強く握りしめた。
「ああ……こんなことで満足できちゃうんだ……やっぱりチョロいなぁ、私」
「? どうかしたか、サクヤ」
「ん? ふふっ、別に。ただ今の私はすっごく幸せだなぁって思っただけだよ」
「幸せって。ただ単に手を繋いでるだけだぞ」
「それでも幸せだよ。好きな人と繋がってるって実感が湧くからかな?」
「繋がってるって……まあその通りだけど」
なんていうか、繋がってるとか言うと卑猥に聞こえるのは俺の妄想が逞しすぎるだけだろうか。
でもサクヤが何を求めていたのかは分かった。
サクヤはとにかく繋がりが欲しかったんだろう。
俺と同じく寂しい思いをして、そんな時に俺と出会って、俺と繋がりを感じて。
そうして好きになった俺とこうして……手だけではあるものの、繋がっているという実感を得てサクヤは喜んでいるんだろう。
さっきまでのテンパった言動も俺と繋がりを得ようという内容だったしな。
「しかもシン様の方からしてきたっていうのは私にとってすごく嬉しいよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。これまではシン様の方から私に触ってくれたことなんてないでしょ? でも今はシン様の方から触りにきてくれてる……だから……すっごく……すっごく嬉しいよ……」
「…………」
サクヤは俺に嬉しいと言いながら涙を流し始めた。
ちょっとこの反応は大げさすぎやしないか。
「ご、ごめんね。嬉しくってつい涙が……あ……」
俺は空いていた方の手でサクヤの涙を拭っていた。
こんな時にハンカチでもあればよかったんだけど、なんとも締まらないな。
「ありがとう、シン様」
「別にお礼なんていらない。泣かせたのは俺のせいなんだろ?」
「でもこれは嬉しいから泣いてるんだからね? シン様が気に病むことないからね?」
「わかってるわかってる」
赤面した笑顔を見せられたら変な勘違いもする余地なんてない。
サクヤがこんなにも嬉しいという反応をしているのを見て俺も嬉しいと思えてしまう。
「あと、これは今更なんだけど、その『シン様』っていうのそろそろ止めてくれないか? 俺は様付けで呼ばれるほど偉くもないんだから」
そして俺はサクヤにそう言った。
今まではもう慣れていたから『シン様』呼びでも気にしなかったが、これからはその辺も考え直さないとだろう。
「え、でも……」
「俺たちは恋人同士なんだろ? だったらもっとちゃんとした呼ばれ方をしたいんだよ」
様付けなんていうのはちょっと他人行儀過ぎるような気がしていた。
だがこれからはサクヤともう少し距離を縮めてもいいんじゃないかと思うようになったし、普通の呼び方をされたい。
「サクヤは俺の彼女なんだろ?」
「! う、うん! 私はシンさ……シンくんの彼女だよ!」
「くん……か。それも良いな」
シンくんの彼女。
そう言われた瞬間、俺はサクヤを本当に彼女にしたのだという実感が湧いてきた。
また、勢い任せで言ってしまったことではあるが、告白を後悔する気持ちが全然湧かない。
むしろ俺もサクヤを彼女にできて嬉しいとか思っている。
初めて会った時は怖かったけど、サクヤの内面や俺のことを本当に好きなんだという気持ちを知ることができたせいか、いつのまにか怖いと感じなくなっていた。
それに加えて、今回のレべリングでサクヤは俺のためを思ってこんなにも頑張ってくれていたのだと知った。
サクヤの言動は相変わらず酷いが、それでも突発的な告白をしてしまうほどの好意を俺は抱いていたのだ。
お試しだなんてとんでもないな。
俺はもうサクヤのことが好きになっている。
前から好き好き言ってくるサクヤにいつ落ちるかわかったもんじゃないとか思っていたけど、とうとうその時が来たってことか。
フィルやクレールには今度会ったら謝ろう。
あいつらを嫌っているわけではないし、むしろ好きなのかもしれないと思えるほどの好意を抱いていたが、今の俺はサクヤが好きなのだとはっきり言える。
「あー……一応やり直そう」
「? なにを?」
「告白をだよ……サクヤ、俺と付き合ってください」
なので俺は頭を下げ、今度こそサクヤへきちんと告白した。
さっきの告白は雑すぎたからな。
仕切り直してサクヤとの関係をはっきりさせておこう。
「……はい、私でよければ喜んで」
俺の告白を受けたサクヤはゆっくりとそう言い、軽く握っていた手に力を込めてきた。
OKしてくれるとわかっていたとはいえ、こうして告白が成功するととても嬉しくなる。
それにサクヤの方も、ロマンチックさなど欠片もなくただパッと思いついた勢い任せな告白を仕切りなおしたというグダグダなものであったが、そんな俺の告白を嬉しそうな顔で受け入れてくれた。
「じゃあいったん町に戻ろう」
「えっと……町に?」
「そうだ、それでサクヤはゆっくり体を休めてくれ。俺はお前の体が心配なんだ。せっかくできた可愛い彼女が倒れたら俺は悲しむぞ?」
そして俺はサクヤの体を労り、町で十分な休息をとるよう促した。
サクヤに倒れられるのは嫌だからな。
彼女には元気でいてほしい。
「か、可愛い彼女……わ、わかった! シン……くんがそう言ってくれるなら私は喜んで休むよ!」
「眠れなくても俺が傍にいるから安心して休んでくれ。ああ……でもサクヤの休息が最優先だから、それ以外のことをしようだなんて考えるなよ?」
「うん……うん……!」
こうして俺たちは手を絡めあったまま迷宮を出て、体を寄せ合いながら宿へと向かったのだった。




