向こう見ず
俺たちが始まりの町に戻ってから一週間ほどが経過した。
「良い暇つぶしになった。また何かあれば龍の道を訪れるが良い」
ここしばらく火焔は自分のマナ(MP)回復と町の観光を兼ねて一週間滞在していたが、そろそろアースガルズに戻るということでお別れすることになった。
まだこの町にいてもいいんじゃないか?と聞いてはみたのだが、火焔も一応国の長であるため、あまり長く不在の状況にはしておけないのだとか。
「そうだ、そなたらにもこれを授けておこう」
「これは……」
「前に見たことがあるだろう?」
俺は火焔から赤い宝石……『龍王の宝玉』を手渡された。
これがあれば龍の道だろうがヴァルハラだろうが一瞬で行くことができる。
膨大なMPを消費するらしいし、回数制限もあったりするみたいだけど、それでも貴重なアイテムであるということには変わらない。
「ありがとうな、火焔」
「礼には及ばん……これはクロスへの貸しにしておいてやる」
「クロスにか……」
神様に貸しを作るとかとんでもないこと言ってるな。
まあ知り合いらしいから別にいいんだろうけど。
「クレールよ。そなたは次に会う時までに女としての力をもう少し磨いておくのだな」
「む……わ、わかっている! 貴様にそのようなことを言われる筋合いなどない!」
「そうか? ならば次は余も本気でそなたのお気に入りを虜にしてみせよう。余に盗られぬよう足らぬ知恵を精々回しておくといい」
「!?」
「ではさらばだ」
そして最後に火焔は意味深なセリフをクレールに残し、『空間接続』を用いてアースガルズに帰っていったのだった。
「まったく……これだから火焔は好かんのだ」
「お前たちは昔からそんな関係なのか」
数百年前からもうクレールは火焔にいじられる立場のようだな。
というかクレールは極度のいじられ体質なんだろう。
精霊王やガルディアなんかにも振り回されてたりしたし、それがもう普通になっちゃったのか。
「シン殿。今すごく失礼なことを考えていなかったか?」
「気のせいだ」
クレールにしては珍しく察しが良い。
だが俺は今思ったことを口にする気などないので否定の声を上げた。
「……それよりシンさん。シンさんは今日も……その……行くんですか?」
「ああ、勿論行くぞ」
また、今日も察しが良いフィルはさっそく別の話題を振ってきた。
行くとはつまり迷宮へ、より具体的にいうと迷宮でレべリングをしているサクヤの下へ行くということだ。
昼間はミナたちがサクヤを見ているが、夜は基本的に誰も見ていない。
なので俺はここ最近ずっと夜のサクヤを見守る作業をしているのだ。
「……やっぱりオレたちも行く?」
「いや、サクヤは俺が見る。そうじゃないとやっぱりダメだろ」
「ん……」
サクヤが無茶をしているのは俺のためであり、俺のせいだ。
だったら俺が一番サクヤのことを見てやらないといけないだろう。
しかしそんな俺にフィルやクレールが同行するのはいかがなものかと俺は思う。
「わかった。それじゃあ……シンさんも気を付けて」
「ああ、またな」
そういった理由から俺はフィルともその場で別れた。
ちなみにフィルはこれからしばらく中学の同級生連中と一緒に迷宮探索を行うらしい。
といっても地下10~20階層あたりを探索するらしいので彼女からしたら物足りないだろう。
けどいつまでも俺たちと一緒に行動し続けるというのもよくないからな。
学校でフィルがボッチになったら可哀想だ。
そうしてフィルもいなくなり、この場には俺とクレールだけが残ることとなった。
「フィルはシン殿の決定に異を唱えることはしなかったが、何故我らはサクヤのレべリングに付き合ってはならんのだ?」
「あんまりサクヤを気負わせたくないからだよ」
フィルとは違って事態をよくわかっていないらしいクレールが問いかけてきたので俺は軽く説明する。
サクヤのレべリングを複数人で見守るのは彼女に余計な精神的負担をかけさせかねない。
なのでできることなら見守る者は1人が望ましい。
正直なところ、俺よりクレールのほうが強いだろうから、見守り役としては適任なんだろう。
けれどその役目を他人任せにするようなことはしたくない。
なんといっても今回の件は俺が原因なんだからな。
「まあ……そういうのことであれば我もこれ以上は言わぬ。サクヤをちゃんと見守るのだぞ」
「任せろ」
こうして俺はクレールとも別れ、迷宮へと移動し始めた。
「……何度も言うけど、無理して私についてこなくていいよ?」
「無理なんてしてないさ。これは俺が好きでやってることなんだ」
サクヤと出会った矢先に俺たちはそんな会話を交わした。
これは最近の日課になりつつあるやり取りだ。
一応サクヤは内心で俺が無駄な時間を過ごしていると思って気に病んでいるのだろう。
「…………」
「…………」
でもここ2、3日はどうもサクヤの顔がにやけている。
ほんの少しではあるが口角が吊り上っているのだ。
これは一度指摘すべきなのだろうか。
「なあサクヤ。なんていうか、最近良いことでもあったか?」
「え? ど、どういうことかな? 今日の私はいつもどおりだよ?」
「そうか? なんかちょっと笑ってるように見えるんだが」
「えっ!?」
俺の指摘を受けたサクヤは口元に手を当てて後ろを向いた。
「べ、別に笑ってなんてないよ。気のせいじゃない?」
そしてサクヤはそう言って迷宮をずんずん歩き始める。
やっぱりどう見ても機嫌がよさそうだ。
「さ、こんなところで話してても時間がもったいないよね! あ、でもシン様と話をするのが無駄だって言いたいわけじゃないよ!」
「ああ、わかったわかった。それじゃあさっさと狩りを始めてくれ。もしくは俺と一緒に町に帰ろう」
「狩りはちゃんとするよ! じゃないといつまで経ってもシン様に追いつけないしね!」
「……そっか」
どうやらサクヤは今日も狩りを止めないらしい。
俺はそれを知って軽くため息をつくも、サクヤの後ろを黙ってついていった。
こんな会話をしてから2時間ほどが経過した頃、サクヤの動きが疲れで鈍くなってきたところで俺は休憩を提案した。
するとサクヤは嬉々とした表情を浮かべながら素直に従い、迷宮の隅に腰を下ろした俺の隣に体育座りをした。
やっぱりこいつはアレだな。
「なあサクヤ。もしかしてお前はこの状況を嬉しいとか思ってたりしないか?」
「! あ、あーっえとー……そのー……」
俺が問い正すとサクヤは途端にうろたえ始めた。
しかし彼女は数秒ほど目をさまよわせた後、指で頬を掻きながらコクリと首を縦に振る。
「……うん。正直なところを言うと今の状況は嬉しいよ。だってシン様が積極的に構ってくれてるんだもん」
「ふ、ふぅん」
構ってくれるから嬉しいとか、そんなことをストレートに言われてしまうと俺の方もちょっとだけ口元が緩みそうになる。
だがここでニヤけたら恰好がつかない。
なので俺はできるだけ真剣な表情を作ってサクヤを見つめる。
「ごめんね。シン様からしたらめんどくさいだけなのに、私だけこんなこと思っちゃって」
「な……い、いや、そんなことはないぞ。俺はめんどくさいだなんて思ってない」
だが俺の眼差しを受けたサクヤが意気消沈し始めたので慌てて補足する。
「ここ最近何度も言ってるけど。俺は好きでサクヤが狩りをする姿を見守ってるんだ。そこにメンドウだとかそんな感情は一切ない」
「でも……私がこうして意地を張り続けてるのはシン様にとって迷惑でしょ? 本当だったらシン様はこの時間を使って色々できるのに」
「…………」
確かに俺はサクヤを見守るこの時間をレべリングなりプレイヤースキル向上、早川先生から渡される課題をこなすことなどに使ったりできる。
だが俺は1人で強くなりたいだなんて思わないし、サクヤのことを話したら早川先生もしばらく自由にしていいと言ってくれた。
また、強くなることに関してでは、前にケンゴが上には上がいるということを教えてくれたけど、それで1人突っ走っていくようなことはしたくない。
特にサクヤは俺のために毎日厳しいレべリングを行っている。
少なくとも俺はこんなに頑張っているサクヤをここで置いていくつもりなんてない。
「俺は……ここでサクヤを置いていったりなんてしない。サクヤが俺に追いつくのにどれだけ時間がかかっても構わない」
「シン様……」
「だから俺はサクヤが無理をしているのを止めようとするし、まだ無理を続けるならこのままずっとサクヤの傍を離れないぞ」
俺の言葉を聞いたサクヤは体を震わせながら顔をニヤつかせ始めた。
そんなに俺が今言った事が嬉しいのか。
「シン様の方から離れないとか言われるなんて思わなかったよ。そんなことを言われたら私はますます無理しちゃうかもしれないよ?」
「……ならこれ以上無理をする場合は俺の代わりの監視役をクレールあたりに頼もうか」
「むう……シン様のいじわる」
俺が発言を訂正するとサクヤは頬を膨らませて若干怒ったというようなリアクションをとった。
クレールもたまに深夜帯におけるサクヤの様子を見に来ていたらしいし、彼女が監視している間は安心だろう。
それで本当にいいのかって話にはなるが。
けれどサクヤとしてはクレールより俺に見てもらった方が嬉しいようだ。
俺の迷惑になると思っているわりにこういうことは隠さないんだな。
「ふぅ……そろそろ休憩終わり。ここからの狩りも張り切って……てあれ?」
「!」
休憩を終わりにして立ち上がろうとしたサクヤの体が傾いた。
それを見た俺は咄嗟に彼女の肩を抱きとめてゆっくり床に降ろす。
「え、えへへ……ちょっとバランス崩しちゃったね」
「…………」
するとサクヤは疲労の抜けてない顔を俺の方に向け、失敗したとでも言うかのようにペロッと舌を出した。
そろそろもう限界だろう。
「……なあ、やっぱりこれ以上無理なレべリングをするのは止してくれないか?」
今のはただの偶然かもしれないが、サクヤは疲れ切っていてそれが足にきたのかもしれない。
だとしたらこのままレべリングを続けさせるのは危険だ。
俺はサクヤの肩を支える手に力を入れる。
「もうこれ以上頑張らなくていい。頑張らなくても俺はサクヤから離れていったりしないから……だからもう休んでくれ」
「…………」
すぐ傍にあるサクヤの顔は迷いを帯びている。
けれどサクヤは首を横に振って俺を見つめてきた。
「せっかくシン様がそんな嬉しいことを言ってくれたわけだけど……私はこれからもレべリングを続けるよ」
「……どうしてだよ。俺が離れないって言ってもまだ駄目なのかよ」
「ダメだよ。だって私はシン様のお荷物になんてなりたくないもん。シン様にとって私が傍にいるメリットなんて今は一つもないもん」
「…………」
そうか。
俺にとってメリットが無いからサクヤはこうも拒んでいるんだな。
サクヤは俺と肩を並べられるレベルになって、パーティーメンバーとしてメリットになる状態までなれないと、この無茶なレべリングを止める気は無いんだな。
……ならどうすればいいんだ。
こうして俺がサクヤの強い意思を曲げさせられずにもどかしい思いをしていたその時、この前サクヤと交わした会話をふと思い起こした。
「……だったら、俺にとってサクヤが傍にいることそのものがメリットになればいいんだな?」
「へ?」
「答えろよ。サクヤは俺のメリットになったらこんなレべリングは止めるんだよな?」
「う、うん……まあ、そうだけど」
「よし……」
「?」
俺が何を言いたいのかよく理解できていないらしきサクヤは首を傾げている。
だが俺はそんな彼女にお構いなく、大きく深呼吸をした後にその言葉を口にした。
「だったら……俺の彼女になってくれないか、サクヤ?」
「……………………え?」
こうして俺は傍にいるサクヤに向こう見ずの告白を行った。




