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思い出

「なあサクヤ、そろそろ考え直してくれたりしないか?」

「……やだ」


 迷宮内部に再び篭ってレベリングをするサクヤに俺は3度目の説得を行っていた。


 今の彼女は1人でモンスターを狩っており、俺は一切手助けしていない。

 この場にいるのなら一緒に狩りを行ったほうが効率的ではあるのだが、ここで俺が手を出すのは躊躇われる。

 なんというか、今のサクヤは鬼気迫っていた。


 自らが当てることのできる射程ギリギリを狙っているのだろう。

 敵が近づいてくる前に殲滅を完了するという遠距離攻撃で全てを終える戦術をサクヤは現在行っている。

 その姿はとても様になっていて安定しているように見えるが、少しでも集中を乱して魔法コントロールが上手くできなくなったらそこで敵の餌食となる危うさを秘めているように感じた。


 サクヤは強くなった。

 強くなったが……こんな戦い方をしていつまでも無事でいられるわけが無い。


「サクヤ、俺は何度でも言うぞ。こんなレベリングは止めるんだ」

「…………」


 俺の言葉はサクヤに届かなかったのか、彼女は何も言わずに次のモンスターを探し始めた。


 彼女は俺を無視している。

 こんなことは今までならありえなかったんだけどな。

 しかしここで俺が引き下がるわけにはいかない。


「俺はお前が無茶なレベリングをする限りずっと傍で言い続けるぞ。こんなことはもう止めるんだ」

「……シン様は――」

「ん?」


 俺が確固たる意志を持ってこれから付きまとうことを告げると、彼女はこちらを向いてそっと口を開いた。


「シン様は、無理して私に構わなくてもいいよ。私は私で何とかするから」

「構わなくてもいいって……お前からそんな言葉が出るなんてな。驚いたぞ」

「うん。私もびっくりだよ」


 サクヤはいつだって俺に構ってほしいそぶりをしていた。

 素でやっていた部分もあるだろうけど、たとえばパンツを見せたりしてきたのは明らかに俺が何かしらのリアクションを取るからだ。


 でも今のサクヤはそっけない。

 そしてそれが俺のことを思っての判断だということはなんとなくわかる。


「サクヤがレベリングをしてるのって俺のためなんだよな?」

「……だったら?」

「もしそうならやっぱり俺はサクヤを止めないとだ。俺のせいでお前が死んだら後悔するからな」


 サクヤは何の気兼ねもなく俺とパーティーを組むためにレベリングを行っている。

 今のままじゃパーティーを無理やり組んでも俺の足を引っ張ってしまうと理解しているのだろう。


 だがそんなレベリングの途中で死んだらサクヤの努力は無意味なものになる。

 それに俺はサクヤがアースで死んで、俺たちを綺麗さっぱり忘れてしまうだなんてことになったら嫌だ。


「シン様は気にしなくていいよ。私が死んだらそれは私の責任なんだから、シン様が気に病む必要なんてないもん」

「いやいや、気に病むだろ。俺はそこまで図太くないしさ」


 確かにこんなリスクを度外視したレベリングを自主的にやっているのだから、サクヤがどうなろうとそれは彼女の責任と言える。

 しかしそんなレベリングを行う原因となったのは俺である以上、どうあっても引きずることになるだろう。


「……でもシン様は私達のレベリングについて今まで知ろうとしなかったでしょ? 私たちのことなんて気にしなかったでしょ?」

「それは……そうなんだけど……ここからは違う」


 今まではただ単に知らなかっただけだ。

 いずれ向こうから話しかけてくるだろうという受身の姿勢でいた。

 そんな俺がサクヤの口止めによって秘密にされていたそのレベリング内容を知る機会などそうそう無い。


 とはいえ、サクヤの行いを知ったからにはもう今までのようにはいかない。

 ここで見なかったフリができるほど俺たちは浅い関係じゃないからな。


「俺はサクヤに忘れられてほしくない。サクヤが危険なマネをしているというのなら、俺はそれを止めるために何でもするからな」

「え、シン様は私を止めるためなら何でもするの?」

「…………」


 俺が不用意な発言をするとサクヤはそれを捉えて問いただしてきた。


 サクヤに何でもというワードは使わないほうがいいな。

 何をさせられるかわかったもんじゃない。


「……ある程度手段は選ぶから何でもというわけじゃないな」

「なーんだ。もし何でもするって言うならシン様には恋人として付き合うことを要求したのに」


 自分の発言を若干訂正した俺に向かってサクヤは微笑みながら冗談交じりの声を上げた。


 恋人か。

 なんというか、そんな告白めいたことを面と向かって言われてしまうと気恥ずかしくなるな。

 サクヤが俺のことを好きなのはもう十分知っているけど。


 ……いや、そうでもないか。


「なあ、サクヤ。今更だけど、お前って俺のことが好きなんだよな?」

「うん、好きだよ。愛してる」

「そ、そうか……愛してるのか……」


 愛してるとまで言われるのは俺も悪い気がしない、というよりも素直に嬉しい。

 けれどなぜサクヤはこうも俺のことを好いてくれるのか、そこがよくわからない。


「でも俺ってそんないい男じゃないと思うぞ? 俺のどこを好きになったんだよ。というより、お前はいつ俺を好きになったんだ?」


 アースで初めて会った時からサクヤは俺に対して好感度マックス状態だった。

 それは別ゲームでの俺を見たサクヤが好感度を上げていった結果みたいなのだが、どんなところが評価されたのかイマイチよくわからない。

 ただ単に俺の活躍を見て惚れたというだけなのだろうか。


「そうだね……シン様は覚えてないだろうけど、私はゲーム内でシン様に優しくされたからコロッといっちゃったんだよね」

「ゲーム内で優しく? それはレイジでのことか?」

「ううん、違うよ。それよりずっと前。私がネットゲームを始めた頃の話」

「サクヤがネトゲを?」

「うん」


 俺の疑問を受けてサクヤは思い出を語り始めた。


「もう3年近く前になるかな……私は【不眠】で殆ど寝られない体質になったんだよね。それで、そのころ私は夜になると暇を持て余してて……暇つぶしのためにネットゲームを始めたんだ」

「なるほど」


 まあネトゲは時間を潰すのに最適だからな。

 昼間だろうが深夜だろうが遊ぶ事ができる。

 ゲームによっては夜の時間帯になると滅茶苦茶過疎るけど。


「それで私は『PO』を始めたんだけど、その初日に1人のプレイヤーが話しかけてきたんだ」

「何? 初日に?」

「うん。『街中で下手な魔法撃ってんじゃねえよ!』って……それがシン様との出会いだよ」

「…………」


 3年前……街中で魔法……おぼろげではあるものの、確かにそんなことがあった。


 あの時の俺はリアルの友達から仲間外れにされたショックで引き篭りぎみになっていた。

 そしてネトゲの世界で鬱憤を晴らす日々を送っていた。

 色々イライラしてた時期だな。


 だからそんな時に背後から、しかも街中で魔法をぶち当てられたらキレるのも仕方が無かったんだ。


「今思い返してみれば私が悪いってわかるんだけど、あの時は右も左もわからない初心者だったからホント怖かったよ。いきなり知らない人から怒られたんだもん」

「あー……はははー……」


 まあ確かに怖いだろう。

 特にネットゲーム初心者の場合はそのゲーム特有の暗黙の了解などを知らずに破ってしまい、他プレイヤーから罵声を浴びせられてすぐに止めてしまうなんてこともよくある。


「でもそこでシン様が懇切丁寧にゲームを教えてくれたから今の私がいるんだよ」

「いや、懇切丁寧でもなかったと思うけどな……」


 あの時俺を背後から撃ったプレイヤーに対して俺は数々の説明を行った。

 それは初心者に対して上級者がグダグダ言う非常にうざったい行為だが、サクヤにとっては悪くない思い出として受け取ってくれたみたいだな。


「それからシン様は私と毎日遊んでくれた。プレイする時間帯も殆ど同じだったし、怒られてばっかりだったけど、私は楽しかったよ」


 サクヤはそう言って微笑み、俺の頬に手を添えた。


「我ながらチョロいと思うよ。寂しいって感じてた時に構ってもらえたってだけでシン様のことが好きになっちゃったんだから。でも、そうして好きになってからシン様の色々な面を知るうちにどんどん好きになって……アースで会ってからもその気持ちは強くなっていったんだよ。私は3年間シン様を見続けて好きになったんだ。私はシン様の良い所も駄目な所も全部ひっくるめて大好きなんだ」

「……そっか」


 誰かを好きになるきっかけなんてどれも案外そんな些細なものなのかもしれない。

 窮地にいたところを救われたとか、劇的な出会いを果たしたとか、そういうことだけで人は人を好きになるわけではないということなのだろう。


 だからサクヤの話した内容が些細なものであったとしても俺はガッカリしたりしないし、チョロいだなんて思ったりもしない。

 愛が重いとは感じるけど。


「だから私はレべリングを止めたりなんてしないよ。私はシン様の傍にいたいけど、シン様の足を引っ張りたくなんてないから……私のことは放っておいて」


 サクヤはそう言うと俺から離れて再び迷宮を歩き始めた。

 俺はそんな彼女の後ろに黙ってついていく。


 このまま放ってなんておけるかよ。

 でもどうすればサクヤを説得できるのかわからない。


 そしてその日の俺は結局、彼女の戦う姿をぼんやり眺めていることしかできなかったのだった。

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