意固地
始まりの町に戻ったところで俺、氷室、ミナ、サクヤはお茶でも飲みながら話をしようということになり、地球人が経営する喫茶店にやってきた。
ちなみにこの場にはフィル、クレール、火焔の姿は無い。
彼女たちは俺たちの話が終わるまで別行動を取らせている。
フィルもこっちの会話に交じりたそうにしていたけど、もしかしたら彼女がいると話しづらいこともあるかもしれないのでクレールと火焔の仲を取り持たせる役を与えた。
彼女はこれからも俺とパーティーを組み続けるだろうから、ここにいても良かったとは思うんだけどな。
また、クレールたちはアース人なので俺たち地球人の会話についてこられないだろうと判断しての別行動だ。
「……それでだ、まずミナとサクヤが今までどんなレベリングをしていたのかを聞かせてもらってもいいか?」
4人分のお茶がテーブルに置かれ、店員であるメイドさん(店長の趣味である)が離れていったところで俺は問いかけを行った。
この辺りについては俺も甘く見ていたところなので。この機会にきちんと聞いておく必要があるだろう。
特にサクヤのレベリングはどうやって行ったのか、この辺は非常に気になっている。
ミナも中高生プレイヤーとしては高すぎるレベルだが、サクヤのレベルはそれに輪をかけて高い。
一体どうやったらこのレベルになるんだ。
「えっと……言わなきゃ駄目?」
「できれば正直に言ってほしい」
サクヤが言いづらそうにしているが、俺はここで引かずに彼女の目を真剣に見続けた。
「あ、ヤダ……シン様に見つめられてる……」
「…………」
するとサクヤが頬を赤らめて目を背けるという何とも締まらないリアクションをしてきた。
それを見た俺もなんだか気恥ずかしくなってしまって目線を少し横にずらすが、気持ちを入れ替えて再び彼女を見る。
「……そうやって誤魔化そうとするなよ。ここで言いづらそうにしてるのもレベリングの詳細を隠していたのも多分俺に心配をかけたくないからなんだろうけど、もうバレたんだから後はお前が言うか氷室にゲロってもらうかの二択でしかないんだぞ」
「ごほっ……へ、俺かい?」
カップに注がれたコーヒーを味わうように啜っていた氷室は突然話題に上ったせいか調子のはずれた声を漏らした。
我関せずって面してんな。
まあ氷室は俺たちのパーティー事情とは無関係だからそれでもいいんだけど。
「お前はサクヤたちがどんなレベリングをしてたのか大体知ってるんだろ?」
「それは……そうなんだが……」
氷室はサクヤの顔をチラチラ窺いながら言葉を濁している。
口止めされてたって話だし、こいつはサクヤたちから非難されやしないかとビビッてるんだろうな。
「……はぁ……うん、わかったよ、シン様。私たちの方から話すよ」
と、そこでサクヤの方が先に根負けし、俺にこれまで自分たちがしてきたレベリングについてを詳しく説明し始めた。
その内容は俺の想像通り、LSS(生命維持装置)を最大限に使った上での毎日休みのないレベリング漬けという過酷なものだった。
最初の頃は氷室達と同じレイド、というか一年二組連中が中心となっていつのまにか出来上がっていた<ミーナちゃんファンクラブ>改め<流星会>というギルドのメンバーと一緒に狩りを行っていたらしいのだが、日に日にレベル差が大きくなってきたためにミナたちは効率を優先して2人だけで狩りをするようになったのだとか。
こういった内容の詳細を聞くうちに俺は眉間にシワを寄せていき、同時に今までミナたちが無事でいたことに対してホッと息をついた。
正直、これまでミナとサクヤが狩りの途中に死ななかったのはただ運が良かっただけにしか思えない。
一応危ないと判断した時はミナがサクヤを抱えて【重力制御】を使うことにより空へと逃げる等の緊急手段も取っていたり、無理に強いモンスターと戦わずに弱いモンスターの殲滅速度を重視することによってレべリング効率を上げていたりで安全面もある程度考慮していたようなのだが、それでも2人だけでハードなレベリングを行うのは危険すぎる。
「……2人でどれくらい厳しいレベリングを行っていたのかについてはわかった。でもだとしたらサクヤのレベルの高さはどういうことなんだ?」
そしてサクヤだけレベルが突出している理由が未だに不明なままだ。
2人でレべリングをしていたならミナとサクヤのレベルは同じでないと理屈として合わない。
俺はこの疑問を解消するべくサクヤ本人に問いかけていた。
「ええっと……それは……………………みんなが寝ている間にも1人でレベリングしてたからです、はい」
するとサクヤはとても言いづらそうな様子だったものの、俺にレベルが高い理由を説明し始めた。
サクヤの異能は【不眠】。
彼女はこの異能のおかげで、あるいはこの異能のせいで1年以上睡眠をとらずに行動し続けているのだという。
それは俺も以前聞いたことがあるので、この異能についてでわざわざ驚くこともないのだが、彼女はその睡眠に充てる時間を全てレベリングに費やしたのだとか。
このことには流石に驚かざるを得ない。
つまりサクヤは朝から夜にかけてをミナと一緒に狩りをして、深夜から朝方にかけても1人で延々と狩りを続けていたというんだから、驚かないほうが難しいだろう。
彼女は俺たちがミーミル大陸に行ってからずっと気の休まらないレベリングを文字通り24時間行っていた。
もはや常人では到達できない忍耐力だ。
体か精神、そのどちらかが壊れても不思議じゃない作業を彼女はしていたんだ。
「……そんな無茶をしてサクヤは平気だったのか?」
俺はミナと氷室に問いかけた。
こういうことは本人よりも傍で見ていた人物に聞いたほうがより正しい情報が得られるだろうと思ってのことだ。
「……平気ってわけじゃなかったわ。朝サクヤに会った時フラフラで倒れそうだったから無理やり休ませた、なんてことも一度や二度じゃなかったし」
「俺達もこんなレベリングはやめるんだって何度も説得したんだがね……」
「そっか……」
ミナや氷室もサクヤがしていたレベリングは無謀だと思っていたわけか。
それにどうやらサクヤの体も堪えきれていなかったようだし、もしも1人でレベリングをしている最中に倒れでもしていたら一巻の終わりだった。
「俺が言えた義理でもないんだが……どうしてそんなレベリングをしているサクヤを止めさせなかったんだ?」
「「…………」」
俺が訊ねるとミナと氷室は俯いてしまった。
多分こいつらだって何度も説得したはずだ。
こんな無茶なレベリングは止めるんだと、何度も言って聞かせようとしたんだと思う。
けれどサクヤは止まらなかった。
サクヤはミナ達の説得を無視してひたすらレベリングを行っていたのだろう。
「はぁ……サクヤ、とりあえずお前はもう1人でレベリングをするな。それと寝ないのだとしても夜中はちゃんと休め。体壊すぞ」
「う……」
だけど俺はサクヤを何が何でも止める。
ミナや氷室が止められなくても俺はサクヤを絶対に止める必要がある。
なぜなら、彼女がこうもレベリングに執着しているのはまず間違いなく俺が原因なのだから。
「……やだ。私はレベリングの手を緩めたりなんてしないよ。たとえシン様の言葉でもね」
「サクヤ……」
しかしサクヤは俺の要求を拒んだ。
どうしてこうも彼女は意固地になっているのか。
アースでの死、記憶の喪失というリスクを負ってまで、どうして彼女はハードなレベリングをし続けるのか。
「私、もう行くね。そろそろレベリング再開したいし」
サクヤはティーカップに注がれていた既に冷め切った紅茶を飲み干して店の出口へと向かっていった。
「……しょうがない、か。俺はサクヤを追いかける。ミナはレべリングをするなら必ず氷室たちと一緒にするんだぞ」
「……ええ、わかってるわよ」
「日影さんのことは任せたよ」
「ああ、任せろ」
俺はミナと氷室にそう言い残し、サクヤの後を追うべく席を立ったのだった。




