レベルの差
氷室に案内された俺たちは迷宮『ユグドラシル』の地下31階層にやってきた。
この階層は俺も初めて来た。
地下30階層からは洞窟ではなく古代遺跡というような作りとなるようで、進む道も広くなっている、
そして要所要所が大きな部屋となっており、階を降りてすぐの場所も広い空間となっていた。
「こんなところに連れてきて一体どうしようっていうんだ?」
俺はそこで氷室に問いかけた。
ここまで俺はただ黙ってついてきたが、そろそろ教えてくれたっていいはずだ。
「MOBが出てきたら戦わないとだけど、俺達がここで何かをしようってわけではないさ」
「? そうなのか?」
「ああ……最近はこの先のエリアでだったかな……」
よくわからないが、氷室はこの先のエリアに用があるらしい。
俺はこいつがなにをしたいのか察せられないものの、ついていけばその答えも出るだろうと思って再び口をつぐむ。
こうして俺たちが壁に石を敷き詰めて作られた通路を歩き続けると、遠くから何か戦闘の音らしきものが聞こえてきた。
「……やっぱりいたか」
氷室は呟き声を発しながら「ふぅ」とため息をついている。
つまり氷室の見せたがっているものはこの先にあるということか。
「一之瀬、そろそろ君は彼女達に目を向けてもいいんじゃないのかい?」
「彼女達?」
「そうさ。彼女達……朝比奈さんと日影さんに、ね」
「…………」
朝比奈と日影。
つまりミナとサクヤの名を氷室は口にした。
「!」
俺たちは通路の先にあった広い空間にたどり着いた。
そこでは数匹のオーク種であるモンスターと戦う二人の女性――ミナとサクヤの姿があった。
あいつらここでレベリングしてたのか。
敵の方は見た目からしてオーク種……というか普通のオークみたいだ。
俺の場合は先にハイオークだのオークロードだのを見てしまったので全く脅威として映らないが、本来は適正レベル30以上辺りから狩れるようになるモンスターだったようだな。
「ハァッ!」
だがそんなオークをミナは両手に持った二本の大剣で素早く叩き切っている。
本来なら大剣は一本で使うのがセオリーみたいなのだが、ミナの場合は剣を振るまでは【重力制御】で剣の重さを感じなくしているのだろう。
じゃないと今のように、大剣二本を持った状態で武道家職に負けないほど軽やかな動きをすることなんてまずできない。
「『ファイアボール』! 『ファイアアロー』! 『ファイアボール』!」
そしてサクヤはミナの後方で掠れた声を出しながら攻撃魔法を連射している。
同じ魔法も短時間で発動しているところから察するに、ステ振りでDEXに多く振っているか装備、あるいはスキルによる恩恵を受けているはずだ。
だがそんな連続の攻撃をしてもオークはサクヤの方へ行かず、ピョンピョン跳ねながら回避と攻撃を交互に繰り返しているミナに釘付けとなっている。
おそらく彼女はかなり繊細なヘイトコントロールを行っているのだろう。
そして魔法の命中精度も相変わらず良い、というより以前よりも更に良くなっているんじゃないだろうか。
俺がいない間に2人はかなり強くなったようだ。
レベルではなくプレイヤースキルという意味で。
勿論、俺やフィルも強くなっているという感覚はあるのだが、彼女たちの成長速度の方が速いんじゃないかと思わずにはいられない。
それほど彼女達の戦闘は洗練されていた。
「どうだい? 君は彼女達を見て何か思わないか?」
「ああ、そうだな……2人ともかなり強くなっている」
「それだけか?」
「え?」
近くにいる氷室は彼女達を見ながら俺に問いかけてくる。
「君は今の彼女達を見てそれだけしか思うところがないのかい? だとしたら俺は君を殴ろうと思うんだが」
「な、ど、どうしたんだよ氷室。突然殴るとか言い出して、いつものお前らしくないぞ」
「まあ……そうかもしれない。それに正直、殴りたいのは自分自身だ」
「?」
なぜだろうか。
氷室は自分自身を殴りたいと言いながら拳を握り締め、歯をギリッとかみ締めていた。
「彼女達が今何レベルか君は知っているかい?」
「いや……知らない。今まで話す機会もなかったからな」
「……朝比奈さんはレベル43。日影さんはレベル48だ」
「へえ………………え? それ高すぎやしないか?」
俺は氷室の言ったミナ達のレベルに驚き、つい疑問系で問い直してしまった。
特にサクヤのレベルが異常すぎる。
パワーレベリング無しでだとしたら一体どれだけの時間を狩りに費やしたんだ。
「そうだよ、高すぎるんだよ。中高生におけるトップクラスのレベルといったら今は大体35辺りだ。朝比奈さんはまだ許容範囲だけど、日影さんの方はもう俺達とパーティーを組むのが難しい領域に来ている」
「…………」
中高生のトップクラスが35であるなら、レベル40以上のミナ達はそいつらとパーティーを組みづらいレベル差になりつつあると言っていい。
そしてパーティーはレベル差が10以内で組むことが望ましいから、この考えでいくとサクヤはアウトということになる。
「……だったらミナとサクヤは……もしかして今みたいに2人だけでずっと狩りをしているのか?」
「その通りさ。彼女達はここ最近、俺達とレイドを組むことなく、たったの2人だけで戦い続けているんだ」
2人だけで狩りをする。
これはあの2人ならそれなりに高い経験値効率を出せるかもしれないが、リスクが非常に大きい行為だ。
ミナとサクヤは2人ともアタッカー。
なのでモンスターの殲滅速度が高ければ、彼女達だけでも狩りを行うことはできる。
けれどパーティーにタンクもヒーラーもいないとあっては、ただ一度のミスが致命傷となりかねない。
特に彼女たちはパーティーのアタッカーとして動くことを前提にした極端なステ振りを行っていたはずだ。
そのおかげで高い殲滅力を持っていると言えるが、ミスをリカバリーできずに全滅する可能性も非常に高い。
常に全滅のリスクと隣り合わせなどというレベリングはゲームの世界でだけできる作業と言える。
俺がいた頃は安全を十分に考慮したレベリングを行っていたはずなのに、彼女たちは一体何を考えているんだ。
「ふぅ…………あれ? シン様?」
「…………」
オーク集団を全滅させたサクヤとミナが俺たちの方へと目を向けてきた。
彼女たちの顔には以前会った時と同様――いや、それ以上の疲労の色が見え、氷室から教えられたレベルのこともあいまって、その疲れが尋常でないことを悟った。
「……2人ともしばらく見ないうちに随分強くなったな」
「あ、う、うん。まあね」
すぐさま近寄ってきたサクヤに声をかけると、彼女の顔は何か気まずいというような表情に変化していく。
「……あー、なるほど。氷室君が連れてきたんだね?」
「…………」
また、サクヤは氷室がいるのを見て、俺がここにいる大体の経緯を把握したようだ。
「どうして連れてきちゃったのかな? 私、シン様には言わないでって前に頼まなかったっけ?」
「ご、ごめん……で、でもこれ以上は俺も見ていられなくて……」
サクヤは氷室を睨みつけて非難の声を上げた。
そして氷室は彼女の怒った様子を見て若干たじろいでいる。
というかサクヤはこのことを……氷室たちを置いてハードなレベリングをしていることを俺に知らせないよう裏で手を回していたのか。
俺の方も彼女たちについてをあまり聞かなかった、というより聞く気になれなかったからアースや寮で氷室たちに訊ねるというようなこともしなかったのだが、なんでわざわざ口止めなんてしたんだ。
「サクヤ、これは一体どういうことだ。ハードなレベリングを行うのは結構だが、2人だけでレベリングをしているなんて話は初耳だぞ」
「そ、それは……」
「あなた達に早く追いつくために決まってるじゃない」
俺がサクヤに問い詰めていると、彼女の代わりにミナが答えてきた。
「聞いたところによると、シンとフィルちゃんは今レベルが64らしいわね。それなら私とサクヤがあなた達とパーティーを組む場合、最低でも50レベル以上は必要じゃない?」
「まあ……そうだな」
レベル50でも微妙な線だが、一応はパーティーとして機能しないこともない。
レベル50のミナたちと俺たちが組む場合は俺たちの方がミナたちに合わせることになり、俺たちからしてみれば効率は相当悪いだろうけど、それでも15レベルほどの差であればその効率も妥協できるだろう。
「……で、ミナたちは俺たちと合わせるためにこんなレベリングをしていたわけだな? 俺がいない間ずっと」
「ええ……そうよ」
「へえ……」
そうだったのか……
ミナたちがハードなレベリングをしているだろうということはなんとなくわかっていた。
だがそのレベリングの度合いを俺は完全に見誤っていた。
「……なあ、とりあえず今は町に戻らないか? 迷宮内でずっと立ち話をするというのもなんだしさ」
ひとまず俺はミナたちにそう提案した。
今までは知らなかったけど、ここで知ってしまった以上は彼女たちに無茶なレベリングをさせないよう行動するべきだ。
なので俺は彼女たちとちゃんと話し合う必要があり、もう少しゆっくりできる場所に移動したいと考えた。
「そうね、それじゃあ一旦地上に戻りましょうか。いいわよね? サクヤ」
「う、うん……わかった……」
こうして俺たちは微妙な空気を抱えたまま地上に戻ったのだった。