温泉再び
「で、なんでお前たちまで一緒に温泉入って来るんだよ!」
俺は今、温泉に入っていた。
戦いの疲れを癒すためにという名目+俺が一番戦っていたからという理由で精霊王専用の露天温泉へ一番に入らせてもらっていたのだ。
多少汚れていたところで気にしない俺は先に女性陣が入るよう勧めたのだが、半ば強引に温泉へ入れられた。
そこまではいい。
温泉で体の疲れと汚れを落としたいという気持ちは俺にもあるんだからな。
でも俺が入浴している最中に女性陣が全員温泉に入ってくるなんて聞いてない。
俺の背後にはフィル、クレール、火焔、それに精霊王が温泉に浸かり、この場は混浴状態となっていた。
「うふふ、別にいいじゃない。みんなで入ったほうがお風呂は楽しいものよ~♪」
精霊王が俺の叫びに鼻歌混じりで答えてきた。
女の子同士で温泉に入ってキャッキャウフフするのはかまわないけど俺がこの場にいるというのは非常にマズイだろう。
振り返れば桃源郷がそこにあるというこの状況は俺の煩悩を揺り動かす。
「フィル! お前もそこにいるんだろ! なんでみんなを引き止めなかったんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
俺はフィルに八つ当たりをしたが、彼女はただ謝るだけで何も言い返してこない。
おそらく彼女も今の状況は不測の事態だったんだろう。
フィルは俺が他の女の子に鼻の下を伸ばすとヤキモチを焼くことがある。
だからこんなドキドキ混浴お風呂タイムを許容しているわけではないはずだ。
「とにかくお前たちが出ないなら俺は風呂から出るぞ!」
「シンちゃんのいけずぅ。なんでこの状況を楽しもうって気にならないのかしらねえ?」
「つまらん意地を張りたくなる年頃なのだろう。余にはよくわからぬ心理だが、まあ好きにさせておけ」
精霊王はぶーぶー言っているが、火焔は俺の言葉に一定の理解を示してきた。
確かにこれはつまらない意地だけど、ここで振り返って皆と洗いっことかしている自分というのは想像がつかない。
俺はそんなおちゃらけたキャラなどではなく硬派なのだ。
つまり俺は鋼の精神でこの場をやり過ご――
「ひゃぁっ!? ちょっアリアス! だから胸を揉むなと何度も言っ……きゃっ!?」
「えー? こんなに良いおっぱいがあったら揉まないほうが失礼ってものじゃない?」
「なんだその理屈はってちょ、あ、やめ……やぁ……」
「……………………」
鋼の精神は早くも溶けそうになっていた。
俺の背後では一体何が行われているんでしょうね。
正直、すごく見たいです。
でもここで振り返ったら俺がコツコツ積み上げてきたクールなイメージはガラガラと音を立てて崩れるし、フィルに失望感を与えてしまうかもしれない。
なので俺は唇をかみ締めてクレールのあえぎ声から意識をそらそうとした。
「はぁ……やっぱりクレールのおっぱいが一番良いわ……張り、つや、ボリューム、色、形、柔らかさ、そして何よりこの反応の良さ……他の子じゃこうはいかないわ……」
「ほ、褒めるのはいいから……もう、ホント……やめ、あ、ひゃん!」
……そらせません。
なんだよ。
クレールのおっぱいはそんなに最高なのかよ。
ちょっと俺にも触らしてくれよ。
俺は心の中で以前クレールに誘われて胸を触らなかったことを悔やみながらも背後から聞こえる声に悶々と耳を傾けていた。
だがこのままではマズイ。
こんな生き地獄を続けていたら俺はフリーダムな行動を起こしかねなくなる。
俺は声のする方向と脱衣所の位置関係を頭に浮かべ、いつでも脱出できるように身構えた。
「フン、胸などただの飾りに過ぎん。そなたにはそれがわからんのか?」
「あら火焔。自分のおっぱいが小さいからってそんな僻んじゃダメよ」
「……余は別に気にしているわけではない。愚弄するならまたいつぞやのように黒焦げにしてやってもいいんだぞ?」
精霊王のからかいを受けて火焔が怒ったというような低い声を出している。
まあ火焔の胸はちょっと小さいからな。
クレールや精霊王と比べるとその小ささが更に際立つだろう。
でもそういうことは『龍化』の応用でなんとかできないものなのか。
ロリにはなれても巨乳にはなれないのか。
まったくもって謎なスキルだな。
「怒っちゃだーめ。私は火焔のおっぱいも可愛いと思うわよ、それー」
「! 止めろ! 許可なく余の胸に触れるな!」
どうやら精霊王のターゲットがクレールから火焔に切り変わったようだ。
そしてこれにより、精霊王達の位置が右よりになっていくのを俺は水しぶきの音だけで把握した。
「よし!」
俺は脱衣所までの道が開いたと判断し、精霊王達の方を見ないよう気をつけながらすばやく移動を開始した。
「フィル、俺のフォローは頼んだぞ!」
「りょ、了解」
もし誰かが俺に近づいてくるようならフィルに足止めを行ってもらうよう指示した。
こういうところでもフィルは俺を支えてくれるな。
彼女には感謝である。
「あっ! シンちゃんどこいっちゃうの?」
「俺はもう出ます! あとはごゆっくり!」
そこでようやく精霊王が気づいたようだがもう遅い。
あなたはそこで存分に女の子のおっぱいを揉み続けてなさい。
くそっ、なんて羨ましいんだ。
……しかしこんな生き地獄もここまでだ。
俺は温泉から出て脱衣所の扉に手をかける。
「お会いしとうございましたシンさまぁ!」
「!?」
が、脱衣所から勢いよく現れた女性を見て俺は驚愕した。
俺の目の前に現れたのはかつてスルスの森にあるとある村に住んでいるエルフ族のエレナだった。
そして彼女は俺を見て抱きついてきた。
こっちはフルチン状態だというのに。
「な……なんでエレナがここに?」
「シンさまとお別れしてから私はアルフヘイムで修行をしておりましたので」
「へ、へえ……」
修行というのがなんなのか知らないけど、エレナは村ではなくアルフヘイムに残っていたってわけだな。
ってそんなことを考えてる場合じゃない。
「とりあえず離れてくれないか? 服が濡れるだろ」
「あ、そうでしたね。よいしょ……」
「ふあっつ!?」
温泉から出たばかりでびしょ濡れの俺から離れるよう言うと、エレナはその場で突然服を脱ぎ始めた。
俺は目の前に突然ぷるんと姿を現すエレナの肢体から目を背けるべく慌てて後ろを向く。
「なんで脱ぐんだよ!」
「え? それは勿論ここが脱衣所だからですよ」
確かにそうだけど。
確かにここは脱衣所なんだけど。
でも俺が目の前にいるじゃない?
男の子の目の前で女の子が脱いだりしたら駄目じゃない?
「だ、大丈夫ですよ、私はシンさまにならどこを見られても……」
内心で俺が焦っているのを見越してか、エレナは優しく言葉を紡ぎながら俺の背中にそっと体を寄せてきた。
あ、何か柔らかい感触が背中に――
「シンさん! だ、大丈夫!」
……と、そこへフィルが俺達のところへ駆け寄ってきた。
どうやら俺の声を聴いて状況を確かめに来てくれたようだ。
でもこれは益々ヤバい。
「ふぃ、フィル! 待て待て待て前隠せ前!」
「え? ……ぁ……きゃ!」
「!」
エレナに背を向けた俺は温泉側から裸でやってくるフィルを見て大声を上げた。
するとフィルは俺の指摘を受けて体を手で隠し、その拍子に足がもつれたのかバランスを崩して転びそうになっていた。
「危ない!」
それを見た俺は咄嗟にフィルに近づいて両肩へと手を置く。
これによってフィルはどうにか体勢を立て直すことができたようだった。
「あ、ありがとう……シンさ……………………」
「……………………」
しかしフィルは視線を下に向けたまま硬直していた。
フィルの視線の先には手やタオルで隠されてもいない俺の大事なモノがあった。
ま た か よ 。
「……フィル、エレナの事は頼んだぞ」
「あぁ……シンさまぁ……」
もはや俺はフィルやエレナをその場に残して逃げ出すしかなかった。
こうして俺は一度のみならず二度も可愛い後輩に股間を晒してしまったのだった。
もう俺、お婿に行けない……




