お別れ
「そ、それじゃあ……俺たちは先にウルズに帰るぜ……」
「昨夜の宴は……感謝する……うぷ……」
「「「…………」」」
俺たちとは違って何かと忙しいのだというケンゴと法王は、宴のあった次の日にはもうウルズ大陸へ戻るという決定を下していた。
なのでまだ少しミーミル大陸に残り続ける俺たちはケンゴ達を見送っているわけなのだが……どうやら2人とも二日酔いらしい。
顔は青いしなんか吐き気を堪えているように見える。
本当にそんなんで大丈夫なのかよ。
「まあ一応私がついていますから、こちらの方は気にしなくてもいいですわよ」
「とは言ってもな……」
ミーミル大陸に来る際は戦争ということで人族の軍も付き添うかという話があったものの、ケンゴが「その必要はねえよ」と判断した。
なので俺、火焔、フィル、クレール、ガルディアの他にはケンゴ、法王、セレスだけでここにきたわけだが、帰りをどうするかについてはあんまり話し合っていなかった。
二日酔いだとかそういうのに悩まされているわけでもないセレスがケンゴ達と一緒に戻るというのは心強い。
でもこんな様子を見せられては、このまま見送っていいものかと悩まずにはいられない。
「……火焔。やっぱこいつら『空間接続』で送ってやってくれないか?」
「その場合はそなたらがこの場で置いてけぼりとなるがそれでもよいか?」
「うーん……それはそれで困るな」
またミーミル大陸からウルズ大陸に戻る旅をするというのは気が引ける。
してもいいとは思うけど、積極的にはしたくない、
「はぁ……しかたがないな。ほれ、そなたらにはこれをやろう」
俺がかつて行った旅を思い出していると、火焔はため息をついてケンゴ達に赤くて丸い物を放り投げた。
「……? これは……?」
「名づけて『龍王の宝玉』だ。これがあればマナ(MP)を消費する事で『空間接続』が可能となる。ただ移動距離についてはマナ依存である上に使用者が実際に何度も訪れた場所にしか接続できん。それに2、3回ほど使えばその宝玉は砕けるだろう」
「おぉ……すげぇ……流石は龍王様だぜ……」
火焔の説明を聞いたケンゴがテンション低いまま称賛した。
二日酔いで苦しんでいるケンゴの反応だと大した事のないように思えてしまうが、実際の所はとんでもなく重宝するアイテムじゃねえか。
俺達には空間を跳躍するスキルなり魔法なりが無いのだから、使用回数に限界があるとはいえ喉から手が出るほど欲しいと思える代物だ。
「マナ依存か……ならば問題ないな」
そしてケンゴ同様テンションの低い法王はその場で何もない空間から一冊の白い本を取り出した。
アイテムボックスか。
確かアース人では使える人数もごく僅かだって聞いてたけど、法王クラスになるとできて当然ということか。
しかも法王が取り出したのは神器『アリア』だ。
あれはクロスに聞いた話だと、本自体が無限に近いMPを保有していて使用者はそれを自由に使えるという『無限のマナ』と、所有者に降りかかるあらゆる状態異常を無効化する『聖なる祝福』というスキルが付与されているチート武器だ。
これがあればマナ(MP)依存だというアイテム版『空間接続』を使うのにも支障は無いというわけか。
「……ほぅ、どうやらこういった症状にも効果があるようだな」
法王は本を手に持つと途端に顔色を良くし始めた。
もしかして『アリア』のおかげで二日酔いという状態異常が改善されたとかか。
そんなものも治せるのかよ。
「おいミハイル……俺にもその本触らしてくんね……?」
「断る。君はしばらくそのまま反省するといい」
「くそっ……昨日の事根に持ってやがんな……?」
ケンゴは法王の様子を見て自分の二日酔いも治してもらおうと考えたみたいだが、昨日の行いが効いてそっけない態度を取られていた。
まあ法王が二日酔いになったのはケンゴのせいだからな。
二日酔いを治してもらえないのは自業自得というものだ。
「それでは失敬する」
「またどこかでお会いしましょう」
「シン……今日は都合が悪いけどよ……また会った時は盛大にバトろうぜ……」
こうして法王とセレス、それにケンゴは龍王の宝玉を使ってウルズ大陸へと帰っていった。
「さぁて、では私たちもいきましょうか! アルフヘイムへ!」
3人を見送ると精霊王が元気良く俺たちの目的地を告げた。
今俺たちがケンゴたちと一緒にウルズ大陸へと戻らなかった理由はこの人にある。
精霊王は久しぶりにクレールと会った喜びをここで終わらせたくないらしく、俺たちをアルフヘイムに招きたいと言ってきたのだ。
俺たちも別に暇というわけではないんだが、精霊王の強い説得に押されて首を縦に振るしかなかった。
「スルスの森か……余はその地を知らぬゆえ、そなたのイメージを取り込むぞ」
「ええ、どうぞどうぞ」
移動手段は精霊王のアシストを受けた龍王自身による『空間接続』であるようだ。
龍王が精霊王の肩に手を置いて目を瞑ると、俺達の目の前に大きな空間のゆがみが発生した。
『空間接続』をするのに土地勘が必要だということは知っているからアルフヘイムへ行くのに精霊王の手助けを必要としたのはわかるが、なんかこの2人はそんなにいがみ合っているような雰囲気が無いな。
龍王に精霊王と死霊王が戦いを挑んで返り討ちにあったとかいう昔話を聞いていたからもしかしたら仲が悪いのかと思っていたんだけど、そんな素振りは全然見られない。
「なんだ、貴殿らも『空間接続』とやらで移動するのか。我らが獣族の誇る騎獣隊の力を見せ付けるチャンスだと思っていたのだが」
傍にいた獣王が空間のゆがみを見てそんな愚痴を零した。
まあ獣族の騎獣隊といえばアースで最速の機動兵団だということでウルズ大陸でも話は聞くからな。
アルフヘイムまでの道のりは長いものになるが、ガルディアと同等かそれ以上の速度で進めるのなら移動時間も大した事は無かっただろう。
「それはまた今度見させてもらいます。では体調にはお気をつけて」
「うむ。我輩は貴殿らに再び相まみえることを楽しみにしているぞ」
俺が軽く別れの挨拶を言うと、獣王はそれに軽く頷いて再会の言葉を口にした。
「ガルディアもまたな」
「うん! またね! ご主人様!」
そしてガルディアともここでお別れだ。
彼女は元々獣王から借りていた足代わりで、ミーミル大陸に戻る機会があれば帰そうと思っていたからな。
これからも俺たちと一緒に行動し続けてもらっても全然構わないんだが、ガルディアも元気がない親の調子が心配だろう。
「あ、そうだ。ご主人様ご主人様、ちょっといいですか?」
「? なんだガルディア。あといい加減ご主人様って言うのはやめろ」
俺はガルディアの手招きに応じて彼女に近づいた。
すると彼女は俺の首元に抱きつき、頬にチュッと唇を当ててきた。
「今度会った時はご主人様の方からしてくださいね!」
「……まあ、その気になったらな」
突然キスをされた頬を撫でながら俺はガルディアにあいまいな返事をする。
俺の後ろにいるフィルやクレールがどんな顔をしているか気にするも、2人を見る度胸もない俺は火焔の作った空間のゆがみへと一番乗りで飛び込んだ。
こうして俺たちは獣王と獣族、それにガルディアと別れ、アルフヘイムへと飛んだのだった。
「う~ん! やっぱり愛しの我が家は最高ね!」
アルフヘイムに空間を裂いて俺たちがやってくると、精霊王は大きく伸びをしながら深呼吸をしていた。
ここは木々で囲まれた森の中だからな。
さっきまでいた荒野と比べると空気も美味く感じられるから深呼吸をしたくなる気持ちもわからなくはない。
「あー! おかえりなさーい!」
「精霊王おかえりなさーい!」
「はいはいー、みんなただいま~」
周囲にいた精霊族が精霊王の姿を見てフレンドリーな挨拶を交わしている。
相変わらず精霊族の口調はユルい。
それに対応する精霊王は王様っていうよりも保護者って感じだ。
「フン、何百年経とうと精霊族は精霊族か」
「いつまでも変わらないからこそ良いってものもあるのよ」
火焔の言動から察するに、精霊族の在り方は大分昔から変わっていないようだ。
精霊族はずっと子どものような容姿と言動で生涯を全うすると言われている。
変化が少ないというのも頷けるだろう。
「まあとりあえずアルフヘイムに来たことだし、早速みんなで温泉でもどう?」
精霊王はクレールの方へずずずいっと体を寄せながら俺達を温泉に行くよう誘ってきた。
なんかもう狙いが丸わかりだな。
「せ、せっかくの誘いだが……わ、我は遠慮させてもらおうかな……」
「あらあら、レディがお風呂に入る事を拒んだりしたらだめよぉ。あなただって昨日は布とお湯で体を軽く拭いただけでしょう? それだけじゃ汚いわ」
「し、しかしだな……」
「大丈夫。クレールは私が全身余すことなく入念にキレイキレイしてあげるからぁ」
「うぅ……」
クレールが温泉に入りたがらない理由の元凶が彼女の腕を掴んで強引に連れていこうとしている。
本当に精霊王はクレールを愛でたいだけなのだろうか。
俺にはもう邪な事を考えているようにしか見えなくなってきている。
「それよりもアリアス、そなたはこの場に結界を張っていたのではなかったか?」
「あ! そうだった!」
と、そこで火焔の指摘を受けた精霊王が突然大声を上げ、体から漏れる光を更に明るくさせた。
「は!」
そして精霊王が両手を上げると、そこから白い光が上空に飛んでいって膜のようなものを展開した。
もしかしてあれがアルフヘイムを隠蔽している結界か。
本当に精霊王が張ってたんだな。
ってことは精霊王が戦場に赴いていた今までアルフヘイムはむき出し状態だったってわけか。
ミーミル大陸のピンチだったから仕方なく戦場に駆けつけたんだろうけど、なかなかリスキーな事をしてたんだな。
「……あら、どうも招かれざる客が足を踏み入れているようね」
「客?」
「ええ」
結界を張ったことで森の状態が認識できるようになったのであろう精霊王は何かを発見したようだ。
招かれざる客。
つまりさっきまで結界が無かったせいでアルフヘイムに誰かが侵入してしまったということか。
「温泉の前にまずその侵入者を見つけたほうがよさそうだな」
「ん、そう……ですね」
俺の意見にフィルが同意してきた。
精霊族は奴隷として高値で売られる事があるらしいからな。
あまりこの楽園の場所を外部に漏らすべきではないだろう。
「場所も近いし……私が直接出向いた方が早そうね。ちょっと行ってくるわ」
「俺たちも行きます」
「そう? ありがとうね」
こうして俺たちは侵入者を探すために動き出した精霊王の後を追って走り始めたのだった。