装備を求めて
フローズ(氷室)と決闘をする事になってしまった俺は戦闘準備をするため、一時クラスメイト達と別れて単独行動をすることを許可してもらった。
「……はぁ」
俺の気分は若干憂鬱だった。
何が悲しくて回復職が盾職とPvPをしなくちゃいけないのか。
こんなものは傍から見ればいじめ以外の何物でも無い。
クロスクロニクルオンラインでは基本10種類の職種がある。
攻撃特化の剣士と魔術師、防御特化の戦士と騎士、バランス型の武道家、援護特化の盗賊と弓兵、回復特化の僧侶、吟遊詩人や鍛冶師等様々なジョブに派生する趣味人、どれにも属さない特殊な立ち位置の調教師。
これらのジョブは各々が使用できるスキルによって大まかに役割が決まる。
まあ盗賊や騎士がアタッカーを務めるというような例もあって一概に決められるものではないが、それでも僧侶は回復か援護、騎士は攻撃か防御という風に役割が振られている。
つまり僧侶は騎士に勝つ道理など無いということだ。
しかもクロクロにおける僧侶はレベル1の段階で取得できるスキルの中に攻撃スキルが無い。
一応レベル3になれば聖魔法を取得できるようになるようだが、おそらくMND依存の攻撃魔法であるそれは今の俺が手にしても無用の長物だ。
まあミレイユの町近くにある『ミレイユ大墓地』で出てくるアンデッドには回復魔法でダメージが入るようだから、攻撃スキルがなくても僧侶がソロでレベルを上げることも可能なんだろうけど、それも聖魔法と同様に俺にはできない狩りの仕方と言える。
思考が若干逸れたが、結果として俺はSTR0の貧弱な通常攻撃のみで戦わなくてはならない。
しかしレベル1同士の決闘であればそれなりに戦えはするだろう。
「なんだか難しい顔してるわね、一之瀬君」
「…………」
そんな風に俺が考え事をしていると、背後から女子の声が聞こえてきた。
もうその声で誰なのかわかってしまった俺は呆れ調子で後ろを振り返る。
そこには案の定朝比奈がいた。
「何でお前がいるんだ」
「むっ……一応早川先生の許可はとってあるわよ? それに『1人じゃなく2人の方が何かと安全だろう』って」
「あの教師……」
仮にも異世界であるアースで生徒をホイホイ自由にさせるなよ。
俺は自分の事を棚に上げ、ふくれっ面の朝比奈を見ながらそんな事を思った。
「それとここでは苗字で呼ぶな。キャラネームで呼べ」
また、俺はさっきから気になっていた名前の呼び方についても朝比奈に抗議した。
これは他のクラスメイトや早川先生にも言える事だが、なんというか皆キャラネームを蔑ろにしすぎてはいないだろうか。
ここはゲームでは無いと言うが、それで本名呼びを推奨するのなら俺は一言申したい。
アースにいるお前は地球にいるお前なのかと。
実際のところほぼ同じものとして考えた方が齟齬は出にくいのだろうが、だからと言って同一視するというのもまたどうかと俺は思う。
今の俺は一之瀬真なんかじゃなくシン。
くだらないかもしれないが、俺は真とシンを分けて考えたい。
ちなみに早川先生は早川先生だ。
俺は教師という人間がどうにも好きになれないからな。
「えっと……わかったわよ……シン?」
「それでいい」
そんな俺の思いが伝わったのか、朝比奈は俺の呼び名を訂正してくれた。
「なら私の事も朝比奈じゃなくミナって呼びなさい。それで対等よ」
「わかった」
朝比奈の名前は水無月だったはずだから普通にあだ名として使っているのかもしれないが、俺の網膜に映る彼女のキャラネームが『ミナ』である以上はそう呼ぶ事にためらいは無い。
「……それで、これからあなたはどこに行くつもりなの?」
「防具屋。まず装備を整えないと話にならない」
ミナが前を歩く俺にそんな事を訊ねてきたので即答する。
今の俺は杖とローブを装備している状態だが、正直こんなので騎士相手に戦える訳が無いからな。
「それってつまり勝つためによね? 氷室君に」
「当たり前だ。俺はどんな事情があっても負ける気なんてさらさら無い」
たとえジョブのハンデがあろうとも、それを理由にして負けたくない。
やるからには勝つ。
「えっと、それは私のためにかしら?」
「いや、お前のためじゃない」
「むっ……」
が、それは勝敗に付随する形で祭り上げられたミナのためでは無い。
あくまで俺が負けず嫌いだから勝つんだ。
「この決闘は俺自身のために勝つ。勘違いするな」
「……あっそ、それじゃあ精々頑張ってくださいねーっだ!」
俺がミナの方に振り返って念を押すと、彼女は口をイーっとさせた後、ぷいっとそっぽを向き始めた。
彼女は俺がフローズ達のパーティーから守ろうとしているとでも思ったのだろうか。
でもそれってどうなんだ。
別に相手は悪い奴なわけじゃないぞ。
「というかそもそもどうして俺なんだ。誘われるままアイツらのパーティーに入ればよかったじゃないか」
俺はミナに訊ねた。
本当ならあの場は彼女がフローズ達のパーティーに加わる事で丸く収まったはず。
けれどそうはならず、結果的に俺は決闘をするハメになった。
だから俺は彼女の真意を知りたくなった。
「それは……だって氷室君達は私をアイドルのミーナとして見てるんだもの」
「? それは悪い事なのか?」
「悪いわよ! 私はもう芸能活動辞めたんだから!」
「そ、そうか」
よくわからないが、とにかく彼女はアイドルとして見られたくないということか。
そう考えるとミナが俺と組みたがる訳も理解できる。
なんてったって、俺は彼女がアイドルだったなんて事に興味無いんだからな。
「あとMMO試験についても朝に早川先生達があなたの噂をしていたのを聞いて知っていたからってのもあるわね。まあ2組にいるってことと一之瀬っていう苗字を聞いただけだったから自己紹介の時まではわかんなかったんだけど」
「…………」
俺達の通う学校に個人情報保護法は効かないのだろうか。
あんまり情報漏えいが酷いようなら訴えるのも致し方無しだぞこれは。
「それに、さっきのあなた……なんか一人ぼっちで寂しそうにしてたから」
「…………」
……つまり俺をパーティーに誘ったのは哀れみ混じりだったわけか。
それはそれできっついな。
心がすさむ。
「まあ……もうどうでもいいさ。とにかく俺は負ける気なんて無いから、よろしく、ミナ」
「あ、う、うん……よ、よろしく……シン」
だが俺はそんな事を顔には出さないよう努め、ミナに向けて右手を差し出す。
すると彼女は若干迷ったような風を見せるものの、俺の手を握ってきた。
「あ……あったかい」
「VRだったらここまでの再現は不可能だったな」
実際、現在のVR技術は年々進歩を遂げているものの、未だ触覚や味覚といった人の感覚を再現し切れてはおらず、何かに手を触れても手袋をして触るような感触しか無いし食べ物を食べても美味しいとは感じない。
だが異世界であるアースなら地球と全く同じ感覚で外部からの刺激が伝わってくる。
今更ではあるが、俺はそんな当たり前の事を再認識した。
「……と、着いた」
そうしているうちに防具屋にたどり着いた。
俺達は木でできた扉を開けて店の中へと入っていく。
「……へー、防具と言っても結構色々あるのね」
店の中に展示されている品々を見てミナは呟き声を上げている。
「いらっしゃい、お若いの。本日はどんなものをお探しで?」
また、店の奥からもはや還暦を過ぎたのではないかというご老人が俺達に話しかけてきた。
この人もアース世界の原住民でNPCではないのだろう。
だからぞんざいな対応をするわけにはいかない。
「僧侶用の装備を見繕いたいのですが、『重装備』はどのあたりを見ればいいでしょうか?」
「ほう……重装備……お主、なかなか通じゃのう」
俺の問いかけにご老人は口角を上げながらも一つの区画へ向けて指を差した。
「……ねえ、重装備って?」
「重装備は防具の一種で戦士、騎士、僧侶、趣味人が着られる装備品のことだ、それ以外のジョブが装備すると性能が落ちるからお勧めはしない」
ご老人の指差した区画にあった重装備類を物色していると、横からミナが質問をしてきたので俺は軽く説明する。
「標準的な中装備と比べて防御力に優れているものの、移動速度にマイナス補正が付くというのが特徴だな」
「ふぅん……よく知ってるわね。私達って今日がほぼ初めてアースに来たはずなのに」
「公式サイトに載っていた情報だからな」
何事も予習は大事だということだ。
その公式サイトも4ヶ月前には消滅してしまったんだが。
「でも移動速度を下げてもいいの? 防御力はあるに越した事はないんでしょうけど」
「一応の保険だ、防御力を上げるのは」
この世界は通常のMMOゲームとして考えて動くと痛い目を見そうだからな。
痛覚等の感覚がリアルである以上、ちょっとしたダメージで集中を切らしかねない。
俺はそんな事を思いながら、店の鎧を全て調べる勢いで見ていく。
「……なんだあれ」
すると店の奥に置いてある真っ黒な装備に俺の目は釘付けとなった。
死霊の鎧 呪 耐久値10000 重量30
VIT+10 AGI-3 INT-10 MND-10
なぜか無性に気になった俺は、その装備に近づいて詳しく調べていた。
他の鎧は最大でVIT+7といったところなのに、この死霊の鎧はVITが+10というかなりの良性能だ。
しかしINTとMNDが低下する上に『呪』なんてものが装備の名前に付いている。
これはつまり呪い装備という事なのだろう。
「なんじゃ、まさかその鎧が気になるのか?」
そしてそこへご老人がしかめっ面をしながらやってきた。
今は俺達しか客がいないみたいだから暇なのか。
まあ近くに店員(店長か?)がいるなら聞いてみよう。
「すいません、これってどんな呪いが付いているんでしょうか?」
一言に呪いといっても色々ある。
着たらお祓いをしないと脱げなくなる、常に何かしらの状態異常をかかえる、一定時間が過ぎるとダメージを受ける等々だ。
しかもその呪いはただ見ただけでは効力がわからない。
呪いの効力を知るには『鑑定』スキルを使うか実際に装備してみるかといった手段で知る事ができる。
ただ今回は店での売り物なのだから呪いの効力もわかるだろう。
「ふむ……それには『アンデッド属性付与』の呪いがかけられておる。普通の僧侶にはお勧めせんのう」
『アンデッド属性付与』。
これはその名の通り装備者にアンデッドの属性を付与する呪いということになるのか。
通常、アンデッドモンスターは炎、聖属性に弱く、回復系のアイテムや魔法も弱点だったりする。
だからこのアンデッド属性とやらが付与されたらそれらのマイナス効果が発揮するのだろう。
となるとちょっとこれは使い物にならないな。
炎や聖は相手に合わせればいい話だが、戦闘中に回復ができないのは致命的と言わざるを得ない。
回復無しで戦い続けるなんてことができるとしたら回避能力に余程自信のある奴だけだ。
また、その回避能力もこの重装備のマイナス効果AGI-3が邪魔をして下がってしまう。
こんなの買う人間がいるのか?
「ちなみにおいくらですか?」
「一品物じゃが返品無しで1000ゴールドじゃ」
……安いな。
一品物とか言っているが他の重装備にある値札に書かれた額より安い。
しかも返品無しとか言っているし、多分店側としても扱いに困ってるのかもだ。
「でもこんな呪いじゃ買う気にならないな……」
一番防御力が高かったから呪い次第では買ってもいいかと思っていたんだが。
しょうがない。
そうして俺はその鎧から目を外し、その他にも防具として優秀だが呪いつきという品々を数点見つけた。
しかし結局どれも使いモノになりそうにないと判断し、ややガッカリといったため息を漏らした。
「そういえばお主達の予算はいくらなんじゃ?」
「1000ゴールドです」
これはゲーム開始時の所持金でプレイヤー全員が最初から持っている支度金だ。
どこから来た金なのか知らないが、数千人規模のプレイヤーがこの金を使って町の経済に変な混乱が起きやしないかと少し気になる。
だからと言って使わないというわけにはいかないんだが。
「1000か……それなら価格が手ごろな盾の方を先に見繕ってみてはどうかのう?」
「盾……か」
盾も僧侶が扱える装備だ。
将来的には杖の他に盾を持って防御力を上げるか、鈍器を持って攻撃力を上げるか、もしくは二本杖、大杖を持って回復力を上げるかという選択になるというような事がサイトには書かれていたな。
加えて言うなら、俺にとって盾装備は馴染み深い。
見ておいて損は無いだろう。
「盾はこっちじゃ」
こうして俺達はご老人の後を追って盾売り場にやって来た。
「……こっちは安いのだと100から500ゴールドってところか」
そこにあった盾につけられた値札を見ながら呟きつつ 俺は近くにあった小盾と大盾を調べる。
バックラー 耐久値7000 重量5
STR+1 VIT+2
ラージシールド 耐久値7000 重量10
STR+1 VIT+5 AGI-2
小盾は大盾と比べて防御能力が低く、大盾は防御能力が高いものの移動速度にマイナス補正がかかるという違いがある。
また、盾も装備するとSTRに補正が付く。
盾も武器として扱えるという事の証明なんだろう。
「盾を使い慣れていない初めはバックラーがお勧めじゃぞ」
「いや、盾は使い慣れてますので」
「ふむ? そうじゃったか」
「はい」
とはいってもVRゲームの中での話だ。
けれど俺はそこで盾の使い方を熟知したと言っても過言ではない。
こんな事を言うとリアルに盾を使っていた人達から怒られそうだけどな。
だが俺は盾を持って、MMOにも色々な力があるということを思い出しつつ呟いた。
「……なにも装備やジョブだけで優劣が決まるわけじゃない……か」
「? どうしたのよ、シン?」
「これからする決闘での方針が見えてきたのさ」
「方針?」
俺が1人で納得すると横にいたミナは首を傾げていた。
まあどういう意味かは彼女にもすぐにわかるだろう。
「すいません。このバックラーとラージシールドを一つずつ下さい」
「む? 二つとも?」
「はい、二つとも」
ご老人にバックラーとラージシールドの料金をアイテムボックスから取り出して差し出した。
そして俺は二つの盾をそれぞれ左右の手に持つ。
右の大盾が重くて確かにこれでは動作にマイナス補正がかかるなと感じつつ、だがこれくらいの重量感があった方が頼もしいと思い直して口元に笑みを浮かばせる。
「一つは後ろにいる娘のかの?」
「いえ、両方俺が使う用です」
「??? お主は僧侶なのではないかのう? 杖はどうするんじゃ?」
「必要ないです。なんといっても俺は敵の目をひきつけるタンクですから」
「た、タンク……?」
「はい」
俺は困惑するご老人に金を渡し、二つの盾を手に持って防具屋から出ていった。
二枚の盾という罠を張ったタンクの戦い方というものをクラスメイト達に見せてやる。