終結
俺が魔族側の代表を倒したために龍王の火焔が場を仕切ることになり、獣族と魔族の争いはこれにて終結となった。
それによって俺はクロスから受けた依頼を完遂し、周りから見られないよう軽くではあるがホッと息をつく。
始めに獣族と魔族の戦争を止めてくれとか言われたときは絶対無理って思ったもんだが、案外上手くいって本当によかったな。
「……よぅ、《ビルドエラー》」
「?」
俺がこの結果に安堵していると、地面に座って胡坐をかいているニーズが声をかけてきた。
「……てめえの名前、なんていうんだ? まさか《ビルドエラー》が本名ってわけじゃねえんだろぉ?」
どうやら俺のキャラネームを知りたいらしい。
思ってみればグリムもこいつも俺の事を《ビルドエラー》としか読んでなかったな。
まあ教えてなかったんだから知らなくても当然か。
「俺の名前はシン。地球出身のシンだ」
なので俺は自分の名前を告げた。
するとニーズは「ハッ」と鼻を鳴らし、自分に向けて親指をつきつけた。
「シン……か……覚えたぜ。あと俺様の名前はニーズ・フィヨルドだ……覚えときなぁ」
「ああ、覚えておく」
本当はこんな危なっかしい相手に名前なんて覚えてもらわないほうがいいのだろうけど、俺は戦いに負けたせいで落ち込んでいるといった様子のニーズを見て、どこか共感めいたものを抱いていた。
こいつは俺と同じバトルジャンキーの類だ。
いわゆる同類というやつなんだろう。
そう思ったからこそ俺はニーズと普通に挨拶を交わしたのだ。
ケンゴの時と同じように、こいつもまた次会った時は更に強くなっているという予感と、それによって更に熱い戦いができるという確信を抱いたために。
「次は……ぜってぇ俺様が勝つからな……剣王と一緒に首を洗って待ってろぃ……」
「お前にとっては残念な話だが、次も戦ったら俺が勝つぞ」
「ハッ! 口の減らねえガキだぜぇ……」
さっきまで殺し合いをしていたはずの俺とニーズはそう言葉を交わしあい、それと同時に不敵な笑みも浮かべあったのだった。
そうして魔族は引き返していった。
この場には魔族の親玉である魔王がいなかったが、まあ龍王が出張ってきたと知れば侵略行為もしなくなるだろう。
アースにおける最強生物と言っていい龍王を敵に回したくないのなら、400年前から続く停戦協定をこれから守っていくしかないんだからな。
「……貴殿にはまた救われたようだな」
そして次に獣王が俺達の所へやってきた。
獣王は前に見たときより若干元気がなさそうだ。
これは戦争云々の結果ではなく、いつぞやの時に少し聞いた病が治っていないからだろうか。
「パパーン!」
「おお、ガルディアか。元気にしていたか」
「うん! 私は元気にしてたよ!」
「そうかそうか」
そこでガルディアが獣王に元気よく抱きついた。
思ってみれば獣王とガルディアって久しぶりの親子の再会なんだよな。
俺達がガルディアを預かってからだと、アースではもう1年以上が経過している。
だからこの2人が再会して喜びを顔や行動に出すのは別に不思議な事じゃあない。
「それで、孫はいつ生まれそうだ?」
「もうちょっとしたらご主人様が仕込んでくれると思うよ!」
「おいおいおい待て待て待て」
だが獣王とガルディアの不穏な会話を耳にして俺はストップをかけた。
「なんだ、貴殿はまだガルディアとまぐわっていなかったのか?」
「いやいやいや、なんでいきなりそんな話してんですか。しかもガルディアってまだ子どもでしょう?」
確かに婿として連れてこいみたいな話はガルディアに吹き込んでいたらしいが、孫云々とかの話はいくらなんでも飛ばしすぎだろう。
ガルディアはまだ小学生か中学生くらいだ。
まあ俺達と行動している間にもすくすくと成長しているみたいだが、それでも背丈はフィルやクレール以下しかない。
そんな子を孕ませてたら俺は鬼畜のレッテルを貼られかねないぞ。
「獣族では子を成す機能が身についたならば大人と判断している。だからガルディアも立派な大人であるのだ」
「獣族のルールではよくてもこっちのルールではアウトなんです」
「ふむ、そうか。先ほどの戦いを見て益々婿に欲しいと思っていたのだが」
強さに重きを置くという獣族が魔族内でトップクラスの戦闘力を誇るであろうニーズやグリムを倒した俺を引き込みたいというのは納得のいく話だ。
しかし俺は今の年で婿養子に入る気なんてないし、ガルディアを伴侶として一生添い遂げる覚悟も持ち合わせていない。
友達として長く付き合っていくというのなら別だけど。
「貴殿がどの宗派に属するのかは知らぬが、獣族は一夫多妻制だ。我輩も5人の女性を娶っている。だから貴殿をガルディアだけに縛ろうなどとは考えておらんぞ?」
「と、とは言ってもやっぱりこういうことは思いつきですることではないですし……」
今ちょっと心が揺らいだが、俺に何人もの女性をいっぺんに愛す度胸がない以上、それは無理な話だろう。
「あ、あんまりシンさんを誑かさないでください!」
と、そんな会話をしているところにフィルがやってきて、俺と獣王の間に割り込んできた。
そういえばここにはフィルがいた。
また、フィル以外にも色々な連中が俺達の会話を聞いている。
この事にようやく頭が回った俺は若干焦りつつ獣王の前から退散する。
「そ、そういうわけですのでこの話はここまでという事で……」
「む……まあ仕方があるまい。ガルディアとの関係は今すぐ進めずともよいわけであるしな」
獣王は若干残念そうな表情で俺達が離れていくのを見つめていた。
「お、色男様のご帰還だぜ」
「ちゃかすなケンゴ。さっきのは別にそういう話じゃない」
「そうか?」
「そうだよ」
俺が奥手である事を察しているケンゴはニヤニヤしながらからかってくる。
ケンゴとはもう色恋話をしないようにしよう。
「しかし、私達までこの場へ訪れる必要は無かったな」
「なんだミハイル。もしかして『アリア』を使いたくてウズウズしてたのか?」
「そういうわけではない。ただ客観的事実を述べているだけだ」
そして近くにいた法王がケンゴとそんな会話を交わしていた。
「でもよ、けん制って意味では効果あったと思うぜ?」
「だと良いのだがな」
まあ今回は龍王さえいればなんとかなったわけだから、わざわざ剣王や法王がついて来なくてもよかったのではと問われればその通りだ。
しかし一応この場にウルズ大陸側の最高戦力が顔を出すことで、ミーミル大陸だけでなくウルズ大陸の侵攻も魔族は絶対にできなくなったと言える。
魔王と海王がいないものの、現在の八大王者が殆ど揃った場で過去に交わした停戦条約を持ち出した以上「ミーミルが駄目ならウルズに侵略するぜ」という理屈は通らない。
今後魔族は別大陸を侵略するなら合計6人の王を同時に敵にまわすことを覚悟しなければならなくなったはずだ。
……魔族がクレールの事をちゃんと死霊王と認識してくれていたかは微妙だったかもだけど。
にしても、こいつらって2人で結構気楽に話してるな。
ウルズ出身の同じ王同士ということで繋がりがあるわけだから仲がよくないとやっていけないんだろうけど。
前に法王と会ったときも、剣王であるケンゴと面識があるようなことを言ってたし。
というか俺が大聖堂へ侵入した時に法王と出くわしたのはおそらくケンゴの仕業だ。
多分俺が首尾良く大聖堂から逃げられなかったことを【未来予知】で知ったケンゴが手を回してくれていたとかそんな感じだったんだろう。
一応そういう裏があったのだろうと思ってケンゴに神器の剣を渡したわけだが、それ以外には特に礼を言うこともない。
ケンゴはあんまりそういうお節介を表に出したがらない性質だからな。
「……で、だ。お前たちはいつまでここでじゃれついてるつもりだ?」
「ん? あ、ごめんなさいね。私としたことがつい」
「……………………」
ケンゴたちから視線を外した俺は次に精霊王とクレールの方を見た。
なんというか、こいつらはなんだったんだ。
俺とニーズが戦っている間もずっと2人でプロレスごっこ的なことをしていたし、精霊王は満面の笑みなのに対してクレールはもう死んだ魚のような目をしてるし。
一応服は着ているけど、もはや事後と言っていいような有様だ。
「クレール、大丈夫か」
さっきまで戦っていた俺よりもボロボロとなって地面に横たわっているクレールに声をかけた。
しかしクレールは虚ろな目をこちらに向けるだけで何も答えない。
いかん。
これは完全にレ○プ目だ。
本当に何してくれちゃってんだよ精霊王、しかも戦場のど真ん中で。
「うぅ……もうお嫁に行けない……」
そしてクレールは体を小さく丸めてしくしく泣き始めたのだった。
お嫁に行けないとか言ってんじゃねえよ死霊王。
服の上からいろいろ弄られすぎたんだろうけどそれ以上の事はされてないだろ。
「シン殿……」
「なんだ?」
「汚れた我をシン殿で清めて……」
「……さっさと立て、クレール」
「ぎゅぅ……」
ふざけたことをクレールは言い出したので、俺は首下を引っ張って彼女を無理やり立たせた。
清めてとか言ってんじゃねえよ。
膜のほうは無事だろうが。
「まあとりあえずここでずっとお話をし続けるというのも落ち着きませんわ。そろそろ気の休まる場所に移動したいと私は思っているのですが、どうでしょう?」
そこで最後にセレスから皆に場所を変えるという提案をした事により、俺達は獣族の設置した天幕へと移動する事になった。
移動する途中、俺に背負われたクレールは何かを話している精霊王と龍王の姿を見てビクビクしていたが気にしない。
また、ガルディアが腕を絡めてきて、これに対抗したらしきフィルも逆側から腕を掴んできて、そんな俺達の様子を見てケンゴが笑っていたりしたけどそれも気にしない。
俺は周囲から「もしかしてロリコン?」という微妙に疑われているような視線を受けながら、彼女達の歩幅に合わせて黙々と歩き続けるのだった。