ビルドエラーVSニーズ・フィヨルド
「龍……王……だとぉ……?」
「流石に龍王相手に啖呵は切れないか? 魔族の大将さんよ」
「グッ……」
戦場に龍王が姿を現した瞬間、俺達を除く全ての奴らが驚きの表情を顔に張り付かせた。
まあ突然こんな龍が現れたら驚くわな。
俺も初めて目にした時は少し驚いたし。
「だ、だが本当に龍王だっつぅ保証は――」
「ならその身で試してみるか、小僧? その場合は命の保証などできんが」
「…………」
しかし魔族側の大将の心はまだ折れていないようだ。
龍王相手に生意気な奴だな、とか言っちゃうと自分に跳ね返ってきそうだから言わないけど。
「……チッ、認めてやるよ。てめえは明らかに普通の龍族とは違う……龍王の風格だ」
「そうか、ちと残念だな。ニーズといったか? もしかしたらそなたも余をそれなりに楽しませてくれるやもしれんと思ったのだが」
「ケッ」
とはいっても一応龍王である事は素直に認めるんだな。
龍王である火焔の龍形態は他の龍族の三倍はでかいから普通に察せられるか。
「でもここで引き下がるわけにはいかねえなぁ。なんてったって俺らの行動には魔族のプライドが掛かってんだ。龍王様が出たからってこのまま何もせずおめおめと帰れっかよ」
「ほほう……ではどうするか」
龍王はニーズの言葉を受け、その後俺の方に流し目を寄越してきた。
「そうだな……ならば一つ、余と賭けをしないか?」
「あぁ? 賭けだとぉ?」
「魔族側から1人を選抜し、ここにいる少年と戦え。そしてもし魔族側が勝った場合、余はこの場で何もせずウルズ大陸に戻ることとしよう」
……この龍王はまたとんでもない事を言い出すな。
つまり俺が負けたら龍王は今回の争いを黙認するって事じゃないか。
ここには龍王の他に獣王、剣王、法王、死霊王、それになぜか精霊王まで集まっている。
アースの強者が殆ど集まったこの状態で戦いが行われたらどうなるかわからないぞ。
「へー、んな事言っていいのかよ? 魔族側から1人っつーと俺様も含まれるんだぜ?」
「そなたが戦いたいというなら好きにするといい。一対一で戦うというなら余は止めん」
「そうかよ、んじゃあ俺様がやってやるぜ!」
火焔とニーズの会話は勝手に進んでいく。
その結果、俺は魔軍の大将であるというニーズと決闘じみたことをさせられることとなった。
「おい、俺の意志は無視か」
「別に構わんだろう? 先ほどのそなたは戦意に満ち満ちていたぞ」
「う……」
どうやら俺がニーズを挑発していたところをちゃんと見ていたらしい。
だからこその提案だったか。
「……わかった。まあ俺が勝てばいいだけだしな」
「その意気だ」
俺の回答が満足いくものだったのか、火焔は口から火を漏らしつつ凶悪な笑みを浮かべた。
龍状態で笑われても困るな。
普通に怖い。
「おいぃ、まさかてめぇ、俺様に勝とうとか思ってんのかぁ? おぉ?」
俺が前に出るとその先にいたニーズがガンを飛ばしながら声をかけてきた。
「当たり前だろ。戦う以上は勝つつもりさ」
「ヒャハッ! おいおい、まさか本当に俺様に勝つ気でいるのかよ! ……グリム程度に勝ったからって調子乗ってんじゃねえぞ? あぁ!?」
「…………」
グリム程度、か。
つまりこの男はグリムより自分の方がはるかに強いと言いたいのだろう。
それは虚言か、はたまた真実か。
この土壇場でこれだけの事を言ってのけるのだから後者である可能性が高いな。
一応グリムも魔族の中ではかなり強い部類だったそうだが、それより更に強いとなると魔族でも一位二位を争うほどの実力者と言えるはず。
最初から気を引き締めていかないとだ。
元より油断なんてしないが。
「御託はいい。それよりさっさと始めようぜ、魔族のお坊ちゃん」
「てめえぇ……後で泣いても許さねえぞ! 全殺し確定だぁ!」
そして俺とニーズの戦いが始まった。
「!」
と、思った瞬間ニーズの体がブレ始め、一瞬で俺の目の前までやってきていた。
「ヒャオゥ!」
「ぐっ!?」
グリムも早かったがニーズはその比ではない。
危機意識を抱いた俺が《思考加速》に陥っているというのにそれでも尚早いと感じられる。
ニーズは籠手を付けた右手の拳を俺の顔面に向けて放ってきた。
それを見た俺は《身体加速》を全開で発動させて回避する。
「チッ、グリムの話は本当だったか。てめえ相当はえぇな」
「…………」
俺が間一髪で攻撃を避けるとニーズは一瞬で間合いを取った。
これは俺の攻撃――ダメージヒールを警戒しての事か。
俺の攻撃手段が回復魔法だと気づいているかどうかまでは知らないが、グリムから詳しい話を聞いていたようで、俺のダメージヒールが発動する範囲よりギリギリ外という距離を保っている。
何気にこいつはただ売られたケンカを買ったわけではなく、こちらの情報をきちんと把握した上で勝負に応じたわけだな。
言動は小物臭いが、だてに魔王の息子をやっているわけじゃないってことか。
そんな考察をしつつ俺は自分に各種の補助魔法をかけて強化していく。
「でも俺様程じゃねえよ! てめえはいつまで俺様のスピードについてこれるかなぁっとぉ!」
グリムはそう言って再び俺との間合いを詰めてきた。
どうやらニーズは素早い動きを駆使しながら籠手で殴るという近距離特化みたいだ。
それなら俺との相性はこいつにとって悪い。
しかし……
「ッ! とぉ! あぶねえぇ! 今のがてめえの攻撃かぁ!」
「…………」
無詠唱による『エクスヒール』を放つものの、高速で動き回るニーズには当たらない。
ニーズはついさっき自分がいたところから突然黒い光が出たのを見て驚いた様子だが、俺の方も内心で結構驚いている。
回復魔法は魔法自体が発生したら指定した位置に一瞬でかかる。
だが回復魔法は元々素早く動く相手に向けて当てる魔法ではないのだ。
回復魔法の対象者は基本的に味方か動きの遅いアンデッドである。
味方の場合は回復してもらうための行動を相手側がとるし、アンデッドの場合は回避運動をしないので当てやすい。
本来回復魔法が使われる場合に、「ウロチョロしている相手に狙って当てる」というようなプレイヤースキルは求められていない。
とはいえ、俺の場合は回復魔法を攻撃手段として用いている関係上、そんな通常無駄になるようなプレイヤースキルもある程度備えていたりする。
けれど今回は相手が速すぎる。
今まで見た敵の中でも最速と言っていい。
これではダメージヒールを当てるのもかなり厳しいぞ。
「ハッ! 黒魔法か何かだと思うがよぉ! 俺には当たんねぇなあ!」
ニーズは時折挑発を挟みながら俺に攻撃を加えてくる。
黒魔法ではないんだが、まあ似たようなものか。
しかし厄介だな。
相手は俺の攻撃範囲をかなり正確に把握している。
更に俺が十字架を向けるという動作、つまり回復魔法を発動させるのに必要な「腕を対象者に向ける」という動作をするとニーズは一瞬でその場から移動してしまう。
この短い時間で俺の攻撃を完全に見切られてしまったようだ。
でもこれならどうだ!
「うおぅ!? ……チッ、何だ今のは」
俺が『エクスヒール』を当てるのを諦めて『ハイヒーリング』を発動させると、効果範囲に潜り込んでいたニーズに難なく命中した。
するとニーズのHPは2割近く減り、俺から距離を取り出した。
射程外に逃げられてしまえばどうしようもないが、『エクスヒール』のように空間指定を行わなくてはいけない魔法とは違って範囲魔法なら近づいてきた時に当てられる。
こちらの装備は万全だというのにHPゲージが2割しか削れなかったのには驚きだが、これなら長期戦で俺が勝てるだろう。
「……何」
そう思っていたらニーズのHPが回復し始めた。
ちょっとこれは予想外だな。
再生能力持ちかよ。
「驚いたってツラしてんなぁ? 俺様にヤワな攻撃は通用しないぜぇ?」
「そうらしいな」
ニーズのHPは1秒毎に1ドットずつ回復していっている。
あの様子だと数分以内に全快になりそうだ。
メンドウだな。
ニーズの動きは早すぎるから《時間停止》も当てられそうにないし、『ハイヒーリング』だけでは倒せないだろう。
……しょうがない。
少しリスクがあるけど、これでいってみるか。
「あぁ?」
俺は神器『クロス』を紐で腰にくくりつけて右手を自由にした。
一応この状態でも『聖なる力』の効果は発揮されるから、ダメージヒールの威力が落ちる事はない。
「おぃぃ、武器を使わないとか、俺様を舐めてんのかぁ?」
「別にそんなんじゃねえよ。ほら、さっさとこい」
「チッ……だったら遠慮なくイかせてもらうぜぇ!」
俺が指をクイっと曲げて「来い」という意志を向けると、ニーズは一切の迷いを見せずにこちらへと詰め寄ってきた。
「ヒャァハァァァァ!」
「ぐぅ……!」
そしてニーズは俺の腹を鎧越しにブン殴ってきた。
普通なら鎧に守られているおかげでダメージもそれほどくらわないはずなのに、ニーズのパンチは俺に衝撃を与えてHPをゴリッと削る。
まあ、念のために『オートリザレクション』がかけてあったとはいえ、あえて敵の攻撃を受けるというのはなかなか怖いな。
だが……
「俺の……勝ちだ……!」
「なっ!?」
あえて攻撃を受ける覚悟でいた俺は近くにあったニーズの腕を右手で掴んだ。
これをニーズは振りほどこうとするが、そんな行動を取る一瞬が命取りとなる。
俺は一瞬だけその場で脚を止めたニーズに向かって『エクスヒール』、『ハイヒール』、『ハイヒーリング』、『ヒール』、『ヒーリング』をぶちかました。
「ごっがぁ……!」
ニーズのHPは一気に8割以上が削れた。
このダメージによってニーズは苦しみに満ちた声を上げながら膝を突く。
「カッカッカッ! 勝負ありだな」
それを見た火焔が笑いながら決着を宣告した。
「勝者、《ビルドエラー》。あえて敵の攻撃に身を晒したその心意気やよし。そして魔族の小僧はその誘いへの警戒を怠った事こそが敗因だ。精進せよ」
「ぐ…………」
火焔の言葉を受けてニーズがうな垂れる。
こうして俺は魔王の息子に勝ち、それによって魔族の撤退が決定的なものとなったのだった。