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大集結

 ヴァルハラの地とミーミル大陸の境にて、魔族と獣族は睨み合いを行っていた。

 魔族はミーミル大陸に侵攻するため、獣族はそれに対抗するため、死にかけた大地で今まさに矛を交えんとしていた。


「ヒャハハ! 病気で寝込んでるって話だったが、直に見てみると案外元気そうじゃねえか! 獣王さんよぉ!」

「フッ、我輩を甘く見るなよ。病など気力でねじ伏せてやったわ。それにこのような戦の場に我輩が立たぬわけがあるまい?」


 それぞれの軍の最前列に立つ2人の男、現魔王の息子にして魔軍第一部隊の隊長を勤めるニーズ・フィヨルドと獣族の王であるガルガンド・スフィンシスは矛の前に言葉を交わしていた。


 ニーズの傍にはグリム・ハザードが控えていたが、彼はその会話に一切口を挟まない。

 今回の魔軍における指揮者はニーズであり、敗戦者であるグリムには発言権が無いのだ。


 また、獣王の説明には虚言が混じっていたが、それを獣族が顔に表す事も無い。

 獣王の身はすでに衰弱しきっているものの、このことを魔族に知られ、増長させてはならないと獣族は全員理解しているためである。


 しかしそんな裏事情を抱えた獣族達の表情は明るい。

 今回は強力な援軍が背後についているからだ。


「獣王はいるのに魔王はお城でふんぞり返っているなんて、随分余裕ね?」

「!」


 獣族の軍が突然二つに割れると、その間から光り輝く集団が現れた。


「うおー! せんそうだー!」

「せいせんだー!」

「じゅうりんだー!」


 突然現れたその集団は精霊族。

 全身を輝かせた彼らは精霊王であるアリアス・ファーラーを先頭にして、獣族の前にやってきた。


 そして宙を浮く精霊王は獣王の隣にそっと着地する。


「……精霊王……だと? ミーミルにいるという噂はあったが……なぜ今ここに……?」


 ニーズの背後に控えていたグリムが精霊王を見て驚愕した。

 しかしニーズが鋭い視線を向けるとグリムは再び沈黙し、表情も引き締め直す。


 だがグリムは内心で混乱していた。

 なぜなら精霊王は所在が掴めなかったものの、これまで姿を現さなかったことからミーミル侵攻の妨げにはならないだろうと高をくくっていたためである。

 けれど精霊王とそれにつき従う精霊族の兵士がこの場に集い、獣族に味方するとなれば、我々魔族の勝利も危ういとグリムは考え、舌打ちをしたい気持ちにかられていく。


「ちょっとでしゃばりすぎたのよ、あなたたちは。これ以上ミーミルの地を汚す行いをするというのなら私達も黙っていないわよ?」

「ケッ! だからどうしたババァ! 俺らはてめえみてえなのが一匹二匹増えたところでビビッたりなんてしねえぞぉ!」

「ば、ババ……まあ、いいでしょう。そんなに死にたいのならかかってらっしゃいな。ギッタンギッタンにしてあげるから」


 精霊族という新たな敵を見てニーズは一歩も引かずに挑発する。

 それを受けた精霊王はこめかみに薄っすらと青筋を立て、ニーズに微笑みながら手招きを行い始めた。


「……ハッ! 上等だぁ! おいヤロウ共ぉ! ちょいと余計なモンも交じっちまったが構いやしねえ! 歯向かう奴は全殺しだぁ!」 

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」


 ニーズは啖呵を切って自らが率いる魔軍を沸き立たせた。


 彼は気性が荒いものの、このような戦場においては誰よりも腹の据わった魔族である。

 時にそれは蛮勇とも無謀とも評されるが、常に軍の最前線に立って指揮を行う姿は獣族にとっての獣王の存在に匹敵する勇気を魔軍の兵士に与えていた。



「ドンパチ始めるってところに水を差すようで悪いんだけどよ、ちょっと俺達ともトークしようぜ」

「「「!?」」」



 が、そんな戦意に満ちた魔族と獣族の間に1人の男が突然現れた。

 その男はサムライといった装束で身を包んでいるものの、腰には純白の西洋剣を差すという締まらない姿をしていた。


 しかしそんな男の姿を見た時、この場にいるほぼ全員が目を見開いた。


「……なんで剣王もしゃしゃり出てくるかね……てめえはウルズに入らないなら俺らとヤリあわないじゃなかったのかよ!」

「ようニーズ、相変わらず元気そうだな。まあ本当は魔族と獣族の争いに手を出すことは控えてたんだけどよ、ちょっと事情が変わったのさ」

「事情が変わっただとぉ?」

「あとここへ来たのは俺だけじゃねえよ」

「? そりゃあどういう――」


 戦場の中心にどこからともなく突然出現した男、剣王であるケンゴの言葉を受けてニーズは疑問符を頭に浮かべる。

 するとその直後、ケンゴの隣から人族らしき人間が湧き出てきた。


「どうやら戦が本格的に始まる前に止められたようだな。別種族ではあるが、死者が出ないということは忠実なる神の使徒である身として喜ばしい限りだ」

「……法王」


 ニーズはその男を見て呟いた。


 ケンゴの次に現れたのは『若き法王』と呼ばれるミハイル・ディ・カーライル。

 ここに彼が来た事によって、剣王と法王という人族の最高戦力が二つ揃ったということになる。


「まあ我としては戦場と化していても一向に構わなかったぞ。負の生命力が溜まりやすくなるのでな」

「……誰だ」


 そして次に少女が現れた。

 だがその少女を見るニーズ達の目は冷ややかだった。


 殺気立った戦場たるこの場で平然と喋る事ができる胆力は賞賛すべきかもしれないが、ニーズにとって、あるいは魔族や獣族にとってその少女が何者であるかなど見当がつかなかった。

 剣王と法王の次に現れたという事もあり、彼らはほぼ全員が肩透かしを食らった気分に陥ってしまった。


「きゃあああぁぁぁ! クレールぅぅぅ! 久しぶりぃぃぃぃ!!!」

「む、ひ、久しぶ――ぐあっ!? やめろ! いきなり胸を揉むなアリアス! ちょ、あ、ああぁっ!」

「「「…………」」」


 しかも少女は精霊王に襲われ、地面に組み伏せられて胸を揉まれ始めていた。


 それを見た魔族と獣族は呆気に取られながらも、一部の強者は『クレール』という名前を聞いて八大王者『死霊王』の存在を思い起こす。

 もはや『死霊王』の伝承は数少なく、その存在も怪しまれるようになってしまった八大王者の末席に位置するクレール・ディス・カバリアであるという可能性を獣王やニーズ、それにグリムは頭に浮かべたのだ。


「あぁいいわあ……クレール、何百年経ってもあなたの可愛さは世界一よ!」

「わ、わかったから、わかったから止めて……や、服の中に手を入れちゃ駄目ぇ……」

「「「…………」」」


 だが精霊王に蹂躙されている少女を見てニーズ達は『本当にこれが死霊王なのだろうか』という疑念を強く抱き始める。

 いきなり奇行に走った精霊王もそうであるが、涙目で胸を揉まれ続けるクレールの姿には威厳も何も無かった。


「あー……そういうことは後でやってくれないか?」

「!?」


 そんな2人をたしなめる声がクレールの次に出てきた少年の口から上がった。

 また、その少年を目にした瞬間、グリムが前に出て叫ぶ。


「《ビルドエラー》! また貴様が我々の邪魔をしにきたのか!」

「グリムか……まあそうだ。俺はお前達の邪魔をしにきたんだよ」


 《ビルドエラー》と呼ばれる少年、シンは怒気の篭ったグリムの発言を受けて軽く言葉を返す。


「俺にはお前達がどうして戦争をしているのかなんて知ったこっちゃないんだが、お前達が争うのは嫌だって奴がこの世界にはいるんだよ」

「何? それは一体誰のことだ! 貴様は誰の差し金でこのような事をする!」

「さあ? それは教えてやれないな」

「グッ……貴様――」

「ちょぃと黙れやグリムぅ。てめえ誰に断って発言してんだぁ?」


 《ビルドエラー》とグリムの会話にニーズが割り込みをかけた。

 ニーズは勝手に喋り始めたグリムへ殺気立った視線を向ける。


「……でぇ? 今の発言から察するとぉ? まさかてめえはこんなクソ生意気そうなガキにボコられたってことかぁ? あぁ!?」

「…………その通りです」

「カッ! 《鉄拳中将》の名も地に落ちたもんだなぁ……魔族の面汚しがぁ!!!」

「グゥ!?」


 ニーズは一瞬でグリムとの間合いを詰める。

 そして拳でグリムの顎を殴って粉砕させた。


「もういい、命までは取らねえでやるからてめえは黙ってろ」

「…………」


 ニーズの攻撃を受けたグリムは顎を手で押さえながらも静かに後ろへ下がっていく。

 それを見た《ビルドエラー》は眉をピクンと上げ、全軍の視線を浴びつつも構わずニーズへ声をかけた。


「グリムって確か魔族でもそれなりに地位が高い奴じゃなかったのか?」

「俺様の方が偉いから別に良いんだよボケェ! 今は俺様がこの軍の大将様だぁ!」

「へぇ、てことはもしかしてお前が魔王か?」

「……ちげえよ。今の魔王は俺の親父だ」

「なるほど、親父さんが魔王なわけか。そしてお前は親の威光を振りかざすイヤな奴と」

「! てめえ……まさか俺様にケンカ売ってんのかぁ? おぉ!?」


 《ビルドエラー》はニーズを挑発していた。

 自分と戦い、その力を認めたグリムを蔑ろにするニーズを《ビルドエラー》は快く思わなかったが故に。


「シンさん、抑えて」

「あなたが戦う気満々になってどうするんですの?」

「がるがるっ」

「っと……悪い、そうだったな」


 しかしそこで傍にいたフィルとセレス、それに獣形態のガルディアに諭された《ビルドエラー》は魔族と獣族両軍に聞こえるよう声を張り上げた。


「聞け! 魔族と獣族の兵達よ! お前達は400年前に争うのを禁じられたはずだろう! なのになぜお前達はここで争いを始める! 答えろ!」

「我輩達が戦う理由は魔族がミーミル大陸を脅かすからだ! その問いは魔族にしてもらおう!」

「なら魔族の大将らしいお前が答えろ! お前達はどうしてミーミル大陸に侵攻する!」

「ヒャハハ! それが魔王の意志だからだぁ! 魔族にとっちゃぁ魔王が言えば黒いモンも白くなんだよぉ!」


 《ビルドエラー》の問いかけに獣王とニーズが答える。

 それによって《ビルドエラー》はニーズを睨みつけ、厳しい口調で言葉を続けていく。


「なら軍を引け! 魔族の大将! ここで争ってもお前達に勝ち目はないぞ! そしてお前達がミーミル大陸で勝ちを得る事は今後一切無いと知れ!」

「いきなり出てきて何わけわかんねぇ事言ってんだよボケェ! てめえらが獣族の味方したって俺らは引く気なんて一切ねえぞぉ!」

「そうか……なら仕方がないな」

「あぁ?」


 ニーズは《ビルドエラー》の調子が変わったのを見て疑問の声を上げる。


 だがその後、《ビルドエラー》の背後から現れた巨体を見て今度こそニーズは驚愕を顕にした。



「ひれ伏せ愚民共。龍王たる余が直接出向いてやったぞ」



 何も無い空間から真紅の巨龍が現れた瞬間、魔族、獣族、精霊族の全兵は例外無く恐れおののいたのだった。

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