空間接続
「カッカッカッ! 人族にしてはなかなかやるな。いや、そなたは地球人とやらであったか?」
「……どうも、ちなみに俺は地球人だ」
龍王と戦った俺はボロボロになりながらも立ち続けた。
HPとMPは半分以上消耗している上にアイテムボックス内のMP回復薬も切れている。
後は俺がどれだけ気力を保って異能を使い続けていられるかというギリギリの状況だった。
負けたわけではないが、勝ったというわけでもない。
いや、見た目的に龍王はまだピンピンしているのに対して俺はもうヘトヘトであることを考えると、このまま戦いが続いていたらかなりマズかったというのは明白だろう。
「なんだその顔は? よもや、そなたは本気で余に勝つつもりだったのか?」
「負けると思って戦うほど俺は自分を捨ててねえよ」
「ククッ、その心意気や良しだ。余も自暴自棄より勝とうとする者の方が好ましいぞ」
玉座に座り直した龍王の問いに俺が強く答えると、彼女は口角を吊り上げて気分良さそうに足を組んだ。
結局の所、龍王にとって俺との戦いはただの戯れでしかなかったみたいだな。
ケンゴの言っていた上位の連中とはこういうのの事か。
面白いじゃねえの。
「それでだ、お前は俺達、というかクロスの頼みを聞いてくれるって事で良いんだよな?」
「ああ、いいだろう。どうせ余も退屈していたところだ。久方ぶりに獣族と魔族の様子でも見に行ってやろう」
俺は不安そうに戦いを見守っていたフィルからMP回復薬を貰いながらも龍王の言葉を聞き、ホッと胸をなでおろす。
そしてこれは俺だけでなく、いつの間にか人型になっていたガルディアも同様に顔の表情から緊張を解いていた。
多分これで獣族が魔族と戦う心配が無くなると思っての事だろう。
「しかしそなたは本当に強いな。初めは軽くあしらうつもりだったのだが、ついつい興に乗ってしまった」
「ふっふっふ、そうであろうとも。なんと言ってもシン殿は我が見い出した逸材であるからな!」
また、クレールは龍王に向かってドヤ顔をしていた。
俺が戦うまで怯えているだけだったのに調子のいいヤツだな。
それと、一応加護と大盾の件で今は感謝しているが、別に俺はお前に育てられたというわけじゃないぞ、クレール。
「シン殿は我が育てた」的な態度とってんじゃねえよ。
「フン、クレールが、か……いや、それもまた面白いか」
「?」
龍王もまたクレールのドヤ顔をうざいと感じたらしく、鼻を鳴らして口元をへの字に変えるが、その後すぐに何かを思い直す点があったのか再びニヤリと笑みを浮かべる。
「シン、と言ったな? 余はそなたに手を貸そう」
「あ、ああ。それは願っても無い話だが――」
龍王は玉座から降り、フッと俺の傍まで一瞬で移動すると突然体を発光し始めた。
俺はその光を見て目潰しかと思い、背後にいるフィルとガルディアを庇うようにして大盾を前に突き出す。
「そう警戒するな。ただそなたらと共に行動するのに最適な姿に調整しただけだ」
「な…………」
だが俺が警戒した龍王たるその美女は――ちょうどフィルとガルディアの間くらいの身長しかない、可愛らしい少女へと化けていた。
幼さの残る顔つきであるが、まさしくそれはさっきまで対峙していた龍王の顔であった。
「この程度のことで驚くな。自身の肉体を変化させる事などは『龍化』の応用で難なくできるのだからな」
驚く俺達に向かってちんまい龍王はそう言った。
でもなんでわざわざ少女姿になった。
意味無いだろそれ。
「手を貸してくれるのはいいんだが、それは別にさっきまでの姿でも問題無いだろ?」
「そうだな。しかしそなたは熟れた肉体よりも幼い肉体に欲情するのだろう?」
「いや、いやいやいやんなことねえよ!? いきなり何言ってんの!?」
けれど龍王が少女になった理由を聞いて俺は驚きの声を上げた。
「隠さなくとも良い。後ろに侍らせているメス共を見ればそなたの趣味も察せられるというものだ」
「別に侍らせてるわけじゃねえよ!」
確かにフィルもクレールもガルディアも小中学生くらいの見た目をしてるが、彼女達は俺のハーレムというわけじゃない。
まあフィルとクレールは俺の事が好きらしいけど、でもそんな爛れた関係ではないし、勘違いもいいところだ。
それに俺はロリコンじゃない。
アニメで好きになった美少女キャラは主人公より年下である妹的ポジションのキャラだったりすることが多いけど、それでも俺はロリコンではないのだ。
強いて言えば妹萌えだ、うん。
「き、貴様! もしやシン殿をたぶらかす気か!」
「さて、どうだかな」
「!」
俺が心の中で自分の性癖、というか萌えを感じる要素について整理していると、龍王がクレールと会話をしながらするりと俺の腕に体を寄せてきた。
そして龍王は鎧を着込んだ俺の腹を手でそっと撫で回す。
「……なにをしてるんですかね龍王様?」
「今の余は龍王ではなく火焔と呼ぶが良い」
しかも龍王は流し目をこちらに向け、自分の事は火焔と呼べと言ってきた。
闘うと決めた辺りから既に敬語も使わなくなった俺だが、龍王を名前で呼んでいいものなのかは迷う。
「な……な……な……! し、シン殿から離れろ! 火焔!」
そんな俺達のやり取りを見ていたクレールがワナワナと体を震わせて怒鳴り、彼女は俺と龍王……火焔を引き剥がそうとしてきた。
「あひゃぁっ!?」
すると火焔は俺からスッと離れてクレールの前に行き、彼女の胸を手で鷲掴みにした。
「フン、あいかわらず初心なヤツだな。しかしその表情は何度見ても良いものだ」
「や、ちょ、やめ……ひぃ……」
「良いぞ、もっと鳴くがいい」
口元をニヤリとさせながらクレールの胸を揉みしだき続けている火焔はとても楽しそうだ。
もしかしたら数百年前も似たような事をしていたのかもしれないな。
というかクレールよ。
もしかしてお前は昔から精霊王と龍王にそんな扱いをされていたのか。
胸がでかいのも2人に揉まれ続けたからなんじゃないのか?
「あー……とりあえずそろそろ魔軍が侵攻してるヴァルハラに行きたいんだが」
俺はじゃれあっている様子の美少女2人(推定年齢500歳以上)に声をかけた。
「ここからだと数ヶ月単位の移動になるはずだから早いとこ動かないと――」
「いや、それは問題ない。1000年の時を生きた余の力を甘く見るなよ」
「? それはどういうことだ?」
「こういうことだ」
「!」
ヴァルハラまでの道のりが長いものになると腹をくくっていた俺は、火焔のとった行動を見て思わず目を丸くした。
火焔は目の前にある空間を切り裂き、その空間の先に死の大地――ヴァルハラの風景が見えた。
「『空間接続』。余の編み出した秘術の一つだ」
「空間……接続……?」
「ああ、『空間接続』は膨大なマナを消費することにより、この場の空間と遠くにある場の空間を繋げるというものだ。今はウルズ寄りのヴァルハラへと繋げている」
「……へえ」
そんな凄い魔法があったなんて初耳だ。
マナ(MP)をどれだけ消費するのかは知らないけど、こういう便利魔法が俺達も自由に使えれば良かったんだが。
「さあ早く中に入れ。余といえどもこの術を長く維持し続けられるわけではないゆえな」
「わ、わかった」
火焔に促された俺達は急いでその空間の切れ目に飛び込む。
すると俺達は一瞬でアースガルズからヴァルハラに移動することができた。
目の前には岩と砂とひび割れた地面が広がっていることから、俺はここがかつて通ったヴァルハラであると確信を持っている。
おそらくはフィルやガルディアも同じだろう。
「こんな魔法を実現させるとは……火焔よ。貴様はもしや、既に世界を手中に収められるだけの力を有しているのではないか?」
そしてクレールが火焔に問いかけた。
確かに、こんなチート技がいつでも使えるなら火焔は他の王をあっさり倒して世界制覇を達成できるような気がする。
どれだけ強い奴だろうと最強生物である火焔の奇襲を受けたらタダでは済まないだろうからな。
「フン。世界制覇など古い話だ。今はかつてのような野心も無い、ただの老いぼれに過ぎん」
しかし火焔はそう答えを返して「ふぅ」とため息をついた。
「さて、ではそろそろ魔族がどこにいるか探すぞ。一瞬でヴァルハラに来たとはいえ、この地も広大だ。捜索するのにも手間がかかるだろう」
「あ、ああ、わかった」
今は火焔の話を聞くよりも魔族の侵攻を止めるほうが先か。
それを再認識した俺はまず通信を行うことにした。
通信先はケンゴだ。
もしかしたらケンゴ達がまだヴァルハラ付近にいるんじゃないかと思っての連絡だ。
『よおシン。てめえがこうして連絡をよこしたって事は何かあったか?』
「まあ、何かあったから連絡させてもらった」
『ふーん。それで何があったんだ?』
「実は――」
その場ですぐにケンゴと通信ができたので俺はこれまでの経緯と魔軍を探している事を話した。
『へえ、まさか龍王を連れてこれるとはな。俺も前に挑んだ事があったんだが、その時はコテンパンにされちまったぜ』
「だろうな……」
STRにステータスを全振りしているケンゴにとって強力な範囲ブレスを放つことのできる火焔相手に一対一で戦うのは分が悪いとしかいいようがない。
俺みたいなVIT極振りで耐えたりステータスとは別の概念ですばやく動けたりするわけでもない近接アタッカーのケンゴが1人で火焔と戦ったらどうなるかなんて火を見るより明らかだ。
それに剣術の方も多分火焔の方が上だ。
ケンゴが異能をフル活用したら、剣同士の戦いでは分があるかもしれないけど。
『ま、そういうことなら俺達も協力するぜ』
とりあえず火焔同様ケンゴの昔話も今は置いておこう。
俺はケンゴがヴァルハラにいるという話を聞き、合流するべく仲間達と移動を開始したのだった。




