龍王
「余に何の用だ。命知らずの小僧共」
龍の道を駆け抜けた俺達はその先で一人の龍人族と出会った。
その龍人族の女性は鋭い目つきながらも端整な顔立ちをしており、髪と瞳は燃えるような真紅色、そして二十歳くらいの見た目をしている。
だが俺はその女性を見た時、美しいと思うよりも恐ろしいと先に感じた。
その姿からではわからないが、俺は直感のみでこの人物が強いと断定していた。
「……ほう、久しいな、クレール」
「う…………」
龍人族の女性は影の中にいるクレールを看破したらしく、軽く挨拶をしてきた。
クレールの知り合い。
しかも龍王がいるとされている道の先にあった玉座に座っていた。
ということはつまりこの女性こそが――龍王なのだろう。
「……久しぶりであるな、火焔。元気にしていたか?」
「退屈しておるが余はまだまだ壮健だ。むしろそなたのほうが不調なのではないか?」
「ぐ……ま、まあそれについては大分改善された。シン殿のおかげでな」
「シン?」
「この者の名だ」
「む……」
龍人族の女性は影から出てきたクレールの言葉を受けて俺の方を向いた。
ただ視線を向けられただけだというのにとんでもない威圧感が俺を襲う。
しかし俺はその視線から逃げず、その場に踏みとどまった。
「ほう。余の目を直視できるとは。なかなか見込みのある男だ」
「……どうも」
するとなぜか褒められた。
相手から目を逸らさないことは戦闘の基本だろうに。
「し、シンさん……」
だがフィルの方はかなりツライようだ。
フィルは直接視線を向けられているわけでもないのに不安そうな声を上げている。
そんな彼女の頭に手をのせて優しく撫でつつも、俺は龍王であるらしき女性に向けて問いかけた。
「俺の名前はシン。地球人です。クレールの知り合いのようですが、あなたが龍王でしょうか?」
「いかにも。余は初代龍王、火焔だ」
初代龍王。
目の前にいる美女は自分が龍王であることを肯定して口角をつり上げた。
「ひっ……」
「…………」
龍王が微笑を浮かべるとクレールが怯えを帯びた声を漏らした。
そういえばクレールって精霊王と共闘して龍王と戦った事があるんだよな。
精霊王の話によれば龍王にはまるで歯が立たなかったらしいから、もしかしたらクレールはトラウマになっているのかもしれない。
でもここでビビるなよ死霊王さんよ。
元からだけど威厳も何もあったもんじゃないな。
そんな事を思いながらも俺は神器をチラつかせ、龍王にここへ来た理由を説明し始めた。
「……ほう、クロスか。確かに余はクロスの友人と言っていいだろう」
俺の話を聞き終えた龍王は口元を緩ませた。
どうやら手ごたえアリのようだな。
「そうじゃあ俺達に手を貸し――」
「しかしだからといって余が動く理由にはならんな」
「…………」
けれど俺達の力にはなってくれないようだ。
話が違うぞクロスー。
お前の名前出しても全然協力してくれないじゃんかー。
「……そこをなんとか頼めませんか? 一応これはクロスの頼みなんですけど」
とりあえず俺は龍王にもう一度懇願してみた。
別に俺は魔族と獣族がどうなろうと知った事ではないと言える立場であるが、ガルディアはそうではない。
今回の交渉が破綻すればガルディアの父であるという獣王は今度こそ死んでしまうかもしれない。
こう考えているからこそ彼女はここまでの道のりをかなり急いで来たのだ。
それを俺はこいつに乗って移動している間に察したからこそ、ここで引き下がるわけにはいかないと思い直して再び口を開く。
「いくら友人の頼みといえど、魔族と獣族が勝手に始めだした戦争を止める義理など無い……だが条件次第では受けてやってもいい」
が、その前に龍王はそう言って玉座から立ち上がった。
「余を楽しませてみろ。それができたらそなたらの頼みも聞いてやろう」
「!!!」
そして龍王は龍と化し、俺達を見下ろしてきた。
今目の前にいる龍はさっきまでの龍族とはレベルが違う。
大きさは3倍以上、身を守る竜皮はどこまでも深く濃い真紅、その威圧感は先ほどまでとは桁違いで他の生物と比べるのもおこがましいほどだ。
そんな生き物が俺達を見下ろしている。
クレールなんかは「あわわわわ……」といってガタガタ震えている始末だ。
もうお前後ろに下がってていいよ。
「そこの小僧。余と戦え。まあ、怖いのであれば仲間の助力を得ても構わんが?」
「……わかった。それじゃあ俺が1人で相手してやる」
「! シンさん! オレも――」
「いや、俺1人でいく」
今龍王は俺を挑発してきた。
ならば俺もその挑発に乗ってやる。
もとより俺は売られたケンカは買う主義だ。
それがたとえ龍王であろうと変わらない。
「……ほう。1人で挑むか。いいぞ、余はそなたを気に入った。だからといって殺してしまわない保証など無いがな」
「そうか……でも俺は簡単には死なないぞ! 龍王!」
俺は龍王に向けて叫ぶと異能をフル発動した。
それにより俺の体感時間は数十倍に引き延ばされ、周囲の動きが停滞し始める。
今回はここに来るまでに異能を殆ど使っていない。
つまり俺の調子は絶好調。
更に言うなら俺はケンゴと戦って以来、異能を使う訓練も数年ぶりに再開し、それによって異能を使うのも今までより大分スムーズになった。
まだ使いこなせているという実感など全然沸かないが、ミーミル大陸を旅していた頃と比べると異能を扱う技術は格段に上昇している。
それにどうもアースでのほうが異能は使いやすい気がする。
多分身体能力の違いが関係しているのだろう。
「うらぁ!!!」
龍王との間合いを一瞬で詰めた俺は挨拶代わりに『エクスヒール』を当てる。
しかもそれは死霊の大盾と神器『クロス』を手に持った状態での攻撃だ。
異能によって不意をつき、フルパワーの回復魔法攻撃を与えるというコンボが決まればどんな相手でも――
「その程度か? 小僧」
「!?」
龍王は耐えた。
というよりも、HPバーが見えなくて攻撃が通じたかどうかすらわからない。
アースにおける俺達地球人は集中すると生き物のHPバーが見える。
これはアース人には見えないものなので、おそらくは俺達専用のルールであろうと早川先生から教わった。
だがたまにHPバーが無い生物というのも存在する。
身近の例ではクレールもHPバーが見えなかったりするのだが、このHPバーが見えないという現象には諸説ある。
一つ目は俺達に適用されるルールの誤作動であるという説。
稀にではあるがHPバーが見えないアース人はおり、それは屈強な冒険者であったり町に住む普通の少女であったりで今一つ傾向がつかめない。
けれど二つ目の説、アースの上位者には俺達のルールが通じないという説もある。
この説はつまり、クレールや龍王が真の強者であるという証明を意味するのだ。
とはいっても、俺の最大出力によるダメージヒールもそこまで甘い攻撃ではないはずなんだが……
「次は余の番だ」
だというのに龍王は苦しむ様子を全く見せず、口を開いて炎の息を吐いてきた。
俺はそれを見て咄嗟に大盾を前へとかざす。
……これが以前精霊王が口にしていた『灼熱のブレス』か。
その名に恥じない威力だ。
『炎無効』という最強クラスの耐性付与が施されているはずの大盾が溶け始めているのを見ながら俺はそう分析していた。
「くっ!」
しかしブレス攻撃はなんとか耐え抜くことができた。
大盾の方もまだ大丈夫。
自動修復も機能している。
まああと三回ほど連続で今のブレスを受けたらオシャカになりそうだが、そうなる前に決着を付けよう。
そう思った俺は龍王に対し、『エクスヒール』、『ハイヒール』、『ハイヒーリング』、『ヒール』、『ヒーリング』を立て続けにぶち当てていく。
標的がでかいから回復魔法を当てるのも非常に楽だ。
けれどその攻撃で龍王が怯む様子も無い。
龍王の体力は桁外れか。
おそらくはアースの中でも最もタフな生き物なのだろうから、それも当然と言えるが。
「今のは少し効いたぞ。やればできるではないか。流石はクレールが連れてきた者だと褒めておこう」
「……そりゃどうも」
龍状態でも変わらない流麗な女性の声音で龍王は俺を褒めてきた。
だがダメージをくらった様子がまるで見られない以上、それは嫌味にしか聞こえない。
俺はブレス攻撃をこれ以上まともにくらわないよう高速で移動しながらも龍王へ向けてダメージヒールを放ち続ける。
「しかしこれではいい的だな。少々趣向を変えるか」
そして俺の攻撃を受け続けた龍王はそう言って人の姿に戻っていった。
また、龍王はいつの間にか右手に日本刀のようなものを携えており、切っ先を俺に向けた。
「……別に人化しなくてもよかったんじゃないか? 龍の状態で空高くに飛んでブレスを吐かれたら俺も対処できなかったぞ」
「馬鹿め。そんなことをして何が楽しい?」
「…………」
……つまり俺とは対等な条件で戦ってくれるってわけだな。
舐めプであると言ってしまえばそれまでだが、こちらとしては都合がいいからまあいいさ。
それに、相手がそういう戦いをするというのであれば俺はその足元をすくわせてもらおう。
「スゥ……フッ!」
俺は前々から密かに特訓していた《時間停止》の任意発動を龍王に向けて行った。
わざわざ的を小さくして効果範囲内に収まってくれたからこその発動だ。
これはまだ俺も完全に制御し切れている力ではないが、射程3メートル以内の物体を数分間止めるくらいの事はできる。
「!?」
「む? なんだこれは?」
……が、おそらくただの直感で龍王は俺の《時間停止》を回避した。
龍王は俺が《時間停止》を使用するべく睨みつけた途端に体を右に動かしたのだ。
「腕が動かんな……」
しかし俺の《時間停止》は龍王の左腕を止めたようだ。
それを見て俺はホッと息をつく。
《時間停止》を任意で発動させるのはさっきので精一杯だ。
これ以降は警戒されているだろうし、もう当てることはできないだろう。
でも相手の腕もしばらくは使えない。
ならばここは一気に畳みかけ――
「ふんっ」
「な……」
……と思っていたら龍王は突然自分の腕を刀で切り飛ばし、そこから新しい腕を一瞬で生えさせた。
「さあ、続きといこうか」
「……やれやれだな」
俺は目の前にいる化け物に対抗するため、『クロス』をアイテムボックスに入れてメリー特製の小盾を手に持った。
相手が人型であるならこちらは守りながらの攻撃をした方がいいと判断してのスタイルチェンジだ。
「ほう、なかなか様になっているな。もしやそれがそなたにとって本来の戦法か?」
「まあな、だからここから先は俺に傷をつけることなんてできないぜ!」
「フン! そうだ! その意気だ! そうでなくては面白くない!」
どうやら龍王は俺の態度にご満悦のようだ。
こっちは必死こいて戦ってるっていうのに。
「いくぞ!」
俺は舌打ちしたい気持ちと1000年以上生きたという龍王の剣技に期待する気持ちを半々ずつ持ちながらも攻撃を待ち構えた。
こうして俺達はその後も戦い続け、およそ半日という時間が経過した頃になって龍王はようやく満足したのか、高笑いをあげながら玉座に座り直した。
そんな姿を俺は戦闘でボロボロになりながらも立ったまま見続ける。
「カッカッカッ! なかなか骨のある男だ! ……いいだろう。ここまで粘った褒美に、余はそなたらの頼みを聞いてやらん事もない」
「そりゃ……どうも…………はぁ……」
俺は上機嫌な龍王を見て「なるほど。こいつは俺と同類、バトルマニアだったってわけか」と思いながら大きくため息をついた。
そして俺達は今度こそ龍王にクロスの頼みを聞いてもらえる事となったのだった。