無茶振り
テキサスへと戻ってきた俺達はウルズの泉を使って始まりの町へと帰り、早川先生に「生命の花」が咲いていた場所の土や水、それに周辺の気温や湿度、またフィルの描いた絵等を渡したところでログアウトした。
そしてまたログインしたら次の調査を言い渡され、俺達はその調査をするために現地へと向かう、というような事を2回ほど繰り返した。
この間に俺は自分の異能を考え直していたりもしたが、その日々はとても穏やかだった。
しかしそんなある日に夢でクロスと出会った。
「よう、久しぶりだな。どうかしたか」
「…………」
クロスは眉にシワを寄せて黙りこくっている。
なんか不機嫌っぽいな。
どうかしたんだろうか。
「……のう、お主はウルズ大陸に戻ったら迷宮攻略を進めるのではなかったのか?」
「え?」
「え? ではないわ! 迷宮攻略をほっぽりだしてお主は一体何をしておるんじゃ!」
「ど、どうどう」
突然怒り出したクロスを見て俺は落ち着くよう促した。
つまりあれか。
クロスは俺が迷宮攻略とは全く関係のない事をしていたから怒っているのか。
「わしはお主が戻ってきたら真っ先に地下迷宮へ潜ると思っておったのに……」
「あ、ああ……そうだったのか?」
「そうじゃそうじゃ!」
なるほど。
そういえばここしばらく迷宮に入るという事も無かったな。
迷宮は今現在地下34階までマッピングが完了しているのだとか。
俺がいない間に地下30階層のボスを倒していたそうだ。
ちなみにこれはあまり詳しく聞いた話じゃないが、その際のレイドパーティー30人にはミナやサクヤ、それにユミやマイ、氷室なんかも入っていたらしい。
何気にあいつらもメキメキ強くなっているということなのだろう。
最近は全然話す機会が無かったりするんだけど。
「お主が迷宮攻略に挑めば地下60階までは問題無く進めると思うのじゃが……」
「だろうな」
今の俺とフィルのレベルは64。
それに俺達とパーティーを組んでいるクレールやガルディアも、レベルという概念は無いが相当強い。
迷宮はその階層の数字と同じレベルのパーティーで攻略するのが適正であるというようなことがかつてのクロクロ運営ホームページに書かれていたから、まあ人数不足でも地下60階辺りまではいけるだろう。
でもそれはどうなんだという気持ちが俺の中にはある。
ただレベルと装備でごり押ししてそこまで進める意味があるのかと思わずにはいられない。
「別に今すぐに最下層まで進めるわけじゃないんだから、あんまり焦らなくてもいいんじゃないのか?」
「そ、それはそうなんじゃが……なんだかお主、あんまり迷宮を攻略する事に熱心ではないのう……」
「まあ、それは否定しない。元々迷宮を攻略するのは他者と競うゲームみたいなものだったからな」
ただの作業として見てしまうと迷宮攻略もあまりやる気は起きない。
それに俺達だけでガンガン攻略を進めていくのは面白くないと思う連中も出てくるだろう。
変なやっかみを受けてまでやりたくはないな。
「それにお前も今すぐ助けてもらわないと困るってわけじゃないだろ?」
「むむぅ……」
俺が問いかけるとクロスは悩んでいるような表情をしてうなり声を上げ始めた。
「神であるわしがなんでも願いを叶えると言っておるのに……それではお主を迷宮攻略に駆り立てさせぬのか?」
「とはいっても、そのなんでもってところが曖昧過ぎてイマイチ惹かれないな」
これまで俺は神からの報酬目当てで迷宮を攻略していたわけではない。
ただ単純に迷宮で得られる経験値やアイテム、金といったもののために潜っていた。
だって神からの褒美なんて想像もつかないんだから、しょうがないだろ。
「実際の所、迷宮から開放されて自由になったお前は具体的に何ができるんだ?」
なので俺は今更であるがクロスに訊ねた。
この辺が曖昧過ぎるのが俺のモチベーションに繋がらない原因だと思うからな。
「ふむ、わしは転生を司る神であるゆえ、叶えられる願いもその辺りが関係するのう」
「というと?」
「お主が望むなら、地球で死を迎えた場合、記憶を保持したままアースで第二の人生を送る事ができるぞい。もしくはアースで死んでしまった場合、一度だけ復活する機会を設けても良い。わしが迷宮攻略者にやれる褒美とはそういったものじゃ」
なるほど。
具体的に聞くとその褒美は凄いな。
アース限定ではあるようだが、クロスから褒美を貰えば本当に転生する事ができるし、生き返る事だってできるということか。
それらの行いはまさしく神の御業と言える。
「しかし……お主が今はその気にならないというのであれば無理強いはせん。わしは迷宮が攻略されるのを気長に待つし、それで攻略した際の褒美を渋るということもない」
「へえ、随分太っ腹じゃないか」
「まあの。しかしその代わり、わしからお主に別のお願いがあるのじゃが」
「? 別のお願い?」
迷宮攻略以外のお願いとは珍しいな。
とりあえず聞くだけ聞いてみるか。
「最近また魔族の動きが活発化してきているようじゃ。おそらく魔族は再び軍を率いて獣族、あるいは人族へと攻撃を開始するじゃろう。じゃからお主にはその軍をなんとかして止めてもらいたいのじゃ」
「おいおい……ちょっとそれは荷が重すぎるぞ」
いくらなんでもそのお願いを聞くのは厳しい。
戦争を止めろとか無茶振りもいいとこだ。
一応俺だってただの高校生なんだぞ。
「アースの秩序を維持することがわしの使命なんじゃ。それが今現在果たされない状況なのじゃから、誰かが代わりにやるしかあるまい」
「でもなあ……」
俺にもできる事とできない事がある。
クロスの頼みなら聞き入れてやりたいところではあるんだが。
「おそらくは次も魔族はミーミル大陸を攻めるじゃろう。そしてそうなれば獣族はこのままだとおそらく負け、ミーミル大陸の民は多大な被害を被るはずじゃ」
ミーミル大陸が、か。
ここでウルズ大陸にいる俺達は関係ありません、という面もできなくはないけど、あそこには俺も少ないなりに知り合いがいる。
そいつらが困る事態になるというのは嫌だし、獣族が負けるということは獣王が死ぬということだろう。
獣王はガルディアの父だ。
なら獣王が死んだらガルディアは悲しむ。
まだ一緒に過ごした月日なんてそれほどでもないけど、あんな幼い子に親が死んでしまう悲しみを背負わせたくないな。
「もしお主では手に負えないと思うのであれば、龍王の手を借りるがよい」
「何、龍王?」
「そうじゃ……まああやつが素直に手を貸すとも思えんのじゃがな」
龍王か。
確か龍王のいる国はこの前行った『テキサス』の更に北側の方にあるんだよな。
俺が魔軍の侵攻を止めることはできずとも、龍王ならあるいは何とかできるかもしれないな。
「まあ……お前の頼みだからな。行くだけ行ってみる」
「おお、引き受けてくれるか」
「お前には色々世話になっているからな。お安い御用とはいかないけど、やるだけやってみるさ」
今すぐクロスを迷宮から解き放つことはできない以上、こいつが魔族を止める事はできない。
なら誰かが代わりに止めるしかない。
もしも魔族がウルズ大陸に攻め込んできたら俺達も困るからな。
ここで戦争回避を模索するのもやぶさかではない。
とはいってもやる事はただ龍王にお願いをしに行くだけなんだが。
「でも龍王って俺みたいなのが直接会えたりするものなのか?」
「お主なら問題ないじゃろう。龍王は玉座にたどり着けた者の話はとりあえず聞くからの」
「それってつまり強行突破で無理やり会いに行けと?」
「そういうことになるのう」
なかなかハードな面会の仕方だな。
まあ俺達なら多分問題なく会えるだろうけど。
「でもお願いを聞き入れてもらえなかった場合はどうする事もできないぞ」
「それもおそらく大丈夫じゃ。わしは龍王と面識がある。じゃからお主がわしの名を冠する『神器』を携えて事情を話せば、もしかすると力になってくれるやもしれん」
「もしかしたらか……わかった」
クロスと龍王は知り合いなのか。
龍王は1000年前からずっと生き続けているらしいからそれも不思議じゃないか。
とりあえずクロスがそう言うなら悪い事にはならないだろうということで俺は首を縦に振った。
こうして俺は龍人族の王であり、八大王者中最強の存在である『龍王』に会うべく、ウルズ大陸の北側に位置する『アースガルズ』へと赴くことになったのだった。




