生命の花
俺は今、フィル、ガルディア、クレールを連れてテキサスという村まで来ている。
俺とフィルはガルディアに乗り、クレールは俺の影に入るというトンデモ技を用いてスムーズに移動することができたため、始まりの町から3日程度でたどり着くことができた。
本来なら一週間はかかる道のりだったらしいが、ガルディアの足ならその半分以下で済む。
ガルディア様様だな。
そしてなぜ俺達がここまでやってきたかというと、早川先生からとある調査を任されたからだった。
「生命の花?」
「そうだ」
アースにログインし直した俺は早川先生に呼び出されていた。
「ここから北西へ進んだところにテキサスという名の村がある。その村自体は特に目立ったものがあるわけではないのだが、最近になって『生命の花』が生えているという情報が手に入った。君にはその真偽を確かめに行ってもらいたい」
「はぁ」
俺は早川先生の説明を聞いて生返事する。
『生命の花』といえばわりと重要なアイテム的存在だ。
その花が蓄えている蜜を飲むと生命力、俺達で言うところのHPが増えるというチートアイテムなのだとか。
だからもしそんな花が自然に生えているのだとすれば調査しないとだろう。
その花は地球人が量産できないかと品種改良をしていたりするって話も聞いたことがある。
こういった理由から、天然物がどのような環境下で育っているのかという情報をアースのいたるところからかき集めているらしい。
「でもなんでそんな調査を俺に?」
「君はしばらく暇そうだったからな。こうして仕事を振ってみたというわけさ」
「……なんで俺が暇そうなんですか。俺だってそれなりに暇じゃなかったりしますよ?」
「嘘をつくな。どうせ君はしばらく本格的なレベリングをする気なんてないのだろう? しかも君は学校の授業を殆ど免除されている身のはずだ。一体何をするという?」
「う……」
流石先生だ。
俺の現状をきちんと把握していらっしゃる。
実際の所、今の俺では始まりの町周辺で狩りをする旨味が少ない。
少し足を伸ばせば適正レベル30~40ほどの狩場もあったりするが、60オーバーの俺では経験値もすずめの涙ほどだろう。
金の方も今は困っていない。
だからここにいる以上は積極的な狩りをする理由がない。
狩りにおけるプレイヤースキルもレベル差がありすぎてあまり鍛えられないだろうしな。
加えて、学校の授業もあまり気にしなくていい。
時々始まりの町に設立された校舎で授業を受けていたりするが、アースにおける俺達は生徒というよりも調査員として扱われている。
なので俺達はアースで生きぬくだけの力を蓄えられたらアース調査という任務をさせられる事になっていた。
つまり今の俺はもう調査員として活動させても問題無いと早川先生は判断しているんだろう。
まあそれでもここではまだやれる事――迷宮攻略とかがあったりするんだけどな。
でも俺は今の状況でそれをやっていいものなのか悩んでいたりもする。
……あとミナたちの件もひとまず保留にしている。
多分向こうもあえて俺を避けているんだろうからな。
今は無理に話しかけようとせず、向こうから話しかけてくれるようになるのを待とう。
その間、俺は自分の限界を知る事に専念しているから、できるだけ早く声をかけてほしいな。
「いやなに。今回の調査は子どものおつかい程度の難易度だ。そう気を張らなくても問題は無いぞ」
「……別に俺は緊張しているとかそういうわけではありませんよ」
俺がミナ達に思いを馳せていると、その様子を見て早川先生は誤解してしまったようだ。
緊張しているとか思われるのは癪だ。
元々今までだって訪れた町や村についてや、その周辺で現れるモンスターの分布や習性などのレポートを書かされたりしていた。
今回の調査もその延長線上にあるものに過ぎない。
「それに君は私に恩を返すべきなんじゃないか? 『アクラム』における空き巣事件の際に君が起こしたPK紛いの行為を私がひたすら頭を下げる事で有耶無耶にしたんだからな」
「え……そ、そうだったんですか」
「ああ。そうだったんだ」
「へー……」
どうやら早川先生は俺がミーミル大陸でやりすぎた一件でお咎めをくらうのを阻止してくれていたらしい。
こんな話を聞くと益々断りづらくなってしまうな。
「……わかりました。行ってきますよ、その花を調査しに」
「そうか。ではくれぐれも慎重に事を進めてくれ。たとえミーミル大陸から無事帰ってきた君でも油断をすれば命を落としかねないからな」
こうして結局俺は早川先生から依頼を受けることになった。
「ああ、あとこれを君に渡しておく」
「? なんですかこれ」
と、そこで早川先生からカードサイズの青いプレートを手渡された。
「『スキルジャマー』というこの世界に存在する技能封じのアイテムを元にして改造した『アビリティジャマー』だ。これを割るとおよそ一分間ほど半径3メートル内で発動される異能を阻害できる」
「異能阻害……『アンチアビリティ』ですか?」
「似たようなものだ。とりあえずこれがあれば空間転移系の異能者に出くわしても以前のようにはいかないだろう?」
「そうですね」
異能の発動を阻害する装置『アンチアビリティ』が地球にはあるのだが、まさかアースでもそれに近い物を作り出せるなんてな。
これを使うと俺のアビリティも一時的に使えなくなるだろうけど、そこは異能無しで戦ってやるまでだ。
「では話もこれくらいにして早速調査に向かってくれ」
「了解」
こうして俺は同じく調査を任されたフィル、足役のガルディア、それにクレールと一緒にテキサスへと向かった。
ちなみにガルディアは足役だが、クレールは別に来なくてもよかった。
しかしクレールは俺とフィルが2人で旅をしていた事が羨ましかったらしく「貴様達だけでまた旅をするなんてずるい」ということで有無を言わさずついてきたのだった。
そして俺達はテキサス周辺をひたすら歩き回り、更に3日が経過したところでようやく『生命の花』を見つけることができた。
「流石にそこまで多く咲いているわけでもなかったか」
テキサスから西の方にあるグアダルーペ山脈の奥にその花はあった。
けれどそこには生命の花が12輪ほど生えているのみで、どうやらこれで全部のようだ。
まあこの花が100とかあったらもっと騒がれていてもいいはずだからな。
山奥という立地条件も絡んでいるだろうけど、10もあったら御の字か。
「で、だ。本当に俺が飲んでいいのか?」
「オレは良いと思……います」
「我にとってはむしろ毒だしな」
生命の花は摘み取ってはいけないらしい。
この花は適した環境でないとすぐ枯れてしまう上に、蜜も直接啜らないと効果が悪いのだとか。
栽培が難航している理由の一つでもある。
そういうわけで、俺達はこの花が生えている周辺の環境情報を調べればいいのだが、HPを上げるという花の蜜は俺達が貰っていい事になっている。
今回の報酬的な扱いだな。
なのでこの場合、俺達4人が飲んでいいという事になるのだが、それをフィルとクレールは辞退した。
クレールのほうはただ単純に不死族の都合によるものだが、フィルは普通に俺へ譲るというのだ。
タンクである俺としては、HPを上げられるのなら是非上げておきたいところなのだが……
「でもそれだと不公平じゃないか? ここまで4人で探しに来たわけだし」
「なに、我はこうして外の世界を見られるだけで十分だ」
「攻撃力を上げられるものなら別だけど……HPならシンさんが上げるほうが良いから」
「……そっか、ありがとな」
そういうことならありがたく頂くとしよう。
紙を取り出して生命の花周辺をスケッチし始めたフィルと、彼女の書く絵を見て「おお!」と驚いているクレールに向かって俺は感謝の言葉を告げた。
「わ、私の分はあげませんよ!」
「ああ、はいはい」
フィルやクレールは辞退したが、ガルディアは花の蜜に興味津々のようだ。
こいつの場合はHP(生命力)云々ではなく、ただ単に食い意地がはっているだけだな。
「それじゃあ失礼して……」
食いしん坊なガルディアから視線を外した俺は生命の花に顔を近づけ、花びらの基部に溜め込まれた少量の蜜をそっと啜った。
「お……」
すると爽やかな甘さが口の中に広がり、それと同時に何か力が漲るような感覚に襲われた。
なので俺はメニュー画面からステータスを見ると、HPが1だけ増えている事が確認できた。
どうやらHPを上げるという話は本当だったようだな。
「これなら定期的にここへ足を運ぶのも悪くないかもしれないな」
生命の花が十分に蜜を溜め込むには1ヶ月以上かかるらしい。
でもレベルを上げずにHPを上げられるというのであれば来る手間をかける価値は十分ある。
「んん~美味しい~」
「……一応フィルとクレールは俺に譲ってくれたんだが……まあいいか」
ここには生命の花が12輪あったのだが、ガルディアは6輪分の花の蜜を飲んで幸せそうな表情をしていた。
彼女の中では俺と半々という計算になっていたようだ。
「あの~ご主人様~、もしあれでしたらもうちょっと飲――」
「残りは渡さん」
しかもガルディアは飲み足りないようで、ねだるような声音を発したが、俺はそれをスッパリ切って残った花の蜜を急いで飲み始めた。
ただのお菓子程度ならあげてもいいが、今回のはわりと重要な強化手段なのでこれ以上渡すわけにはいかない。
「そんなに美味いのか。なら我も味見程度はするべきか」
俺が蜜を全部飲み干したところでクレールがそんな事を言い出した。
「いや……もう全部飲んじゃったよ。そういうことはもっと早くに言ってくれ」
「ふふふ、まだ残っていそうな所があるであろう?」
「何? それはどこに――」
俺がクレールの言葉に首を傾げそうになっていると、彼女は俺の首元に両腕を絡めてきた。
クレールは俺の口元を見ながら自分の唇を舌で舐めている。
これはつまりあれか。
「だ、だめっ!」
「ぐみゅっ!?」
クレールの唇が俺の唇に接触をしようとしたところでフィルがその間に手を割り込ませてきた。
そして更にフィルはクレールの顔を手の平で押し、顔が潰れたクレールから変な声が上がった。
「……前にも一度したのだから別に良いではないか」
「だ、だめなものはだめ! し、シンさんは付き合ってない女の子とそういう事はしないって決めてるんだから! で、でしょ! シンさん!」
「あ、ああ、まあな」
今ナチュラルにキスをされそうになっていて気後れしたが、俺はフィルにその辺でしっかりした男になるって誓っていたんだった。
前に一度クレールには不意打ちをされているけど、だからといってここでそういうことを許容しちゃいけないな。
「あ、で、でもオレもちょっとだけ味……いや、なんでもないです」
「?」
フィルが何かを呟いた。
けれど俺がそれを聞き終える前に彼女は再びスケッチ作業に戻っていった。
なんだかよくわからないが、とりあえずクレールにはきっぱり断っておこう。
「クレール。もし蜜の味見をしたいならガルディアと口移ししてくれ」
「む……わ、我にはそういう趣味は無いからな……」
「そっか」
どうやらやっぱりクレールの本命は蜜ではなく俺であったようだ。
相変わらずこいつには隙を見せられないな。
「んー? 残ってるかわかんないけど味見したいならいいよー」
「んんっ!?」
「「!?」」
と思っていたら、そんな俺達の会話を聞いていたガルディアが突然クレールにキスをした。
しかもねっとり濃厚な舌を絡めたディープなキスを。
なにやってんだガルディアは。
「ん……美味しかった?」
「…………よ、よくわからなかった」
「そう? じゃあもう一回――」
「! いや! もういい! もう十分味わったから! ご馳走様でした!」
「んー? そう?」
天然なのかわざとなのかよくわからないガルディアにクレールは押されていた。
ガルディア的には今のは別に大したことじゃないみたいだが、クレールは顔を赤くして彼女から距離を取っている。
こういう反応するからクレールは精霊王に遊ばれていたんだろう。
ちなみに精霊王についてはクレールに話してあるが、彼女は「そ、そうか……」と顔を引きつらせながら呟くだけで、あまり多くを語らなかった。
かつてクレールと精霊王の間に一体何があったのか、ってそんな事はどうでもいいか。
でも今のは本当に不意打ち過ぎたな。
「……シンさん、顔がにやけてる」
「……気のせいだ」
フィルから指摘が飛んできた。
美少女2人のキスシーンを見てつい顔が緩んでしまったようだ。
「それじゃあ一度村に戻って休もう」
俺は心の中で「ごちそうさま」と呟きつつ、フィルの印象を下げないよう誤魔化しながらも帰路についたのだった。




