パーティープレイにおける回復しない回復職の有用性について
「ようこそ。アース世界へ」
クロスと別れた先は前回強制ログアウトさせられたとある町の中だった。
そして俺は予め指定されていた地区まで走り、クラスメイト達と合流した。
「今私達がいるのはアース世界の3箇所に設置されていた始まりの町の中の一つ『ミレイユ』だ。君達の中でも何人かは既に来た事があるだろう」
大広場に集まった俺達を前にして早川先生の声が響き渡る。
また、その広場には別クラス、別学年のプレイヤー達も担任教師から説明を受けているような姿が見えた。
多分他の場所でも同じ事が行われているんだろう。
「ここに集合するまでの過程で自分の体が地球と同じように動くという事は確認できたと思う。私達の体は地球での体とほぼ同一であるということを肝に銘じておけ」
アース世界での体は地球での体とほぼ同一。
それは俺もゲーム開始初日に理解している内容だ。
幸い、アース世界での俺達はHPが0になっても即死ぬというわけではなく、死ぬまで300秒ほどの猶予が与えられていたり、たとえ死んだとしても地球にいる俺達が死ぬわけではない。
まあ、それでも本当に死んだら重いペナルティがあるから誰も死にたくはないだろうが。
でも死なないんでしょ?なんて甘い事が言える人間なんかこの中にはまずいない。
「それと同時にアース世界がゲームであるという認識も完全に捨てて行動するよう心がけてほしい」
更に早川先生は俺達にそんな忠告を促した。
この世界がゲームだからと思って軽い気持ちで死なれでもしたら学校側としては困るだろうからな。
それにアース世界の原住民はNPCというわけではなく意思を持った人間であるため、俺達には紳士的な交流が求められている。
「ではこれから町の外へ出てモンスターを狩りにいく。長話はもううんざりしているだろうからな」
と、そこで早川先生は話を終わらせて狩りにいくと俺達に告げた。
細かい事は後で話すのだろう。
地球に比べて時間も豊富にあるしな。
「狩りは基本的にパーティーを組んでの行動となるから各自好きな者同士で今組んでみろ」
だが早川先生は続けてそんな事も言い出した。
この教師は無理難題をおっしゃる。
「誰と組んでも構わないが、ある程度手引書に沿ったパーティ編成を心がけるように」
とは言ってもだな。
VIT全振りの回復しない回復職などという俺はどんな役割を持てばいいのか。
「なあなあ、お前一之瀬って言ったよな? 俺とパーティー組んでみないか?」
そんな事を考えて頭を悩ませる俺のところに1人の男子生徒がパーティーの勧誘にやってきた。
俺に声をかけたのはたまたま近くにいた僧侶職だったからだろう。
入学初日という俺達はまだ人間関係も何も無いんだから、パーティーに1人は必須なヒーラーを確保しようとして声をかけてきたという心理はなんとなく読める。
「俺、仙道。キャラネームはバンクっていうんだ。ジョブは剣士でSTRとAGI寄りのステ振りにしてんだけど、お前の方は僧侶だよな?」
「……ああ、まあな」
「だよな! それじゃあ是非俺と組んでくれ! 回復職がいてくれた方が心強いし!」
「…………」
回復職……か。
「あ、それなら俺も入れてくれ! 頼りにしてるぜ、一之瀬!」
「俺も俺も! ジョブは騎士だから盾役はまかせとけ!」
バンク(仙道)の言葉を受けて俺が苦笑いを浮かべていると、更に数人のクラスメイトが集まってきた。
どうやらここでも通常のMMOゲームにおける現象と同じく、回復職は他のジョブについているプレイヤーから人気のようだな。
俺以外の僧侶プレイヤーのところにもどんどん人が集まっている。
だが残念だったな。
俺は僧侶であって僧侶じゃない。
「……多分俺はお前達の期待に沿えないと思うぞ」
「え? どうしてだ?」
「初期ステータスポイントをすべてVITに振っているからだ」
「………………へ?」
「俺はMNDに1ポイントもステ振りしてないから。だから回復魔法の効果も最低レベルだろう」
「……………………」
このままパーティーを組んでも碌な事にならないと判断した俺は、正直に自分が回復では役立たずだと話した。
すると俺のところに集まっていたバンク(仙道)達は顔を引きつらせて後ずさる。
「お、おいおい……冗談だろ?」
「だってお前ゲーム好きって自己紹介の時言ってたじゃん……なのに回復職選んでMNDに1ポイントも振らなかったの……?」
「ありえないだろ……何するつもりだったんだよ?」
「…………」
俺は何も言い返せず黙りこくる。
初めてやるゲームにもかかわらず挑戦的すぎるビルド(構成)となってしまった理由をここで話しても意味なんて無いし、実際のところ客観的に見て地雷だという事は俺も重々承知しているからな。
しかしこの状況はきつい。
バンク(仙道)達だけじゃなく他のクラスメイトの俺を見る目まで厳しくなってるし。
こんなんじゃ俺はぼっち確定じゃないか。
入学初日からこんなんじゃ先が思いやられる。
「えっと……わりい、一之瀬。俺、別の奴と組むわ……」
「俺も……」
「なんか……ごめんな……」
「…………」
いや……謝らなくてもべつにいいさ。
どうせこんなんじゃ碌にパーティー組むなんてできないだろうっていうのは……わかっていた事だしな。
ちょっとへこむけど……まあ……しょうがない。
「ん? どうした一之瀬君。君は誰とも組まないのか?」
「……先生は俺の事情知ってますよね……?」
そうしてしばらくの間1人で落ち込んでいた俺のところに早川先生がやってきた。
なんというか、クラスメイトからハブられた後で教師にそんなことを聞かれたくは無い。
色々惨めだ。
「まあ知っていると聞かれれば知っているな。君はステ振りさえまともならと我々も頭を悩ませている」
「……そうですか」
「しかし君ならそんなハンデがあっても上手くやっていけるんじゃないかとも思っているよ」
……それは色々買いかぶりすぎだな。
教師陣からどんな評価を受けているかなんて知らないが、ステ振りをミスったらそこでお終いという場合もあったりするのがMMOというものだ。
だからステータスに振れるポイントは吟味して振らなければならない。
また、回復職であるのにMNDへ一切振っていない俺のステ振りはまともなMMOなら地雷と言っていい。
今の俺ではパーティプレイなどできないだろう。
「お、どうやら君と組みたそうな子がまだいるみたいじゃないか」
「え?」
そんな事を考えていると、早川先生がニヤリと口元を歪めながら目線を俺の背後へと送った。
それを見た俺も先生を訝しみながら振り返る。
するとそこには朝比奈が立っていた。
「……ねえ、一之瀬……君。私とパーティー、組んでくれない……かな?」
「俺と?」
「う、うん」
なんだ。
彼女はさっきのやりとりを聞いていなかったのだろうか。
わりと周囲から注目されていたように見えたんだが。
「朝比奈。俺は僧侶だけど初期のステ振りはVIT全振りだ」
「……? それがどうかしたの?」
「どうかって……回復職なのに回復は多分気休め程度にしかならないぞ? 正直役立たずだぞ?」
「え、そうなの?」
「…………」
ああ、つまり彼女はアレか。
ただ単によくわかってないんだな。
回復職はMND寄りのステ振り、盾職ならVIT寄りのステ振りという基本的な部分を理解していないのだろう。
「あー、朝比奈ってMMO初心者?」
「う、うん。その通りよ」
念のため訊ねてみると彼女はこくりと頷いてきた。
これで確定か。
俺はその事実を知り「はぁ」とため息をつきながら朝比奈からの勧誘を断った。
「なら俺と組むのは止めておけ」
「ど、どうして?」
「さっきも言った通り俺は役立たずだ。今後レベルが上がっていけば改善されるだろうが、それも大分先の話だ」
絶対に無いとは言いきれないが、ステ振りをリセットできるような便利アイテムは今のところ確認されていないらしい。
すると初期ステなんて問題にならないくらいステータスを上げるしかないわけだが、それも今すぐにとはいかないだろう。
しばらくの間はどうしてもお荷物になる。
また、初心者である彼女をそんな俺の事情に巻き込むわけにはいかない。
「ならその大分先まで付き合ってあげてもいいわよ?」
「は?」
しかし朝比奈は俺にそんな事を言い出していた。
そして彼女の予想外の反応に俺は目を見開く。
「でもその代わりお願いがあるんだけど」
「……何だ?」
交換条件ということか。
だが何を要求されるか予想がつかない。
俺はやや警戒しながらも彼女に向かって耳をそばだてた。
「MMOについて……私に教えてくれない?」
「俺が……朝比奈に……?」
けれどそんな俺は彼女のお願いを聞いて肩透かしをくらった。
しかも微妙に納得がいかない。
確かにMMO初心者であるならそういうお願いをしてくるのも普通かもしれないが……
「どうして俺なんだ? 他の奴に教えてもらえばいいじゃないか」
「え、えっと……それは――」
俺は朝比奈に訊ねると彼女は頬を掻きながら言葉を紡ごうとする。
「ミーナちゃん! 俺達とパーティー組んでください!」
が、そこで男子生徒が俺達の会話に割り込みをかけてきた。
朝比奈はそんなクラスメイトの方を向く。
「あっと……えーと……ごめんなさい。私、一之瀬君とパーティー組もうと思ってるから」
そして彼女は俺と組むからという理由でそのクラスメイトの誘いを断っていた。
というかまだ組むだなんてこと俺は言ってないんだが。
「何? 一之瀬と?」
「……ミーナちゃん。悪い事は言わないからそれだけは止めといた方がいいぞ」
「一之瀬といると効率悪いよ? 俺達と組んだ方が絶対良いって」
そこへ声をかけてきた男子クラスメイトと同じパーティーらしき連中まで現れて、俺と組むのは止めろと朝比奈に言いだした。
まあ俺も逆の立場だったらそうアドバイスしてもおかしくは無かっただろう。
少しムカッとするが。
「でも私MMO初心者だから、効率とかもどうでもいいし……」
「初心者だったら俺達が教えてあげるよ!」
「わけのわからないステ振りする一之瀬より俺達の方が絶対知識量上だし」
しかもどうやらこの連中は俺のステ振りがおかしいのを知り、知識量で勝っていると思っているようだ。
もしかしたらこいつらのほうがMMOについて深い理解があるのかもしれないが、俺がライトゲーマーだと思われているのだとしたらその認識を改めさせないといけないだろう。
「いや、一之瀬君のほうが君よりMMO知識は上だぞ」
……と思っていたら、傍にいた早川先生が先にそんな事を言いだしていた。
「学園入学前に行われたMMOペーパーテストで一之瀬君は唯一満点を取っている。彼のMMO知識は本物だ」
「な……満点……?」
「十種類以上のMMOゲームに関する問題を全部……?」
「嘘だろ……」
早川先生がそう言うと、周囲にいたクラスメイトが全員俺の方を注視してきた。
というかそういう情報をぺらぺら喋る教師というのは如何なものか。
俺は早川先生に向かって非難めいた視線を浴びせる。
「というわけだからMMOについて知りたいなら一之瀬君と組む事をお勧めする」
すると早川先生は俺から目を逸らしてそう結論付けた。
こっち向けよ。
「納得いきませんね、それは」
「氷室……?」
そんなところへ更に1人の男子生徒がやってきた。
さっき朝比奈を誘っていた奴の口から氷室という言葉が漏れてきたところから察するに、おそらくコイツも同じパーティーなんだろう。
キャラネームは……フローズか。
「一之瀬君がMMO試験で満点? そんなわけないでしょう。だって彼は回復職なのにMNDへポイントを振らず、初期のステータスボーナスポイントを全てVITに振ってしまうような人なんですよ? しかもおそらくはゲーム開始初日に。ありえないですよ」
フローズ(氷室)は俺を指差しながら早川先生に向かって反論意見を上げた。
確かにコイツの言う通りだ。
ゲーム仕様を調べつくしていない初期の段階から回復職VIT全振りするというのは頭おかしいと俺も思う。
他のゲームに関して言うなら、ソロで活動する場合、あるいはボスモンスターの全体攻撃で死なない程度にVITを上げるということはよくある。
また、回復職が死ぬのはパーティーの全滅に関わる事なので、生存重視の型としてVIT>MND、VIT極振りを採用しているパターンも無いわけではない。
けれど、味方への回復を度外視したステ振りになるのなら、それはパーティープレイにおいてありえない。
パーティーを組むのなら、回復職は基本的に味方を回復する事が仕事だ。
なのに味方を回復するのに全く寄与しないステ振りをしても意味が無い。
もしそんなステ振りをしている回復職がいたら、俺は絶対パーティーに加えたりなんてしないだろう。
「大体VITにポイントを全部振って一体何をするつもりなんです? タンク(盾役)でもするつもりですか?」
……しかしこうも煽り口調で言われるとイライラする。
「……回復はできないだろうが、タンクはできるだろうな」
「はぁ? 本当にそう思ってるのかい? ちょっと君、MMOを舐めてるんじゃないのかな?」
「確かにエンドコンテンツでなら回復職のVIT全振りが活躍する機会などないだろうが……まだゲームを始めたばかりの状態と言っていい今ならしばらく盾役の真似事くらいはできるだろう」
俺はフローズの言ったタンクという言葉を拾い上げ、今ならできると主張した。
売り言葉に買い言葉なところもあるが、これは誇張でも何でも無いと俺は思っている。
まあそれには狩場やパーティー等の条件をいくつか満たす必要があるのだが。
「……本当にそう思うかい?」
「? まあな」
するとフローズは俺に向かって再びその問いを発してきた。
なぜ確認するのかよくわからないが、できると言った以上俺は首を縦に振る。
「それなら俺と決闘してみるかい? 俺のジョブは騎士だからタンク同士良い勝負になると思うが」
「……は?」
そしてフローズは俺に提案をしてきた。
「確かにその方がわかりやすい。決闘するというのなら許可しよう。私も一之瀬君の実力はこの目で見ておきたいと思っていたところだしな」
また、フローズの提案に早川先生がノリノリで乗っかってきた。
俺はそんな彼女の様子を見て苦笑いを浮かべる。
「先生。冗談を言うのも大概にしてくださいよ。それに俺が勝ってもメリットが何も無い」
「朝比奈さんがパーティーに加わるだけじゃ駄目かい?」
「それはメリットかもしれませんが俺には必要ありません」
1人よりも複数人でMOBを狩った方が効率的なレべリングができるだろう。
が、俺自身がお荷物になりかねない現状では朝比奈に負担を強いるというのも忍びない。
「ふむ……それじゃあどういう条件なら君は勝とうとする?」
別に俺は勝ちたくないだなんて言ってはいない。
ただ、戦って勝つからにはそれなりの理由が必要なのも確かだ。
「……ならこの決闘で勝ったら俺はこの先自由に行動させてもらいます。その方が気楽ですしね」
だから俺はアース世界での単独行動を条件にフローズとの決闘を了承した。
今の俺だと迷惑にしかならないだろうが、レベルを上げればそれも少しづつ改善されるだろうという思惑があってのことだ。
「わかった。まあ君なら私達と一緒にいなくても大丈夫だろう」
そしてそんな俺の要求を早川先生は軽く呑んだ。
本当にいいのかよと内心彼女にツッコミたかったが、これは俺にとって悪く無い流れなので別に再確認する必要は無い。
こうして、僧侶である俺は騎士であるフローズと1時間後に一対一の勝負を行うという事になった。