再会
「……どうしたんだ、ミナ、サクヤ」
始まりの町の中央にあるウルズの泉から現れたミナとサクヤを見た俺は内心で驚いた。
ミナもサクヤも全身泥だらけだ。
さっきまで狩りをしていたというのはどうやら本当らしい。
だがよほどハードな狩りをしないとできないような汚れ方をしている。
それに2人とも相当疲れているように見えるな。
一体どれだけの狩りをこなしたのか見当もつかない。
ちなみにサクヤもミナも、この3ヶ月程で装備も大分更新したようだ。
サクヤは黒のローブだったのが学生服のようなものに黒マントを羽織った姿になり、武器も木でできた杖から金属製のステッキに変わっている。
また、ミナは主要武器が片手剣から大剣に変化したようだが、自分の身長ほどもありそうな大剣を背中に二本も背負っていてとても重そうだ。
「あ……シン様!」
「……げ」
俺が声をかけたのをきっかけにして2人はこちらを向いた。
するとサクヤは途端に笑顔となり、ミナは苦虫を噛み潰したような表情を作り出した。
なんでミナはそんな渋い顔してんだ。
しかも「げ」ってなんだ。
サクヤみたいに喜んでくれるもんだと思ってたんだけど。
「シン様ー!」
俺がミナの挙動に首をかしげているとサクヤが駆け寄ってきた。
それを見た俺はクレールのように飛び込んでくるんだろうと判断し、ヤレヤレと思いつつサクヤを安全に受け止めるため腰を若干落とす。
せっかくの再会なんだ。
今回だけは俺の胸に飛び込んできても別にいいと思うよ、うん。
そしてその後俺がサクヤに軽く文句を言って無理やり引き離す。
これが俺達なりの再会の仕方と言えるだろう。
「……っ…………」
と、俺がサクヤを受け入れる準備を整えていたのに、彼女は目の前で急ブレーキをかけて止まった。
サクヤは俺のすぐ傍で立ち止まってしまった。
「……どうしたんだ、サクヤ? 普段のお前ならここは飛び込んでくると思ってたんだが」
「え、えへへ……今はちょっと汚いから、私」
「ああ、そっか」
サクヤは現在全身泥にまみれている。
このまま抱きつかれでもしたら俺が身に着けている鎧のメンテがメンドウになっていたな。
それを彼女は気にしてくれたのか。
「…………」
しかし久しぶりに間近でよく見たが、サクヤもかなり可愛いな。
前髪が長いせいで素顔が少し隠れてしまっているが、こうしてすぐ傍で見るとその整った容姿がよくわかる。
……あ。
「シン様どうかした?」
「いや……なんでもない」
「? そう?」
今ふっと思い出してしまった。
スルスの森で俺はサクヤのパンツをアレしてしまったことを思い出してしまった。
すると途端にサクヤの顔が見れなくなって、俺は彼女から目をそらしていた。
「……それで? サクヤ達はさっきまで狩りをしてたんだよな?」
「あ、うん。そうだよ」
「そっか。でも戻ってきたのは2人だけなんだな。もしかして俺達のためにサクヤ達だけ戻ってきてくれたのか?」
「う、うん。まあ、そんなとこ」
「へえ」
俺は周囲をキョロキョロ見回しつつ、内心で何を思ったのか悟られないよう誤魔化した。
というか確かに思ってみれば今2人だけしか泉から現れなかったな。
ユミやマイ、ついでに氷室とかそういう奴らとは別れてここに来たのか?
「それよりシン様、後ろにいる子は誰かな?」
「ああ、こいつか」
サクヤは俺の背後にいる少女、ガルディアに視線を向けて疑問の声を発した。
「初めまして! 私の名前はガルディア・スフィンシスといいます!」
そしてガルディアはそんなサクヤに元気よく挨拶をした。
「今はご主人様達の足代わりを勤めさせてもらってます!」
「……ご主人様?」
「はい! この人です!」
ガルディアは元気よく俺の方を向いた。
それにつられてサクヤも俺の方を向く。
違うんです。
「どういうことかなご主人様?」
「こいつが勝手にそう呼んでるだけで俺はご主人様じゃねえよ。あとお前もご主人様言うな」
「でも私はまだご主人様の所有物です! ここに来るまでご主人様は何度も私に乗りましたよ!」
「ほ、ほー……の、乗った?……んだね。しかもシン様の所有物なんだね?」
「はい!」
「誤解を生みそうな発言は止めてくれ、マジで」
俺に少女を所有物にして乗るような趣味はない。
ていうか乗るってなんだよ。
「私でさえシン様に乗られたことないのに……」
「いや乗らないから。どういう風に乗るのかは知らないけど俺は乗らないから」
「でもご主人様は『ガルディアの乗り心地は抜群だな』とよく言ってくれましたよ!」
「だから誤解を生みそうな発言は止めてくれ、ホントお願いします」
こいつわざと言ってるんじゃないだろうな。
しかも声でかいし。
周りの人達が俺達を見てヒソヒソ話し始めちゃってるし。
もう駄目だよ完全に聞かれちゃったよ。
小さな女の子に乗って悦に浸る変態だと思われちゃったよ。
「ぐ……わ、私の方が乗り心地いいもん! さあシン様! 思う存分私の乗り心地を確かめて!」
更にはサクヤがその場で四つんばいになって俺に乗れと叫んでいる。
何この状況。
俺もう逃げていいですかね。
「……いつまで馬鹿なことやってるのよあなたたちは」
「あうっ」
周囲から向けられる鋭い視線に耐えられなくなってきたところでミナがこちらへとやってきた。
そしてミナはサクヤの首元をつかんで無理やり立たせた。
「本当はちゃんと綺麗にしてから会いたかったんだけど……しょうがないわね。で、その子の事をもうちょっと詳しく聞かせてもらえる、シン?」
「あ、ああ、勿論だとも」
さっきミナが「げ」って言ったのは身だしなみを整えられていなかったからか。
別に俺はミナ達の身だしなみが乱れてても……ちょっと驚いたけどそこまで気にしないのに。
そんな事を思いながら俺は、若干渋い表情をしているミナへ誤解を解くべく説明を行ったりガルディアをその場で獣化させたりした。
するとミナは眉間に寄せたシワを徐々に取り除いていき、「はぁ」と一つため息をつく。
「まあ……大陸横断の時に足代わりとして使っていたっていうのは本当っぽいわね」
とりあえずミナは獣状態であるガルディアを見て納得してくれたようだ。
「それでシン様。この子には手を出したりとかしてないよね?」
「してねえよ馬鹿ヤロウ」
だがサクヤの方は微妙に怪しんでいるようだ。
小学生くらいの子に手を出すとか発想が酷いな。
俺ってサクヤからそんな信用されてなかったんだろうか。
「じゃあフィルちゃんにも手は出してない?」
「そ、そんなことしてねえよ」
しかし今の問いは答えずらい。
何もやましい事がなかったかと聞かれればそうでもなかったからな。
「……フィルちゃん、シン様と何かあった?」
そんな俺の微妙な様子を感じ取ったのか、サクヤは次にフィルへと話を振ってしまった。
「オレは……………………」
「!?」
……フィルは俺の腕に自分の腕を絡め、そっと寄り添ってきた。
俺に好意を抱いている事を誤魔化す気はないのだろう。
「そ、そうなんだ……で、でもシン様はフィルちゃんとそういう関係になったわけじゃあないんだよね……?」
「あ、ああ。俺はフィルとそういう関係になったわけじゃあないぞ」
「な、ならいいんだよ、うん」
サクヤはカタカタと体を震わせつつも俺の言葉を聞いてホッと息をついていた。
そういう関係とか濁した言い方なのはサクヤなりの自己防衛的な何かなのだろう。
だから俺は彼女に合わせて直接的な表現は控えておく。
「なんだ、フィルもシン殿の事が好きだったのか。気づかなかったぞ」
けれど今まで沈黙を貫いていたクレールが混ぜっ返してきた。
フィルは俺の事が好き。
それを完璧に理解したらしきサクヤは露骨にうろたえ始めた。
「へ、へー……そ、そうなんだー……フィルちゃんもシン様の事好きなんだー……」
「…………」
サクヤの問いかけにフィルは黙ったままコクリと頷く。
するとサクヤはフラフラと宿の方へと歩き出した。
「そ、そろそろ体洗いたいし……宿の方に戻るね……」
そしてサクヤはそう言って、俺達の下を去っていった。
なんであんなにショックを受けてるんだ。
クレールの時はあんな感じじゃなかったと思うんだが、あの時と何が違うっていうんだろうか。
「あー……それじゃあ私も宿の方に行くわ。またね」
また、ミナもサクヤを追いかけるようにして走って行った。
「……なんなんだあいつらは」
サクヤにしろミナにしろ、どうも様子がおかしかったりよそよそしかったりが見え隠れしている。
たった三ヶ月程度の別れがこの溝を作り出したのだろうか。
こうして俺は微妙な気持ちを抱いたまま、フィルと一緒にログアウトする事にした。
ちなみにガルディアはクレールに任せてあるので多分大丈夫だ。
次にログインできるのは地球時間で最速でも約半日後、つまりアースでは約二週間後ということになるだろう。
まあそれくらいならクレールも町で暮らせるなと思いながら、俺はログアウトした先でミナ達ともう一度話してみようと考えていた。
しかしそれは無理だった。
彼女達はどうも俺を避けているようで、碌に会話をする事もできなかった。
だがそれは俺としても良かったのかもしれない。
なぜなら、あの2人と会話をする場合、レベル差についてとパーティーを改めて組むかどうかについても話さなきゃいけなくなるんだから。




