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ケンゴも吹っ切れる

 ケンゴは空を見ていた。

 シンに倒され、仰向けに倒れたまま空を見上げていた。


「よーケンゴ。お前が負けるなんて珍しいじゃん」

「……マーニャンか」


 荒野のど真ん中で大の字になっているケンゴにマーニャンが声をかけた。


 マーニャンはケンゴが負けたことを珍しいと称したが、実際の所は初めてである。

 彼女は初めてケンゴが負ける瞬間を目撃したのだ。


「もしかして手でも抜いたか?」

「……バーロー、俺がんなマネすっかよ。さっきのが今の俺の全力だ全力」

「へー」


 【読心】という異能を持つマーニャンは、ケンゴがどれほどの本気でシンと戦ったのかをおおよそ理解して軽く相槌を打った。

 確かにケンゴは今の状態で・・・・・本気だった、と納得したために。


「にしてもアイツ、やっぱマジ速かったなー。あたしはこの前一度見た事あったんだけど、あの時より更に早くなってる気がするぜー?」

「この前って、あの地下迷宮でまた・・事件が起こりそうだったっていう?」

「そうそう、それそれ」


 セレスが話に加わってきたのでマーニャンは彼女の方を向く。

 マーニャンの瞳には眉をひそめて難しい顔をしているセレスが映った。


「一応公にはなってないけど、もしあれでシン達が死んだりして事件が明るみに出てたらまた組合が出張ってきただろーなー」

「……そうなっていたらまた迷宮探索禁止令が出されていたかもしれませんわね」


 地球人プレイヤーがアースへとやってきた初期。

 調査員の中でも常にトップのレベルを誇っていたケンゴやマーニャンのレベルが10にも満たない黎明期と言っていい頃、地下迷宮の調査も地球人は行っていたのだ。

 しかしその調査は『迷宮事件』によって頓挫した。


 地下迷宮に入った地球人のうち、21人がHPを0にしてアースから消え去った。

 その事実だけであるならば――被害者が多すぎるという点を除いてではあるものの――特に気にする事でもない。

 むしろアースから退場した地球人がどうなるかという結果をより詳しく知る事ができたため、異能開発局もそこまで問題視していなかった。


 けれどその21人の退場原因が人為的なものであるというのであれば話は別である。

 迷宮の調査中に命からがら生き延びる事に成功した地球人の証言によって事態は急変した。


 その調査員曰く、『迷宮内には異能者が罠を張っている』というのだ。

 異能開発局はそれを受け、地球人プレイヤーによる迷宮攻略を一時中断させた。


 迷宮へ誰が出入りしたのかを異能開発局は知っている。

 迷宮の入り口に監視を立てているからだ。


 しかしそれでもどういうわけか迷宮における被害が止まらない。

 故に開発局は迷宮に入る地球人を厳選する事にした。


 が、それも上手くはいかなかった。

 異能者共同組合が物議を醸し出したためである。

 アースにおける異能者(地球人)の立場を守るという名目で作られたその組織は、『異能開発局が迷宮の利益をごく一部の地球人プレイヤーに独占させようとしている』として非難し始めたのだ。


 調査員として送り込まれた異能者も一枚岩ではない。

 金で雇われた者、知的好奇心から進んでやって来た者、異能開発局の動向を調べるためにとある官僚から命じられてアースへと潜り込んだ者、異能開発局の管理外から特殊な手段を用いてログインした所属不明目的不明の団体等々、それぞれに思惑があって地球人はアースへと来ているのである。

 こうした人間が結束し、異能開発局に搾取される事を阻む組織として異能者共同組合は存在するのだ。


 そんな組合は、異能開発局が恣意的に選んだ地球人のみを迷宮攻略にあたらせるという決定に待ったをかけた。

 当時はまだアースの調査も殆ど進んでいないと言っていい状況であったが、迷宮で得られる経験値や金は外で狩りをするよりも効率が高いということは知られていた。

 なので迷宮の独占は不平等であるとして組合が反発し始めたのだ。


 そして更に「迷宮攻略とはつまりゲーム攻略ということであり、地下100階層にいる神を開放するとゲームクリアとなって我々は二度とアースにログインできなくなる」という眉唾物の噂話まで飛び交い始め、反発運動は激しさを増した。


 この反発運動は組合のバックにいる某組織<異能機関>の意向が強いということをケンゴ達は理解していた。

 けれど結果的に迷宮の調査は頓挫し、攻略は後続の団体に譲るという形で当時の調査員達は納得した。


 また、当時は1000人にも満たなかった調査員プレイヤー達も元は大半がゲーマーであり、後続のゲーマー達に迷宮攻略を譲るということで彼らの意見が合致した。死ねば異能消去と記憶消去というリスクを伴うが、この世界を探求するという楽しみの一つを残したのである。

 そうして迷宮攻略だけは中高生プレイヤーの権利という事で、それ以降は調査員プレイヤーが迷宮に出入りできないよう厳重な警備が行われる事となった。


「……でもまさか転移系異能者が絡んでいやがったとはな」

「ああ……あたしもシン達とそいつに会った時はビビッたぜ」


 けれどそんな警備も無駄だった。

 警備の目をかいくぐり、地上から地下迷宮へと転移する事ができる異能者がいた。


 転移系の異能を扱える異能者は少ないながらも開発局でその存在が確認されている。

 しかしその異能者達は転移するのも精々数メートルが限界であり、唯一数キロメートル単位での転移が可能なSランクの異能者も現在はアメリカでその異能を研究されているのだ。

 よって、ひそかに迷宮内部へと侵入することができるレベルの転移系異能者がいる可能性は開発局も考慮していなかった。


「しかも大陸をまたぐレベルの異能ってどんだけだよ。どこにそんな化け物が隠れてたんだっつーの」


 マーニャンはそう悪態をつき、ポケットから飴玉を取り出してそれを口の中にヒョイっと投げ込む。

 飴玉をガリガリ噛み砕く彼女の横でセレスが口を開いた。


「それではやはり迷宮攻略を続けるのは危険という事になるのでしょうね。そんな相手にPKプレイヤーキルをされたのでは打つ手がありませんもの」

「いや、一応対策は打てるから攻略は続けさせる。その対策が規格外の転移PKに対抗できるかは未知数だけど」

「未知数って、それで本当に大丈夫なんですの?」

「しょーがねーじゃんかよー。理屈の上では問題ないんだ。それに今のシンならたとえ高位の転移異能者だろうが問題なく返り討ちにできっだろ?」

「……ええ、でしょうね」


 セレスとマーニャンはシンとケンゴの戦いを思い返す。

 その戦いにおけるシンは目で追うのも難しいほどの速度でケンゴを圧倒しているように2人には見えた。


「時間干渉系の異能者はシン以外にもいるっちゃいるが、あれに勝てるヤツはまずいねーだろーなー」

「素の戦闘スキルでもケンゴさんと互角に渡り合えるシンがあんな速度で動いたのでは手のうちようがありませんわ」


 シンはプレイヤースキル向上の一環として、かつてはケンゴとよくPvPを行っていた。

 防御に特化したタンクであるシンと攻撃に特化したアタッカーであるケンゴの戦闘能力に優劣をつける事はできないものの、セレスとマーニャン、そしてフィルから見ればその2人の戦いはほぼ互角の動きであったと記憶していた。


「……やっぱ俺も残しておいたステータスポイント100をAGIに振るべきかもしれねえなぁ」


 そんな2人を尻目にしてケンゴは体を起こし、地面に胡坐をかきながらそう呟いた。


「ひゃ、100って……ケンゴさん、そんなにポイントを溜め込んでいたんですの?」

「ああ、STRだけに振るんじゃ対応できないかもと思ってな」


 ステータスポイントを未だに100ポイントほど振らずに残していたというケンゴの言葉にセレスは驚愕した。

 レベル60以降になるとステータスポイントは1レベルの上昇につき4ポイント、レベル80以上になると5ポイント得る事ができるようになるため、ケンゴは実質的にレベル60程度で得られるステータスポイントしか振っていないという事であったためである。


「本当はSTRに全部ブッコミたかったんだけどな……そうも言ってられねえか」


 アースで通算5年以上という調査員の中でも最長と言える時を生き抜いたケンゴは既に自分の限界を知り尽くしていた。

 このままSTRにのみステータスを振るだけではどうしても勝てない相手がいるという事も理解していた。


 しかしそれでもステータス一点伸ばしというロマンを捨て切れず、今までどうするべきかを散々悩み続けていたのである。


「シンのおかげで吹っ切れたぜ。これで俺はもっと上へいける」


 けれどケンゴは決意した。

 STR一極型からSTR-AGIの二点伸ばしにする事を。


 ケンゴはその場でステータス画面を開き、ステータスポイント100をAGIに全て振った。


「これで高機動型物理アタッカー様の爆誕かー。相変わらず装甲は紙だけど」

「欠点は俺の異能とスピード、それに経験でカバーするさ」

「だろーな」


 マーニャンの言葉を受けてケンゴはしっかりと答える。

 その姿には後悔など何もない。


「シン……次はぜってえ負けねえからな」


 そしてケンゴは立ち上がり、始まりの町がある方角を向いて呟いた。

 次に勝つのは俺の方だ、と。


「でもそれはいつの事になるやらだなー。シンと再戦する前にやられんなよ、ケンゴー」

「おう、わかってらあ」


 また、マーニャンはケンゴに注意を促した。


「てめえも不意を突かれんなよ、マーニャン」

「何? 心配してくれてんの?」

「当たり前だ。むしろ俺達よりてめえの方が危険な役割を担ってるって俺は思ってんだぜ」

「魔軍の侵攻を抑えてるお前らの方がよっぽど危ないとあたしは思うんだけどねえ……」


 剣王として人族の切り札となったケンゴは、法王の指揮する軍と共にウルズ大陸とヴァルハラの狭間で魔軍の侵攻を長い期間食い止めてきた。

 ここ数ヶ月は魔族の標的が獣族に変化したため、ウルズ大陸は平穏を取り戻していたが、いつまた魔族がウルズ大陸に攻め入ってくるかわからないのでケンゴ達はヴァルハラ付近で睨みを利かせる必要がある。


「俺達がウルズ大陸を守るから、マーニャンは開発局周りをちゃんと見ていてくれよ」

「あいよー」


 調査続行不可能となったフヴェル大陸。

 神の一柱が囚われているはずの地下迷宮が未だに見つからないミーミル大陸。

 多くの犠牲者を出しながらも地球人プレイヤーが住みつけるだけの基盤を築き、限定的ではあるものの迷宮攻略を開始したウルズ大陸。


 敵の目的がおそらく迷宮攻略をさせまいとしている事であろうと察しているケンゴ達は、迷宮攻略を行う役目を担うシン達に思いを馳せる。


「レベル的にまだまだ時間がかかるだろうが……俺が生きてる間になんとか攻略してもらいたいもんだな」


 ケンゴはそう呟き、次の戦いに向けて法王と話し合うべく街の方へと歩き始めた。

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